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彼方を望む砦にて

 捕虜としたノール二体と、檻に入ったカーバンクル。

 それらを連れて俺達は砦へ向かうことにした。


 どう処理するにせよ、今回のクエストは砦への報告も仕事内容に含まれている。それに、こっちにはドルイドも居るらしいってプリエラが言っていたからな。


 道中でエレーナが寄ってきて、前を歩くティアリーヌを見ながら脇腹を小突いてくる。


 あぁ、落ち付いたら話をしようって言ってたもんな。

 だが少し待ってくれ。

 俺も慣れない事の連続で悩んでる。


 正直に言えばカーバンクルの素材が欲しい。

 ただ飼えるならそれでもいい。伝説によると無限の富が湧いてくるそうだから旨味はあるんだよな。問題は何食べるか分からないのと、ノール達がそれを認めるかどうかだ。

 今は長鼻とグスタフに任せていて、大人しく付いてきてくれているんだが、いざ引き離されると分かったら暴れるかもしれない。


 あくまで緊急事態だったから、俺達に助けを求めたってのが一応の見解だ。

 捧げものの様にも思えたのは勝手な解釈かもしれないし。


 どうしたもんかな。


 思っていたら振り返ったティアリーヌが硬い表情をして俺を見、エレーナがそっと離れていった。


「緊張してるだけだよ」


 なんて一言を置いて。

 悪いな相棒、なんか色々溜まり溜まった不満でもあるのかと邪推しちまってたよ。


 到着までの間、パーティメンバーと話をするのも悪くないよな。


    ※   ※   ※


 「あの子っ……解放してあげちゃ、駄目です、か」


 最初は勢い良く、次第に萎んで、申し訳なさそうに。

 ティアリーヌの第一声を受けて俺はまず、どっちの話かと考えた。


 ノールかカーバンクル。


「カーバンクルの話か? どうして」

「にゃ」


 正解らしい。


 ただ、用意しておいた言葉が霧散してしまったのか、また少し緊張した様子でこちらを見て、尻尾の先が下を向く。


「俺の考えを先に話すぞ」

「にゃ……」


「まず、パーティの運営には金が掛かる。拠点の維持管理、皆の給金……これはレネとか後方の奴らに対してもな。それに日々の食事もタダじゃない」


 敢えては言わないが、先を目指すのなら装備にも投資していかなくちゃいけない。

 武器一つ、防具一つで一ヵ月の収入が吹き飛ぶこともあるから、その分の貯金だって必要だ。


「カーバンクルの伝説が嘘か本当かは分からないが、確保しておけば最悪売りに出せる」


 素材にするにせよ、伝説を信じる奴に買い取らせるでもいい。

 勿論、手元に置いてやるのも一案だ。


 金は大切。


 この関係を維持出来ているのは金のおかげだ、なんて言うつもりはないけど、それぞれの望みが叶えられる土台には金が要る。

 夢だなんだと語っていたいのに、困ったもんだがな。


「っていうのが俺の意見だ。ただ、一人で押し通すつもりもない。ティアリーヌなりの意見があるのなら、そのまま教えて欲しい」


 少なくとも素材に使うのは無理そうだしな。


 さっきから女衆の目が完全に犬猫を見るものになっている。何故か一名、ノール二体の周囲をうろうろして触りたそうにしている神官も居るが。


「どうしたい?」


 答えるのには時間が掛かった。

 用意しては崩し、見付けては置いて、良い言葉を探すけど、そういうのってさ、実際に出して見るまでは分からない事も多いよ。慎重でありたいってのは、良い事だと思うけどな。


 雪景色を抜け、街道へ踏み入り、その先に砦の姿が見えた頃になって。


 尻尾をびーんと伸ばしたティアリーヌが息を吸った。


「こ、交尾したいからですにゃああああああああああああああ!!!!」


 にゃああああああああああああああ、と。

 年頃な少女の声が木霊する。


 慎重だけど走り出したら止まらない、そんな彼女の言葉にパーティ全体が凍り付いた。


    ※   ※   ※


 辿り着いた砦で手続きを済ませ、一日寝床を借りることにした。

 東方遠征軍は西方諸国やクルアンの各ギルドから出資を受けた、武闘派の連合軍だ。

 前回のザルカの休日では、魔境で発生した魔物の大移動を受け止めてくれていた。

 既にもう一つの砦も再建されているが、人員はまだまだ足りていないって感じだな。


 砦前、実際には裏側である場所西側には、ちょっとした町が形成されている。

 遠征軍の連中だってずっと壁の中で生活したくはないだろうしな。

 そこへ商機を見い出した奴らが居て、こういった場所が出来上がった訳だ。


「はっはっは!! どうだい君達っ、冒険者を辞めて東方遠征軍に入らないかい!? こっちは給料安定してるし、死んだら親族にしっかりと年金が支払われるっ、今は人材不足だから出世だってあっという間さ!!」


 態々顔を出しに来た将が片っ端から丸太みたいな腕でウチの連中を抱き込み始める。

 その振舞いに俺は素直に短剣を抜いたね。

 ただ先に背後へ回っていたプリエラが容赦なく股間を蹴り上げ、巨人族との混血らしい男は悲痛な声をあげて崩れ落ちた。


「手癖が悪ィなオイ。次やったら問答無用でちょん切るぞ、ァア゛!?」


「~~ォオぅ……! プリエラ、居たんだね……でも皆が見ているからそういうのはまた後でさ」


 尻を蹴られた巨大な筋肉が、股間を抑えながら困った顔をする。


「お断りだクズ野郎。第一相互の引き抜き行為はギルドとの協定で禁止ンなってんだろうが」

「はははっ、自主的に来る分には問題無いさアゥッッ――――!?」

「だからテメエの誘いは協定違反だっつってんだ、ぶち殺すぞ」


 更に容赦の無い暴行を受け、何故か男は嬉しそうだった。

 まあプリエラの体格じゃああの鋼みたいな身体に傷一つ付けられないだろうからな、股間以外は。


「じゃあ皆っ、東方遠征軍をよろしくね! 入隊はいつでも待っているからさあっ、はははははは!!」

「わあっ!? 待て私は置いてけ!! こらっ、馬鹿!!」


 最終的にプリエラという犠牲の元、遠征で疲れた俺達には安息が訪れた。

 まあ魔力切れで疲労も溜まっていたのに、皆の前だと無茶する奴だからな。ゆっくり休んでくれ。


「お前らも夕方までは自由行動にする。ハメを外し過ぎるなよ。後、お願いだから抜けるとか言わないで、ここの連中必死だから」


 はーい、という元気の良い返事を受け、パーティリーダーはほっと一息。


 正直さっきのを見て目を離したくなくなったんだが、各自一人の時間は必要だ。

 それに俺も、ノールの件で動かなきゃいけないからな。


「お前も別行動でいいんだぞ」

「いえ。護衛ですから」


 エレオノーラはキリリとした表情で返事をし、付いてきた。


 珍妙な趣味の神官を引き連れて砦を歩き、やってきたのは食堂だ。がっついて肉を貪るノール二体を見付けて、どうしたもんやらなんて考える。

 俺を見付けた奴らが同時に立ち上がって、腹を見せて横たわる。

「あぁいい。食っててくれ」

 言うとなんとなくて意味を察したらしく、食べに戻る。


 今回俺も初めて知ったんだが、東方遠征軍ではこの手の魔物を上手く使っているらしい。


 魔境内で魔物を仕留め、肉体の一部をこちらへ持ってきたら、食料や装備なんかと交換する。負傷の手当て、生まれた子どもの生育環境の手配と、実に手厚くやっているそうだ。


 魔境は人間が生きるには過酷過ぎる。


 プリエラが言っていたヌト族のように、あちらで生活を続けている者達も居るそうだが、生活はより原始的に成らざるを得ないんだとか。

 だから魔物と取引をし、友好的な関係を作りながら砦周辺の刈り取りを行わせているということだ。


 一般的じゃないのは、まあ神殿が理由だろうな。


 連中は魔物を嫌悪している。

 北域で合成獣(キメラ)による魔物の利用があった際にも、一番に批難していたくらいだ。

 リディアだってその事には嫌悪感を見せていた。


 もしバレでもしたら、毎年の出資額が大いに減じることだろう。


 神姫アウローラ、オーロラくらいなら受け入れてくれそうだけど、案外駄目かも知れない。

 困ったことにな。

 ウチの神官は総じて現実的なのか、反対意見も出なかったんだが。


 既にノールはドルイドによる治療を受け、装備も一新されている。

 同じくカーバンクルも。


 食堂で檻を手に二体を見守っていたティアリーヌがこちらへ歩いてくる。まだ少し照れ気味なのは、到着前の問題発言が原因だろう。


「にゃ」


「見張りご苦労。砦側とも話が付いたから、予定通りにカーバンクルは解放する」


 言うとティアリーヌは分かりやすくほっとした。


 交尾、と彼女は言った。

 それは別に、自分と誰かとか、俺がどうとかって話じゃなくて、カーバンクルに対しての話だった。


「まあ確かに、番も無いまま一生飼い殺しってのも可愛そうだからな」


 交尾の相手が居ない。

 結論はそこだ。


 別に人に飼われている犬猫をどうこうは言わないが、カーバンクルだって番を見付けて子を成して、次代に繋げていく訳だ。

 寿命がどれほどなのかは分からない。

 それでも一度人里に慣れちまって、離れられなくなったら、最悪そこで種は絶えることにもなるからな。


 伝説と言われるほどに数の少ないカーバンクル。


 もしかしたら昔、無限の富ってのに踊らされた人間から襲われ続け、減っちまったのかもしれない。


「東方遠征軍も巡視中にそいつを見付けても捕えないと約束してくれた。その後の、魔境での生活までは分からないが」


 ノールがどうしてカーバンクルを連れていたのか、その詳細な所は不明なままだ。なんとなくで意思疎通は出来ても、言語を交わすことは出来ないからな。

 元より廃村となっていた人間の領域、隠れ住むにはいいと思ったんだろうか。


 砦へ近寄れなかったのは、大侵攻後でヒリ付いてたからって話なら理解出来る。


 プリエラも言っていたが、人間と協調する魔物は稀で、まず決め打ちで攻撃を受ける。俺達がそうだったようにな。だから接触し易そうな村を選んだ訳だ。

 そして東方遠征軍も討伐依頼を出している。


「あ、ありがとうございます。我儘を言って、ごめんなさい」


 しゅん、と猫耳が垂れてくる。

 俺はついその頭に手を伸ばそうとしたが、ここしばらくの事を思い出して自制した。


 受け入れてくれる相手が他に居るからといって、全員にそれを押し付けるのは違う。

 加えて俺はパーティのリーダーだからな。

 何か強制じみたものを感じて、嫌々でも受け入れてしまう奴だって居るかも知れない。こんなおっさん一人、気楽に扱ってくれても構わないんだが。なんてのも、パーティを背負った以上、簡単には言えないのか。


 難しいな、パーティ運営ってのは。


「そう言うな。なんだかんだ、皆も納得してくれた。俺もだ」


 番を成す。

 相手を探す。


 あの場でそういうことを考えられるのが、ティアリーヌの良い所なんだろう。


 俺達の利益じゃなく、相手の利益。


 なんて言い方は下種だがな。

 惜しさは感じる。でも一番心地良い結末にも思えるんだ。


 なんというか、純粋な冒険者らしい。


 あーやだやだ。

 パーティ運営を言い訳に金だなんだと言い出してた俺も、結構毒されてたのかねぇ。クルアンに戻ったら、フィリアでも誘って愚痴の言い合いをしてみるか。


 俺達は冒険者だ。


 金を稼ぎたいのなら商人になればいい。

 安全に生きたいのなら労働者として町で働けばいい。

 どちらにせよ、立派な生き様だと思える。


 だが危険の先にある夢を見たのなら、冒険って言葉だけで心躍っちまうくらい馬鹿なら、これでいいのさ。


 それから夕刻までのんびりと過ごし、俺達は砦の城壁上へと集まった。







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