雪原の戦い
「ノールは保留! 後続を断て!! 迎撃だッ……!!」
意味の分からない事態は起きているものの、状況は切迫している。
一瞬でも気が逸れたことをまずは恥じよう。
「エレーナ、カーバンクルを回収しろ! グスタフは魔術でワームを分散させろ! ここまで接近されたら派手な攻撃は出来ないッ! 戦闘準備だ! ノールは一時保留でいい!! 動け!!」
呆けていた仲間の背を叩き、それぞれの行動を起こさせていく。
流石に熟練は立て直しが早く、すぐに迎撃が始まった。
上空から数匹のハーピーがやってきている。が、かなり高度を取っているからアレは偵察だ。今は無視でいい。本格的に襲い掛かってくるまでの間に地上を掃除しておきたい。
溶けかけの雪中に潜って接近してくるワーム。
胴体は人間の大人ほどもある。
流石にザルカの休日で見た奴ほどじゃないが、十分にデカいな。
まずグスタフの張り巡らせていた氷の茨が二匹を捉え、縛り上げて胴体をねじ切った。左右へ逃げたのが更に二匹。後続も居る。
エレーナがおっかなびっくりノールへ接近し、差し出されるカーバンクルを受け取った。
そいつを受けてノールが立ち上がって武器を抜いたから、こちらも戦闘態勢を取るが。
「あっ……」
エレオノーラが寂しそうな声をあげた。
武器を抜いたノールがこちらに背を向けて、迫るワームへ向けて駆け出したからだ。
こちらまで届かず、川へ水没していた残りの二体もそいつに何かを言われて迎撃へ向かう。
全くどうなってやがる。
「魔境じゃ稀に見る光景さ」
プリエラが各自に加護を撒きつつ言ってきた。
「元々リザードマンとか、集団で生活して村を形成する魔物はそれなりに居るだろ。そういうのは、あっちじゃ人間と共存してたりするからな。最も、殆どは敵対的だから決めつけでぶち殺しに行った方がいい」
「境目ってのは愉快だねぇ」
「興味が湧いて来たなら今度遊びにいこうか」
「そいつはコレが終わったら考えるよっ!!」
ノール達は右のワームへ。
流石に任せて放置はしない。
エレーナの班を向かわせて後方待機、そして俺は狩人の援護を貰いつつ左へ向かった。
飛び出してくる。
鱗は白。
雪景色に隠れ潜み易い色だ。
ただ、口内や隙間の噴出口には赤紫色の毒々しい粘膜が見えている。薄っすらと空気へ溶け込んでいく、霧の様なもの。
舌打ちした。
「毒持ちだ! プリエラ!!」
「分かってる!!」
闇払いで瘴気が押し流されていく。
おかげでしばらく毒の心配をしなくていいが。
「あんまり時間は持たないからなっ!!」
そう。
プリエラの弱点だ。
神官は女神ルーナの似姿を取る事で多くの加護を得ようとする。魔力ですら、祈りを捧げる事で与えて貰うんだが、そいつにもどうやらルーナ神とのそっくり判定があるらしい。
魂ごと似通っているっていうリディアやオーロラはたんまり魔力を貰えるが、性別の異なる男がやったらその百分の一にもならないという。
慈愛の女神と言われながらも、偏愛と狂乱を司る、外なる神。
人間を愛し、魔を嫌う。
だからまあ、人族ではあれど、生涯少年や少女としての姿を保ち続ける小人族では、十分な魔力を得られないらしい。時間を掛けても徐々に薄れていってしまうそうだから、保持できる魔力量には限界がある。
闇払いは広域に女神の奇跡を満たし続ける、極めて消耗の激しい神聖術だ。
魔力総量の少ないプリエラには負担がデカい。その他の手段もあるとはいえ、乱戦気味になる以上、即死級の毒だった場合は闇払いによる『人間に害あるものを払い除ける』力が最も安定する。
つまりこの戦い、短期決戦となる。
身をうねらせながら接近するワームを前に、木の盾を放棄してパイクを両手で構えた。
盾にそれほど意味を持てる相手じゃないからな。
それに、いい機会だ。
後方から矢が飛び、鱗を貫通して突き刺さる。
だが止まらない。
多少の傷で怯む敵じゃないな。
加えて巨体であることを考えれば、回避も選択肢から消える。
あの勢いのまま後続へ突っ込まれれば被害が出るさ。
打撃力のあるエレーナは別に回した、ティアリーヌも居ない。魔術師は接近してきたロック鳥への迎撃を主体に行動している。グスタフがまた一体、敵を絡め取って始末した。
矛先を見る。
手の平大の、鉄製の矛だ。
迫るワームへそいつを向けて、半歩を下がり、顎が浮いたのを見計らって突き出す。当然回避してくるが、そうしてこっちへ襲い掛かろうとしたワームは喉元から一気に裂けていった。毒を含んだ血液が体に掛かり、熱を持つが、闇払いによって打ち払われていく。
僅かに残る負傷もエレオノーラがすぐ回復してくれた。
ふぅ、上手くいった。
実に地味だが、巨体が勢いに乗ってくるのなら、利用するのが一番楽だな。
俺は矛先に増設された十字の刃を元に戻し、ワームの頭部へパイクを突き立てる。
トドメ確認、良し。
エレーナの側は手古摺ってるな。
ノールが足手纏いになっている。が、上手くいくだろう。
上空のロック鳥も順調に撃ち落としているし、後は。
更に飛び出してきたワームの群れか。
廃村近くで隠れていたから、さぞ腹が減っているんだろう。
雪の中に隠して設置していた、岩槍の逆茂木に数匹が引っ掛かっているが、撃破には至っていない。
が、脚は止まっている。
そいつをグスタフが次々と縛り上げて始末していった。撃ち落とされて死に損なっているロック鳥も容赦無く。
片手間で氷の茨を制御しつつ、更に空の迎撃も。
グスタフは今でこそゴールドランクで停滞しているが、元ミスリルだっただけはある、頼もしい。
「小さいのに警戒しろ!! そろそろ後ろへ回り込んで来るぞ!!」
言って、血を払ってからパイクへ力を通す。
掘り込んだ装飾へミスリルを流し込み、振り被った。
炎を放つ。
ちょうど様子を伺ってきていたゴブリンへ命中し、周囲の雪を溶かしつつ焼き払った。
うん、こっちも悪くない。
「ロンドさんっ、ワームが!」
エレオノーラの警告には気にするなと応じた。
なにせ、ウチの二枚看板が揃った所だからな。
後方のゴブリン警戒へ向かう俺の背後で、雪原を猛然と突破してきたティアリーヌが、俺達に迫るワームの側面へ飛び付いて大爆発を巻き起こした。
※ ※ ※
ラウラが例の短剣に施してあった錬金術について、まだ全てを把握できた訳じゃない。
ただ、幾らかの法則は見えた。
取り込めるのは金属のみ。
その金属は加工して取り出すことが出来る。
リディアに指輪を渡したのと同じだな。
ただし、取り込める総量はおそらく元の短剣と同量が限界だ。
この辺りはレネというより、妹のフィオの方が分かりやすく解説してくれた。
技師ってのはある程度の余裕を持たせるものだ、ってさ。
大人二十人分を吊り下げられる縄を作れと言われて、大人二十人分がちょうど限界となる強度にはしない。そんな調整が可能であるかは置いておくとして、大抵は倍くらいは目指すものだと。可能なら十倍、とまで言っていた。
不意の負荷、想定外の事態。
それに命を託す者の事を思えば、十分過ぎる程の余裕を持たせるのは技師として当然のことだと。言いつつ苦笑いしていたがな。
だから短剣以外を取り込むのはラウラも想定していなかったことなんだろう。
今俺がやっているのは、本来の耐久値を超えた使い方だから、やり過ぎれば何らかの反動が考えられる。
その上で短剣と同量までが上限、と一応幾らか試しつつ見極めた。
あくまで俺が扱う用のものだから短剣一つ分だって結構デカい。
刀身だけで拳三つ分くらいあるからな。
だからか……二つ合わせて形状を整えてやると、不思議なことにリリィの使っていた長剣と同じくらいになるんだ。
そう気付いた時から、不思議なことに扱う量が多くても少なくても、安定し辛くなっちまった。ちょうど倍量なら、驚くほど安定するのにな。
感傷か。
なんなのか。
魔術ってのは奥が深い。
話を戻すが、取り込んだ金属を出すってのも、手の平や皮膚上に限らない。
限界距離は精々パイクの間合い程度。
既にある物体を押し退ける事も、壁向こうへ送る事も出来ない。
見えていないだけで、粘土を投げつけているのと同じなんだろう。無理に壁向こうへ送ろうとした時には、まさしく投げ付けられた粘土みたいに変形していたからな。
だから、パイクの矛先に刃を増設することも、柄の紋様に重ねて魔法の道具のように扱う事も出来る。後者はあくまでミスリル自体に付与しているものだが。
習得は相当苦労した。
矛先へ増設するつもりがすっぽ抜ける事も多かったし、柄にも掘り込みを入れるまでは全く形通りに出来ず、挙句本来の短剣も形を保つのが難しくなって大慌てだ。
けどまあ、長年使い込んだ武器とあって、手足の延長と捉える事で成功率は馬鹿みたいに高まった。
他の応用はまだまだ考え中。
どうにも錬金術ってのが楽しくなってきた所さ。
「押し込め! 押し込めェ!! 崩れた敵の尻を蹴り飛ばすぞ!!」
死なば諸共で突っ込んで来た、長身のゴブリンへパイクを突き出す。
ゆっくりと見せ付ける様に首を狙ってやったから、あっさりと避けてくる。
だが、十字に増設させた矛先が喉元を捉えて切り裂いた。
更に右側へ回り込んで来た奴の、ボロボロの剣を十字の矛先で受け止め、捻る。
左右の先端部を少しだけ曲げて作っているから、噛み合って剣を固定させた。そいつを引っ張ってくるのに合わせて手首の外側へパイクを払って回してやると、指が外れて剣を落とす。
落ちた剣に視線が向かうから、そこに矛先を向けてやると硬直する。
その間に半歩を踏み込み、パイクを軽く振り上げて仰け反らせた上で蹴り飛ばし、起き上がる前に腹を突き刺した。
反対側、後衛へ抜けていこうとした奴へパイクを振るい、回避したゴブリンの背を伸長させた矛先が綺麗に切り裂く。
他は最悪逃してもいいが、ゴブリンだけは逃がせない。
一匹でも逃して潜伏されれば、どこかで女を攫って数を増やすからな。
そして、今ので最後だ。
「周辺警戒! 集合! 警戒を維持しつつ負傷者の回復を!!」
ゴブリン相手じゃどこまで自信を持っていいのかは分からないが、意識の隙を狙うってのは上手く行ってる気がする。
流れはまだぎこちないし、特に魔法の道具としての運用が十分に出来ていない。
つまり、まだまだ強くなれるってことさ。
転がる魔物の死体にノールが一体混ざっているのを見つつ、改めて確保した檻へ目を向けた。
カーバンクルか。
また随分なものを手に入れちまったな。
※ ※ ※
戻って来た長鼻から言い訳を聞きつつ、周辺へ広く警戒網を広げていった。
話は簡単で、俺達に気付いていたらしいノールが突如としてこちらへ爆走し始めたんだと。
速力ではティアリーヌ並、しかも動きに釣られたワームが一斉に追い始めた事で単独追撃は危険と判断し、一時の待ちを選択したという。
その際にこちらへ警告を発し、動静を見守った。
長鼻の判断は悪くない。
不測の事態は起こるものだし、雪に潜って進むワームは同じ視点に立った時、全てを把握するのが難しい。だからこちらへ食い付かせ、戦線が出来上がった辺りで追いつけるよう間を置いて、後方からの奇襲とする。
こちらの死者は無し、多少の負傷はあったが命に別状はない。
バテバテの神官様が一人出来上がったくらいか。よく働いてくれたよ、本当に。
そして、
「ノールか……どうしたもんかな」
ハイエナ顔の人型魔物、獰猛で食欲旺盛、腹が減ったら味方でも食い始めるなんて言われている奴らが、今俺達の目の前に立っている。
生き残った二体は共に口の端を大きく広げ、ギロリと牙を見せ付ける様にしながら目を爛々と輝かせている。
多分、笑っている、んだと思う。
一応周囲を固め、武器を構えて警戒はしているんだが、奴ら他の魔物が片付いたと知るや武器を放り捨てて俺の前へやって来た。
視線はややカーバンクルの檻を持つエレーナにも向けられていて、その眼はまさしく獲物を見付けた獣のようで。
が、俺達の警戒や不審が伝わったらしいノール二体は頷き合うと、両手を挙げてその場で回り始めた。きゅんきゅん鳴いて、まるで道化師みたいな動きをしてみせる。
「あぁ…………っ」
エレオノーラがまた胸をトキめかせているが、相手は魔物、なんだが……。
「とりあえず……治療してやる、か?」
「いや、そいつは無理だよ、大将」
神官の一人がやる気を漲らせてきたのでそう言ったが、離れて休んでいたプリエラが口を挟んだ。
「ルーナ神は魔物嫌いだ。神官の加護や回復は結構簡単に弾けるから戦闘には使えないが、魔物に対して神官の力は毒になる」
言われて、なんとなくザルカの休日で相手取ったリザードマンを思い出した。
青白い鱗を持ち、魔術を吸収してきた将軍級だ。
思えば奴もトゥエリの鎖なんかは吸収するんじゃなく弾いていた。
「普通は魔物相手に使ったりしないし、受け入れてくる事もないから知られてないけどな。受け取っちまったら、月夜にルーナ神の裁きを受けた魔物、アレとおんなじになる」
ったく、気付いていればアレももうちょっと楽に倒せただろうが。
まだまだ未熟者ってことだよな。
「あぁ、それじゃあこの子も駄目なのかな? 足を怪我してるみたいなんだけど」
檻を掲げてエレーナが聞いてくる。
中のカーバンクル相手に指を入れて遊んでいた彼女は、まだ少し顔がにやけていた。
「竜種って話もあるし、迂闊にやらない方がいいな。どうしても世話してやりたいなら、ドルイドが必要だ」
ウチには居ない。
が、そもそも世話をするだのといった話になっているのもズレている。
普通なら魔物は即処分だ。
それにカーバンクルほどの希少な奴なら、素材としてもかなり良いんじゃないのか?
なんて考えていたらエレーナが俺から隠すみたいに檻を抱え込み、ノール二体が悲壮な顔をして寝転がり、腹を見せた。
……もしかして代わりに俺達をヤレってか。
もうなんなんだよ魔境、訳が分からなくなってくる。
「カーバンクルはともかく、魔物をクルアンの町には入れられんぞ」
後ろで表情がふわふわしつつあるエレオノーラへ向けて言ってやると、余程気に入っていたのか物凄く悲しそうな顔をされた。
「長鼻」
「おう」
「廃村の状況はどうだ」
「……残るはハーピー連中だが、あいつらは肉を得られたら去っていくだろうな。基本的に高所を好んで棲家を作る魔物だ」
放置ってのも落ち着かないが、クエスト自体は実質的に達成されたと言って良い、か。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
どうにも勝手が違い過ぎて後始末を考えてるだけで疲れてきた。
けどそうだな。
悪意は感じない。
残念ながら仲間に引き入れてやるってのは到底無理な話だが、開放して魔境へ返すくらいは平気か? 廃村へ戻らない様にだけは言い含めてやる必要もあるが。
後はカーバンクルをどうするか。
なんとなく、少し離れた場所で黙り込んでいるティアリーヌを見て、気付いた彼女がこちらを見返してきた。
何か言いたいことがあるみたいだな。
まずはと俺は拠点の撤収を指示して、念の為にノール二体を拘束した。
言うまでも無く両手を差し出してきたから、本当にやり辛かった。
しかも、ギロリと牙を見せて笑っていやがるんだ。
尻尾がぶんぶん揺れていて、ちょっとだけ可愛らしいと感じてしまった。