廃墟に渦巻く魔物達
ハーピーの群れが発達した脚でゴブリンの死体を掴み、魔法の残滓を残しつつ飛び去って行く。
俺は物陰に身を隠しつつ長鼻と息を落とした。
ここは討伐依頼のあった廃村だ。
大きな一枚岩を背後に家々を形成し、川の水を引き込むことで生活用水としていたらしい。
アーテルシアの守護から外れている地域とあって、気温は低いが雪は僅か。
おかげで今も命拾いしたんだが。
二人視線を合わせ、急ぎ現地から離脱した。
※ ※ ※
「少々手を出し難い状況になっていた」
築いた拠点から更に廃村へ寄せた、前線基地とも言える待機場所で、俺は伏せていたパーティメンバーらに報告を重ねる。
「元々あそこは、ノールっていうハイエナ顔の魔物が棲みついていたんだが、そこにゴブリンの集団が攻め込み、死体漁りにハーピーや獣系の奴らまで入り込んで混戦状態になってやがる」
異なる種族の魔物なら争い合うのは珍しくないが、ああも入り乱れていると不意の襲撃が厄介だ。
やっている間に新手が来る可能性もあるからな。
しかし、ザルカの休日は仲良しこよしで攻めかかってきたり、魔物の考えってのは読み辛い。
「ヌトファランの悪戯、って奴だな」
プリエラは肩に立てかけていた杖の装飾を指先で撫でつつ、視線を廃村側へ投げた。
「魔境に住むヌト族の言い伝えだ。気紛れ、悪戯好きな精霊で、今みたいな場所を魔境のあちこちに作ってるんだと。若いのは狂騒の渦、なんて呼び方もしていたが」
「魔物同士が殺し合ってくれるのはありがたいが、ここは魔境の外だろ」
「魔との境目。それが本来持つ魔境の意味だろ。クルアンが出来る前は、あそこも魔境って呼ばれてた。常に揺れ動いてるんだよ」
そのヌト族ってのも初めて聞いた名だが、今回ばかりは迷惑な話だ。
人の領域にそんな渦を作られちゃ、奪還もままならない。
攻め込めば俺達も吸い寄せられた一団ってのになっちまう訳だからな。
「しばらく様子を見るしかないか」
「いいや。大将、こいつは好機なんだ」
「……なにが」
「ヌトファランの悪戯には原因がある。最初にここに住んでた人間、次に棲みついたノール、そこへ襲い掛かったゴブリン。後は、餌目的ってのも理由に加わったが、渦ってのはそういうもんだ。朝見草で味わったろ。獲物を引き寄せる原因があると、そこに引き寄せられる奴を狙う別の獣が現れる。更にその獣を狙う獣が現れて、ってな具合に、次々と増えるもんなんだよ」
あの廃村にそれがあるって話か。
少なくとも避難してきた村民からの補足にそういった話は無かった。
依頼の偽装、という話も頭を過ぎったが、仮に隠したとして同行していなければ俺達に奪われるだけだ。クエストはあくまで討伐、しかも発行元は東方遠征軍。
考え過ぎか。
「そう難しい顔をするなって」
「うん?」
「簡単な話、ヌトファランの悪戯に付き合ってやると、お宝を手に入れられるってことよ。元々村にあったのか、ノールやゴブリンが持ち込んだのかは分からないけど、上手く入手出来ればパーティの懐が潤うだろ?」
しかし、と。
「……敢えて聞くが、それにどれだけ根拠がある?」
「ルークが持ってる槍もヌトファランの悪戯に付き合って手に入れたものなんだよ」
根拠、ってんなら、その一言で十分過ぎた。
亜竜とはいえ、竜の鱗を貫いて仕留めたという事実を考えれば、方向性が違うだけでゼルディスの持つ虹剣にも匹敵する武器だ。
そいつをあの渦の中で手に入れたと。
「どうだ。面白い話だろう?」
なんてプリエラの言葉につい全員が感嘆するも、俺はすぐに息を抜いて周囲を見た。
別に反応を見たかったんじゃない。
パーティリーダーとして仲間を見る。
それだけで、結構冷静になれたりするもんだ。
「様子見をする」
言うと、数名が何かを言いたそうな顔をした。
そいつに手の平を向けて落ちつけと示した後、敢えて声を潜めて淡々と続けた。
「ここから更に魔物の襲撃が相次ぐのであれば、状況の危険度はミスリルランクでも収まらなくなる。一度渦へ跳び込んじまうと逃げるのも楽じゃないだろうからな。欲に目が眩んで仲間を死なせるのは避けたい、ここから数日掛けて状況を見守る。いいな」
「あぁそれなら、ティアリーヌをこっちに加えてくれないか」
一時拠点へ引き上げだと示そうとした所で、長鼻が割り込んで来た。
彼もすまんと示してくるが、
「やっぱり原因は探っておきたい。彼女なら鼻で嗅ぎ分けられるし、異質な何かがあれば分かるだろう?」
「……無理はするなよ」
当然、と応じる彼をしばらく見つめ、俺はティアリーヌを斥候へ加えた。
先ほどの話を受けてか、やや興奮状態にあるらしい彼女へ言葉を掛けようとして、少し悩む。
が、馬鹿かと自分を罵倒して口を開いた。
「ティアリーヌ」
「……はい」
「目的は調査だ。慎重に、腰を据えてやってくれればいい。頼むぞ」
やや間はあったが。
「はい」
と彼女は真剣そうな顔で頷いてくれた。
※ ※ ※
二日が経過した。
あれから廃村には新たにロック鳥が飛来し、ハーピーと餌を巡って争い合っている。地上では生き残りのノールとゴブリンが更に死体を増やしており、川辺では蛇の尾を見たという話も出てきた。
ヌトファランの悪戯が本格化してきたってことか。
早仕掛けで強襲していれば、という思いもあるが、発見出来ていないだけで様子見をしていた魔物も何処かに居たかもしれない。
今の所、離れた位置にあるこの拠点は無事なまま。
多めに持ってきた食料は贅沢をしなければまだ五日は持つ。
ただ、余分はあって困る事もないので、暇を持て余した俺達は川辺に座って食料調達を続けていた。
釣り果は上々。
腸を取った後、たっぷりと塩を擦り込んで焚き火で炙ってやれば、美味しい焼き魚の完成だ。
「ほら、どうだ?」
護衛と称して俺の背後に立ち続ける女神官へ、いい具合に焼き上がった奴を差し出してやる。
「いえ。任務中ですので」
しかし彼女は凛々しい表情を崩さず断って来た。
なのでライムを絞って更に香りを追加してやったが。
「い、いいえ。その……申し訳ありません」
「そうか。すまんな」
お前はどうだ、と女魔術師へ渡してやると、彼女は嬉しそうに受け取って齧り始めた。
食べ方が豪快で気持ち良い。
ちらりと背後を振り返るも、神官はじっと正面を見詰めていて表情が読めない。
二人共外パーティで活動して貰っているカッパーランクの冒険者だ。
まだまだ駆け出し。
けれど筋が良いし、そう掛からずアイアンに昇格出来るだろう。
因みにマリエッタとは同室で、神官の方は外パーティのリーダーを任せている。
良く分からないが、何故か一緒に行動していると俺の護衛を始めるんだが、そういった指示を出した覚えはない。
自主性を重んじる方が伸びるというし、一先ずそのままにしているが。
「リーダー」
「うん?」
一緒に魚を齧り終えた後、女魔術師が聞いて来た。
「伏せてるのに煮炊きで煙出していいんですか?」
「隠れ続けるなら駄目だな」
「えっと」
と首を傾げる彼女へ、後ろから声が来た。
「あわよくば敵を引き付けて数を減らそうとしているのよ。考えれば分かるでしょ」
中々キツめな口調だが、魔術師の方は特に気にした様子はない。
同室だし、気心も知れている筈だ。
「勝手に殺し合って減ってくれるなら、私ら楽しても良くない?」
「無作為に増え続ける状態より、原因となるものを少しでも減らせた方が、後続の魔物や伏せて様子見している魔物を炙り出しやすいの。加えて、私達に興味を持ったその手の魔物が動けば、この雪原なら容易に捕捉出来る…………ということでよろしいですね?」
「正解だ。エレオノーラはやっぱり指揮官向きだな」
外パーティのリーダーを任せているだけあって、その能力は高い。
神殿の修練でもかなり高評価を得ていたそうだから、よくウチみたいな出来たてのパーティへ入ってくれたもんだ。
ただ、褒められた当人は表情を崩さず、小さく頷くだけ。
こうしてじっくり話せる時間は貴重だ。
だからちょっとイジワルして言ってみる。
「でもまだある」
ぐっと眉に皴が出来た。
優秀な神官、まだまだ未熟である彼女は、杖を強く握り込んで。
「…………………………………………長鼻さん達が動き易くなる」
「正解」
俺の言葉を受けてそっと息を落とし、慌てた様子で姿勢を改めた。
こっちに人間の集団が居るぞと示せば、警戒は主に拠点側へ向く。
勿論斥候の事を考える魔物も居るだろうが、乱戦続きの廃村では警戒なんてしていて当たり前。気が逸れたりすれば隙も生まれるし、探りを入れ易くなるだろう。
「……結託、してきません、かね? ザルカの休日みたいに」
「ブリジットの心配も分からないじゃないが、そうなればいっそ殲滅し易いな」
現状でもこの距離で待機を続けているのは、今廃墟にいる魔物だけなら、十分に勝てると踏んでいるからだ。
こっちにはブリジットなんかの外パーティを除いても魔術師が三人居る。
内一人はゴールドランクだ。
纏まって動いてくれるのなら、彼の餌食になるだけ。
最も避けたいのは、渦中へ飛び込んで、乱戦状態になってしまうこと。
残念ながらウチにルークパーティの様な縦横無尽さはないからな。
だからまずしっかり観察し、原因を突き止める。
やれると言っても危険であることに変わりは無いし、長鼻達が原因を突き止めてくれたなら、それを取り除く事で自然と狂騒の渦は消えていくのだという。
なんなら俺達を囮として廃村から魔物を引き剥がし、ブツを回収して貰うって事も想定してる。
「んーっ、よくそんなに色々考えますねぇっ」
ちょっと拗ねるみたいにブリジットが言うから、こちらは笑って応じてやる。
「よぉく考える癖を付けな。魔術師ならある程度は必要な事だろう? 今話した事以外にも、後から考えてみてこういうのも出来たなって思い付いたりもする。現状をどう利用できるかって思考は、行動の幅を増やせるし、次の動き出しも早くなる」
「ブリジットの課題だね」
「うーーーーんっ!!」
もっと拗ねた。
言ったエレオノーラは涼しい顔をしており、挟まれた俺は苦笑い。
と、視界の端に動きがあった。
遠い。
廃村近くの岩場から打ちあがった光の弾。
「戦闘準備!! 武器を取って集合しろっ!! 戦闘準備ッ!! 焚き火へ集まれ!!」
長鼻に渡してあった、緊急事態を報せる魔法の道具だ。
あっちにはティアリーヌも居る。
速力なら相当なものだが、その上で敢えてアレを使ってくるというのは、長鼻達が窮地に陥ったか、あるいは――――
「接近してきます! 直近三から五! その後ろ…………分かんないけど大きい何か!!」
見習いの盗賊が地面に耳を当てて報告する。
ありがたい。
不正確でもいい、憶測でもいい、判断材料をくれればこっちで処理する。
素早く集まった、非戦闘員を含むパーティメンバー達を見回し、にやりと笑う。
「獲物が罠に掛かったぜ。サクッと処理して、今夜の一品に加えてやるか」
えーっ、と嫌そうな声が次々上がる。
ははっ。
俺だって魔物なんざ食う気はないよ。
ヘルワーム然り、どんな毒性を持ってるか分かったもんじゃないからな。意外とイケる種類も居るって話だが、あるのなら普通の食事がいい。
魔術師に言って、非戦闘員を保護する岩宿を作らせた。
出入口も要らない。空気の穴だけは確保するが、終わるまではそこで大人しくしていてくれ。
「さあ来るぞ!!」
姿が見えた。
川向こうの、少しだけ丘みたいになっている場所を抜け、三つの影が猛然とこちらへ走って来ていた。
「相手は!」
「ノールだ!!」
ハイエナ野郎かっ。
俊敏で獰猛、空腹になれば味方でも食い始めると言われる人型の魔物だ。
餌なら廃村にたんまりあっただろうに、御来訪の理由について聞かせて貰いたいもんだね。
「迎撃っ、グスタフ!!」
「応よ!!」
構えた杖の先から無数のかまいたちが飛ぶ。
通常なら不可視と言える刃だが、積もった雪が撒き上げられ、その軌跡が薄っすらと見えた。
だからか、ノールは素早く身をかわし、風の刃を抜けてきた。
更に加速する。
「もう一発!!」
次は氷の茨を伸ばした。
進行方向を埋め尽くす魔術の氷、隙間へ踏み込めば速やかに絡み付いて身を拘束しただろうソイツを、ノールは高く飛び上がることで回避してきた。
「狙え!!」
狩人が矢を放つ。
けれど払い落とされ、そのままこちらの陣地前へと落下してきた。
ノールのやって来た方向から雪中を潜って進むワームの尾が見える。
戦士を前面に展開させ、前線を構築。
盗賊は……ちゃんと潜伏して左右を監視し始めてるな。
外パーティの奴らも目はしっかり戦う気で居る。
悪くない。
いい面構えだ。
敵の後続へ魔術師三人が攻撃を放つのを見ながら、ここまで辿り着いたノールを見る。
肩に刺さったままの矢。
装備は壊れ、ぶら下がっているに等しい状態。
ハイエナ野郎はギロリと血走った目でこちらを見て、けれど。
直後……ごろんと腹を見せて転がり、
『きゅー、きゅーーっ』
と、なんでか犬が甘えてくる時みたいな鳴き声を上げてきた。
ついでに何かを掲げてこちらへ見せてくる。
思わず全員が呆気にとられる中、俺の傍らで杖を構えていたエレオノーラが、聞いた事も無いくらいふわふわした声でつぶやいた。
「か、可愛い……」
つい見ると慌てて表情を戻すが、更に反対側で今度はブリジットが叫ぶ。
「あっ! アイツの持ってるのっ、カーバンクルだよ!! 図鑑で見た事ある!」
ノールがきゅんきゅん鳴いて、ウチの生真面目神官がときめいて、
腹を見せて転がる奴が捧げるみたいにしてきたのはカーバンクル。
額に赤熱した炭の如き真紅の宝石を持つ、兎のような耳の小さな獣。
そいつが木製の檻の中で、ノールの真似してきゅーきゅー鳴きながら転がって腹を見せている。
カーバンクル。
ソイツを手に入れた者は莫大な富が手に入れるとされる伝説の生物で。
竜の血統を持つとも言われる存在だ。