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仲良し大作戦

 ギルドでトゥエリと飲んでいた。

 というか、半ば俺から絡んでいた。


「あはは、ロンドさんでもそんな風に悩むんですねぇ」

「悩んでないことの方が多いつもりだ」


 俺は遠征絡みの下準備で、トゥエリはクエストの達成報告で、偶々一緒になったら久しぶりにどうかと誘ったんだ。

 彼女の所は冬の間、ここから北にある温泉で湯治をしていたっていうからな。


「いいえ。息を吸う様に女性をたらし込んでいるものだと思っていましたから」

「んぐっ…………」


 酒が違う方に入って咳込む。

 見るとトゥエリは面白そうに笑っていて、今のが当て擦りだと分かる。


 様々な事情が絡んだとはいえ、彼女を抱いたのは事実だから、正直その手の事を言われるのは結構弱い。んだが、そいつを冗談として言ってくれるのは、トゥエリなりの許しなんだろうか、とか。


「段々と一時期のアリエルに言動が似て来たな」

「うぐっ…………」


 やり返すと顔を染めて視線を逸らしてきた。

 仕返しだ。

 うん、どっちも傷付く冗談だが、それで破綻する所はもう過ぎた。


 一緒にエールを煽って、酒臭い息を吐く。


「ディトの妹さん、私は軽く挨拶をした程度ですが、性格は真逆なんですね?」


 笑って誤魔化しながら話題を戻してきたので、俺もそこへ乗っておく。


「根っこは似てると思うんだよな」

「そうなんですか?」

「あぁ。好奇心の強さは、ディトレインに負けず劣らずだ」


 雪にだって大喜びしていたし、初めて迷宮へ入った日も、怖れるより興奮の方が強かった。あまりに何にでも興味を持つから、気を付けようなと注意をしたほどだ。


「単に思った事、感じた事への表現の方法が違うだけじゃないかとも思うんだ。ただ、それとは別に日常の中での距離感というか、なぁ……どうしたもんかと」


「ふふっ、お父さんは大変ですね」


「パパと呼びなさい」


「はぁーい。パパ」


 ちょっとイケナイ遊びをしている気になったから止めておいた。


「そうなんですか、パパ? パパ、私とイケナイことするんですか?」

「本気でごめんなさい。許して下さい」


 リディアに指輪を渡した事、お前にはちゃんと話しただろう?


 それにしても、はぁ……お父さんかぁ。

 実際に娘が出来たらこんな感じなんだろうか。

 俺も親に反発してきたから、正直否定できないんだが、された側の辛さを今たっぷりと味わってる…………いやいや、別にティアリーヌは俺に反発してる訳じゃない。ただ当初あった親しみが、共同生活する上での行き違いというか、間の悪さが重なって間合いを読み損ねている感じだ。


「…………そうですね。なら一つ、試してみましょうか」


 トゥエリは残っていたエールを一気に煽り、白い喉を波立たせた。


    ※   ※   ※


 二人で買い物をした後、湯屋へ寄って酒臭さを洗い流し、拠点へ戻った。

 懐に忍ばせたのは匂い袋。

 前にリディアからも借りた事のあるものだ。

 そいつをトゥエリと選んで買ってみた。

 ディトレインとも来たことがあるお店だそうで、彼女が好んでいた匂いを参考にしている。姉妹で好みが似通うっていうのはあるだろうし、それでなくとも獣族の嗅覚に対して嫌なものを押し付けることは無くなる。


 のだが。


 緊張して広間にて書類仕事をしていた所にティアリーヌがやって来た。

 彼女は暇な時、よく暖炉の前で眠っている。寒いのは苦手らしいし、上の部屋も暖めているとはいえ、暖炉前には敵わない。

 温かな寝床、そして獣族にも好評だと店員さんも言っていた匂い袋、どうだ悪くないだろう。


 なんて思っていたら、一度は広間の戸口で立ち止まった彼女はそのまま俺の後ろを通り過ぎて厨房へ入り、水を一杯飲んで出て行った。


 …………。


 ……。


    ※   ※   ※


 「駄目だった……っ」


 別の日、また偶然ギルドで会ったトゥエリに愚痴を溢す。


「うーん。そんなに悪い匂いでも無いと思うんですけどねぇ」


 彼女は鼻先が触れるくらいの距離まで寄ってきて俺の匂いを嗅いでくる。残念だが今は付けてないぞ。


「っ、そうですか……まあ、暖炉特有の匂いってありますし、普段から人の多く集まる場所なら、混じって気付かなかっただけかもしれません」

「そうか。そう、だよな? たまには部屋でのんびりしたいって時もあるさ。なあ?」


 えぇ、とトゥエリは頷いて、にっこり笑う。


「それじゃあ次の作戦と行きましょう。今からならお時間空いてますか?」


    ※   ※   ※


 駄目だった。

 作戦以前に、なんでか知らないけど睨まれた。


 獣族って分からない。

 女の子ってだけで分からないことも多いのに、嗅覚鋭敏な子への気遣いってどうしたらいいんだ?


「そうですわねぇ、いっそ寝込みを襲ってしまってはよろしいんじゃありません?」


「フィリア、それは最低の行動だ」

「フィリアさん、変な事を仰らないで下さい」


 店で飲んでいたら店主が出て来て、勝手に座って話題へ乗って来た。


「あら怖い。けど関係を持った途端に態度が甘くなる女は多いと思いますわ。行為そのものが酷かったら別ですけど」

「そもそもティアリーヌとはそういう関係じゃない」


 リディアに指輪を渡した身でそいつをやったら、それこそクズだろう。

 俺は野菜料理に手を付けながら、香辛料の利いたホットエールで身体を温める。

 夏場はいいんだが、こう寒いとテラス席は商売に向かんな。その分割引してくれるから、割り切っちまえば寒空に慣れてる身としちゃ美味しい制度だ。


「ウチにも獣族のお客は来ますけど、そこまで匂いを気にされたことはありませんわね」

「ふぅむ」

「我慢しているだけ、というのもあるかもしれませんが」


 まあそもそもの原因がリディアとの行為の匂いを残したまま遭遇したからだし、よく聞くアレ、パパは不潔って奴なのかも知れないな。


 傷付いた。


「そんな暗い顔をなさらないで。はい、どうぞ。こちらは当店自慢の料理ですわ、あーん」

「自分で食べる。それと寄り掛かってくるな」

「あーんっ、寒いんですものぉー」


「は、離れて下さいフィリアさんっ」


 それでどうしてトゥエリもくっ付いてくるんだよ。

 俺はもう相手の居る身だ、二人とも迂闊に近寄るんじゃない。と言いたかったんだが、フィリアには話してないから言い出せず、逃げるのが遅れた。


 拠点へ戻ったら、階段途中で足を止めたティアリーヌが無表情で俺を見詰めた後、何も言わずに引き返していった。


 ホント、命が危ういからソレ。


    ※   ※   ※


 冒険者ギルドのランク章を提示して市壁を抜けた。

 通常壁の出入りには税を取られるが、ギルド所属の冒険者は無料となる。そもそもこの壁はクルアンの住民と冒険者達で築いたもの、そいつを後からやってきて我が物顔ってのはな。


「一先ず二つ目の川までは歩き通しになる。街道を行くから雪は比較的除去されてるが、荷物の重さに身体をやられないよう気を付けろ」


 応、と声があがり、黙々と歩きだす。

 隊列の中頃には荷運び専門の奴もおり、彼らは背負った分に追加してソリ一杯に食料などの物資を積んで引いて貰っている。

 後方や左右に展開して進んでいるのは、積雪の時期に現れる魔物を警戒しているからだ。


 酒精の強い酒を一口含み、革の手袋で背負い紐を握り直した。


 今回向かうのは東側。

 魔境に程近い川べりの村だ。


 前回の大侵攻があった際、大きな被害を受けて放棄されたが、最近巡視の者が魔物の住処となっているのを発見した。

 砦もクルアン同様にまだまだ復旧中で、雪解けに合わせて西へ流れてくる魔物への警戒がある為人手が足りない。なにせ、片方は全滅した訳だからな。だから今回、公式に依頼を受けて俺達が討伐を担当することになった。


 東方遠征軍、という西方諸国やクルアンの各種ギルドなんかが共同出資している連中で、こちらじゃあ冒険者の次に英雄視されたりもする軍隊だ。


 事実、長年クルアンがその最前線をも担っていたのを、東へ進出して魔境からの魔物を防いでくれるようになっているのはかなり有難い。

 前のザルカの休日では、砦があったからこそ被害を抑えられたのもあるしな。

 今回は残念ながら村ごと放棄される形となったが、クルアンの東側を農地や放牧の場として使えるのも彼らのおかげだ。稀にこうして村を興す奴らも出て、そこにも出資が集まり、掛かる税も半分以下になる。


 ただやっぱり、危険なのは確かだ。


 二つの砦で主要な経路を塞ぎ、山々にも塔を作って監視しているが、全ての魔物を防ぐのは難しい。

 空を飛ぶ魔物は優先的に始末されるが、小柄で狡猾な奴らや、夜の闇に乗じてくるとなればな。


「ふぅ…………、よし、まずは周囲の雪を取り除いて視界を確保するぞ。魔術師はこっちに集まれ」


 延々と歩き続けて昼も過ぎ、陽も半ばまで傾いた頃になってようやく二つ目の川へ辿り着いた。

 野営そのものは慣れつつあるが、雪の中はまだまだ経験が浅い。

 各自が、というよりも、パーティとして、だな。


 だから予め考えておいた通り指示を適宜出して、主だった者にそれを監督させる。


「長鼻。斥候を頼む」

「あいよ。ソリで楽させて貰った分、たっぷり働いてくるからさ」

「分かってる。酒とチーズは用意しとくよ」

「ひゃっほうっ」


 なんて景気良く言って、盗賊一人を連れて雪の中を更に歩いていった。


 目的の村は、ここからも見えている大岩場の向こう側だ。

 今日は野営して、朝になったら戦闘態勢で移動し、襲撃を仕掛ける。荷物は置いていくし、連れて来ている外パーティと数名は野営地の警備だな。


 どういう人選にするかは長鼻の情報次第。

 一応砦側、東方遠征軍の話も取り纏めちゃいるが、魔境近くは放置しているとすぐ数が増えるから、あまりアテにし過ぎてもいけない。


「おじさん」


 書類とにらめっこをしていたら、雪中装備を着込んだエレーナが寄って来た。


「どうした?」

「今回ティアがおじさんの所じゃなくて、私の方に入ることになってるんだけど、どうしてかなって思って」


 あくまで予定ではあるが、組分けは出発前に発表している。

 移動中も組ごとに役割分担するからな。


 聞くのを待っていたのは周囲の目があるからか。


「悪く言いたいんじゃないよ? でもあの子、まだまだ前のめりになり過ぎる所あるし、私にちゃんと宥めたり出来るかなーって」

「最近は純神官としての動きも練習し始めているんだろ? 状況に応じて切り替えることが出来れば、作戦の幅も広がる。そういう前線指揮を学ぶにもいい機会さ」


 ただ、と。


 リディア周りは誤魔化しつつも、最近悩んでることを素直にエレーナへも打ち明けることにした。

 出来るだけ冷静に考えたつもりだが、ティアリーヌが俺を避けたがっているなら、無理に同じ所で戦わせていいのか、って考えも無かった訳じゃない。


「考え過ぎじゃないかな? ティア、おじさんのこと悪く言ってるの聞いた事ないよ?」


「そう、か」


「あーでも、一回だけさ、特定の人は居るのかなって聞かれたことはある」


 じとっとエレーナの目も俺の内心を撫でてきた。

 まあ最近下手な誤魔化しをしたからな。

 けどまだ待ってくれ。

 リディアも、俺もだ、気持ちの上で準備が要る。


 お前が言いふらしたりってのを考えてはいないからさ。


「はぁ。しょうがないなぁ」


 諦めてくれたエレーナが、にっ! と笑って。


「これが終わったら、私が協力してあげる。パーティなんだもん。もっと頼ってよね、相棒」

「すまねえな、相棒。世話を掛ける」


 拳を打ち合わせ、各自の行動へ戻った。

 少し離れた所でティアリーヌがこちらを見ていて、目が合う。

 野営をしていた連中に呼ばれて駆けていったが、不思議と逃げられた印象は無かった。






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