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乙女心とおっさん心

 「私が……冒険者に、ですか、にゃ?」


 ティアリーヌと出会ったのは、彼女がディトレインの墓参りに来ている時だった。

 ギルドで共同墓地の場所を聞いていた彼女を偶然見つけ、俺が道案内をした。

 その帰り道で、彼女とよく来ていた場所なんだよと売れてない食事処へ連れて行ったんだ。

 精一杯のお仕着せで、一族を代表してクルアンまでやって来たという彼女は、実に暗い表情をしていた。


「一度戻って、両親や家族に相談してからでいい。考えてみて欲しいんだ」


 夏真っ盛り、パーティが順調に滑り出したのもあって、俺は広く人を集め始めていた。

 獣族への差別意識なんざ、クルアンじゃあとんと聞かない。

 時折西方生まれの奴が面倒を引き起こすも、すぐに誰かが鉄拳制裁で分からせる。隣人を、友人を、命を預け合う仲間を悪く言われりゃ当然さ。

 なによりディトレインの妹と聞かされて、俺の中の信頼度は跳ね上がった。


 無理を言うつもりはないんだ。


 ただ暗い表情しているのがやるせなくて、アイツとの思い出を、冒険譚を語ってやったら、彼女の目に強い光が差したのを見たから。


 けど今、姉と同じ道を示されたティアリーヌは顔を俯かせている。


「きっと、皆、心配します」


「……そうだな。すまない」


 ディトレインを死なせた俺が言えた事じゃなかったと、心底後悔した時だ。

 ティアリーヌは顔をあげて、まっすぐ俺を見た。


「えと……」


 言葉を探し、獣族特有の猫耳をぴくぴくと動かして。


「ごめんなさい。そういう意味じゃにゃくて……なくて、私はお姉ちゃんみたいに凄くないから。皆、きっと私には無理だって、心配すると、思います、にゃ」


「言葉は悪いかもしれないが、ディトレインで無理だったことだから、ってことか?」


「えっと……それも、あると思います」


 だからこそ、と言おうとして呑み込む。

 それこそ本当に、ディトレインを死なせた俺が言えた事じゃないんだ。


 挑戦させて、また妹まで死なせたんじゃ、俺は。


 あぁ、辛いな。

 あの天真爛漫な笑い声を思い出す度に、自分の弱さを見詰め直し、悔しくなる。

 上を目指すのであれば、あの時以上の困難へ立ち向かっていかなくちゃいけない。そこを本当に無傷なまま切り抜けていけるのか、なんて保証はどこにも無いんだ。


 喪失を怖れながらも、飛び込んでいく興奮が忘れられずに挑戦する。


 アリエルじゃないが、碌なもんじゃねえよな、確かに。


「本当は」


 と、ティアリーヌは言葉を選びながら溢し始めた。

 赦しを求めるように、罪を告白するみたいに。


「本当は、私もお姉ちゃんと一緒に里を出る筈だったんです。だけど出発の前日に熱が出て、先に行って……後で追いかけるからって」


 あぁ、それは。


「熱が引いて、準備をしました。けど、お姉ちゃんと一緒なら行ける気がしたのに、私は一人じゃ里から出ることが出来ませんでした。少しして、里に私を迎えに来てくれたけど、もう私は自分が冒険者になるなんて思えにゃくて……く、て」


「なりたい、って気持ちはあるんだな」


「っ、っ……………………」


 不安と苦しさと、恐怖を伴いながらも、俺の渡したディトレインの遺品、彼女の持っていた爆裂のこん棒を握り締めながらティアリーヌは、


「………………、はい。けど私なんかじゃ」


 自分にとって大きな存在を思い浮かべ、当たり前に委縮したと。


 そんな姿を見た時、初めて彼女個人への強い気持ちが沸き起こった。

 ディトレインの妹だから、ではなく、強い憧れを持ちながらも踏み出せずにいる一人の女の子へ。


 ギルドを作るんだろう?

 そいつは何だ。


 集まる人達は何者だ。


 ただ生きる場を差し出すだけなら、クルアンの町には幾らでも労働力を欲している所がある。

 それを押して、敢えて危険に飛び込んでいくのは。

 歩んでいった先にとびっきりの達成感と興奮と、そいつを分かち合える仲間が居るからじゃないのか。


 だったらここで、たった一人の一歩を助けてやれなくてどうする。


 ギルドマスターになるんだろう?


 決意と共にまっすぐティアリーヌを見た。

 揺れる彼女の瞳が徐々にこちらへ吸い寄せられ、何度も逃げながら、けれど徐々に定まっていって。

 ようやく、こちらを見た。

 不安そうな表情。

 そいつを見て、言った。


「俺が支えてやる。お前が望む、お前の成りたい冒険者ってのを、一緒に目指してやる。一人じゃ里を出れないなら、ディトレインが取り損ねた手だってんなら、俺が掴んで引っ張り込む。第一よ、一人じゃ無理だから仲間を頼るのがパーティって奴なんだ」


 死なせるのが怖い。

 喪失は、何度経験したって胸を抉ってくる。

 不意に思い出して堪らなくなる夜だってあるさ。

 それでもな、繋いで貰った命を今も抱えてるなら、精一杯踏み込んでいかないとよ。


 ティアリーヌはぼんやりと俺を眺め、僅かに瞳を潤ませた。


 その目に見えているのはきっと、かつて見送った姉の背中だ。

 いつも笑っていたディトレインとはまるで性格が違うのに、ほんの少しだけ姿が重なる。


 けど、もう……俺はティアリーヌを見たぞ。


 彼女もまた一度目を閉じ、いつか越えられなかった景色を思い浮かべ、そして。

 俺を見た。


「やってみようぜ、冒険者」

「……………………はい」


 握った手は柔らかくて、

 けれど、


 力強く、応じてきた。


    ※   ※   ※


 雪解けの進む街中を抜けて、ようやく拠点へ戻って来た。

 荷物を寄せて、扉を開ける。


「おーい、誰か居るかー?」


 声の半ばで厠から出てきたティアリーヌと目が合う。

 逸らされた。

 でももう一度チラっとこっちを見て、困った顔をする。


「あー…………荷運び、手伝って貰っても、いい?」

「…………はい」


 すっと寄ってきて、ぱっと持ち上げ、すすすと逃げていく。


 うん、分かるよ。

 年頃だから、出てきた時に顔を合わせるのは嫌だってことくらい。

 リディアとの匂いを残したまま遭遇してからの、この微妙な距離感も俺が悪かったって思うさ。

 年齢差もあるから変に仲良くとまでは考えてない。

 仲間として信頼し合えればそれでな。

 フェイゲル子爵邸の時もちゃんと仕事はしてくれたからさ。


 けど三十半ばの男心は傷付き易いんだ。


 特に、若い女の子に避けられるとさ。

 地味に抉られるんだよ。

 分かるんだけどさ。

 悪意なんてないから、普通にしてるだけだから。


 それが心底大切にしたいって思ってる子なら、命が危うい。






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