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猟奇☆殺人

 オーロラが戻ってこない。

 元より神出鬼没の怪盗だった奴だ、ティアリーヌの嗅ぎ分け作戦が頓挫した今、アイツを捕捉する手段は俺達にない。


 昨夜、また一人吊るされた。


 むせ返るような血の匂いを撒き散らしていたのは、一人目と同様に子爵のご友人だったらしい。

 吹雪は更に強くなり、もう外での見張りにも危険が伴うような状況だった。それでもフェイゲル子爵は警備をしろと怒鳴り散らし、影で守備隊は悪態をついていた。

 元よりまじめに仕事をしている方が稀な連中だ、酒を持って行ってやると、随分と不満が溜まっていたようで、暴言の語彙が増えちまったほどさ。


 冷え込む人間関係と、続けざまの殺人事件に、屋敷の中はすっかり暗くなっちまっていた。


 そんな中、俺は黙々と鶏を締め、血抜きをする。

 コンソメスープを作るんだ。

 温かい食事は心を落ち着けてくれる。

 そうだろう?


 色々溜まると食事に出るらしいラウラ殺しの女盗賊には、脂身たっぷりの豚肉に衣付けて油で揚げたものに、豚の脂肪を溶かし込んだソースを絡めた最高にウマい料理を食わせてやりつつ、暇な時間を見付けては屋敷内を歩き回った。


 初日からずっと続けてきた甲斐もあって、俺が動き回れる範囲の警備や使用人は全て顔を覚えた。


 よう、なんて気軽に階段上の警備へ声を掛け、小瓶入りの酒を渡してやる。

 悪いなと言いつつぐいっと一杯、キツめの酒精ににやりと笑う。


 似たような方法であちこちから情報を集めた。

 警備それぞれで入れる場所は制限されているも、繋ぎ合わせるとその範囲はとても広くなる。

 美味い食事を食えば人の口は軽くなるもんで、面白い噂話と称して宝さがしは捗った。

 子爵の人望の賜物だな。


 一方で事件は続いた。


 三人目は守備隊の隊長だった。


    ※   ※   ※


 『ベリアル』の爺さんが食堂へ入り浸り、呑気に酒なんぞを煽り続けている。


「仕事しなくていいのかよ。三人死んだぜ」

「してるよぉ。こうして子爵お気に入りの料理人を保護してやってるんだからよお」


 全く、しゃあしゃあと言いやがる。

 あまりパーティメンバーへ近寄らせたくないんで俺が対応しているが、おかげで探り回る時間も減っちまった。


 吹雪はまだ続いている。

 打ち付ける風の音を聞きながら、爺さんがこちらを見た。


「なあ坊主、下手人は誰だと思う?」


 煽って、酒瓶に手を出すからソイツを掠め取った。

 飲み過ぎだ。

 良い酒なんだからもっと味わえっての。


「それを調査するのもお前の仕事なんじゃねえか?」

「護衛は雇い主守るのが仕事さ。犯人捜しは報酬外なんでな」

「ならこの問い掛けは趣味か?」


 言って酒を注いでやる。


 爺さんはウマそうにそいつを舐め、唸った。


「あぁ。趣味か。いい響きだ。近頃北じゃあ聞かなくなった言葉だ」

「そんなに酷いのか」

「言うほどでもないな。前ほど大規模に死んでる訳じゃない。ただ、色々と陰湿なのが増えてよお。ウチも、『ベリアル』もそれに巻き込まれてる」


 魔物退治は殆ど終わったと聞いているが、脅威が無くなったら元通り人間同士で、か。


「まあだから、一人二人死んだ所で今更さ。目的が果たせるならそれでいい」

「目的ねぇ」


 フェイゲル子爵を何としてでも助けてやろう、って話なら涙の一つも流したろうけどな。笑い過ぎで。


「だが実際、コレは内部の犯行だろう? 潜り込んだ奴が、アンタらの目を欺いて好き勝手やってる。守備隊や使用人の面通しはやったのか」

「そりゃあ相方が済ませたよ。結果はシロだ」

「なら子爵のお友達か、その周りか」

「そっちは難しいな。どいつも引き籠っちまって、子爵の護衛だっつっても扉を開けちゃくれねえ」


 なるほどねぇ。


「……子爵は随分と恨みを集めていた」

「みたいだな。だからこういうことも起きる」


 他人事みたいに言いやがる。

 その為に雇われてるんだろうが、アンタらは。


「なあ坊主、お前さんの力を借りられねえか。俺らだけじゃあ不足でな。知恵を借りたい」


「悪いが、スープの仕込みで忙しい」


「ったくプンプン血の匂いさせやがって。鶏臭くてしかたねえぜ」


 コンソメスープには必要なんだから仕方ないだろうが。

 血抜きは重要だ。


「緊張したり、苦しかったりってのが続くと無駄に食っちまう奴は居るからな。お前んとこの若いのはどうした」


「こんな所さっさと出ようって泣いてるよ」


 そりゃ結構だ。


「知ってるか? アーテルシアの口付けで吹雪いてる時に出歩くと、大昔のにょろにょろした化け物が出てくるって言われてるんだよ」

「なんだよにょろにょろって。名前は」

「俗話の一つだ。適当に決まってるだろ」


 しかしまあ、この膠着状態を放置ってのもいただけない。

 腕利きの爺さんが協力してくれるってんなら、俺なりに手を出してみるのも悪くはないか。


「子爵があの手この手でクルアンからお宝を集めてるって話はお前も聞いてるだろ」


 野郎は片眉を上げてこちらを見る。

 推し量るみたいに、じっと。


「盗まれたものの中には、結構取り扱いも難しいものも含まれてたって話だ」


 例えば緑竜の護符。

 アレには特殊な制御法が必要だったみたいで、時折ヤバい魔力が漏れ出ていた。というかそれで俺は存在に気付いたんだが。


 定期的にリディアへ頼んで浄化して貰っていたモノが、既に半年以上。


 そろそろ拙い状態になっていてもおかしくないと俺は思うね。


    ※   ※   ※


 また犠牲者が出た。

 騒然となる屋敷内で、再びの殺人。

 警備が強化され、各自用心を重ねていた状況でまた、だ。


「……呪いだ」


 誰かが呟いた。

 真っ青な顔をしたソイツは男爵で、周囲に居た者達を押し退けると悲鳴を上げて何処かへと逃げていった。警護の者達が追いかけるも、既に場の注目はそこには無い。


 呪い。


 この状況でその言葉は強烈に連中の心を裂いた。

 一体何故。

 何が原因で。

 いや誰が。

 このまま続くのか。

 猛吹雪により外へ出る事も叶わない中、ここまで大胆な殺しが続いたことで恐怖心は最高潮に達しつつある。


 悲鳴が連鎖し、それぞれが自分の信じる安全へ向けて駆け出す。


 窓ガラスの割れる音。

 あぁ、と後ろ姿を見て思う。

 恐慌状態に陥って、冷静な判断すら出来なくなったんだ。

 外は猛吹雪、一人飛び出しては助かる筈もない。


 とその時。


 大きな影が外へ飛び出していった男を覆った。

 見ていた全員が思わず息を詰め、見守る中…………影が去った後、男の姿はどこにもなかった。


「迂闊に近寄るんじゃねえ」


 咄嗟に姿を探そうとしたらしい女盗賊を羽織物の爺さんが止める。

 妥当な判断だ。

 もし外に何かが居るとして、顔を出したら攫われる可能性も高い。


「なにが出てくるか分からねえぜ」


 言われ、しばらくその冷たい風が吹き込む場所を誰もが見詰めていたが、結局謎の影は内部へ入っては来なかった。


 続けてまた悲鳴。

 視線を向けると、見慣れた背中が厨房へ駆けていく所で。

 

「このまま散り散りになるのは拙い。どこか一か所に集まって身を固めるべきだな」

「はぁ……そうだな。なら一先ず、今逃げたお前んトコの奴追いかけようぜ」

「……分かった」


 爺さんからの厳しい視線を貰いつつ、俺達は厨房へ向かった。

 残った連中は長鼻が纏め、大広間へ避難すると言っていた。きっと上手くやってくれるだろう。


 そうして歩いていった先の厨房で。


 撒き散らされた血の海に、エレーナとプリエラとティアリーヌが倒れていて。

 付いてきていた盗賊女が卒倒して、気絶した。


    ※   ※   ※


 様子を見に来た守備隊の男が口元を抑えて走っていく。

 なにせ厨房には腸だの骨だのも転がっていたからな。

 ここまで緊張状態の高まった屋敷内で、そいつを静視出来る奴は稀だ。


「酷ぇもんだな」


「……そうだな」


 爺さんが言って、盗賊女を担ぐ。

 大きなため息と、遅れての欠伸。


 続く大広間からの悲鳴を受けて、俺は血まみれの厨房へと踏み入っていった。


 倒れているのは三人。

 派手に血を撒き散らし、中身までそこらに放り出してやがる。

 本当にため息が出る。

 ここの掃除、どうするつもりだよお前ら。


 薄目を開けてこっちを見てきたエレーナに、そのまま寝てなさいと手を振る。


 ややあって吐き終えた守備隊の男が戻って来た。


 二、三言葉を交わし、沈痛そうな野郎の肩を抱き、大切な部下を失った憐れな男となった俺は、彼に慰められながら大広間へ向かう。

 ここは誰も立ち入らせないでくれ。

 後で、自分の手で葬ってやりたいんだ。

 そう言うと涙もろいらしい男は嗚咽を漏らして頷いた。大丈夫だ、何かあったら俺を頼れとか言われて、ちょっとごめんなさいって思った。


――――そこから先は雑に死んでいった。


 まず『ベリアル』の爺さんが死んだ。

 動き易くなるからって便乗してきやがった。

 次に子爵の側近らしい男、そして娼婦。守備隊らが決死隊を作って吹雪の中へ飛び出していったが、悲鳴を残して戻ってこなかった。

 そんな中、もう青を通り越して土気色と化したフェイゲル子爵と盗賊女が気絶と目覚めを繰り返し、大広間を飛び出した所で謎の化け物にょろにょろが現れて俺達を追い詰めていった。

 真っ黒な触手と奇怪な叫び声、どれだけ攻撃してもまるで通じず、屋敷を呑み込まんばかりに大暴れ。

 小便臭くなった原因がどちらかは知らないが、次々と呑み込まれていく人々を見捨てて最期には子爵の私室へと逃げ込んだ。


 閉じた扉に護符を叩き付ける。


「っ、それ、は……?」

「特製のものでな。悪霊系を払う強力な効果がある」


 俺の言葉通り、謎のにょろにょろは入ってこなかった。

 実はコレ、レネとフィオが合作した警報用の護符なんだけどな。馬鹿みたいに音が出るから、いいと思ってよ。


 周囲を警戒しながら部屋の奥へ行き、慌ててカーテンを閉めていく。


 危ない危ない、吹雪が止まって晴れ間が出てやがった。

 元の天候があったとはいえ、流石に長時間吹雪を演出するのはキツかったか。


 運よく気付かなかったらしい二人の元へ駆け寄ると、豚野郎と女は俺を救世主か何かのように見上げてくる。


「言っておくが時間稼ぎだぞ」


 言葉に合わせて扉が蹴りつけられる。

 重厚なものだが、殴り神官が本気でぶち破りにくれば突破は可能だろうしな。


 抱き合って涙を流す二人へ、俺も床へ腰を落として酒瓶を取り出した。


「ここまでか」


「っ、そんなあ!?」

「なんとかならんのか!?」


 問いかけには応えず、キツい酒を煽った。

 そうして渡してやる。


 最初は渋っていた子爵も、やがて沈痛そうな表情でそいつを受け取り、一口飲む。殊勝なことに盗賊女へ渡し、彼女も最後の一杯を味わった。


「助からないの……」

「儂らは……」


 俺は天井を仰いだ。

 ぼんやりと時間を潰し、そうして言う。


「実はよ」


 注目が集まる。

 そんなんじゃねえよ。


「ずっと探してるもんがあったんだ。大切な友達が置いて行った、大切なものだ。その為なら命さえ惜しくないって思ってた。けど今更だよなあ。こんなことになっちまってよ」


 期待された話題では無かったが、酒の一杯が心に余裕を作ったのか、豚野郎……あいや、子爵が神妙な顔をしてきた。


「それは、どういうものなんだ?」

「今更だって」

「いいじゃないか。ほら、儂はこれでも子爵だ。色んなものを見てきた。お前の探してるものも、どこかで見たことがあるかもしれんぞ?」


 ふっと視線を降ろし、野郎と目を合わせた。

 なんとも優しい目をしている。


 俺に怯えてばかりだった盗賊女も、この場に限っては静かに見返してくる。


「大昔、このクルアンを襲った魔竜の片割れ。今じゃあスカーって呼ばれてる緑竜の鱗から作った護符さ。俺は元々悪霊払いを生業としてきたからな、もしそいつが手元にあったなら、あんな程度の奴は軽く吹き飛ばせるってのに」


 実はな、既に倉庫や金庫は調べ終わっていた。

 だが見付からなかった。


 子爵を見ると、彼は気まずそうに眼を逸らしたが、その視線がある一点を見詰めた。


 敢えて指摘はしない。

 待った。


「あーっ、ちくしょう!!」


 声を上げると、一時的に収まっていた扉への打撃が再開される。そして、黒いにょろにょろが部屋の隅からじわじわと侵食を始めてきた。

 頑固野郎へ、笑いながら言ってやった。


「………………おわりだな」


 途端。


「いいや!! あるっ、あるぞ!!」


 子爵はデカい腹をどうにか振って立ち上がった。

 

「あるんだ!! 緑竜の鱗を用いた護符ならっ、儂が手に入れておる!!」

「どこに!?」

「っ、あ、そこの、棚の中に……」


 言った先、真っ黒な何かが蠢いていたが、俺は構わず駆け寄った。

 どうせ幻影だしコレ。


「開かないぞっ!」


 一応は緊張感を漲らせて叫んだ甲斐あってか、出し渋っていた豚野郎が叫ぶ。


「魔術的に封じてあるんだっ!! 一番上の棚に入れてある護符を使えば解けるっ、急ぐんだ!!」

「ありがとよ!!」


 馬鹿みたいに不用心だが、封印自体は特級だった。

 言われた通りに護符で封印を解除し、引き出しから緑竜の護符を確保した。状態は、大丈夫……封印のおかげで安定しているくらいだ。


「急げ!! もうっ!」

「きゃあああああああ!?」


 振り返った俺の身がオーロラの作った幻影へ飲まれていく。

 折角だから苦しむふりをして、そのまま倒れ込む。


 最後の希望を失った二人は泣きながら抱き合い、幻影に飲まれていく。


 ついで窓を割って突入してきたプリエラがキツめの薬を振り撒いて気絶させた。


    ※   ※   ※


「……………………ふぅ」


 やがて、と言える程度には様子を伺い、俺は立ち上がった。

 結構な大仕掛けになったが、目的は達成できた。


 得意満面で扉を開けて入って来たオーロラと手を打ち合わせ、騒ぐ連中を宥める。

 最後に倒れているフェイゲル子爵と盗賊女を眺め、


「さあ引き上げるぞ。痕跡の消去は終わってるな? よし」


 緑竜の護符を掲げ、握り締める。

 全員が集合しているのを確認し、口端を広げて。


『あっははははははははははははは!!!!』


 大笑いしながら屋敷を出た。

 空は快晴、気温は上昇中。


 アーテルシアも、いい加減ちゅっちゅするのに飽きてきたってよ。


 一人駆け出したオーロラは大きく伸びをして振り返る。


「ありがとう!!」


 満面の笑み。

 だがな、と俺も笑って返す。


「頼んだのはこっちだぞ?」

「そうだけど、こんな気持ちの良い盗みは初めて。だからさ」

「だったら言うことが違うだろ」


 言われ、少し考えた馬鹿の頭をポンとやり。

 にんまり笑って先に言う。


「あーっ、楽しかったァ……!!」


 これにて子爵邸での大仕掛けは終了だ。

 ロンドパーティは、今日も快調でございます。




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