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豚小屋暮らし

 絞めた鶏の血抜きを済ませ、他の食材を準備する。

 使うのはにんじん、玉ねぎ、セロリとトマト。後は味付け用に色々とな。


 トマトの入手は意外と難しかった。

 異大陸の野菜だからな。

 さほど一般的にはなってないから、作っても売れない。

 ウチの農園でも家で食べる分しか栽培していなかったし、ちょうどお袋が大盤振る舞いした後だったから持ってもこれなかった。


 作っているのは煮込み料理だ。


 といっても具材は食べる用じゃなく、旨味を煮出す為だけに使う。


 実家じゃ濾した分を別の料理に使ってたが、今日は子爵様に食わせる為のものだから、そっちは豚小屋行きだな。


「ねえっ、コレって上手く出来てる?」


 髪を白布で覆い、危なっかしくも包丁を持ったままなオーロラへ、俺はまず刃物を振り回すなと調理台へ置かせた。


「上出来だ。初めて皮むきをさせた時、にんじんを縦置きしてそぎ落とそうとしてた奴の仕事とは考えられん」

「もぉーっ、それについてはもういいじゃないっ。料理なんてしたことなかったんだからさあっ」

「だからって卵の殻を割る時、そのまま潰すとは思わなったよ。中身がどんなかも知らなかったとはな」

「茹でたのなら知ってるよお。殻付きなのは見た事無かっただけで。勢い余っただけじゃん」


 拗ね始めたので仕事を褒める。

 俺はガキの頃からお袋に仕込まれてたから、ああいうのには驚いたんだ。

 まさかアレをアレしてあーんなことにするとは。


「褒めてないっ」


「よぉし見習い、仕事はまだまだあるぞ。下ごしらえで腕を磨け」

「はぁーい」


 実際上達著しいのも確かなので、一先ず下ごしらえはオーロラ任せにした。


 竃で火の管理をする長鼻、そして監視とのたまって酒を煽っているプリエラ。

 エレーナとティアリーヌは仲良く肉料理。つまみ食いも程々にな。


「案外どうにかなるもんだな」


 ここはフェイゲル子爵邸、の厨房だ。


 肉しか食べないお偉い貴族様だが、食いしん坊や意地汚いのは居るもんで、美味ければいいってのは案外共通だ。

 特製スープを飲ませてやった時、あのユスタークですら目を剥いていたからな。


 我が家の家庭料理、完成された(コンソメ)スープ。


 最終的には黄金色に染まるこいつで、子爵様の胃袋を唸らせてやろうってことよ。

 まあ、既に唸っちまったから俺達をここへ引き入れたんだがな。


    ※   ※   ※


 子爵邸への潜入は困難を極めた。

 だから俺は一計を案じ、ユスタークにフェイゲル子爵を招待させた。


 俺の事が大嫌いなユスタークが拒否するのは見えてたので、最初はマリエッタ経由でごり押しするつもりだったんだが、オーロラが顔を出したら一発だった。

 あのむっつり野郎が目を剥いて動揺するってのは珍しい。

 正体については沈黙されちまったが、快諾してくれたおかげで計画は円滑に進み、我が家の最強スープは見事に豚野郎の胃袋を掴んだ。


 ウチにくれ。


 そうなるのも当然だ。

 なにせ手に入らないなら奪ってでも、ってくらいの強欲な奴だからな。


 さっきも一度厨房へ顔を出し、俺を絶賛し、楽しみだと言って去っていった。


 それにしても、昔から結構当たり前に料理してきたんだが、俺もフィリアみたいに店を出せたりするのかねえ?

 なんてな。


 やっぱり冒険の興奮には代えられない。

 こいつはあくまで、冒険中のお楽しみだ。


「すまない、おかわりを」


 と、皿を持ってきた女を見て俺は「うん?」と首を傾げた。


「…………っ!?」

「待て逃げるな」

「っ、…………っ」


 睨むなよ。

 いいご挨拶じゃねえか。


 察した長鼻が素早く背後を取り、エレーナがおたまを手にカウンター向こうへ跳び出す。

 続けて食堂へ入って来た、珍妙な羽織物の老爺を見て嘆息する。


「うん? よお、坊主じゃねえか」


「久しぶりだな、『ベリアル』の」


 また妙な所で出会う。

 明らかな敵意を向けられているのに、男はゆったりと歩み寄ってくる。


「ははっ、随分な歓迎ぶりだなあ。可哀想だからよ、そんな睨まないでやってくれよ」


「お前ら次第だな」


 改めて女の顔を見る。

 あぁ、やっぱりそうだ。


 北域で見た、ラウラを刺した女。

 そしてそっちの爺も、あの時バルコニーに現れた奴で間違いない。


 合成獣(キメラ)のように混ざり合い、本来の形を失ったという冒険者ギルド『ベリアル』所属の冒険者。

 恨みを元に俺の仕事場を荒らし、二人を手に掛けた張本人が、どうして。


「俺らぁ雇われただけだぜ。怖い連中に睨まれてるから、助けてくれってよ」


「北はどうした。こっちに来た理由は?」


「お前らだって商売で北まで来たんだろ。ウチも同じさ。あっちはまあ、平和になってまたドンパチ始めてるけどよ」


 信用していいかどうかは極めて微妙だな。

 オーロラのそれと、こいつらの言とじゃ違い過ぎる。


 ただ、女の方がすっかり青褪めてるのを見るに、本当に俺達を認識していなかったらしい。


「護衛、か」

「あぁそうだよい」


 それならそれでいい、か。

 どちらにせよ、守備隊含めて目を欺かなければ、緑竜の護符を取り戻すことは出来ない。

 俺は皆へ武器を降ろせと合図を出した。

 で、なんだったか。


「そうか。じゃあ、おかわりだな。待ってろ」

「い、いらないっ」

 皿を受け取ってやろうとしたのにご挨拶だな。

「毒なんて入れない」


 ちょいと辛くしてやろうかとは企んでるが。


「美味かったろ」

「っ…………はい」


 案外殊勝だな。

 まあ仕事中とそれ以外で、性格変わったようになる奴ってのも居るけどさ。


 改めて彼女を見て、自分の中を見詰める。


 復讐だとか、苛立ちだとかはない。

 そういう、ラウラ達に向けていた気持ちも全部ひっくるめて、リディアに浄化されちまった気がする。

 もし邪魔をするなら、もし仲間に手を掛けるのなら、一切の容赦をするつもりはないけどな。


「アンタも食うか?」

「おう。特盛で頼まぁ」

「年寄りが無茶すんな、腹八分目だ。後ちゃんと野菜食べなさい」

「おいおい、ウチのババアみてえなこと言うなよ。折角若いのと小旅行しにきたってのによお、贅沢させろい」


 その若いのはテメエの加齢臭が気に入らないようで、そっと距離を取ってるぞ。


「…………歳取るとよ、傷付きやすくなるんだぜ」


 勝手に泣いてろ。

 ババアに慰めて貰えよ。


「若ぇ子がいい」

「どうする、エレーナ?」

「…………やだ」


 おたま片手に警戒心を漲らせる殴り神官から痛打を受け、多分凄腕だろう爺は背中を丸めて逃げていった。

 残った方にもおかわりを皿の上へ積んでやり、彼女が受け取った所で軽く皿を引く。


「万が一にでもウチの連中へ危害を加えたら、今度こそ戦争だと思っててくれ」


 言うと、青い顔したまま何度も頭を下げ、去っていった。

 こりゃなんとも、面倒な感じになってきたな。


    ※   ※   ※


 暇な時間を使って屋敷内を散策する。

 豚野郎、フェイゲル子爵からも許可は貰っている。


 料理はいたく気に入って貰えたみたいで、調度品や皿を褒めていたら随分と上機嫌になってくれた。所詮は下男と侮っているのもあるだろう。滅多に拝めるものではないからな、と腹を揺らして笑っていた。

 あぁ豚野郎との会話とかは概ね省かせて貰う。

 特に意味のないものだからな。

 護符さえ取り戻せたなら後はさよなら。

 余裕があるなら決定的な証拠とやらを掴んで、アリエルに渡してやるだけだ。


「どうだ」


 俺は同行しているティアリーヌに尋ねた。

 獣族である彼女は極めて鋭敏な嗅覚がある。

 屋敷内を散策して良いとは言って貰えたが、流石に金庫の場所まで入らせては貰えない。


「はい……やっぱりさっきの通路の奥が気ににゃります……なります。合ってるかは分かりません」

「構わない。思ったら思った通り伝えてくれ。そいつを精査するのが俺の役目で、違ったら皆でまた考えればいい」

「…………にゃ」


 と遅れて、はい、と言い直す。


 どうにもティアリーヌは自分の口癖が恥ずかしいらしい。ディトレインなんかは堂々とにゃーにゃー言っていたから俺は気にならないというか、可愛らしいとも思うんだがな。


 田舎から出てきたばっかりの奴が、煌びやかな通りを見て服装を気にする、みたいな感じだろうから、あんまり指摘するのもと思っちゃいるが。


「屋敷の中でフェイゲル子爵本人が歩き回る場所は少ない。あの性格なら大抵の事は使用人にやらせるだろうしな」


 広大な屋敷全てを調べるのは現実的じゃない。

 だから、子爵の匂いを辿る。

 寝室から食堂、厠に遊び場まで。


 奴なら葡萄酒片手にお宝鑑賞だってやっているに違いない。


 警戒が厳重で、日常的には出入りしない、そういう微妙な痕跡が見付かれば最高だ。


 その候補が既に一か所。


「今日は子爵がオトモダチへの自慢大会を開いているらしいから、確実に立ち寄る筈だ」


 二階へ上がり、警備の者へ軽く挨拶をする。

 鬱陶しそうな顔をされたが、話はちゃんと通っているらしい。


 凝った装飾の数々と、靴が沈み込むような絨毯。

 クルアンはまだまだ復興中だってのに、子爵様は良い暮らしをしているんだな。


「うっ…………」

「どうした」


 一際怪しげな雰囲気の通路を横切った時、ティアリーヌが鼻を抑えて顔を朱色に染めた。見る見る内に耳まで赤くなる様に、少々拙いことになったと後悔する。


 コレはアレだ。

 うん。

 オタノシミの匂いだ。


 子爵の野郎、俺と顔合わせした時にも娼婦を連れてやがったからなぁ。


 美味い食事の後には、ってのも分からないじゃないが。


「~~っ、っ」


 涙目になる年頃の娘の背をそっと押して俺は厨房へ戻ることにした。

 分かり過ぎるってのも厄介なもんだな。


 聖都や西側じゃ差別されることもあるっていう獣族、その一端に今俺がやって貰っているような、知覚外からの情報収集をされるから、なんて理由もあるのかも。

 誰と誰が会っていたとか、居る筈もない人の匂いが残っているとか。

 悪だくみする奴らからすると堪まったもんじゃないからな。


「……この状況で仲間に手ぇ出すとか」


 厨房へ戻った所でプリエラから随分な挨拶をされた。

 そりゃあな。

 仕事で出掛けた二人、男が気まずそうな顔して女が顔真っ赤で泣いてりゃ分かるけどよ、もうちょっと俺への信頼って無い訳。


「あれ、ティアどうしたの? わあっ!?」


 エプロン姿のエレーナへ泣き付くティアリーヌを眺め、そっと一息。


「程々にしとけよ、淫行リーダー?」

「プリエラ、お前料理サボってたんだから皿洗いは一人でやれよ」


 なんでだよっ、という抗議は無視して厨房を抜け、食糧庫へ向かった。

 元々の連中が解雇されたことで、実質俺達以外は誰も入る事の無い場所に大きな紙が貼られ、長鼻が屋敷の見取り図を作成している。

 今得られた情報を早めに精査しておかないとな。


「よお――――」


 そういえば厨房にオーロラの姿が無かったな、と思った所で。


 激しく鐘が打ち鳴らされる。

 警報だ。


    ※   ※   ※


 外壁に杭で両手を固定され、血まみれになっている男がいた。

 駆け付けた守備隊が腰を抜かしており、周辺の雪に踏まれた形跡がない事を確認して歩み寄る。


「…………死んでるな」


 首筋や目を確認した後、杭を抜いて降ろしてやる。


「……おう、随分な状況になってるじゃねえの」

「『ベリアル』の。遅かったな」

「ちょいと便所行ってたんでな」


 俺は男を地面に寝かせ、周囲を伺いながら白い息を吐く。


「お前らここの警備なんだよな」

「そうだ。あぁ、やられちまった以上、俺らの責任だわな」

「ウチの連中も居るんだ、しっかり頼みたい」

「あぁ任せな。二人目はやらせねえよ」


 と、二人して同時に空を仰いだ。

 雪が。

 分厚い雲から雪が降り始めていた。


「こりゃヤバいかもな」


 程無くして吹雪が始まった。

 外部へ連絡を取ろうと人を派遣したが、誰も戻らない内に夜になった。


 ここは少しばかり他の家とは距離がある。

 森に囲まれ、悪事を隠すにはちょうどよい、そんな立地だからこそ。

 こういう時は孤立しやすいのかもしれないな。


 フェイゲル子爵は恨みを集め過ぎている。


 『ベリアル』の連中を見て、なんとなく、そんな言葉を思い浮かべた。






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