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鏡の少女

 流石に夜中は冷え込むなと、皆で言い合いながら拠点へ入っていく。

 相変わらず雪が積もり続けているので、出入り口は二階からだ。

 迷宮通りじゃあ毎日頑張ってくれているから酒場に行くことは出来るが、流石にこの辺の道を全部雪かきってのはな。

 どうせ慣れたものでもある。

 近所のじじばばには毎日顔を見せに行って、不足があったら買い出しくらいは手伝ってやってるが。


「おう、ご苦労さん。おう、おう。フィオが湯を張ってくれてるから、湯場で暖まって休んでくれ。野郎共はすまんな。後回しだが酒を用意してある。コラ、身体は綺麗にしてから寝ろ。あぁ、そうだ、成功した。うん? あっ、レネっ、一人で飲み過ぎるんじゃありません、また夜中に厠行きたくなって泣くことになるぞっ。さあ入口で溜まるな奥に行け」


 別口で動いていた連中、足止めに回ってくれた連中にも言葉を掛けて、解散させていく。

 役割分担は出来ている。

 情報は後で共有すればいい。

 プリエラは……ちょうどいいからってエレーナを始め数人連れて飲みに行った。

 こんな時間にやってる店なんざ、と思ったが、売れてない食事処なら店主叩き起こして開けさせられるか。モノがあるかは知らんがな。


 全員入ったのを確認して扉を閉め、鍵を掛ける。

 警報用の護符も取り付けて起動させておく。


 見た目に凝りたがるフィオが、安くて僅かな魔力で稼働するよう調整して作ったものだが、物騒なことも増えてきたご時世と相性が良く、かなりの数が売れている商品だ。


 俺も絨毯の前で靴を脱いで、湿って冷たくなった靴下を籠へ放る。

 見習いの子に後を任せて階段を降りていった。


「それじゃあ、噂の『月光』様の御顔を拝見しようか」


 ロンドくん、と呼んだ響きに疼きを覚えつつ、冷たくなった足先を擦り合わせて広間へ。ちょうど網から出された『月光』の覆面が解かれていくところだった。


「………………ふぅ。結構苦しいんだよねぇ、コレ」


 なんてすっかり気の抜けたことを言う奴の顔が、暖炉と蝋燭の灯かりに照らし出されていく。

 覆面の布から零れ落ちた髪が背中を覆い、口元には笑み。


 布をほどいていたティアリーヌは普通の顔をしているが、広間で待機していた長鼻ら数名は驚いて固まっている。


 彼女は。


「やあ。改めて名乗らせて貰うよ。私はオーロラ。夜を騒がせる義賊『月光』の正体さ」


 リディア=クレイスティアと瓜二つの顔をしていやがったんだ。


    ※   ※   ※


 オーロラは饒舌に語って見せた。

 クルアンの町を襲った悲劇、そこで苦しむ人々を見てはいられなくなったと。


「ここぞとばかりに政争なんぞを始める聖都の貴族達も気に入らないっ。挙句王の名の元で派遣されている守備隊は碌に人々を守りもしない癖、徴税には普段にもまして精を出す! しっているかい? 聖都ではクルアン復興の名目で三つも新たな税が定められたが、その全てが一部の貴族の懐へ収まっている!! 信じられないよっ! だからもう誰かが助けてくれるのを待つんじゃなく、自分の手で変えてやろうと思ったのさ!!」


 内容についての追従(ついしょう)も文句も、是非もとりあえず脇へ置きたくなるくらい、その顔はリディアそっくりだった。

 敢えて言うなら、若い。

 二十過ぎくらいだと思うんだが、流石に顔付きに幼さが残っている。


 この元気の良さも酔ったリディアを思えば納得のいくものではあるが、徐々に別人である事も腑に落ちてきた。


 アイツに歳の離れた妹が居るってのは聞いたことがない。

 つまり、単に似ているだけなのか。


「ねえロンドくん」


「…………とりあえず、くん、は止めてくれ。俺はお前よりずっと年上だ」

「そう? まあ、嫌ならそれでいいや。で? 君はどうして私をあんな方法で捕えて、ここへ連れてきたのかな?」


 ようやく話が出来そうだ。

 リディアそっくりな顔につい長話や盗みの事情なんぞを聞き入ってしまったが、そこは俺にとって大きな問題じゃない。


「実はお前に協力を願いたいと思ってな」

「うん、いいよ」


 即答かよ。


 なんとも話し辛さがある。

 認識にズレがあるような、この独特な、感性寄りの会話にはメイリーにも似た所がある、か。


 どうにもやり辛い訳だ。


 あの予測不能で馬鹿な吟遊詩人は、今頃南方で何をやっているんだか。


「……一応、応じてくれる理由について聞こう」

「私は君を信用してる。まあ、招待の仕方については不満があるけどさあ。こういうのは招待状を送って、馬車を回して欲しかったよ」


 馬車ねえ。

 感性が推察通りに貴族寄りだ。

 あるいは豪商か。


 所作や口調の滑らかさは、マリエッタよりも洗練されていると感じるほどで。


「そいつは悪かったな。冒険者流はお気に召さなかったか。クルアンのどこかに『月光』宛ての投書箱でも置いておいてくれれば招待状で済んだんだが」

「ははっ、いい案だ。今度やってみようかな。困った人の意見が集まり易い」

「止めておけ。中身を取りに行った所で守備隊から待ち伏せを受けるし、釣り出す為の偽装の投書や、遊び半分のものも出るだろう」

「そう? でもそこは根気とやる気だよ。私の情報だって万能じゃないしさ、取りこぼす事の罪深さを考えると、その程度は許容出来る。多分ね」


 薪が爆ぜる音に隠して、つい笑みを溢した。

 なるほど義賊ってのも大変だ。しかもコイツは本気でそう思っている。単なる勘に過ぎないし、その顔に惑わされてるんじゃないかと言われたら肩を竦めるが、今好ましいと感じているのは本当だ。

 オーロラと言ったな。

 盗みの腕前は確か、やや迂闊さは見え隠れしているが、ここまで上手くやって来た実績もある。

 なにより、下町の連中が世話になってる。

 行動の結果だけをみるならば、十分信用には足るさ。


「よし。なら話を聞いて貰いたい」


 俺は部屋の隅で緊張した顔をしているフィオの様子を伺いつつ、言葉を続けた。


    ※   ※   ※


 ザルカの休日でクルアンは相当な被害を受けた。

 アーテルシアの口付けによって豪雪に見舞われた現在でも、全ての住民が安全な家に籠もって雪解けを待っているんじゃない。

 南方の港町を始め、外部に身を寄せている者も相当数に及ぶし、この地を去ってしまった者も多い。


 所有者の生死すら不明なまま、空き地と空き家が山の様に増えて、復興に向けて外部からの人間が多く流入した。

 そうなると、勝手に住みついたり、ここが自分の家だったと揉める者も出て、結構な混乱があったんだ。

 復興にやってくる大多数は善意で、あるいは健全な金儲けを目的としていると信じたいが、やっぱり悪意を持って行動している奴もそれなりに居る。


 やられっぱなしになるクルアンの住民じゃない。

 けど、今はギルドも人手を失い、弱っている。

 グロースを始めとした優秀な冒険者、あるいは誰も見向きもしていなかった隙間を埋めていていた低ランクの冒険者、そういった者達の喪失は思っていた以上に大きい。


 女王アーテルシアが人間を守ろうとしてくれているってのはいいんだが、雪で閉ざされた隙を狙った犯罪なんかも増えているのが現状だ。


 ギルドでも調べを進めていて、最近になってようやくその動きを扇動している奴の尻尾が掴めてきた。


「復興の活動に紛れて店の権利書を奪ったり、希少な素材を盗んだり、やりたい放題さ。面倒なのが、盗みの現場を抑えられなかった以上、確かな証拠を見付け出すか、盗み返すくらいしか手はない」


 平時であればこんな横暴は許さない。

 だがギルドも手一杯で、挙句一部の裏ギルドが協力さえしている節もある。


 なにより後者が厄介だ。


 放置すればするほど、法律上の正当性を整えられ、いざ抑えに動いた時には盗まれたものがいずこかへと消え失せているだろう。


「つまり、私にそいつへの盗みの手助けをして欲しいってこと?」

「そうだ」


 本人にはいずれギルドからの制裁がある。

 問題はその被害に俺達も会っちまってるってことさ。


「ウチは迷宮や魔境の探索に向いた者が多くてな、正直対人向けの潜入なんかは得意じゃない。というか、ギルド自体そんなことを目的としたものじゃないから、対魔物向けの冒険者が殆どだ」


 そうじゃない裏仕事の奴らはギルド側の動きに使われてる。

 アリエルからは、揺さぶれるのならお好きにどうぞ、なんて言われてるがな。

 雪が溶ければ相手も動きやすくなるから、仕掛けるのなら今の内だ。最悪俺達を囮にしてでも証拠を挙げて、捕らえるつもりなんだろうさ。


「オーロラ。アンタの盗みについては調べさせて貰ったよ。半分以上は普通のものだが、残りは随分と警戒されている中を見事に成功させている。あの素っ頓狂な口上からは想像し難い、良く考えられた方法だと思う」


 だからまず戦力として確保したかった。

 出たとこ勝負で突っ込むには相手が厄介だ。


 俺は既に提示されたものを分析することは出来ても、彼女の様な発想には至れない。


 馬鹿げた思考と冷静な計算、そいつが必要なんだ。


「最初に言ったけど、協力するよ。困ってる人は放っておけない。君なら悪い事の為にやっているんじゃないだろうしね」

「助かる」

「で、そろそろ相手と奪い返したい物について教えて欲しいな」


 あぁ。


 俺は頷き、目を瞑る。

 もう随分と前の記憶に思えるよ。

 ほんの二年程前、この地を去ったアイツが置いて行ったもの。


「奪った奴の名はフェイゲル子爵。奪われたのは――――緑竜の鱗を用いた護符(タリスマン)さ」


 かつてクルアンの町を襲った二匹の魔竜。

 一匹は仕留められ、一匹は傷を負って魔境へ逃げた。

 その傷あり(スカー)から剥がれ落ちた鱗を拾い上げた吟遊詩人は、自らの名を受け継ぐ者への印として首飾りを作り、三代目ローラの手へ委ねられていた。


 んだが、


 あの馬鹿、もう名乗る事はないからって意味だろう、俺の部屋へ大事な首飾りを置いて行きやがった。

 受け継いだのはモノじゃなく、技術でもなく、謡う心だと。

 言いたいことは分かるがせめて相談しろってんだ。


 ただモノはあくまで護符だから、それならそれで有り難く使わせて貰おうと思ったんだが、生憎魔竜ってのの凄まじさは相当なものみたいでな。

 特殊な制御法無しじゃあ暴れた暴れた。


 だから随分と前にレネへ預けて、俺でも使える様にならないかと調整して貰っていたんだが。


 ザルカの休日中、二人の家に何者かが侵入して金庫ごと持って行きやがった。


「緑竜の鱗…………そんなものまで」

「魔竜討伐は俺達冒険者にとって無視できない英雄譚さ。その功績の一つを掠め取られた」


 レネもフィオも、当時はかなり落ち込んだ。

 だが、執念の調べによって得られた情報を繋ぎ、ようやく所在を突き止めた。


 贖罪ってんならそれで十分。

 そもそも家の壁ごとぶち壊して侵入されちゃあ、防げって方が無理な話だ。

 神殿へ大勢の避難民が駆け込んでいる中へ、状態も不安定な護符を持ち込む訳にもいかなかったろうしな。


「このまま何処とも知れない場所へ、冒険者の誇りを持ち去られるのは我慢ならない。そいつを他の誰かが解決してくれるのを黙っていることも出来ない。なら、少々手荒で厄介そうな相手だろうと引っ張り込めないかと、そういう理由さ」


 オーロラはふにゃりと笑う。

 だから、と。

 やっぱりどこかリディアを思わせる仕草で、お姉さんぶって言ってくる。


「何度も言ってるけど、協力するよ。君の大切なものを取り返してあげる。だから安心してよ、ロンドくん」


 くん付けは、と思ったが、ここで水を差すのも座りが悪い。


 俺は改めてオーロラの正面に立ち、手を差し出した。


「よろしく頼む。オーロラ」

「うんっ」


 握り返された手は柔らかくて、温かかった。






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