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出会い

 「はーっはっはっはっはっは!! はーっはっはっはっはっは!!」


 雪に沈んだクルアンで、夜の静けさをぶっ叩く素っ頓狂な笑い声が鳴り響いていた。


「悪漢共め!! 私服を肥やし人々を苦しめる事許し難し!! 無辜なる者より奪い取ったお宝はこの私っ、義賊『月光』が頂いていくぞーっ! はーっはっはっはっはっは!!」


 酔っ払いの多いこの町でも、ここまでの奴は中々居ない。

 雪に溶け込む真っ白な布で顔を包み、獣族顔負けの運動能力で屋根を駆ける、自称義賊。


 『月光』の名はもうクルアン中に広がっている。


 なにせ夜中に堂々と名乗りをあげ、街中を駆け回っているんだからな。

 景気の良い話、面白い話、そういう酒の肴に飢えている連中が雪を掻き分け酒場に集まり、この馬鹿について大いに謳い上げた。

 義賊。

 悪から金を巻き上げ、貧しい者へと配っていく。

 事実どうにか冬篭りに間に合わせた掘っ立て小屋で生活する者達へ、『月光』は施しを与えているらしい。

 炭、食料、毛布に薬に防寒具。奪った宝をそのまま投げ付ける様なことはせず、案外マメに生活物資にしてから配っている辺り、当人の気配りを感じなくもない。


 全く、吟遊詩人の詩から飛び出してきたような奴だ。


「こっちだー!! 追い詰めろ!!」

「裏に回れ!! 今度こそ捕まえるぞ!!」


 守備隊の連中が目の色を変えて追い縋る。

 ここ数日だけで十件以上、悪徳貴族や悪徳商人の家が襲われて逃げられ続けている。そういう連中が頼りにするのは裏ギルドか守備隊と相場が決まっているからな。

 普段あれだけサボり倒している連中がここまで熱心になるのも珍しいと、皆してこの追跡劇に手を叩いて煽り始める始末。


 『月光』が人気な理由もそこだろう。


 施しなら、案外あちこちから集まってくる。勿論完全に行き渡ることは難しいから、その手が増えたことは歓迎すべきことだ。

 けどまあ、住民にとっちゃ無駄飯食らいの守備隊をコケにして回る姿の方が面白いみたいで、時折連中を邪魔してやろうと罠を仕掛けて待ち構える奴まで出ているとか。


「うんっ! いいですよ皆さん!! 仕事熱心で感心です!! けどそんなんじゃ『月光』は捕まりませんからねーっ!!」


 挙句この態度だ。

 もう守備隊はクルアン全域で鼻息を荒くし、血眼で奴を追っている。


 捕まえた者には相当額の報奨金も出るとあって、少しずつだが狙う奴も出ているが、今の所有効な手を打てた者はいないらしい。


「はーっはっはっはっはっは!! ではさらばーっ!!」


 俺は物陰に潜んで酒を煽っていた。

 キツい酒精が肺腑へ落ちていって、身体の奥が熱を持つ。


 ホント、冬の夜なんて待機には向いてない。


 声を聴きながら頭の中で図面を起こす。クルアンの地図ならかなり仔細に記憶しているから、構造的に取りやすい逃走経路ってのはある程度絞り込める。

 一度で駄目なら二度、三度、出来るまで延々と繰り返せば確率は跳ね上がる。

 更に屋上へ人を配置し、遠目にかろうじて分かるような恰好で伏せさせてやると、そいつを避けた者の経路を誘導可能だ。

 易い道、面倒の多い道、それと数日掛けて調べ上げた最終的に姿を消す位置。

 偽装も含めて考察し、逃亡者や義賊ってのの思考も追いかけ、盗んだものをご丁寧に換金している、出来ているっていう事実からある程度の裕福さと繋がりを持つ人物だという事が見えてくれば、更に絞り込める。


 まあ結局五日も挑戦して、何組かに別れてやって、ようやくって所だが。


「とーう!!」


 もしかしたら本当に馬鹿なのかもしれないな、なんて思いつつ、飛び降りてくる『月光』の姿を確認し、号を放った。


「引き上げろ!!」


 雪に埋めておいた網の端を、パーティメンバー達が一斉に引っ張って賊を包む。


「えっ、うわあ!?」


 着地の瞬間だけはどうにもならないもんだ。

 空中で動きを変えられる技能を持っていたとしても、ほんの半秒足らずで足が地面を踏むって時、人はそこに意識が向く。

 そいつはどうしようもない、心理的な隙だ。


「え? なにこれっ、あーっちょっと待ってー!」


 しっかり網の口を塞ぎ、ティアリーヌが『月光』を担ぐ。

 なるほど、遠巻きに見えた身体つきや声からもそう思っていたが、やっぱり女か。


「あのっ、私! 私『月光』なんですけど!?」


 網に囚われひっくり返った状態で、小柄な女は言ってくる。


「あぁそうだな。だから捕えた」

「いやそのっ、私義賊でっ」

「知ってるよ。あちこち盗みに入って、夜に大騒ぎしてるよな。今結構な懸賞金が懸かってる」

「で、でも皆困ってるからあ!?」

「そういうのは取り調べの奴に言うんだな」

「待ってーっ!!」


 静かにしないと守備隊に嗅ぎつけられるんだが、と思いつつも、背を向けかけた俺は彼女へ向き直る。


 ちょうど雲間から月明りが差し込んだ。


 生憎と義賊様の顔は覆面で覆われているから分からないが、向こうはこっちがよく見えたらしい。


「ぁ……………………」

「どうした? 命乞いはもう少し静かに頼みたいんだが」


 目が綺麗だった。

 本当に義賊ってのを信じ切っている、真っ直ぐに何かを成し遂げようとしている者の目。

 ただ、今はちょいと揺らいでいるが。


「悪かった。ちょっと脅かしただけだ。守備隊に突き出すつもりはない。懸賞金もな、最近クルアンで起きてる事を考えれば、お前には頑張って欲しいと思ってるくらいだ」


 少々手荒にはなったが、こっちにも目的があるんだ。


「う……うん…………ありがと」


 妙に殊勝な態度だな。

 まあいい、大人しくしてくれるのならこのまま拠点へ連行しよう。


 話はそれからで十分だ。


「ねえ、君……名前は?」

「うん?」


 攫っておいて名乗るのはな、と思ったが、今後の為に知っておいて貰うのもアリだろう。


「ロンド=グラースだ。冒険者をやっている。お前は?」


 答える筈もない。

 精々が『月光』と名乗ってくるくらいか。


 なんて思っていた俺へ、彼女は網の中でひっくり返ったまま、嬉しそうに笑って応じてきた。


「私……えっと、オーロラっていうの。よろしくね、ロンドくん」


 その響きが誰かと重なって、つい心臓が跳ねた。

 が、そこまでだ。


「おい大将、守備隊がこっち来てる。適当に時間稼ぐからさっさと行ってくれ」


 プリエラが数名を連れて絡みに行くの見送り、俺はティアリーヌと一緒に拠点へ駆けた。

 結構手荒に扱っているのに、網の中の女は小さく両手を握り。


「ルーナ様に感謝を。ふふっ、こんな人なんだぁ」


 なんて言ってやがった。

 なんなんだよ、ホントによ。






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