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真っ白な日々。

 重ね着し過ぎてもっこもこ団子状態なマリエッタが、嬉々として雪玉を作り上げ、敵陣目掛けて放り投げている。

 力不足で届いてもいないが、本人が楽しそうだから問題ないんだろう。


 アーテルシアの口付けから数日、クルアンの街並みはすっかり雪に沈んでいる。

 一階は完全に塞がってしまっているので、皆して二階の扉から表へ出て、今はちょいと雪合戦の真っ最中だ。

 俺も最初は参加していたんだが、狙われ過ぎて身体も冷えたので、屋根へ登って近所の爺様達とホットエールをいただいている。


 生姜を利かせた辛口で、中々に風味が良い。


「そーれっ、あはははは、そーれっ!」


 届かない雪玉を皆と一緒に投げ込んで、相手からの反撃があると大喜びで身を伏せて雪塗れになっていく。

 体調はまだ問題なさそうだな。


 マリエッタの家出は今の所問題無く続いている。


 子爵家からの抗議はあったが、続いて何か圧力を掛けてくる様子もなく、邸宅周りも静かなものだと長鼻から報告を受けている。

 水面下で妙な動きをされるのが一番厄介だが。

 なにせ相手は聖都での政争を戦ってきた貴族様だからな。


「わあ!? なになになにっ!? 追いかけてくるにゃーっ!!」


 何かと思えば、近所で飼われてる大型犬がティアリーヌを見付けて追い回し始めていた。

 猫種の血が濃い獣族の娘は、素早く壁を蹴って逃げるが、犬も見事に雪上を駆けて追い縋る。


「にゃああああああああああ!?」


 軒で脚を滑らせ、落下した所へ犬が全力ダイブ。

 尻尾をぶんぶん振り回して顔を舐め回され、ティアリーヌが目を回す。しかも逃げようとして踏ん張った腕がすっぽり雪に埋まり、また悲鳴。


「た、助け……っ」

「おお、おおおおっ」


 求めた先に居たマリエッタが興奮した様子で駆け寄って、けれど勢いのままとはいかず変に身構えた状態で固まる。

 きっともふもふに飛び込みたいんだろうが、気遣いやら躊躇やらが邪魔してるんだな。


「い、今助けますっ!!」


 という口実を手に飛び込むのと、雪から這い出してティアリーヌが起き上がるのは同時だった。


「わ!?」

「きゃあ!?」


 しかも運悪く雪が陥没し、絡み合いながら沈んでいく。


「大丈夫!?」


 遅ればせながら駆け寄って来たエレーナが覗き込むのと、犬が穴へ飛び込んでいくのは同時だった。

 何かが押し潰された声と、何故かとても幸せそうなマリエッタの声が響く。


 雪と、犬と、ティアリーヌと。


 まあ揉みくちゃになって嫌な要素は何も無さそうだからな。


「おーい…………大丈夫?」


 しゃがみ込んだ我がパーティのエースが問い掛ける。


「あ、はーいっ」

「……へいき」


「ホント!? やったあ!!」


 這い上がろうとした所へエレーナまで飛び込んで、しばらく悲鳴やら歓声やら犬の鳴き声やらがひたすら続いた。言葉って難しいな。


「ふぅむ。シナモンを削ってやるのも良いもんだ」


 ホットエールが美味い。

 チーズを一口、そうして流し込んだ温かな酒の辛味に酔いしれながら、俺は彼女らがわーきゃーやる様を眺めていた。


 今日はとてもいい天気だった。


    ※   ※   ※


 飲んで騒いで、謡って踊って。


 若いのが多いのもあって、ウチの拠点は賑やかだ。

 薪の節約と称してレネとフィオも遊びに来て、夕食は少し豪勢にやった。


 パーティの運営は上手くいっている。

 最初は資金繰りが問題になりやすいから、素材なんかは積極的に売りに出して、装備の更新は後回しに。その分、練度を上げて連携を磨いていく。

 足りない分は仲間で補う。

 それでも足りなきゃ、皆で知恵を合わせて突破するか、素直に撤退するか。


 おかげさまでこの冬くらいは豪遊したって余るくらいの金は出来た。

 ちょいと希少な素材を使った装備に手を出せば、あっという間に枯渇する程度の額だがな。


 パーティを結成するに当たって、メンバーが食うに困るような事態にだけはしないとフィオともよくよく相談した。

 ギルドを作るにせよ、そこが全ての土台だ。

 どれだけ俺の夢に共感してくれようと、飢えれば人は離れていくしかない。

 命懸けで戦うのと、生活力が無いのじゃまるで違うからな。


 今の所そいつは上手くいっていて、マリエッタを加えた状態でも問題無く回っている。


「んん……ん」

「……んにゃ」

「ぎゅう、ですぅ……」


 暖炉の脇で転がるエレーナとティアリーヌ、そしてマリエッタの三人が身を寄せ合って寝息を立てる。

 一枚の毛布を取り合うのではなく、くっついて全員で包まろうという目論見は今の所上手く行っているが、間に挟まれたティアリーヌが少々苦しそうだ。


「にゃ、ぁ……んん」


 寝ぼけているのか、抱き込んだマリエッタの指を舐め始めた。

 毛繕いのつもりなんだろうか。

 舐められているマリエッタはこそばゆいのか、意識の無いままニヤけて笑い始める。

 反対側で毛布からあぶれたエレーナが口元の涎をティアリーネの尻尾で拭いた。


 寝ているだけなのに随分と忙しそうだな。


 なんて思いつつ鉄ばさみで暖炉の薪をつついて火を調整した。

 夜は冷える。

 煙突を通る熱は各部屋へも行き渡る様になっているから、こうして一晩面倒を見る奴が必要になる。まあ普通に寝ちまうこともあるんだがな。朝になって大慌てで灰に埋まっていた火を起こすのも乙なもんさ。

 怒れるプリエラから文句を言われるのもいい加減慣れた。

 いいか火の番ってのは大事な役割なんだ、とか言い張ってた本人が居眠りぶっこいた日には、ひらひらいっぱいの愛らしい晴れ着を着せて皆から末っ子扱いをしてやったもんさ。

 罰を終えた翌日にはすっかり拗ねちまったがな。


「……へっくち!」


 愛らしいくしゃみに目をやれば、ティアリーネの尻尾に鼻をくすぐられたらしいマリエッタが目を開けていた。

 つい笑った俺の声にこちらを向く。


「センセイ……?」

「まだ夜だ。寝てていいぞ」

「はい……」


 が、もじもじとし始めたので椅子の角度を変えて背を向けた。

 衣擦れの音がして、マリエッタが広間を出て行く。

 厠だろう。

 すぐ戻って来た彼女は身を縮めながら暖炉まで歩いてきて、持ってきた椅子で俺の隣に腰掛ける。


「寝ないで平気か?」

「寒くて目が覚めちゃいました」


 そいつは不幸なことだ。

 残念ながら厠までは暖めてやれないからな、色々大変な事態が起きる。


 それじゃあ、と暖炉脇で温めていた鍋から生姜湯を掬って渡した。


「ありがとうございます」

「あぁ」


 自分の分も取って、膝に毛布を掛け直す。

 余った分は彼女の方へ。


 一枚の毛布を共有し、同じ鍋から生姜湯を飲む。


「生姜って独特です」

「聖都じゃ飲まないか?」

「こちらへ来てから始めて口にしました」


 冬の間は身体を温めるのに良いんだが、コレも貴族的に言えば下賤な食べ物の一種だからな。乾燥させれば半年は味が持つ優れものだってのによ。


「口には合うか? 無理をして食べるのも良くない。身体を温めるものなら他にもあるからな」

「いいえ。最近このお味が好きになってきました。とても清々しくて、豊かな香りです」


 言って、二人で生姜湯を飲む。


 マリエッタは日々が楽しそうだ。

 最近じゃ走る姿も見れるようになった。

 今日も、途中で体力が尽きこそしたが、しばらく眠って夜には元気を取り戻した。身体が滋養を受け取り、運動によって鍛えられ、順調に強くなってきたんだと思う。この年頃は吸収が早い。あぁそういえば、今目が覚めちまってるのも、昼寝したせいか。


「あの」


 温まった息を吐く。

 そっと彼女の膝に毛布を寄せた。

 そいつを緩く握って、マリエッタは暖炉へ目を向けた。


「こんなに楽しくて、良いのでしょうか……」


 薪が軽く爆ぜて、火の粉が舞った。


「……………………ごめんなさい」

「父親が心配か」


 聞くと彼女は驚いたように俺を見て、ちょっとだけ泣きそうな顔をする。


「…………はい」


 と、申し訳なさそうに。

 だが俺は静かに笑ってやる。


「俺もお前くらいの頃に家を出たんだ」

「センセイも……?」

「あぁ。実家は農園をやっていてな、親父は後を継がせたがったが、俺は冒険者になりたかった。随分と身勝手なことをしたと今じゃあ思ってる。お袋や弟には時折会ってたんだが、親父とは本当に顔を合わせなくて、最近になってようやく仲直り、したのかねぇ……」


 十五年以上だ。

 中々に年季の入った家出野郎だと自分でも思う。


 ただ、今のマリエッタを匿っているのは当時の自分を正当化したいからじゃない。


 ちゃんと俺なりに、一度は離れてみるのもアリだと考えたからだ。

 虚弱なマリエッタでは我を通すことも出来ない。ちゃんと自立も出来て、落ち付いて考えを纏める時間があれば、子爵だって一方的な話をするのではなく、対話が出来る筈。


「私も、センセイのようになるのでしょうか」

「お前はどうなりたい?」


 ゆっくりと、言い含める様に、問い掛ける。


「私、は……」


 考える。

 言葉を探し、感情と照らし合わせ、適切なものをと考えるも、案外完璧なものは見付からないもので、


「こう言ってしまうのは正しくないと思うのですが」


 なんて言葉を枕にして、添えていく。


「お父様が、可哀想、だな、と」

「うん」

「私がセンセイに依頼したのに、こんなことを言うのはおかしいと思うのですが、やっぱり、どうしても気になってしまって」

「おかしくはないさ」


 あぁ、なにもおかしくはない。


 飛び出して、好き勝手やって、意地を張って来た俺よりもずっと、マリエッタは真っ直ぐだ。


「今のお父様は、一人になってしまっています……。使用人の方々もいらっしゃいますけど、家族は……」


 母親は情夫と聖都に。

 兄も確か、今は聖都へ派遣されていてクルアンには居ないと聞いた。

 冒険者紛いのことをする兄に、あの子爵が良い顔をする筈もないし、あまり関係は良くないんだろう。


 それでも後継者である以上無視は出来ないだろうと、当初は兄貴に間へ入って貰うつもりだった。

 こっちも上手く子爵へ話を持って行けないでいるのは事実だ。


 俺だって別に父親へ反抗して家を出るのが正しい、なんて言うつもりはないからな。


「お父様は、お一人で何をしているんでしょうか。寂しくないでしょうか。センセイ、私はとても不義理なことをしていませんか……?」


 していない、と言い切ってみせることは難しくない。

 けど、その迷いが彼女の中にあるのなら。


「不義理かもしれない」


 傷付いた顔をするマリエッタを正面から受け止める。


「そう感じる自分を誤魔化すことはないんだ、マリエッタ。昔の俺はそう出来なかったが、今のお前には出来てるんだ。まずはそいつを受け止めろ。ちゃんと、お前の隣には俺が居る」


 家を出る直前、親父と大喧嘩をした。

 お互いに殴って、殴られて。多分、正しさなんて絶対的なものはそこには無くて、どうしようもなく感情的なものが渦巻いていた。


 けど、クルアンの町に駆け込んで、宿を取って、初めて一人で眠った夜。


 殴られた所がずっとジンジンと痛んで、殴った手が同じくらい痛くて、中々寝付けなかった。

 殴ったことも。

 殴られた事も。

 本当はどっちも辛くて、後悔していたのに、誤魔化して背を向けた。

 怒りで押し潰していればなんとかなると思い込んで、十五年以上も続けてきた。冒険者としての過酷な日々がそれを助長した。


「後悔していい。悩んでいい。そう思う事で俺達にも不義理だと思ったなら、相談してくれ。ただな、迷った時に正しさを求めると、考えは固まっちまう。正しいんだからコレでいいと思っちまう。それで救われることもあるが、結構いろんなものを置き去りしちまうんだ。だから、いっぱい悩んで、すり合わせて行こう」


 ズレたなら。

 違っていたって。

 探していくことは、出来るのかもしれないから。


 そう出来なかった過去を想いつつも、俺は。


「ありがとうございます、センセイ」


 自分の思う間違いを認められて、安堵するみたいに笑える少女の為に。

 落ちた一滴の為に。

 まだ。


「あぁ」


 やるべきことがある。


「マリエッタ、火の管理を任せていいか?」


「え? っ、はい! ええと、そのような名誉なお勤めをさせていただいて、よろしいのでしょうか……っ」


 目元を拭って彼女は聞いてくる。

 きっとプリエラが適当ぶっこいたのを真に受けているんだろう。

 寒い場所での火の番は、皆の命を預かる名誉な仕事だとか言ってたしな。

 単に眠くてしんどい仕事なんだがな。

 だが、そう大間違いでもないのが面倒な所だ。


「あぁ。任せる」

「はいっ。ええと……それで、センセイは? このままお休みになりますか?」


 立ち上がって、掛けてあった上着を取る。


「いいや。ちょっと夜遊びに行ってくる」


 言葉の意味を取り違えたマリエッタが目を泳がせ、暖炉の火に照らされた頬を薄く染めた。


「は、はい……っ。どうぞ、お楽しみくだ、くださいっ」

「誰から教わったか正直に話しなさい」


 後でそいつを説教するから。

 目を回すマリエッタでもう少し遊んでから、俺は拠点を飛び出した。


 もうそれなりに夜遅く、普通ならこんな雪に埋もれた状態じゃ寝に入ってる頃だろうが。


 多分な、そうすやすやとは眠れないよなあ。


 子爵様よ。






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