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口付け

 「ァああん!? 今ウチの大将は取り込み中だァ、話をしたけりゃガキの遣いじゃなくて子爵本人を連れてこい!!」

「あーん!?」

「それとなァ!? 次この建物に蹴り入れやがったら守備隊からの宣戦布告と見做すからなア! テメエらだけの問題で収まると思うなよぁああん!?」

「あーン!?」


 表でプリエラとエレーナが守備隊相手に啖呵を切っている。

 自分を馬鹿にした奴は徹底的にボコるを信条としているプリエラはもう仕方ないとして、エレーナは変なものを参考にしないでくれ。


「…………っし、ようやく諦めて帰りやがったぜアイツら」

「撃退してきたよっ」


「おう。ありがとな」


 しばらくして戻って来た二人を一先ず労い、プリエラには熱々のお茶を、エレーナにはヤギのミルクを提供した。

 俺からの心尽くしだ。


「ありがと」


 魔術師に冷やして貰ったミルクを美味しそうに飲むエレーナ。

 うん、ちょっとだけ子爵の気持ちが分かったような気がするよ。


 一方プリエラは猫舌なので、熱いお茶を何度もふーふーして飲むからしばらく静かだ。


「…………お騒がせして申し訳ありません」


 そして俺は、寝台で横になるマリエッタへ目を向けた。


「気にするな。報酬分には程遠い」


 思いのほか守備隊がしつこくて、逃走劇には時間が掛かった。父親への反抗や、結構な興奮状態が続いたこともあってか、流石に体力が尽きて今や寝台とお友達だ。

 ゆっくり休めばいい。

 子爵家の寝台とくらべれば安物の、硬いものだがな。


「そういえば報酬って何貰ったんだ? 宝石か? 子爵家のへそくりとかなら見てみたいねえ」


 すぐ飲むのを諦めたらしいプリエラが、何の気なしな表情で聞くが、


「私の全てをセンセイに差し上げましたっ」


 自信満々なマリエッタの言葉に流石の彼女も硬直する。

 じとっとした目が寝台で横になる十五歳ほどの少女の身体を撫で、そのまま俺へ向けられた。


「大将」

「勘違いするな」

「私もこんな身だ。今更趣味をどうこう言うつもりはないが、経験的に依頼主との関係は碌な結果を生まない。しかも貴族だぞ」

「私は家を出たのでもう平民ですっ」

「あぁ分かった、はいはい。でだ、平民抱くのとは訳が違うというか、覚悟は出来てるのか?」

「勘違いするなと言った俺の言葉を曲解する以上、お前も覚悟は出来てるんだろうな」


 言うとプリエラはハッとした。

 そうしてまだヤギのミルクを美味しそうに飲んでいるエレーナの腕を掴み、外へ引っ張っていく。


「悪かったな。半時くらいでいいか? いや、初めてっぽいし半日くらいは皆でどこか飲みに行ってくるわ」

「だから手は出してないし、出すつもりも無い。いいから座れ」


 全く、と息を落としてマリエッタへ向き直ると、彼女は被っていたシーツで半ば顔を隠しつつ、顔を赤くしてこちらを見ていた。


「マリエッタ」

「……………………きゅう」


 折角丈夫になってきたのに、耳年間な元子爵令嬢は自分の口にしたことの意味に気付いて目を回した。

 そういう意味じゃないからね?


    ※   ※   ※


 実の所、ある程度は成算があって行動している。

 マリエッタの家、グランドーレ子爵家は元々聖都で権勢を振るっていた一派の旗頭だ。

 そいつが政争に敗れて、貴族権力の弱いクルアンまで逃げてきた。


 大雑把に言うとそんな所で、更に言うと聖都風を吹かせまくる子爵はクルアンの貴族連からも距離を置かれている。

 元々この地に留まってる貴族なんざ血の気の多い馬鹿か、冒険心を滾らせる馬鹿が主流だ。そんな中で、冒険者に対してあんな蔑んだ発言を繰り返しているんだから、輪に入れないのも仕方ない。

 精々が同じ様な境遇の貴族と肩を寄せ合い、王側である守備隊とよろしくやっているくらいか。


「聖都では結構なやり手ぶりだったらしいぜ」


 陶杯を手にエールを舐めるのは、パーティ内で長鼻と呼ばれている男だ。

 その名の通りに鼻が長く、長寿の血を引いている為に見た目には少年の姿をしているが、実年齢は俺よりも一回り以上高い。


 実名を呼ばれるのが嫌らしく、俺達も長鼻で通している。


「慈善事業にも熱心で、ツラが良いから女貴族からのウケも良く、若造ながら派閥を牽引する筆頭だったって話だ」


 彼の職は狩人だが、盗賊としての技能も習得しており、この手の情報収集も上手い。

 今回、子爵家からの依頼を受けるに当たってざっくりとした背景は探って貰ったんだが。


「だが一方で家庭内は政治のようにとはいかなかったみたいだな。アンタなら情夫ってもんくらい知ってるだろう?」

「皮肉か?」

「ははっ、お嬢ちゃん一人手籠めにしてきて言うかい?」

「してない」


 いいから続きを話せ。


 言うと長鼻は肩を竦めてエールを舐めた。


「貴族の結婚は殆どが政略結婚だ。当然、愛情なんて無いことも多い。だから後継者を産むっていう義務さえ果たすなら、(おおやけ)に愛人を持つことも認められてるんだよ」


 グランドーレ家の屋敷で騒ぎがあった際にも、子爵婦人は出てこなかった。

 マリエッタもそこを気にしている様子はなかったし、政争に敗れて聖都を離れたっていう経緯も考えると、まあ答えは見えてくるよな。


「子爵婦人は愛人と一緒に聖都へ留まった。まあ実質逃げた様なもんだ。あっちの豪邸は今も婦人とすけべ野郎との愛の巣になってるみたいだからな。加えて長男も半ば家を出る様な形で神殿騎士をやっている」

「それについてはマリエッタからも聞いた事があるな。兄と一緒に、あのザルカの休日じゃあ神殿に籠もってたって」


 その時子爵も一緒だった筈だが、何も言及されないことを見るに、奥で優雅に震えてらしたんだろう。


 神殿も高位の者を平民と混ぜることはしないだろうしな。

 普段どれだけ大らかでも、急場になれば立場を振り翳してでも生き残ろうとするのが人間だ。


「母は愛人と逃げ、兄も神殿騎士として家を出ている……なるほど、マリエッタが最後の砦だった訳か」


 貴族の家庭内不和は時折酒場でも肴になっているのを聞くが、身近になってみると中々に厄介だ。

 特に父親を裏切らせる形になっちまったのは、マリエッタにとっていい事じゃないだろう。


「どうする大将? 正直言って、採算の取れる仕事じゃないぜコレは。堕ちたりとはいえ子爵家から睨まれりゃ、孤立しているとはいっても面倒が増える。金だけは持ってるからな」


「敢えてその言い分に乗るが、俺は仕事としても悪くないと考えてる」


「…………聞いても?」


 あぁ、と応じる。

 人を集め、リーダーを名乗るのであれば俺だけに通じる論理ではいけない。

 ちゃんと周囲を納得させる言葉が用意できないのであれば、その意味がない。


「兄が戻って来て家を継ぐ可能性もあるだろうが、だとしてもマリエッタと兄との関係は悪くない。今すぐって話じゃなくてな。将来的にどちらが家を継ぐにせよ、彼女との繋がりを持っておくことは俺の目的に大きく貢献して貰える可能性がある」

「十年二十年先の、子爵家からの支援か。そりゃ悪くないがな、アンタ爺さんになってからギルドを作る気か?」

「いいや。だから可能なら子爵本人とも手を結びたい。さっきの話を聞いて分かったが、どうにも子爵は聖都への野心を忘れ切れていないんだろう。貴族らしさ、貴族的価値観に固執している。クルアンの貴族は大らかって聞いていたが、なるほどって所だよ」

「で、具体的な方法としては?」


 長鼻は椅子へ凭れ掛かって俺を値踏みしてくる。

 分かってるよ。お前は別にギルドを作りたいっていう俺に同調しているんじゃない。その動きの過程で、面白い事や、大きな儲けが見込めるから付いてきてくれてるんだ。俺が成功しようが、失敗しようが、上手く立ち回って儲けるつもりでいる。


 その上で有能だから、こちらも存分に使わせて貰っているんだからな。

 少なくとも彼は仕事に対して誠実だ。


「そう難しいことじゃないと俺は思う。子爵はマリエッタを心配していた。内容はともあれ、娘が貴族社会で蔑まれることがないようにっていうのが反発の土台だ」


 だったら、全てはマリエッタに懸かってる。


「冒険者稼業の云々は当人が決める事。それ以前の、虚弱なあの子を冒険者になれるくらいに体力を付けさせることが出来れば、後はもう二人で話し合って行ける筈だ。少なくとも一方的に保護される状態じゃあ無くなる」


 つまりこれまで通り。

 しっかり滋養のある食事を摂って、適度に運動をし、よくよく眠る。


 まだまだ成長期なんだ、病気を抱えてるってんでもないんだから、健康的に生きてれば自然と体力は付いてくる。

 この短い期間で庭を一周できるようになったのも、興奮しても倒れなくなったのも、あの年頃ならではの伸び方さ。


「その上で決裂して、行き場を無くしたら?」

「ウチで引き取るよ。言葉と行動の責任くらいは取るつもりだ」


 言い切ると長鼻はため息をついてみせた。


「大将アンタ、面倒事を背負い過ぎて自滅するなよ」


 ありがたい助言を貰いつつ、俺もエールを煽って酒精を流し込んだ。

 冒険者の血と肉は酒で出来ている。

 お利巧過ぎてもこの稼業は続けていけないのさ。


    ※   ※   ※


 守備隊による訪問は続いたが、頑としてこちらは扉を開かなかった。

 外へ出る時もしっかり護衛を付けて、連中に攫われることが無い様警戒し。


 またギルドにはすぐ報告を挙げておいたから、アリエルが上手く処理してくれている。


 どちらも子爵本人が殴り込んで来たら多少は真面目に応じなければいけないだろうに、奴は家に引き篭もって出てこないという。


 そんな裏でマリエッタの歓迎会を行い、別で動かしていた外パーティも合流して冬篭りの準備を終えた頃。


 アーテルシアの口付けによって、一晩でクルアンの町は雪に沈んだ。






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