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困った時は

 中年執事から『昨日の侵入者絶対お前だろ』みたいな目を向けられながら平然と屋敷の中へ入っていく。

 今日も子爵様の出迎えは無い。

 最初から期待もしてなかったんだが。


「よろしくおねがいしますっ、センセイ!」


 昨日と全く同じ場所、同じ格好でマリエッタは待っていた。

 ただ興奮して倒れた前回と違って、今日はそれなりに落ち付いている。


 教えた事をしっかり意識しているんだな。


「あぁ。よろしく、マリエッタ」


 真剣さは心地良い。

 未熟であることも、無知であることも問題じゃない。

 まっすぐ向き合うつもりさえあれば、そんなものはいずれ付いてくるんだ。


 いきなりの呼び捨てにここまで俺を案内して来た執事の目が厳しくなるも、この先延々と敬語を続けていくのは指南役として正しくない。

 現実ってのを教える為に必要なことだよ。

 なんて顔をして流し、改めてマリエッタに向かい合った。


「本日はどのような鍛錬を致しますか……っ」


 気合いもたっぷり。

 良い生徒だ。


 だから俺は、昨日の内に考えてあった特別訓練を言い渡した。


「それじゃあ、散歩をしようか」


    ※   ※   ※


 帯びていたミスリルの剣も外させ、服は緩め、身一つで敷地内を歩く。

 マリエッタは不満顔だ。


「ぶー」


 可愛らしい子豚が誕生し、さっきから俺の脇でぶーぶー言っている。

 後ろに執事がいなければ鼻の一つも摘まんでやる所だが、徐々に子爵令嬢の息があがってきた。


 やっぱりそうなるよな。


 虚弱と言われたマリエッタは根本的に体力がない。

 興奮するだけで倒れるような子が、下町のガキ共のように駆け回って遊んで来た筈もなく、あの広い部屋とバルコニー、そしてこの見事な中庭だけが遊び場だったんだろうことが分かる。


「よしっ、待機!」


 俺が言うと、最初はほっとして見せたマリエッタだったが、すぐに表情を改めて不満顔をする。


「ほら。待機も冒険者が持つ技能の一つだ。休める時にしっかり休め。迷宮に入ったらいつ魔物に襲われるか分からない状態で寝食を取ることになる。休めない奴から倒れてパーティの足を引っ張るぞ」


「う、ぐっ…………どのようにすれば良いでしょうか」


「俺は寝る」


 言って木陰に寄っていき、木の幹に寄り掛かって腰を落とす。

 足は片方抱き込んでいるから、いざという時には動き出しが早い。次の動きが読まれやすい形だから、実はそれほど良いものでもないんだが、マリエッタは真似をしてすぐ隣へ座り込んだ。

 目くじらを立てる執事なんて知った事か。

 冒険者が地べたに座らないなんて、出来る筈も無いだろう?

 それが嫌なら諦めればいい、お前達の望む冒険者の現実ってことさ。


 周囲を警戒しつつ、ゆったりと意識を緩めて目を瞑る。


 瞼の裏を見詰めながら俺は言葉を続けた。


「冒険者はよく歩く」


 どんな高ランクの者でも共通だ。

 一部、お空を飛んでる奴も居るが、常にアレをやっているんじゃないからな。


「迷宮へ行くにも、迷宮内を探索するにも、下手をすれば一日中歩き続けて移動することもある。俺はしばらく前、北域まで歩いて行った。魔物と戦ったりするより、歩いてる時間の方が多かったくらいだ。歩き方にも上手い下手はあってな、ちゃんと体力を温存したり、消耗を抑える歩き方を習得している奴は遠征中でも安定的に力を発揮してくれる」


 ウチのパーティはついこの前、一ヵ月もの間を迷宮で過ごした。

 その時ですら戦闘時間よりも移動時間の方が長かった。


 若い連中は総じて歩き方が不慣れで消耗が大きく、熟練は平気な顔をして大荷物を背負っていた。


 勿論、肉体の慣れってのもある。

 筋力が無けりゃ出来ないこともあるだろう。

 それでも疲れて前傾したり、無駄に身体を振って歩くのと、姿勢正しく歩いたのじゃ半日後の疲労がまるで違う。


 片目を開けてマリエッタを見た。

 彼女は俺を真似て片足を抱き、木に凭れ掛かっちゃいるが、身体は緊張していて休めていない。


「ひゃあっ!?」


 脇腹をつついてやって、更に姿勢を崩した。


「ここは安全みたいだからな、もうちょっと身体を休めるか」


 言って寝転がる。

 木漏れ日が目を掠め、眩しさに瞬きをしていたら、蝶が眼前を横切った。

 少しして戻ってくると、胸の上に留まった。


 ゆっくりと息を吐き、力を抜いていく。

 吹き抜けていく風が心地良い。仄かに漂ってくるのは、花壇一杯に咲き誇る春の花の香りか。木の葉がこすれ合って、目元で木漏れ日が揺れる。

 腕にこそばゆい感覚があると思えば、蟻が登って来ていた。

 摘まんで、すまんなとそこらへ逃がす。かゆいんだ。

 羽を休めていた蝶が風に吹かれて飛び立っていった。


「あっ!?」


 マリエッタが前のめりになって覗き込んでいて、俺もちょっと笑う。


「ほら、しっかり休め。今日は出来る限りこの屋敷を探索する。全部回れるかどうかはマリエッタ次第だ」

「探索ですか……?」

「そうだ。俺からすると未知の場所だからな。知らない場所を見て回るのは楽しい。そこを良く知る道案内と共に行けば、色々と学ぶこともある」


 探索、ともう一度呟いてマリエッタは笑顔になった。


 考え方一つで変わるもんさ。

 今はまだごっこ遊びみたいだが、その先に冒険者の日々がある。


 楽しんでいけ。


 なんて思っていたら、休憩が終わってすぐの立ち眩みでマリエッタは倒れた。

 いやいや大丈夫だろうと思っていたんだが、そのまま青い顔をし始めたのでゆっくり休んで貰うことにした。


    ※   ※   ※


 マリエッタの虚弱さは想像以上だ。

 あれから数日、屋敷の敷地内を散歩し続けたが、一日で全てを回り切れた日が無い。


 初日に教えた平静を保つ技術も万能ではないし、数日そこらで身に付く訳も無し。


 最初は慣らしていけば大丈夫だと思っていた俺も、流石にこのままじゃどうにもならんと頭を捻った。

 そんな訳で今日は、デカい厨房を借りて料理を作った。

 精の付くモノ。

 野菜から肉から、色々と手を加えて沢山食べたくなるようなのを作ってみたんだが。


『………………きゅう』


 食べてる時は嬉しそうだった。

 食事そのものに興味も感心も無いと言われたから、あの手この手で工夫を凝らし、食べたくなるように仕向けた。

 携帯食なんかには目を輝かせて手を付けていたが、食後しばらくすると顔を青くして倒れた。

 おかげで毒を盛ったと疑われちまったよ。

 しかもマリエッタは、全部合わせても一椀分くらいしか口にしていなかった。


 考えてみたんだが、アレはムベラートの呪いを受けているんじゃないだろうか。


 別名、貧者の印と呼ばれるもので、一度飢餓に陥った者を死へ誘う悪魔の力とされている。

 その悪質さは飢饉の後にやってくる所にある。

 長く飢えていると、ムベラートの呪いが身体に溜まり、胃が上手く食べ物を消化出来なくなる。


 対抗策としては粥なんかの消化に良いものを少しずつ食べて、身体の中からゆっくりと呪いを吐き出していくしかない、とされている。


 この時迂闊に神官が手を出すと更に状態が悪化してしまうというおまけ付きだ。


 体力を付けるにはしっかり食べるのが一番。

 そいつを邪魔するムベラートの呪いによって、飢饉から解放された人達がどれだけ殺されて来たか。


 とはいえ慎重に様子を見ていて良かった。

 マリエッタは倒れこそしたが、軽く熱を出した以外は問題なさそうだ。


 無理を言って厨房を借りた俺への風当たりはキツくなったがな。


 今日の所はお引き取りを。


 そう言われて仕方なく屋敷を出たんだが、ちょいと俺一人の手には余ることが分かった。

 再潜入防止の為だろう、守備隊の奴らが延々と追いかけ回してくるのを見つつ、拠点へ戻ることにした。


 一人で無理なら力を借りよう。


 パーティってのはそういうもんだ。

 いいや、ギルドや冒険者だってそうさ。


 自分には出来ない事を、出来る人間探して依頼を出すのさ。


 金が絡んで取引感が強くなるのは否めないが、冒険者は困った人を助ける為に。


 そうだよなあ、ディトレイン。


    ※   ※   ※


 「あ…………」


 拠点前でティアリーヌと遭遇し、声を掛けようと思ったんだが。


「~~っ!!」


 俺を見た彼女は猫耳をツンと立たせ、尻尾をびーんと伸ばしたまま固まって顔を逸らしてしまった。

 手で口元を隠しつつもしっかりこちらを見てくるのを感じつつ、どうしたもんかと苦笑い。


 ディトレインの妹、ティアリーヌとは最近まで上手くやれていたんだが。


「あれー、にーちゃ?」

「おう。こんな時間に起きてるとは殊勝だな」


 拠点の隣の家から出てきたレネが、にやりと笑って作った護符を見せてくる。ほう、中々の出来栄えだ。前の競りで残ったものを丸投げしたんだが、相変わらず面白そうなのを作ってくれる。


「それにウチは寒いから」

「ん、まだ壁直ってないのか。頼んだんだろ?」

「急ぎの注文あるってー。板と毛布で塞いでるけどさ」


 ザルカの休日中に大穴を開けられた二人の家は、現在風通しが良くなり過ぎてあまり使われていない。

 地下に籠もっているレネはいいとして、フィオは大抵パーティの拠点で過ごしている。雪が降る前に直ればいいんだが。


「あれ、ティアちんどうしたの」


 行く先で固まっていたティアリーヌにレネが首を傾げる。


「な、なんでもありませんっ」

「わ……よしよし」


 言いつつしがみ付いて来た獣族の娘に彼女がお姉さんぶった顔をして頭を撫でる。どういう状況? と視線を向けられるが、別に今は何もしていないぞ。


 今はな。


「襲ったの?」

「襲ってない」


 お前パーティリーダーに対する信頼度が低過ぎないですか。

 別にそういうんじゃ……いや完全に違うとも言い切れないんだが。


「前に……朝帰りで遭遇してな」


 俺達の拠点はレネとフィオが住んでいた家の隣にある。

 前の住民がザルカの休日以降、クルアンを出てしまった為に空き家となっていた所を確保したんだ。ついでに言えば、ここはあの地下酒場とかも近くてな。


「あー……………………すけべ」

「否定はせん」


 リディアと飲んで、よろしくやって、近くだから拠点でやればいいやと匂いをそのままに戻ってきちまった。

 ディトレインはそういうのに対して大らかだったし、油断していたといえば油断していた。


 俺の身体に染み付いた匂いから、直前の状況を理解した獣族の女の子は、すっかりそういうのを意識しちまって、最近ちょっと避けられてる。


 不注意だった。

 反省してます。

 しかしティアリーヌはどこであの匂いがそういう匂いだって学んだんだろうな?


 いやこれ以上は下種な勘繰りか。


「す、すみませんっ」

「いや、気にしないで……」


 くれよ、という言葉より早くティアリーヌは何処かへと逃げてしまった。


「にーちゃ」

「なんだ、レネ」

「大変だね、偉い人」

「確かにな」


 まあ今回は俺の配慮が足りて無かった。

 ウチは女率も高いし、若いのも多い。自分らの拠点だからって、前に使ってた宿と同じ様な使い方は出来ないか。


 パーティ運営ってのは思ってたより大変だ。


 気を遣う事が多いし、メンバー同士の不和もある。

 なんとか、やってみてはいるけどよ。


「あぁそうだ、レネ」

「あーい?」


 そっちの不安もあるが、こっちの不安も急ぎ解決したい。

 興奮しただけで倒れ、食事も十分には摂取出来ない虚弱な少女。


 食って寝てれば元気になるを持論にしてきた俺とは少々相性が悪いんだ。


「プリエラ見なかったか? アイツにちょっと頼りたくてな」


 昔、同じ様に身体が弱かった彼女なら、何か知ってる事もあるだろう。






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