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グラース農園

 「おーいリーリーさん! コレだ! さっき俺が言ってたとびっきりの漬物!!」

「アンタそんなもんリーリーさんに食わせるんじゃないよっ。ったく品が無いったらぁ」

「お前だっていっつも美味しい美味しいって言ってるだろうがっ。上品ぶったって皺くちゃは治らねえよっ!」

「なんだとこのクソジジイがっ!!」

「ねえリーリーっ、こっちであそぼーっ!!」

「リーリー! リーリーッ!」

「あっ、こいつおもらししてる!! ねえっ、お母さん!!」

「はいはい。ありゃまあっ、ははは! 元気がいいねえ!」

「あー」

「おーっし! 倉の酒持ってきたぞっ! 飲み直しだあ!」

「お母さん早くしてよおーっ!!」


 混沌とした我が家の庭で、親族だかそうじゃないのだかも混じって大騒ぎ。

 リーリーってのはリディアの事だ。

 今おしめを変えて貰ってる子が最初にリディアと遭遇し、名前を聞いてずっとリーリーと呼んでいたから勝手にそう広まった。


「大人気だな」


「あっ、ああ、あ、はい。ありがとうございます。はい。ええと、はい。えっと何ロンドくん? あっ、いえいえ!」


 大人気だ。

 次から次へと、老いぼれから赤ん坊まで、男も女も、見た事も無い美人を前に舞い上がってリディアへ詰め寄り、すっかり揉みくちゃにされている。

 適当に流しておけばいいものを、全部真面目に受け取るから更に状況が整理し切れなくなって、


「漬物ありがとうございます。さっぱりとしていて美味しいです。ごめんね、今はもうちょっとこっちに居てもいいかな? うん、また後でね。それと、えっと、聖都の事? あっちは流行り廃りが激しいから、私もそこまでは。じゃあ明日、持ってきた物だけで良ければ見てみる? うん。はいっ、そうなんです。私は別に、そんなんじゃないですよ。えぇ、弟のアルウェンさんに誘われまして。えっと、ええと……ふふ、それは内緒、ということで」


 うん、アダマンタイト級神官の処理能力を甘く見ていた。

 ごちゃごちゃに告げられる言葉全てをしっかり把握して、丁寧に受け答えしてやがる。


 普段ならここまでハキハキと喋ったりはしないだろうに、酒がいい具合に回っているのと、妙に張り切っているからか。


 まあ続けているとどこかで体力も尽きるだろうから、適当な所で引き上げさせるとしよう。


「おぉいロンドが帰って来てるって聞いたぞお!!」

「おーっ、居た居たっ!! ってすっげえ美人連れてるぞっ!? 結婚相手!?」


「そういうんじゃねえよ馬鹿!! これ以上状況ややこしくすんなっ、また後で遊んでやるから今日はおとなしく家に帰っとけ!」


「あっははは!! 見ろよっ、あのガキ大将がお行儀良さそうなこと言ってやがるぜ!」

「テメエの恥ずかしい話っ、その美人に山ほど吹き込んでやるからなあっ!」


 放っておくと増えるわ増える。

 昔冒険者ごっこをやってた馬鹿仲間に加えて、話を聞きつけた別の農園からも食料と酒を担いだ馬鹿共がやってきて、庭へ収まり切らず道にまで宴会場を広げていく始末。

 クルアンじゃ食料が値上がりしてるってのに、結局物不足ってより物の動きが鈍ってんだな。

 帰りに幾らか持って帰るか、なんて思っていたら、


「道は通れるようにしておけ!! 何かあった時にすぐ動けんだろうっ!」


 飲みの序盤でリディアからたっぷりお酌をされて酒の入った親父が怒鳴りつけ、家の中まで誘導していった。

 怒るは怒るが、宴会には参加させてやるつもりらしい。

 あまり飲まん方だが、親父は飲むと若い頃の粗っぽさが顔を出す。

 厳しさはそのまま。

 尻を叩かれ叱られた奴も数多いが、皆分かっているので、はいはいと頷きながら大人しく従い、もっと飲ませようと誘導した。

 親父も若いのからどうぞと言われると断らないからな。


「兄さんっ、ちょっとこっち手伝って!」


 笑っていたら、しでかしの張本人である弟から呼ばれて俺も立ち上がった。

 うーん、先に厠へ。

 ふら付く脚でどうにか地面を踏んで、よろめいた所をリディアに捕まれる。


「一緒に行く?」

「平気だ。なんだ、寂しいのか?」

「いってらっしゃーい」

「はーい、いってきます」


 空いた俺の席へ、聖都やクルアンの流行に興味津々なマセガキが飛び付いて、リディアへ質問を重ねて行く。


 そういうのはアレだ、エレーナとか、フィリアとかが得意そうだな。

 あとはやっぱり、フィオか。

 レネの妹で、両親の夢を追い掛けて聖都で暮らしていた彼女なら、その手の話は得意そうだ。


 リディアは元々化粧も碌に出来なかったくらいだし、


「うん、そうだよ。よく知ってるね。うん? ふふっ、気付いてないみたい。でもそういうものなのかもね。うん、ありがとう」


 なんて。

 ちょっと甘く見過ぎてたのかもしれないけどよ。


 楽し気に化粧品談義をするリディア達に尻を蹴っ飛ばされるような想いで、俺はそそくさと厠へ向かった。

 弟がまた俺の事を呼んでいたが、適当に返して、手を振った。

 後で来るから。


    ※   ※   ※


 散々駆け回って、揉みくちゃにされ、飲まされて。

 すっかり夜も更けたってのにまだ宴会が続いていて。

 俺は、とっくに限界迎えてる癖に意地張って若いのから酌を貰い続ける親父に後をぶん投げて、宴会場から逃げてきた。


 少し離れると、騒がしさが随分と薄らぐ。

 ようやくといった感じで虫の音を聞いて、雲の掛かった月を眺める。


 大きな山々の間にこじんまりと広がるウチの農園は、日の出が遅く、日没が早い。

 代わりに山から幾つも清流が流れ込んできていて、水だけは豊富だ。

 山を崩したりすればもっと広く出来るのに、親父は頑なに納得しなかった。


 土に塗れ、自然に間借りさせて貰って生きている。

 そういう古い考えを大事にしている人だからな。


「ロンドかい?」


 っと、こっそり様子を見るだけのつもりだったのに気付かれた。

 戸口の向こうで横になっている、俺のお袋。


「おう」

「まだ皆騒いでいるじゃないかい。主賓が逃げてどうするんだい」

「もう深夜だぞ、付き合ってられるか」

「そうやってお前はいつも、逃げ足だけは早かったよねぇ」


 差し込む仄かな月明かりを受けながらこちらを向いた顔に、最初は幼い頃見た姿を重ねたが。


 老いたな。


 親父の時も思ったが、随分と。


 もう俺も三十五近くだから、当然と言えば当然だが。


「昔話はいいから、ちゃんと寝ててくれ」

「なに言ってんだい。お前が逃げた後始末は、いつも私がやってきたよ」

「そういうのはいいから。いつの話してんだ」


 年寄りってのは昔の事を延々と言ってくるのが厄介だ。

 俺も良い歳なんだから、格好付けさせろっての。


 本当に起き上がろうとするから、こっちで抑えて布団を整えてやった。

 老いもそうだが、最近少し病に罹りやすくなってきたとアルから聞かされている。

 今日だって一番に張り切っていたが、始まる前に力尽きてこの有り様だ。


 どんな凄腕の神官だって、体力の回復は相手次第。

 多少、身体の中の流れを良くして貰っても、老人を若者の様にはしてやれない。加護にだって負担があるし。


「にしても、あんな美人を連れてくるとはねぇ。面食いなのは父親譲りかい」

「リディアはそういうんじゃ……ったく、何度説明すればいいんだよ」


 それに加えて自分を美人扱いとはな。

 まあ、農園くんだりで見かける連中とは、お袋の顔立ちはかなり差がある。


 異大陸の出身で、変わった知識を幾つも持っていて、出会った当初の親父をボコボコにした女傑。

 今ではすっかりシワの生えた婆さんだがな。


「正直に答えな。あの人もそうだったけどね、他人の為にはひたすら真っ直ぐ向き合う癖に、自分の事んなると隠そうとするんだ。相手の事ばっかり考えて、中々に押し付けられない。ヘタレっつうんだよ、そういうのはさ」


 しかも口が悪いときた。

 俺は脇にあった椅子を寝台へ寄せて、近くにあった水差しから水を飲む。


「コップ使いな」

「はいはい」


 入れてやって差し出すと、一口で飲み乾しやがった。

 もうちょっと安静にしろっての。


「で? どうなんだい。相手だって急な誘いを受けてここまで来てる。お前がどう都合の良い解釈重ねてるか知らないがね、女がそんな行動を取る相手に何を思ってるか、分からないほど腑抜けじゃないだろうね?」


「そりゃあ……」


 そうだが。

 そもそもリディアと俺は、最初から距離感がおかしかった。


 真っ先に肉体関係を持って、そこから関係が始まったようなもんだ。


 一度抱き合った相手には触れることへの躊躇も薄くなる。

 心へさえも。

 だから、今まで経験してきた様な、普通の状態が参考にならない。


 リディアがどういうつもりで付いてきたのか。


「へたれ」

「そういうんじゃねえだろ。生き急いでんじゃねえよ」


 これだから老人は。

 口を開けば孫の顔を見せろだの、好き勝手言いやがる。


 弟夫婦がもう五人も産んだんだ、十分だろ。


 つーかそういうんじゃありませんから。


「……………………はぁ。追々、準備していくつもりだったんだ」


 もう目を背けることは出来ない。

 アリエルに伝えた、リディアへの好意は本当だ。

 自覚しちまった。

 言葉にしちまった。

 冒険者として生きる為には不要な足かせだと言って、曖昧にしてきたってのに。


 俺自身、これからどうなるかなんて分からないんだよ。


 怖気付いて、生きたくて、仲間を見捨てて逃げ出しちまうのか。

 今まで通り立ち向かって、命を張って仲間を守れるのか。


 前者なら、冒険者を止めるしかない。


 情けない限りだが、ずっとそれが不安だった。


「そうだよ、お袋。俺はリディアが好きだ。アイツとずっと一緒に居たいって思う。出来れば……一緒になって、暮らしていければって思うよ」


 近くの廊下を笑い声が駆け抜けていった。

 喧しさが遠退き、差し込む月明りが強くなる。


「けど冒険者として、まだまだ挑んでいたい気持ちだってあるんだ。目標も出来た。馬鹿みたいなもんだけど、初めてしっかりとした形になった、俺の夢だ。そいつはさ――――」

「今言うんじゃないよ。そういうのは、添い遂げたい相手へ伝えてからだ」

 もうアリエルには言っちまったが、まあアレはアレでケジメみたいなものもあったからな。

「分かったよ。まあお袋に言っても仕方ない話だしな。ゆっくり寝てろ」

「ロンド」


 立ち上がった所を引き留められる。


 あれだけ元気で、厳しくて、でも優しかった大きな母が、今は老人の顔をして寝台で横になっている。

 俺も歳を食った。

 リディアへの想い以前に、冒険者として生きていられるのも後何年あるか。


 なんて思っていたら、お袋が寝台から立ち上がる。

 すっと。

 月明かりの中で、見惚れるくらい綺麗な動きで俺と向き合ってくる。


「嘘や誤魔化しはアンタの命を淀ませる。真っ直ぐ、力一杯生きてみな。もう自分に言い訳するのは止めて、これが俺の全力だって叫びながら、みっともなく走ってみせるんだ。一人じゃ不安にもなるもんさ。だから、人は伴侶を求めるのさ。それが絶対とは言わないが、力になるよ。きっとね」


 伸びてきた手が俺の頭を撫でる。

 もうすっかり身長差が出来て、こっちのがデカいってのに。


 なんというか、勝てないものが、あるんだよな。


「分かってるよ。……まあ、ありがとな、お袋」


 でもな、と。

 首を振って、手を払う。


「俺ももうじき三十半ばだ、そういうのはガキ共にやってくれ」


 なんて言うと、あの親父をボコった女はにんまり笑ってきた。


「おや若いねぇ。こちとらもう五十過ぎだよ、坊や」

「っは! しゃあしゃあと歳食いやがって。その分なら、まだ長生きは出来そうだな」

「当然さ。誰にモノ言ってんだい」


 お母上様の健康祈願も程々に、また少し話をしてから俺は宴席へ戻った。

 もう飲むつもりはなかったんだが、流石に援軍が必要だろうしよ。


「ロ、ロンドくん…………タスケテ、タスケテ」


 次から次へと湧いて出てくるグラース農園関係者各位と無関係者共に、深層を遊び場にしてきたアダマンタイト級冒険者も処理限界を迎えていた。

 うん、パーティって大切だ。

 というか、馬鹿共の相手を一つ一つ丁寧にやってたらそうなるよ。

 適当でいいんだ、適当で。


 俺が酔っ払い共の元からリディアを引っこ抜くと、盛大に抗議の声があがったので、仕方なくタンクを務める事にした。


 弟の嫁さんがリディアを連れてってくれたから、後はどうとでもなるだろう。


「さぁて、お前らもそろそろ寝ないと明日があるだろ。質問は一人一つまでだ。終わったら素直に寝ろ。あとちゃんと帰れよ、ウチの庭は寝床じゃねえ」


 結局朝まで終わらず、俺まで一緒に叱られた。

 お袋の奴、生き生きと怒鳴り付けやがって。


 二十人ばかしで正座させられてるのを見て、ぐっすり眠ったリディアが笑っていた。






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