扉を開けるとそこには
ルークが立っていた。
早朝だった。
「ロンドさん!!」
扉を閉めた。
馬鹿でっかい音でノックしてくるのでもう一度開ける。
「冒険に行きましょう!!」
真夏の太陽よりも晴れやかな笑顔で、完全装備の竜殺しがやる気を漲らせているが、今は早朝だ。しかも、かなり夜寄りの。
俺は部屋用の古着の襟から手を入れて背中を掻く。
欠伸を一つ。
うん。
「明日でいいか」
「はいっ、分かりました!!」
「それと煩い。近所迷惑だ」
「あっ、すみません……ッ」
扉を閉めて、寝に入った。
まだ外、暗いじゃねえかよ。
※ ※ ※
起きたら部屋にプリエラが居た。
小人族の特徴で幼くも見えるが、もう十分大人な年頃。
神官の服ではなく、というか上着もそこらに放り捨ててあって、ネグリジェ一枚で買い置きのエールを飲んでやがった。
「それ、高い奴なんだが」
「おはよう。あぁ、おかげで良い朝を迎えられたな」
「俺の朝はお前とルークのおかげで最悪だ」
プリエラは仕方ないなって表情で首を振り、エールを注ぎ、差し出してくる。
腹立つ顔をしていたので鼻を摘まみ、酒は飲む。
「乙女の鼻をいきなり摘まむなっ」
「少なくとも乙女はないな。お前の味見のおかげで俺もルークも、ついでにどこぞの売れてない食事処の元魔術師も、揃って兄弟だからな」
「誰が一番良かったか教えてやろうか」
「俺に決まってんだろ」
「じゃあ誰が兄で誰が弟なのか」
「答え合わせは済んでる」
一度ならずヤることはヤった。
だからって好き放題男の部屋へ上がり込むのは止めなさい。
「なんだよー、気持ち良く飲もうよー。ついでに気持ち良くなっちゃう?」
「ルークのデカブツでもしゃぶってろ」
「あいつが一番下手くそだった。元気良いんだけどさ、緩急はないし、甘い言葉も落第点」
さいでか。
憐れ竜殺しの評価は地の底へ。
体力馬鹿だから月の果てまで飛ばしてくれるだろうが、過程を楽しみたい派からは好かれんってことだな。
「つーかそのルークだよ。お前、今朝の誘い断ったろ」
「当然だろ。アイツ暗い内からいきなり今から行きましょうって顔で誘ってきたんだぞ。準備期間くらい作れ」
「おかげで朝から拠点が騒がしくって寝られやしない。師匠として、責任もって隠形くらいは仕込んどいてくれ」
「生憎俺は盗賊じゃないんでな」
二人でいい酒をぐびっと。
うん。味も良いが、飲んだ後に鼻を抜けて行くこの爽やかさが堪らんな。
「で、アイツはなにしたがってるんだ? このままだと明日も訳が分からず強襲されて、適当言って追い返すことになるが」
木窓の枠へ飛び乗って、器用に収まった小人族の女は街並みを眺めながら酒臭い息を吐く。
「多分、朝見草だな」
覚えのない名前だ。
月見草なら知ってるんだが。
「名前の通り、夜が朝に変わるほんの短い間だけ活動する変な魔物だよ」
「魔物かよ」
「なんでも表面に、ヤバい毒を帯びた棘が無数に付いてて、動物や魔物を誘引する強力な臭いを放つらしい。引っ掛かった奴はそのまま草に抱擁されて動けなくなり、ゆっくりと腸を食われる。で、空いた腹の中に種子を埋め込んで、死骸を操って遠くまで運ばせるんだ」
興味が湧かない。
なんだその気味悪い草。
「アイツの目当てはそうやって死骸に埋め込まれる種子だ。随分とデカいものでな、香りが良い。滅多に拝めるものでもないし、市場にだって出回らない。知ってる連中だけでこっそり依頼回して、前なんて木箱いっぱいの金貨と交換してたな」
「なんだ、妙に詳しいな」
「梅に近いんだが、そいつを酒樽へぶち込んでやると、素晴らしく清涼感に溢れた香りと蠱惑的な味わいを生んでくれる」
少しばかり興味も湧いて来た所で、プリエラがトドメの一発をくれてきた。
酒を掲げ、遠くを見て、得意げに。
「馬鹿の大好物だったんだよ」
死んだ兄貴の名を呼んで、酒精を流し込んだ。
※ ※ ※
大冒険だった。
ルークが好奇心に負けて朝見草を捕まえようとしたら、根っこが脚みたいになって走り出して、奥で保管されていたらしいゴブリンの死骸が一斉に動き出して襲ってきたし、馬鹿にキレたプリエラが大暴れした結果、地下に眠っていた巨大芋虫がぼこぼこ生えてきて大乱戦、そいつを狙うロック鳥まで参戦して流石に無理だと全力撤退した。
動物を誘引して捕食する生物なんだから、当然と言えば当然だが、朝見草の周辺には魔物が多かった。種子の希少性が高いのも、あまり知られていないのも当然だろう。
あんな所に好んで近寄る馬鹿は居ない。
日を跨ぎ、連中が落ち付いた所を狙って再度の潜入。
先の乱戦中に上手く新鮮な餌を確保したらしい朝見草がロック鳥を抱いていて、俺達は食事が終わるのをじっと待って、十分に離れたのを見計らってからゾンビ化したロック鳥を確保した。
飛ばないんだな、ってのがちょっとした発見だ。
操ってるのが草だから、飛ぶ感覚が無いんだろうか。
そんな訳で種子を回収して、帰り道でロック鳥の群れに襲われつつどうにかクルアンの町まで戻って来た。
疲れた。
方針が大きく違うってのも分かってたが、ルーク周りは出たとこ勝負が多過ぎて気疲れも凄い。
まあ、ちょっと意地と見栄張って俺もこの程度平気ですよって顔してたのもあるけどな。
ともあれ、
『乾杯!!』
待つ事十日、本当は半年くらい置いた方がいいらしいんだが、フィリア協力の元で色々圧縮して朝見酒が完成した。
「ほう、随分と香りが強いな」
「見た目はあんなにグロいのに、味も驚きの爽やかさですわね」
俺とフィリアの感想は上々。
ただ味を知るプリエラは不満顔だ。
「やっぱ半年以上は寝かせないとな。良いのは二十年とか三十年とか、下手すっと百年物とかあるんだよ。これはまだまだ、雑味が多くて味が強い、お子様向けだ」
なるほどなぁ。
「今回漬け込んでるのは蒸留酒だが、他の酒でも十分美味い。まあ、クソ兄貴の手向けにはこのくらいが丁度良いだろ」
卓上に置かれたガラス杯をプリエラが指先で弾き、自分の分を掲げる。
「また十年後か、二十年後にな。飲み頃になったら悼んでやるよ」
煽って、
口端を広げて。
そいつを見届けたルークが静かに杯を掲げた。
「リドゥンへ」
俺も続いた。
「よき吟遊詩人へ」
「あぁ、笛の音を思い出す」
「リドゥンへ」
「私は……よく存じ上げませんけど、共にザルカの休日を戦った冒険者、リドゥン様へ」
静かになった卓上で酒を煽り、そっと息を落とす。
「っぷ」
プリエラが肩を震わせ始めた。
徐々に大きくなり、堪らずといった様子で。
「あっはははははは!! 似合わないよなあっ、クソ兄貴!! よぉし店主っ、この店で一番高い酒持って来い!! 今日は私の奢りだ!! 派手に飲んで謡えっ、冒険者共!!」
「よぉしロンドさん!! アレっ、アレやりましょう!?」
「おいおい待てっ、アレは流石にこんな往来の激しい所でやるのは拙いっ!」
「いいじゃないですか! 今日は無礼講ですよ!!」
「使い方間違って、っ、おい服を引っ張るな脱がしてくるな!?」
「脱げ脱げ野郎共!! ははははは!! かんぱーい!!!!」
プリエラが笑い、俺達が笑われて、飲んで謡ってはしゃいでいたら、店の隅で大人しくしていたリアラが寄ってきて、フィリアの膝でじっと眺めながら休憩していた。
笑わらない幼子の前で馬鹿を続けていたら、奥からカトリーヌさんが出て来て滅茶苦茶怒られた。