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憧れた姿

 焦る必要はない。

 腐る必要もない。


 委縮する事もなく、卑屈になる事もなく。

 日々のクエストをしっかりとこなして周囲からの信任を得て行く。


 よく考え、よく学び、素直に教えを乞うて、違うなと感じても一度は試してみる。試した上で駄目でも、違う発想へ繋げることが出来る。

 違う視点を得られるだけでも発見だ。

 感覚的な意見は、そいつの感性を探って言葉に至るまでの思考を探る。

 繰り返しやれば少しくらいは見えてきた。


 後はまあ、もっと単純に土産とか。

 元々やってた心付けだけでなく、ギルド職員と小話が出来るようなものを持って行って、関係を築いていく。


 今回、自覚はあったつもりでも、考えていた以上の迷惑をギルドに掛けていたことが分かった。

 そりゃあそうだろう、なんて今更ながら思う。

 クエストが掲示されるまでですら、依頼人が居て、場合によってはギルドを紹介した者が居て、その中継者や依頼人の背景をギルドの職員は調べ上げるし、依頼難度の適性なランクを設定する為にも時間を要する。

 更には今回、表には出し辛い内容とあって想像にも至れない要素が加わってるんだろう。

 現地でさえ、ギルドからの後援を受けていた。

 あの混乱を引き起こした中心人物が近くに居る、なんて話が漏れたら暴動になっていただろうし、その手の工作や準備だって楽じゃなかったろう。

 ざっと考えただけでも、二十人か三十人以上は関わっている。

 そいつを俺一人の独断で裏切っちまった。

 理由はあるさ。

 最前線で命も張ったさ。

 けど、だからって、一方的に行動していい訳じゃなかった。


 思いながらも、じゃあラウラとリリィのあの結末を経て、後の全てを任せられたかと言えば、どうしても悩んじまう。


 失った信用を回復させるには、誠実にクエストをこなしていくしかない。

 結果を出して、応援してくれる者に応えて。


 そうして。


    ※   ※   ※


 「ゴールドランク昇格おめでとう、トゥエリ!!」


 フィリアの店の一角を借りて、冒険者達が集まっていた。

 既に夜半、仕事を終えた労働者達も集まる中、彼女の所のパーティリーダーが嬉しそうに肩を抱いた。


「ありがとうございますっ」


 感謝を述べるトゥエリにパーティメンバーから次々と賛辞が飛ぶ。

 軍隊みたいだなんて揶揄される所だが、こうして見ていると普通の冒険者と変わらない。


 彼らの他にも『スカー』の冒険者や、別ギルドの者が参加しており、見えていた以上に彼女が活躍していたのが分かった。

 中には修練所通いの見習いやカッパーランクの冒険者まで居る。

 後になって知ったが、迷宮周辺や低層入り口付近を狩って回る村クエストなんかも、トゥエリが積極的にこなしてくれていたらしい。

 若手にもそれを教導し、ノルマを課していたとか。

 まるでそっちのリーダーみたいなことをしている。


「ロンドさんっ、お越しいただき、ありがとうございます!」


 しばらくすると、賛辞の落ち付いたらしいトゥエリが寄って来た。

 既に皆それぞれ飲み始めていて、隙間が出来たらしい。


 俺から行くつもりだったのに出遅れたか。


「おめでとう、トゥエリ。お前の成長は本当に嬉しいよ。ディトレインだって、きっと喜んでくれている」

「っ、はい!! ありがとうございますっ」


 隣へ座った彼女と陶杯を合わせ、酒を煽った。

 ラガーの冷たい感触が喉を抜けて行く。

 フィリアは遠征の度に各所を飲み歩き、添加物を調べ上げているから、ここのラガーにも種類が増えてきた。エールとはやや異なる風味や味わいになるから、結構難しいらしいんだが。

 いい加減ホップを試してみてもいいだろうに。

 悔しいんだろうな、なんだかんだと。


「ディトの分まで、もっともっと、強くなりたいです」

「あぁ。俺も負けない様にしないとな」


 今回のザルカの休日で、トゥエリは将軍級撃破へ繋がる指揮を担当した。途中までは俺がやっていたし、大方針なんかも定めちゃいたんだが、仲間の被害を最小限に留める堅実さと、土壇場での活躍も大きかった。

 それに、俺と一緒にアラーニェ討伐をやってのけた分もあるか。

 失点の大きな俺とは違い、彼女であればギルドも積極的に押し上げていけるだろう。


 ディトレインを死なせた雪山での戦いから、もう一年と半年ほど。


 良い成長ぶりだ。

 本当に、自分の事の様に嬉しく思う。


「あの、ロンドさん――――」


 何かを言い掛けた時、店の表が騒がしくなった。

 その原因はすぐに分かった。

 この華やかな店の中で、一際存在感を放つ奴が歩いて来たからだ。


 リディア=クレイスティア。


 冒険者であれば誰もが憧れるアダマンタイト。

 そんな彼女が真っ直ぐトゥエリの元まで歩いてきて、


「トゥエリ」

「はいっ」


 立ち上がって、向かい合う。

 そうだよな。

 お前だって無関係じゃない。

 ディトレインの事があって、俺じゃあどうにもならなくなった時、一番に面倒を見てくれたのはリディアだ。

 気弱で、パーティ内でも楽に話せる相手もおらず、人付き合いが得意とは言えなかったのに。

 精一杯、トゥエリという少女に寄り添って、今日まで付き合ってきた一人だから。


 この集まりを教えたのは俺だが、来るかどうかは最後まで悩んでた。多分、トゥエリからも話くらいはあった筈だ。


「昇格おめでとう。もう、立派な冒険者だよ。神官としても、今の貴女なら皆信頼してくれる。おめでとう」

「っ、あ、ありが、っ、~~っ」


 感極まって泣き出したトゥエリをリディアが抱き締める。

 二人の関係を知らない連中は目を丸くしているが、なんとなくは察せられた者から自然と受け入れて、手を叩く。


 皆、トゥエリの成功を喜んでいる。

 挫折の内容だって知っている者も居るだろう。

 けれど心底彼女を信頼し、讃えている。


「あの、これ……何を持って来ればいいか分からなかったので、こちらでの飲み代とかに使って下さい」


 置かれた大きな革袋の中身を見て、盗賊の男が目を剥いた。

 仄かに光を散らしていくのは何らかの神聖術か。ずっしり重い何かが袋の中で崩れる。


「金貨の山……っ!?」

「マジかよ!? それ全部!?」

「なんか凄い感じの護符(タリスマン)もあるよっ!?」


「あーはいはい、お前ら鼻息荒くするな」


 群がる連中をひょいと摘まんで引き剥がし、前へ出てくるのはパーティリーダーの女戦士だ。見事な体躯で、その腕で抱き締められたら全ての男は昇天すると言われているオリハルコン級の冒険者。

 詳しい経歴までは知らないが、厳しい事で有名な女傑だな。


「リディア、すまないが今回は私の奢りだ。悪気があったとは思ってないが、そいつは引っ込めて、トゥエリの鞄にでも捻じ込んどいてくれ」

「…………はい」


 並ぶと随分リディアが小さく見えるな。

 別に低身長って訳でもないんだが。


「それになっ、お前がここを贔屓にしてるって噂くらいは聞いた事があるんだぜ? 折角顔を出したんだ、付き合ってくれるんだろう?」

「えっと、あの……私は」


 すぐ逃げる気で居たんだろう、弱気なリディアさんが困った顔でこちらを見るが、俺も一緒になって陶杯を掲げた。


「偉大な神官に乾杯っ」


「おーっ、乾杯!!」

「ひゃっほう! 女王陛下と宴会だーっ!!」


「おーらテメエらっ!! 賓客に粗相したらただじゃおかねえぞ! 上品にはしゃげ!!」


『応さ!! 乾杯!!』


 ラガーを掲げ、陶杯を打ち付け合い、まだ少し涙目のトゥエリを改めて主賓席へ置いて、右手に女戦士のリーダー、左手に神官のリディアが立った。


「な、なんか違う感じがしますーっ!!」


 涙を流し、でもトゥエリは嬉しそうだった。


    ※   ※   ※


 二次会を連中の拠点で行うと言われたが、流石に遠慮しておいた。

 アレはアレとして、トゥエリとはまた別でおめでとう会を開けばいい。

 今度は、リディアがもっとべたべた甘やかせる地下酒場でな。


「最近、頑張ってるみたいだね」

「まあな。いい経験を積めてるよ」


 自然と帰り道でリディアと一緒になった。

 まだまだ復興中とはいえ、クルアンの町はこれからが飲み盛り。

 騒がしさから逃れて歩を進めれば、半ば服を脱ぎかけた男女が抱き合っていて少々驚かされた。

 

 顔を赤くしたリディアに手を引かれて裏道を抜けると、外向きの状態とあって保っていた距離が詰まっている事に気付いて、つい意識がそちらへ向かう。


 だが、酔っ払いが酒瓶と熱論を交わしながら横切って行ったのを見て手が離れた。


「……驚いたね」

「あぁ。あの酔っ払い、ディムの遺産がどうとか言ってたが」

「始まりの冒険者の、ディムだよね」

「名乗る程の者ではありません、私はただの冒険者です、ってな」

「うん……ふふっ、憧れたなぁ。小さい頃さ、乗ってた馬車が偶然酒場の前で窪みにハマっちゃって、その時に聞いたの。今思うとそんなに上手な語りじゃなかったけど、冒険者っていう世界があるんだって知って、後で何度も詩を思い出したな」


 馬車、か。

 まあそういう邪推は良い。


 俺もお前も、同じ人間に憧れた。


 本当はただの狩人だったとも言われるディムだけど、その詩が吟遊詩人の盛った話であれ、嘘であれ、本当だとしても、あの日憧れた姿なのは変わりない。


「ねえ……もうちょっと飲んでいかない?」

「その恰好で平気か?」


 フィリアの酒場では、まだ少し我慢していたからな。

 皆はリディアを知っていたが、リディアからすれば初対面ばかり。

 特に若手からの憧れ光線は凄まじかった。

 キラキラし過ぎてて、たまに無表情保ててなかったもんな。上手くトゥエリが助けてないと、酒も入ってボロが出てたかもしれねえ。


 出してもいいぞ、とは思うけど。

 無理をさせることもないよな。


「ちょっと拙いかも……えっと、どうしよう」

「借りっぱなしの宿で着替えてくるか?」

「あそこ、ザルカの休日で潰されちゃって」


 なるほど、思わぬ所で被害の大きさを知る。

 新しい大通りじゃなく、昔からある細道に面した、結構老舗っぽい宿だったんだがな。


「まあ健全に散歩ってのも悪くないだろ」

「そう、だね」


 まだ少し言いたそうにしていたが、俺が歩き始めるとリディアも付いてきた。

 通りの反対側を自警団が歩いて行く。

 崩れた建物の一部の前で見張りをやっている男を見た。

 こんな夜遅くまで行商が開いていて、広げられた品の生々しさに居辛さを感じる。生活用品を売ってでも、明日を生きなくちゃいけない奴らが随分と増えた。

 働ける若い男ならどうとでもなるが、子どもや老人になると難しい。

 一人で夜道を歩いていたら、花売りが声を掛けてくることもある。


 リディアが行商から品物を買い付けて、拠点にしている屋敷へ送らせるのを待ってから、再び人混みに交じって歩いて行く。

 俯き加減だった顔が、少しだけ前を向いた。


 お互い、無償で金をばら撒くことの危うさは承知しているつもりだ。

 それでも、って顔で、彼女は言う。


「本当は……結構余裕があるの」

「あぁ」

「でも、全部吐き出しちゃうのは……やりたいこともあるし。はぁ、偽善だなぁ」


 否定はしなかった。

 そうじゃない、なんて言っても、消えるもんじゃない。

 思いたいのなら思えばいい。

 辛く感じても、それを吐き出してくれるのなら、俺は隣でソイツを聞いてやれる。


「やりたいこと、か」


 言った意味がそれを指していたのかは分からないが、つい前に聞いた夢の話を思い出した。

 聞き出すつもりはなかった。

 こんな往来の最中で話すことでもない。


 ただ、その言葉に並べるほどのものが俺には無かったな、と思ってな。


 冒険者としての成功。

 それを掲げて生きてきたが、ならどこまで行けば満足できるのかって思う。


 どこまでも、とは言えるが、どこを向いているのかが分からなくなる。


 冒険者。


 俺にとっては、吟遊詩人に謳われるディムと、農園を守ってくれた奴らがその名に相応しい。

 じゃあ、紛いなりにも冒険者として生計を立てられている今の生活は、成功の一つとは言えないんだろうか。

 ゴールドなら四度、踏んで来た。

 ミスリルにすら手が届いたかもしれないと、今回教えられた。

 けど本来、ランクが目的じゃなかった筈だ。


 冒険者になって、それが一つの指標になったから目指してきたのであって、最初からゴールドだミスリルだって言ってた訳じゃない。


 ずっと引っ掛かっている。


 ギルドへの恩もあれば、そこで生きてきた以上の感謝もしている。

 何か、力になれるのなら助けになりたいとも思う。

 そいつはギルドに対してもそうだし、こうして被害を受けたクルアンの町に対してもそうだ。


 ただその最中で、あの時ラウラの研究資料を処分した想いを裏切るのであれば、俺は俺が目指した冒険者としての夢を裏切ることになる。


 そう、


 そうだ。


「えっと…………気になる?」


 黙り込んじまったせいか、リディアがこちらを覗き込んで来ていた。


「あいや、聞き出そうってんじゃない。俺の方でちょっとな」

「なぁに?」


 首を傾げて、ちょっと得意そうな顔をする。

 北域じゃあ随分と情けない姿を見せた。


 でも今、俺の中でずっと迷いがある。

 そして、引け目も。


「……悪い。まだどうにも形になってない。その内相談するかも知れないが、もうちょいと待ってくれ」

 なんて甘えた事を言える程度には安心している。

「そっか。うん。じゃあ、私の話もその時にね」


 クルアンの町を歩く。

 もう十六年、見習い時代を考えればもっと……歩き続けてきた場所だ。


 あぁ。


 どうにも、らしくないよな。


 けど喉元に詰まった状態で、リディアに求めることは出来ないと思った。


 俺の我儘だ。

 誘いたそうにしてるのを無視して、今日も何もせず、別れた。


 北域で再会してからずっとそうだ。


 安定剤と彼女は言った。

 力一杯愚痴を溢し、はしゃいで、抱き合える相手。

 なのに俺は最後の一つを自分勝手に省いてる。


 それでもリディアは近くに居てくれている。


 勝手を押し付けて。

 それでも。


 一人になって、慣れた道をいつかのように歩いてる、なんて思ってつい苦笑い。

 いつの間にかいつかとは違ってしまった、歳を取ってしまった自分。足取りはきっとあの頃と同じじゃない。

 彼女と歩いていた時とは違っている。


「なるほど。コレは身勝手だ。俺は――――」


 ギルドへ向かった。

 すっかり陽が暮れて、人通りの少なくなっている場所へ。


 もう、花は持たずに。


 ゆっくりと歩いて行く。







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