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冒険者の日常

 腐肉の匂いに釣られて森から出てきたトロールを、草むらに伏したまま数えて行く。

 三、四……六。

 そして。


「……確認した。発達種だ」


 頭部が異様に大きくなったトロールが最後に出てくる。

 これで七体。報告にあったより二体も増えている。


 頭の中で地図を思い浮かべた。

 飛翔転移の最中に得られた、俯瞰の絵図には既に味方の配置と設置済みの罠が書き込まれている。

 いざという時の逃走経路、予測される敵の増援位置、攻め込む際に敵を効果的に分断出来る進路、そういった自分好みの予想は薄く数を用意し、色濃く描くのは現在の状況。


 最近は繰り返しやるようにしてるが、いざ事を始めると予想通りになんざ運ばない。

 ゼルディスがザルカの休日で空飛んで突っ込んだ後、地中から巨大ワームが姿を現した様に、魔物ってのは常に俺達の想像を上回ってくる。

 何が起きるか分からない。

 魔物にとって有利となる発展があると予想しておけ、みたいなことを奴も言っていたしな。


 その上で、考える。


 こちらの戦力、特に撤退時の動き。

 退くことさえ手早く出来れば、例え魔物に罠の備えや増援があったとしても、被害を最小限に抑えて再度当たる事が出来る。


 逃げる判断だけはどこまで敏感でも足りないほどだ。


 そして、俺の好む思考の先で、この状況は攻めるべきだと判断した。


「行くぞ……っ、叫べ!!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! と、俺の号に従って伏せていた味方が一斉に雄叫びを上げ、攻撃を開始した。


 発達種のトロールが応じて咆哮し、森の中から更に二体。

 だが、


「許容範囲だ」


 更なる増援はない。

 連れていた吟遊詩人(バード)に強化を撒かせ、味方への合図とする。

 攻勢を強めろ。


 遠距離攻撃組が瞬く間に三体を仕留め、戦士組が雪崩れ込む。

 その先頭を行くエレーナが特級の杖を振り被り、応じて攻撃してきたトロールの腕ごとぶっ飛ばした。


    ※   ※   ※


 予備戦力を残したまま発達種を孤立させることに成功し、状況は大詰め。

 ただ、やっぱり手強かった。


 トロールってのは生命力が凄まじいものの、基本は馬鹿だ。

 三体以上居ると必ず仲間内で揉め事を起こして離反するか殺し合う。

 だからソイツを使役する主人役の魔物が居なければ複数体固まる事はないし、使役出来る数も主人の能力に大きく依存する。

 そんな中でも、最悪と言われる類がこの発達種だ。


 元々の巨体さと、高い身体能力、手足を切断されても接触させておけばくっ付いて動くとまで言われる生命力のあるトロールは、馬鹿だからこそ雑魚に分類される。

 なのに頭部が発達して知能を付けた個体が出ると、時を経るほどに群れを大きくしていくようになる。


 大昔、それこそ神話の時代にトロールキングの作った王国があったそうだが、凄まじい勢力だったと聞く。

 最終的に地下洞窟を広げ過ぎて、大崩落を起こして自滅したっていうのは有名な話だな。因みにそこへ海から水が流れ込んで内海になったのが、クルアンの町の南にある内海だ。嘘か本当かは分からないけどな。


 その厄介な発達種が確認され、シルバー以上を参加条件として組まれたレイドは、今の所上手く推移している。

 通常種のトロールを大方殲滅し終えた後、数名が森の中へ入って拠点偵察に向かったが、そちらに残存する敵は居ないとの話だ。


 群れが巨大化する前に発見できたのは本当に良かった。


 これも東の魔境からの大侵攻が原因だろうか。


 なんにせよ、ここで仕留め切れれば。


「囲んで縄を掛けろ!!」


 発達種に生半可な攻撃は意味が無い。

 あっという間に再生してしまうからだ。

 毒にも鈍くて効果は薄い。

 こういうのを仕留めるには、頭を一撃で潰すのが一番だ。


 つまり、打撃力だけならミスリル以上のエレーナが鍵となる。


 俺の指示を受けて、四方から縄が投げられた。首に巻き付き、腕に巻き付き、戦士職が複数名で力一杯引っ張る。

 中には氷の茨を巻き付けて動きを封じようとしている魔術師も居た。


 が、振り払われる。


 図体も通常種より一際デカいが、十人掛かりでも止めきれないか。


「下がれ!! 牽制! 牽制!!」


 素直に縄を手放せないのが一人居たが、仲間が上手く首根っこを掴んで距離を取ってくれた。

 魔術師が雷撃を放つ。

 焼け焦げて、腐肉以上の悪臭が撒き散らされるも、当の発達種は攻撃を鬱陶しい羽虫みたいに扱いながら前進してくる。

 と、用意しておいた落とし穴にハマりこんだ。


 今の内に。


「穴の中を固めろっ! 無理に殺し切ろうとするなっ、依頼内容を思い出すんだ!!」


 音楽が変わる。

 視点を移した。


 既に三体ものトロールを撃破していたエレーナが、装備の優秀な護衛を相手に苦戦している。

 防具があり、大槍を持つその種も、やや発達しているように見えた。

 もしかして、子どもか?


 身体は小さくて動きが細かい。


 囲っているのはエレーナ以外に戦士職が一人と、魔術師が一人、狩人が一人、後方に全域支援の神官が一人。


「戦士と狩人は発達種の援護へ回れ!! おい吟遊詩人、少しこっちを任せてもいいか?」

「っ、わかった!!」


 武器を確認した。

 木の盾と、パイクと。見た目にはしょぼいだろうが手に馴染んだ装備でこそ、行動に融通が利く。


「神官っ、速度支援をくれ!! こっちで合わせる!!」


 動きながら加護(バフ)を貰うのは自殺行為だ。最悪身体をぶっ壊す。だが、最近はエレーナと組んで幾らかクエストをこなしていたから、合わせるのには慣れてきている。

 ぐんっっ、と身体の中に熱が来て、そいつが自身を拡張させていくのを感じた。

 そう。

 こう。

 来る……!


 加速した。


 その脚で一度大きく迂回し、


「っっだああああああああああああああ!!」


 短く叫ぶ。

 護衛のトロールが注目してきた。

 そうして正面に立つエレーナの後ろを抜け、大槍を手にする右腕側へと抜ける。


「仕留めるぞ!!」

「っ、っっおう!!」


 すぐに意図を呼んでエレーナが左へ駆けた。

 それでも視線はこっちに吸われてる。更に、右手に持ってるのは大槍だから、右側をまず払いたくなる。

 凄まじい衝撃だったが、受け切った。

 木の盾へ食い込んだ矛先を捩じり、噛ませて、引っ張る。

 引き返された。

 あぁ、最初からトロールと力比べをするつもりはない。

 アラーニェ相手にもやってみせた、相手の力を借りて距離を詰める方法。

 ただ今回の敵は突っ込んで体重を押し付けても到底勝てない奴だ。


 トロールの状態を見る。


 奴からすれば低い位置に居る俺へ突き出した大槍、そいつを《《掴まれて》》引き抜いた以上、肘が大きく後ろへ引かれている。最小限、最低限って動きはトロールにはないが、上手くいった。

 奴は俺に注目し、自然と俯いて首後ろを晒している。


 これでどうあってもエレーナの迎撃には間に合わない。


「っっだあああああああああありゃあああああああああああああ!!!!」


 張った障壁を足場に、側面から飛び上がった殴り神官が杖を振り抜き、トロールは頭を叩き潰された。

 しっかりとトドメを確認し。


「「よしっ、次!!」」


    ※   ※   ※


 ここしばらく、エレーナと一緒に暮らしてクエストをこなしている。

 色っぽいことは何もない。

 パーティは家族みたいなもの。

 かつてディトレインにもそう語ったように、俺とエレーナは当たり前に背中を預け合って戦い、寝食を共にした。


 ゼルディスは北へ行ったきり帰ってきていない。

 もう終わった事と放置しない辺り、あれで責任感はある方なのか。


 怪我人が多いことを理由にリディアはこちらに残っているし、無茶をさせられたフィリアは一夏の長期休暇を獲得して好き放題している。


 元々大きなパーティとあって個人でクエストを受けたりってのは普通にあるらしい。だから俺とエレーナが一時的にパーティを組んでいるのも、特に咎めは受けていない。

 バルディ辺りがたまに顔を出して、シルバー向けのクエストを得意顔でこなしているくらいか。

 採取クエストや荷運びクエストでは役立たずっぷりにエレーナから煽られていたが、まあグロースが居なくなって寂しいんだろう。


 そんな中で、俺は改めてアリエルから公式に呼び出しを受け、ギルドの別室で一通りの事情を聞かされた。


「アンタしばらく、シルバーのままだから」


 最初は煽られてるのかと思ったが、どうにも違うらしい。


「現場判断もあったとはいえ、依頼先の決まっていたクエストを横から奪い取って、更に成功していながら目的の研究資料を独断で処分した。依頼主もそこそこ冷静だけど、流石にギルドとしても庇い切るのが難しい」

「あぁ……だからアイアンまで降格させられたんだよな?」


 机を叩かれ。


「本当はカッパーまで落とす話があったの。それで、二年か三年は固定」


 初心者冒険者にまで落とされ、昇格も望めない。

 そいつは確かに最悪だ。


「体の良い追い出しね。そこまでやれば冒険者も諦めるだろうって」

「アイアンにまで留めてくれて、今回の昇格まで許してくれたのが凄まじい温情だってのは理解したよ」

「そこじゃない……!!」


 なんだかその日のアリエルはとんでもなく不機嫌だった。

 過労で倒れ、復帰して仕事に励み、また苛立ちを貯め込んで……そうなった原因である俺が言うのもなんだが、大丈夫なのか、お前。


「色々と計算してみたの」


「……おう」


「今回アンタがシルバーへの昇格を許されたのは、将軍級撃破へ繋がる目標発見っていう第二戦功と、戦闘を途中まで指揮していたこと……最後にはトゥエリさんへ指揮を引き継いでるけど、貢献度は決して低くないの。そこに孤立した冒険者達の救援にまで参加してた話や、アラーニェの討伐まで後になって報告上がって来たんだけどさ」


 将軍級撃破はあくまでグロース。

 撃破へ至る主要な攻撃はフィリア。


 俺やバルディも踏ん張ったし、十分に評価はされているが一級とはいかない、ってのは聞いていたが。


「……………………落ち着いて聞いてほしいの」


「…………なんだよ」


 まるで妊娠でも告げられるみたいな緊張感を受けて、つい身構える。

 だが、そいつは予想以上に俺をぶん殴って来た。


「アンタ、裏での失点無かったら……今回の事でミスリルへの昇格が出来てたかもしれないの」


「……………………マジ、か」


「あっちの重要度が凄く高かったのもあるわ。でも失点無し、実質的にオリハルコン級への依頼を達成したっていう実績込みでこのザルカの休日での活躍を考えると、色々と特殊な審査は挟まるんだけど、十分あり得るというか、他に誰を引っ張るのってくらいに…………」


 机へ突っ伏した。


 いや、やったことを後悔はしない。

 ラウラの研究成果は世に出すべきじゃなかった。


 ただ……ミスリルを逃したとか言われると、長年冒険者やってきた身としては凄まじい衝撃だった。


「シルバーへの昇格だってその分の温情なの。でも……流石に失点の影響が大き過ぎて、本当に、その……ほとぼり冷めるまではギルドもアンタをゴールド以上には出来ないだろうって…………ごめん」

「お前が謝ることじゃない。もう十分過ぎるくらいというか、俺が想像出来てないくらい色々とやってくれてるんだろ」

「はぁ…………っ」

「はぁ」


 ため息に釣られて俺もため息をついた。


 もうそれしか出てこない。

 今ばっかりはどんな美酒を飲んでも酔えそうになかった。


「……昇格点は消えない」

「うん?」

「昇格そのものはさせらんないけど、溜まった点数は絶対に計上し続ける。功績の評価も通常通り行わせる。ただ、昇格は無理。だけど腐らず、ちゃんと励んでくれるなら、溜まったままの昇格点は交渉材料になる。依頼主との関係回復だって出来れば、昇格だって出来るようになる。だから……本当にやってやるって思ってるなら、アンタなりに頑張りなさい。この話だって伝えるかどうかって今でも揉めてるんだから。でもアンタなら」


 その目を見た。

 不安と心配が入り混じった、けれど懸命に俺を見る目だ。


 今回、本当にアリエルが俺を助けてくれているのが分かった。分かってたつもりだったが、ギルドと依頼人との政治的な部分はそこまで深く考慮していなかったしな。

 この先も助けてくれるつもりでいるんだろう。

 俺のこの、面倒くさい部分も含めて、あんな別れ方をしたってのに。


「ありがとう」


 それしか無かった。

 それ以上の言葉が出てこなかった。


 飾った言葉でも、気の利いた言葉でもないのに。


「うん。私は、アンタを応援してるから」


 嬉しそうに笑ってくれて、少なからず、こっちも心が弾んだ。


    ※   ※   ※


 落とし穴にハマった発達種はそのまま魔術師による地盤固めで徹底的に行動を封じられ、時間は掛かったが無事撃破出来た。


 トドメ確認をし、森の中を調査していた連中からも改めて残存個体無しと報告があったことで、ギルドの職員が現場検証にやってくる。

 要求通り、肥大化した脳それ自体には攻撃を加えなかった。

 なんでも西の錬金術師が欲しがってるんだと。

 何考えてるのかは知らないが、悪事であっては欲しくないなと切に願うよ。


 一瞬、ラウラやリリィの事を思い出し、それでも。


「撤収だ。後方の拠点でトロール臭さを落としたら、クルアンに戻って酒宴と行こう」


 冒険者達が歓声をあげて、数名が寄ってくる。


「ロンドさんっ、今ソロなんですよね!? ウチに来ませんか!!」

「あっ、ズルい! こっちが先です!! お願いしますっ、まずウチでっ、体験とかでもいいんで!!」


 そこへ駆け込んで来たエレーナが俺の腕を抱き、


「おじさんは私の相棒だからっ! しっしっ!!」


 とけん制している所へ差し込んでやった。


「お前とも一時パーティだろ」

「それは言わないでえええっ!!」


 エレーナの悲鳴を聞きながら邪険にされた連中も笑う。

 彼女の独占欲みたいな発言はもう定番化しつつある。過去の姿やゼルディスのパーティメンバーであることで身構えられていたが、徐々に溶け込んできたかな?


 この手のレイドは参加者がある程度固まってくる。

 前のコボルドの巣襲撃でも見た顔があるし、おかげで能力を想定し易くて楽だった。


「エレーナさんも……一緒にウチへ来ますか?」

「うっ…………んんんっ、ごめん!!」


 まだ、リディア=クレイスティアから学びたいことが一杯あるんだよな。

 本当に悔しそうにしながら、エレーナが誘いを断っていた。






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