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昔馴染みの店で

 客入りの乏しい食事処で、久しぶりにのんびりと休暇を過ごしていた。

 ここはギルドからも程近く、昔パーティを組んでいた元冒険者が経営している店だ。

 味もいいし、酒もそこそこ、値段も悪くないのに全く売れていない可哀想な店なので、時折金を落としにやってきているんだが。


「……今日は帰りたくない」


 実に魅力的な言葉を吐いて机に突っ伏しているのは、鍛錬に付き合ってやったエレーナだ。

 いつも通りに神官服をはだけ、黒の肌着を晒しているが、今は防具を外しているのでちょっと肉感的に見える。そこそこあるのに抑えが無くなったから、机で潰れて横に膨らんでいた。


「どうした」


 隣に並んで座っているから結構距離が近い。

 普段からそうなんだがな、この相棒は。


「拠点が魔境みたいになってるの」

「ゼルディスハーレムのことか」

「そう……っ、あぁもうしんどいよお!」

「はははは!」


 届いたエールを二人でぐびり。


「あっ、これ美味しいっ!」


 などと酒と料理は楽しみつつ、一時は笑顔になったものの。


「それでね……ほら、私って元々ゼルディス様の賑やかしというか、飾りみたいなことやってたじゃない…………」

「あぁ。きゃわーとか言ってた奴な」

「っあー!! もう言わないでぇっ、いじわるぅっ! 忘れたい景色なのにぃ……おじさんの馬鹿ぁ!!」


 ぺしぺし叩かれつつ肉料理を堪能。

 本当、いい味なのに何で売れてないんだろう。

 またちょっと近寄って来たエレーナが頬を膨らませていたが、料理を差し出してやると素直に食べた。

 しっかり呑み込んだ後で、


「…………なんかね、別に拠点が騒がしかったり、ハーレムやってるのはいいの」


 リディアはそれも嫌そうだったがな。

 お前は騒ぐのも、馬鹿やるのも最近は慣れてきたし、好みもあるんだろうが。


「ただ……何人かが必死に取り入ろうとあれこれ言ってるの聞いてると、こう、お腹の奥が……きゅうって…………思い出したくない景色が何度も蘇ってくるの。ねえコレってフェアグローフェに捕まったって奴なの……?」

「安易に名前を出すと寄ってくるとも言われるな」

「っ、じゃあ言わない! ……でもぉっ」

「はははは! 一先ずは飲んで忘れてみろ。それで駄目なら、また手を考えてやる」

「わかった!」


 ぐびぐびぐび、と残ってたエールを流し込み。


「お酒ーっ、もう一杯!!」


 奥で店主が手をあげて応じ、酒臭い息をついたエレーナが『それでさ』と身を寄せてきた。内緒話をするみたいに声を潜めて。


「今日泊めて」


「うーん……」


「えーっ、駄目なのー? 未来の相棒が困ってるんだよーっ」


 駄目じゃないんだが、なんというか、こう、なあ?

 ただまあ俺の事情を優先するってのもなんだし、別にヤる為に来るって訳でもないから、良いは良いんだが。


「……分かった。それじゃあ今日は前やった盤遊びの勇者と魔王でもして夜を明かすか」

「やったーっ! あっ、それじゃあ私準備してこないとっ! えっとお金お金……」

「いいよ。代わりに後で身体解すの手伝ってくれ。肩もみとかもな」

「うん、ありがとっ。えへへ」


 にっ! と笑って、駆けていくエレーナ。

 酔っているからちょっとふら付いて、柱にぶつかった。


「気を付けろー。あと走らず歩いてけ」

「っっ、わかったぁ……」


 店主が寄ってきてエレーナへ陶杯を差し出す。

 中身は酒じゃなく、冷たい水だろう。

 あいつ魔術師だからな。


 それじゃあ、と去っていくエレーナを見送った後、野郎はため息交じりにこっちへ来て、堂々と対面へ座った。


「遊んでないで早く結婚しろよ、馬鹿」

「そういう関係じゃないぞ、馬鹿」


    ※   ※   ※


 昔馬鹿をやっていた時代の話が出来る相手ってのも貴重だが、若いのに大人ぶって格好付けるにはちと邪魔だ。

 かつて俺とパーティを組んでいた、女たらしの片割れ。

 一緒にゴールドへ辿り着いて、転落した後はあっさりと冒険者を止めて結婚しやがったコイツは、もう二児の父親だ。

 それで売れない食事処を続けているんだから、今でも十分馬鹿とも言えるんだが。


「ヤバくなったら昔面倒見た奴ら引っ張ってきてるからな。ルークとかほら、金持ってるしよ」

「お前は組んだことも無いだろうが。俺が連れて来てやったら先輩風吹かせやがるんだからよ」

「そのお前に女との遊び方を教えたのは俺だからな。実質的に俺が面倒見た様なもんだ」

「はいはい。今度息子二人に昔話でもしてやろうか」

「それだけは勘弁して下さい」


 父さんは元ゴールドランクの冒険者で、あの竜殺しに薫陶を与えた偉大な人だって自慢してるからな。

 どれも完全に間違いじゃないが、父親の見栄ってのは子どもにどう映るんだか。


「にしてもよ、お前だってそろそろ限界感じてんだろ。引退しろ引退。冒険者は三十五が限界だ」

「そういや北で俺らの倍以上歳食った爺さんがまだ冒険者やってたぞ」

「んなもん特殊な例だ。普通は死ぬ。万年シルバーなんぞやってて未来はねえだろうが。今ならウチで雇ってやるぞ」


 この店のどこにそんな余裕があるんだよ。


 まあ、心配はしてくれてるんだろうけどな。


「……今の所、身体に限界は感じてない。その三十五ってのも、もうじき手が届いちまうが、どうなんだろうなぁ」


 陶杯を傾け、酒精を肺腑へ。

 冒険者の血と肉は酒で出来ている。

 馬鹿と笑われようとも、笑い返して楽しくやるのが流儀だ。


 それでも限界が来る。


 自分一人が犠牲になるのなら諦めもつくが、そうなった時に誰かを庇い立っていたとしたら。

 多分、それが一番嫌な死に方だ。


 ニクス。ディトレイン。

 それに、ラウラやリリィ。


 グロースにリドゥン。

 他にも結構、今回のザルカの休日で死んだ奴が居る。


 冒険者なら当たり前のことだ、とは言い切れない。何気無く接していた店の人間や、肉体労働で一緒になった労働者、名前も知らないが酒場でたまに言葉を交わしていた誰か、そういう繋がりの薄い奴らが、ここ数日の日常で欠けていた事に気付いた。


「まあお前、とにかく頑丈だったからなぁ。死なないことだけは得意だったよな、昔から」

「自慢にもならねえ」

「タンクなら重要さ。致命傷だけは避けてテメエの肉を削らせていくってのは、魔術師やってた俺には到底出来ない芸当だ。怖すぎだろ」


 ただ今回は、その技量の違いってのを思い知った。


 心臓を喰われて尚も立ち上がったグロースの戦い。

 あれは今も鮮明に思い出せる。

 打ち付けられた相手の武器に、切っ先を小動(こゆるぎ)もさせず受け止めた。理屈は分からないでもないが、あんな方法は考えたこともない。

 ゼルディスはああ言っていたが、あの時のグロースなら万全の将軍級と戦っても勝てたんじゃないかとも思う。


 そういう絶対的な信頼を置けるってのは、タンクとして最高の評価だと思う。


 壁になるのがタンクじゃねえ。

 抑えになるのがタンクだ。


 ンなこと言ってた奴も死んじまったが、俺はまだまだそこに至れていない。


「でもお前、別に具体的な何か目標があるってんじゃないんだろ。せめて期限を設けるとかよぉ」

「……今日は随分と引っ張るな」


 時折この手の事は言われてきたが、流石にしつこい。

 足を引っ張る……って言うのも悪いか。心配してくれてんだろうからな。

 ただ昔の感覚からつい他の奴よりも反発しちまう。


「そうだな……悪い。っぁ~~! ったく、今回のザルカの休日で、どうにもなぁ」


 犠牲が出過ぎた。

 そうだな。

 不安にもなるさ。

 心配にだって。


「お前、家族ん所に顔出したのか」

「実家には戻ってないが、こっちで弟には会った。お袋が体調崩したって話だったから、折を見て行こうとは思ってるんだが」


 つい、目の前の仕事に気が向いちまう。

 クルアンの町が大きな被害を受けてるんだ、困ってる奴も居る、辛そうにしてるのも。俺に出来ることなんざ身体使うことくらいだが、一日でも早くいつも通りを取り戻させてやりてえとも思うんだ。


 あっちは無事だったみたいだし、余裕もあるそうだからな。


「ずるずると引き延ばしちまうぜ、そういうのはよ」

「分かってる」

「結婚しろ、馬鹿」

「そうだな」


 言って陶杯の底を見詰めた。

 いつの間にか酒が空になってる。


「冒険者絡みが嫌なら、俺が見合い相手を探してやろうか? 歳食った元冒険者でも良いって奴、探せば結構居るぜ」

「そいつは遠慮しておく」

「さっきの子、気立てが良くていい感じだったじゃねえか。今夜中に口説き落とせ、というか、なんで普通に部屋へ泊りに来ててそういう関係じゃねえんだよ、枯れたか?」


 枯れてねえよ、まだまだ元気だよ。


「昔なら構わず喰い付いてたろ。あんなに自分を信頼してる子ならよ、強引に押し倒せばイケるぜとか思わないのか?」

「いつの話してんだよ。アリエルとの事、お前には色々相談したろ」

「結婚しろ」

「しつこい」


 だけどな、と店主は長椅子に寝転がった。

 脚を組んで、昔遠征先でよくやっていたみたいに、絵空事を思い浮かべて。

 なんてのはもう、お前には無いんだろうけどよ。


「悪くねえもんだぜ、父親ってのも。子ども見てっと、毎日いろんな発見がある。いろんなことを俺に教えてくれる。あいつら守る為に、俺は生きてるんだって思ってる。お前からすりゃあっさり冒険者の道を投げた、半端者だろうけどよ」


 そんな風に思ったことは無い。

 当時は裏切られたとも思ったがな。


 所属していたパーティが壊滅し、アリエルとの件で離れてた俺と、別で動いてたコイツだけが生き残った。

 もう一度組んでやり直そう。

 皆の分も頑張って、成功してやるんだ。

 なんて思ったのによ。


 けど改めて、俺には選べなかった道を行くコイツを凄いとも思う。


「アリエルは良い女だ。良い女になった。お前がどれだけ遊んできてても、受け入れて一緒になってくれる。お前のその、面倒くさい部分も含めてな」


 元冒険者で、今は食事処の店主をやってるこの親父は、誰も来ない店の中で今日も明日も、家族の為に働くんだろう。


 しばらく似たような話で時間を潰した後、戻って来たエレーナを伴って、俺達は部屋へ向かった。

 遅くまで盤遊びをしたり、装備の手入れについて教えたり、逆にゼルディスパーティでの話を聞かせて貰ったりして、そのまま何もせず眠った。


 眠る前に、少しだけアリエルとの過去を思い浮かべて、ぼんやりと天井を眺めていた。






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