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息抜き

 ギルドは夜中も休まず運営されている。

 といっても、流石に深夜は人の出入りが無くなり、静かなもんだ。


 慣れた景色も夜中に見ると雰囲気が変わる。

 普段意識しないが、この暗さはちょっとな。


 蝋燭の灯かりを頼りに受付へ向かうと、少し奥の机でアリエルが書き物をしているのが見えた。集中しているのか、こっちには気付かない。

 足音を忍ばせてきたのは確かだが、なんて思いつつ、のんびりとその姿を眺めた。


 アリエルは本当に働き者だ。

 昔の、追い詰められていた時代もそうだが、今じゃあ後輩の教育からギルド代表としての交渉事まで任されているやり手の職員で、たまに口説かれているのも見る。

 いい女だよ。

 本当にそう思う。

 上がったり下がったりを繰り返しながら万年シルバーやってる俺なんかにゃ勿体ない。

 …………なんて言い方は卑怯だな。

 別に何かを言いに来たつもりは無かった。

 アイツだって十分に働いたんだから、あの場に参加したって良かった筈だ。

 だからせめて、俺くらいは労ってやろうかとか、思っただけなんだが。


 そういう甘さが駄目なのかねぇ。


 集中している姿をもう一度眺めた後、摘んで来た花を一輪、受付に置いてから近くの椅子に座る。文字の書けない依頼人なんかを相手に、書類を作らせる席だ。

 机からは背を向けて、ぼんやりと天井を見上げる。


 十五年、いやもう十六年以上か?

 それだけの間、見続けてきた景色。


 なんて、最近物思いに耽り過ぎだよな。


 欠伸を一つ。


 酔って緩んでいた頭は、あっという間に意識を落とした。


    ※   ※   ※


 目の前を走っていく子どもらの騒がしさで目を覚ました。

 身体には毛布が掛けられていて、そいつを剥がして折り畳み、机へ乗せる。


「お姉ちゃんっ、ありがとう!」

「ありがとおーっ!」


 なんだと見てみたら、受付に居るアリエルへ少年と少女が木彫りの人形を差し出していた。

 奥に見える小瓶には俺の置いた花が差してある。


 アリエルがちょっと男勝りな笑顔で応じた。


「どういたしましてっ。もうおじいちゃんの脚は良くなったの?」


「治ったーっ!」

「神官さんが来てくれたのっ。お姉ちゃんのおかげだよー!」


「ふふんっ。でも治ったばっかりはまた怪我し易いから、無理しない様に見ててあげてね。また無理するようなら怖い冒険者を差し向けて縛り上げるからって伝えておいて」


 はーい、と元気良く返事をした二人がまた忙しなく駆けていった。

 クルアンの町に、ようやく子どもの笑い声が帰って来たか。


 そいつを作ったらしいお姉ちゃんへ目をやると、俺に気付いたらしくちょっと照れていた。


「ありがとな」

 毛布。

「そっちこそ」

 花。


 なんてやり取りの後、多少身構えた様子のアリエルが毛布を回収しにやってきて。


「お前の体調はその後どうだ」

「眠いわ。どっかのアイアンが働きもせずに目の前で寝てたから、何度叩き起こしてやろうと思ったか」

「悪かったな。寝心地が良かったもんで」


 持ち上げた毛布で俺の頭をトンと叩いて去っていった。


 さあ、俺も俺で働くか。


「何か急ぎのクエストはあるか?」

「えー? あー……港からの荷運びは結構依頼きてたかなー」


 なるほど荷運びか。

 毎度ザルカの休日を聞きつけた商人連中が、南から船に大量の物資を乗せてやってくる。

 特に今回はクルアンの町が受けた被害も大きいから、復興には単純な人手が必要だ。そいつを支える食料は大いに重要だろう。


 毎年、ザルカ神がサボるのは収穫を終えた後だっただけに、春先での被害は思っている以上に厄介かもな。確実に値上がりだ。


 待っている内に若い受付嬢が依頼板へ木札を下げに来て、言われてた荷運びクエストを受けることにした。


 因みに受付でアリエルが妙なことを言い出した。

「あぁそれと、毛布は私じゃないから」

 じゃあ誰なんだよ、と尋ねても答えてはくれなかった。


    ※   ※   ※


 荷運びに倉庫番、荒れた川のドブ浚い、人探しに猫探し、農園関連で作付けなんかも手伝った。

 一方で魔境から流れてきた、大侵攻の余波みたいな魔物群相手に討伐を受けたり、守備隊と冒険者との揉め事を仲裁したり。


 色々あって遅れていたザルカの休日における評価を受けられたのもあり、ようやくシルバーランクにまで戻って来れた。


「乾杯!」

「かんぱーい!」


 日常が戻って来た気がする。

 いつもの地下酒場が再開され、リディアと共に店へ突撃した。


 マスターは元気そうで、先日ようやく仕入先が落ち付いたとの話だった。


 美味い酒だけを求めるなら他にもある。

 料理も十分美味いが、絶対に替えが効かないとは言わない。


 けど俺達にとっては一番の落ち着き所で、再開してくれて本当に良かったと思う。


「っぷはあっ!! あーもーっ、苦しかったぁ……!」

「ははは。またゼルディスが何かやらかしたか?」

「もうさっ、もうさぁ!? 酷いんだからアイツ!!」


 毎度の如くリディアの泣きが始まった。

 好きに吐き出せる場所がここしか無い以上、北域の遠征から今日までよく我慢したと思うよ。


「よぉし今日はたっぷり話せっ!」

「はーい! でさっ、今回結構いろんな所に被害が出ちゃったでしょ……?」

「あぁ」

「だから……全く分からないんでもないんだけど………………」

「マスター、キツめのよろしく」


 酒精を注いで。

 コリの溜まった我慢を酒で流して。


「はいどうぞ」


「今ウチの拠点っ! アイツのハーレム状態なんですけどおおおおおお!!」


 ダンダンダン!! と力任せにカウンターを叩く。

 完全に迷惑客だがマスターも横向いて笑っているからまあいいか。


「元々エレーナが離れちゃってから、貴族の子とかを三人くらい何度も連れ込んでたんだけどっ、それがここ数日で十五人に増えました!! 半分以上は昔囲ってた女なんだからっ! もう訳分かんない!? こましのロンドくんどうぞ!!」


 おっとこっちに矛先が向いたか。


「…………あー、まあ、これだけ被害も出たからな、不安なんだろ」


 最近、あちこちで結婚する奴が増えている。

 家族を失った者、恋人を失った者、友人を失った者、そういった奴らの中にも、隙間を埋めたくて寄り添う相手を求める場合がある。

 悪いとも思わないさ。

 自然なことだ。

 ゼルディスのように金も地位も力もある奴の元へ、一度は離れておきながら再びやってくる奴だって。

 決して悪くなんて言えない。

 パーティの拠点へ連れ込んで面倒見るのは迷惑過ぎるがな。


 しかも十五人とか。

 まだまだ増える余地もありそうだ。


「それでさぁ……、一番困ってる事があってさぁ……」

「おっと、まだ終わりじゃなかったのか」

「前にさ、最初の頃にね、あの馬鹿が二股掛けてパーティ抜けちゃった子が居たって話したじゃない?」


 まさか……。


「その子も戻ってきてるんだよね…………なんか、もう、よく分からないよ、私」

「今の内に聞いておくがパーティに」

「再加入した」

「吐きそう」

「私ずっとそこに居るんですけどおおおおお!?」


「っ、ははははははは!!!」


「笑いごとじゃないよお!!」


 本当になっ。


「あーでも、それならそれでヒーラー仕事も楽になるんじゃないのか? 結構形になってきてた奴なんだろ? ランクは?」

「ゴールド。前はミスリルだったのが降格してた」

「あー……っと?」

「なんかねぇ……決して手を出されない距離を維持しながら、上手い具合にご機嫌取りしてる。拠点にも移ってこないし。だからさ、もしかしたらさ……」


 つまり……そういうことだな。

 うん。


「ミスリルに昇格したらさようなら、ってことだな」

「目を背けてたのにいいいい!!」


 カウンターに突っ伏して頭を抱えるリディアが、また大きなため息をついて脱力した。


「真面目な良い子だったの。ちょっと前のめりになる所はあるけど、部屋は散らかしっぱなしにするけど、お金が大好きでフィリアと仲良くしてたけど、ちゃんと出来る子だったの」

「評価基準がかなり下がってる気もするが」

「どうしてこうなっちゃったのかなぁ…………またよろしくお願いしますねって、言われちゃった」


 マスターが良い酒を置いた。

 芳醇な香りが素晴らしい。


「ありがとうございます……っ」


 リディアが涙目でそれを掴み、少しずつ味わう様に飲んでいく。


「美味しい……っ!」


「泣くほど美味いか、そうか、良かったな」


「はぁーい…………、っ!」


 涙拭けよ。






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