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暴君たれ

 後日、状況が落ち付いたのを見計らって酒宴が設けられた。


 フィリアの店で行われた宴は、中心となっているのがゼルディスとあって実に多くの人間が訪れた。

 俺の奢りだ自由に飲んで愉しむがいい。

 そんなことを言ったゼルディスにフィリアが血の涙を流しつつ、なんだかんだと誰よりも派手に飲み食いする姿にらしさを感じて陶杯を傾ける。


 最初からどうせそうなると分かっていたんだろう。

 どこかで上手くしわ寄せを作って自分の利益を確保しようとする奴だから、そう心配する必要もないか。

 フィリアは根っからの冒険者だ。

 飲むなら楽しく。


 なるほど、と感心しながら俺も大いに便乗した。


 カトリーヌやその娘のリアラは参加していない。

 復帰したアリエルも、仕事があるからと断った。

 他にも幾らか、もうここに来られない者も、不参加な者も居るが。


「っしゃああああ!! 私の大勝利ィ!! テメエら有り金吐き出せやこらあああああああ!!」


 小人族の女、神官のプリエラが脱いだ服を肩に机へ脚を乗せる。

 脱衣カード勝負でどうにかネグリジェ一枚を守り抜いたらしい。机に転がってるのは彼女のパンツだ。

 負けた野郎共には周囲の連中から批難の声が飛んでいる。

 全裸の中に彼女のパーティリーダー、ルークが混じっているのは参加を強制させられたからか。

 最近爽やかで面が良いと各所で評判の竜殺しが見せる、見事な裸体と腰のイチモツに、少し離れて見ていた女共から喜びに満ちた悲鳴があがっている。お上品な恰好をしているから、貴族連関係のご令嬢達か。


 よく見ればプリエラがパーティメンバーの魔術師を全裸に剥いて椅子にしていた。

 なんという暴君ぶり。

 酔っぱらったプリエラは無敵だ。


 平時ですら、ルークと一緒に俺が組んでいた時代、アイツは平気で野郎共と並んで寝ていたし、暑い日には下着姿そのままで過ごしてやがった。

 魔が差した野郎の玉を蹴飛ばすこともあるし、優しく撫でてくれることもある。

 気分屋で傍若無人、けれど、冒険者らしい生き方を愛するいい女だ。


 先の戦いで兄のリドゥンが死に、どうなるかと思っていたが、自力で立て直しているらしい。


「酒っ、もっとこのキンキンに冷えた酒持って来ぉおおい!!」


 今回の戦いは人が死に過ぎた。

 長くこの町で働いて来たから、依頼人や冒険者だけでなく、何でもない道ですれ違うような者とも普通に挨拶を交わす。

 誰が死んで、誰が生きているのかすら、まだ把握し切れていないが。


「おうロンドォ!! なんだお前っ、酔ってねえのかああ!!」

「酔ってるに決まってるだろうが!! よぉしその残った一枚俺が剥ぎ取ってやるよお!!」


 俺達は騒ぐ。

 飲む。

 詠う。

 賑やかに送るのが冒険者の流儀だ。


「しゃあ勝ったあ!!」

「負けたああ!? イカサマしたのになんで!? ロンドの馬鹿あああ!?」

「俺にンなもん通用するかっ! さあ脱げ! ほら脱げ!! 口だけかオイ!?」


「………………じゃあ、ロンドが脱がせてくれる……? っぽ」


「……やりにくくするなよ」


 野郎共が股間を抑えて前のめりになる中、流石に見兼ねた女達が雪崩れ込んできて、イカサマ女は連行されていった。

 自業自得だと思うので、プリエラの巻き上げた金は全部フィリアへ渡しておいた。今日の飲み代だ。感謝の印として別室へ誘われたが、プリエラ並に酔ってて何されるか分からなかったのでお断りしておいた。


 因みに後ほど戻って来たプリエラからは、後で二人っきりになって見せてくれると言われたが、いつの間にか足首に光の鎖が巻き付いていたのでご遠慮しておいた。

 なんか俺以外には見えないらしい。


 お堅いリディア様は涼しい顔してラガーをぐびっていた。

 決してこっちは見なかったが、頬が少し膨らんでいた。


    ※   ※   ※


 深夜を回り、半分以上が酔い潰れて静かになった頃合いで、ふらりと出て行く背中を俺は追い掛けた。


「おう」


「……うん? 誰だ」


 野郎、ゼルディスは赤らんだ顔でこちらを振り返り、眉を寄せてきた。

 どうやら俺の顔は記憶から零れ落ちたらしい。

 酒のせいだとも考えられるが。


「ロンドだ」

「そうか」


 素っ気無く返されるが、すぐには去っていかない。

 一応声を掛けられた以上はって話を聞くつもりでいるのか。


「グロースの件はすまなかった。彼が死んだ際、指示を出していたのは俺だ」

「そうか」


 あまりにあっさりと言われ、少しばかりざわ付くが。


「指揮を執っていたのなら、そこで生じた犠牲はお前の責任だ」

「あぁ」

「詫びは聞いた。じゃあな」

「……それだけか」


 責められたかった、つもりはない。

 自分だけのものと浸るつもりも、背負い過ぎるつもりもない。


 しくじったのは俺で、グロースで、その後悔は仲間全体で共有すべきものでもある。


 その上で、重さを知るべきだとは思うがな。

 彼の言った通り、指揮をするっていうのはそういうものだろう。


「こちらにグロースを置いて行ったのは俺だ。奴の周辺に十分な戦力を配置出来なかったのもな」

「いや……別にグロースが敵に劣っていた訳じゃ」

「だが死んだ。事実だ。情報としてはそれで十分」


 なんとも、割り切りが凄すぎる。


 最上位のパーティを率いるってのはそういうことなのか?

 貴族連まで平気で下に扱い、町の戦況を左右するような判断を問答無用と押し通し、人の死をここまで……。


 いや、ゼルディスも何ら仲間の死に思う所が無い訳じゃない。

 以前レネとフィオの件で、かつてゼルディス達が討伐したっていうベヘモスの魔核が雑に扱われていたのを見て憤っていた。

 価値観が違うってのは北域でも感じたことだが、こいつはこいつなりに仲間の死を背負っているんだろう。

 たぶん、と付けたくなるくらい曖昧な様子だが。


「いいだろう」


 と、何を思ったのか、ゼルディスは俺を値踏みするように見ながら続けた。


「俺が不在だった間の事を知る限り話してみろ。採点してやる」


    ※   ※   ※


 流石にあの場でやるには不適切な内容だったから、近くの広場まで歩いて行った。

 人影は殆ど無い。

 神殿へ避難した者も居るが、町民全てが収まる筈もなく、南にある港町まで行って、まだ大半が戻れていないそうだ。

 家も何もぶっ壊れてちゃあ、そうなるよな。


「まずお前が最も気にしていたリザードマンへの魔術攻撃、これは何ら問題ない。将軍級撃破に繋がる手であったとも言えるな」


 野郎二人で座ってるのも何だが、こういう場所で普通にゼルディスが居るのも妙な感じだ。

 同じ長椅子へ腰掛けてるのに、何故か奴の方は華やかに見える。


「…………神殿騎士や神殿に被害が出た」

「捨て置け。雑兵は時間稼ぎにしか使い道が無い。そして、聞く限りにおいて、まあ既にバルディからも状況は聞いていたんだが、お前と二人分の意見を総括して見た場合、フィリアの援護が無ければ神殿共々全滅していただろう」


 神殿前広場で、誘い込んだリザードマンに大魔術での援護をして貰った。

 ただ、そこで撃破には至らず、吸収されたその力を使って俺もやられ、神殿側にも被害を出してしまった。

 明らかな失策だったと考えていたが……。


「魔物の生命力は凄まじい。深手を負って、心臓を潰されて、半日から数日暴れ続けるようなモノも居る。グロースが動き続けた理由はそれだけじゃないだろうがな」


「アイツは……」


「そのグロースも、フィリアの攻撃で消耗した将軍級でなければ勝てなかっただろう」


 そうは思わない。

 思わないが、もしかしたらなんてのは妄想で、俺が極端に気にし過ぎているからなのかもしれないが。


「そんなことよりも、お前達が一番に気にするべきは将軍級を街中へ誘引した事だ。こちらこそ明らかな失策だろう」


「戦力を集中させた所へ敵を誘い込むのは良い手だと俺は思ったが」


 結果的に町へ大きな被害を出したことは事実。

 確かに、言う通りではある。


「先に言った。雑兵は時間稼ぎに使えるとな。平原で将軍級を受け止めさせ、その間に戦力を集中すれば町への危険を伴うことなく打撃を与えられる」


「他の将軍級が来るかもしれない」


 なによりそれは死人が増え過ぎる。

 町の被害を前にデカい面は出来ないが、建物はまた造ればいい。

 それをするのは人間だ。

 生き残ってさえいれば再起は可能。

 優先順位を付けるのなら、俺は人を活かすべきだと今でも思う。


「当然だ。俺が言っているのは結果論からくる採点だ。だが結果以上に現状を現すものはない。結果の出た事にもしかしたらを話し始めれば、どんな名君や天才とて愚か者の烙印を押されるだろう。想像は自由だからな。コレは過去を後悔させる為のものではなく、未来へ挑む為の話だろう?」


 だから、結果的に撃破へ至れた神殿前の事は評価する。

 一方で、被害へ繋がった将軍級の誘引は批難する。


 極端な論法にも思えるが、反省を後悔じゃなくて、未来へ挑む為のものだって話は気に入った。

 考え方の根本は同意できないけどな。


「お前が今後も指揮を執り続けるのなら、この事と、あと一つだけ覚えておけば十分だ」


「何だ」


「魔物というのは如何な雑魚であろうと、俺達の理解の一歩先を行く。策を練り、誘い込むのはいいが、常に敵へ優位となる発展があると見ておくべきだ。故に大衆を率いる時に必要なのは知恵以上に、何があっても堂々と振舞い続けること」


 なるほどな。

 ゴブリンですら確実なトドメを怠れば上位冒険者を殺すこともある。


 魔物は恐ろしい。


 そんな当たり前の事を、アダマンタイト級冒険者である、しかもゼルディスが口にするとはな。まあ、恐ろしいとは言ってないんだが。


「あぁ、分かった。ありがとう」

「礼はいい、グランドシルバー」


 不意に呼ばれ、少し驚いた。


「……覚えてたのか」

「話している内に思い出した」

「っは! ちゃんと覚えやがれ。つーか、そっちはフィリアとか飲んだくれ共の創作だ。俺はミスリルランクなんざ踏んだことも無いぞ」

「アイアンランクだからな。何故シルバーから降格している」

「うるっせえ」


 元はゴールドだったんだよ、なんて。

 コイツ相手に胸張ってなんざ言えない。

 なにせ最高位のアダマンタイトだからな。


 奴は優雅に背もたれへ身を預け、遠く月を見上げた。


「今日はリディアが楽しそうにしているのが見れた。俺は気分が良い」

「なるほど。だから俺なんぞに付き合ってくれたのか」

「あぁそうだ。それに俺を酒宴へ招く男は珍しい。それらの礼と受け取れ」


 そして気紛れの時間も過ぎ去ったのか、立ち上がったゼルディスが腰元の剣に手をやる。

 ここからでも見える、崩れてボロボロになった街並みに目をやり。


「パーティであれ、ギルドであれ、冒険者全てであれ、頂点に立つというのは身勝手な評価に晒される。一つ一つと向き合ってなぞ居られるか。自他を顧みず、反対意見は蹴り飛ばし、いずれ追い落とされるまでは王で在り続ける。この被害でさえも必要だったと言い切る覚悟が無ければ、瞬く間に座から転げ落ちるだろう」


 ではな、と言って歩き出した背中に声を掛ける。

 なんとなく気になっただけなんだが。


「お前、元は貴族とか王族だったりするのか?」


「いいや? 俺は孤児だ」


 なるほどな。

 妙な納得を得て、今度こそ見送った。


 そうして俺は、少し悩んでから。


 ゆっくりと、人の居なくなった道を歩いて、ギルドへ向かった。

 まだそこで働いてる奴が居るだろうからな。






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