プロローグ
『月が、綺麗ですね。』
かの有名な明治の文豪である夏目漱石が、『I love you』という英文を、日本人の感性に合うように訳したと言われている有名な台詞。
実際には、『月が、綺麗ですね』と漱石が和訳した事実はないらしいのだが、『月が、綺麗ですね』という台詞は、日本人らしい奥ゆかしさを表現していて、私は好きだ。
恥ずかしさと照れから、お互いの顔を直視できない二人。でも、お互いが同じものを見て、お互いがそれに対して同じ感情を抱いている。それだけで、お互いの気持ちが通じ合っていることを理解し合うのには十分なのだ。
月は、とても冷たく光る。
太陽のようなエネルギッシュさは、月にはない。
闇夜にただひとり、ぽつんと浮かんで冷たい光を放っている月。それは満月であろうが、三日月であろうが、月光の冷たさに大して変わりはない。
どうして、月は美しいのだろうか。
闇の中でミステリアスに光っているからか。それとも、周囲に星屑をたくさん従えているからか。
理由は、僕にもよくわからない。
でも、月を見ていると、自然と心が洗われるような感覚に落ちる。
闇夜の中、幻想的に浮かぶ月を眺めるのが、僕は好きだ。妙に、心が落ち着くから。
「月が、綺麗ですね。」
いつか僕も、好きな女性の隣に座って、こう言ってみたい。