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下弦の盃(さかづき)  作者: 朝海
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第三章「決別」

「兄様、どうして?」

 澪が学校から帰ると血まみれで、倒れている正と優里の姿があった。要が銃を持っていることから撃ったのは確実だろう。

 要が持っている銃からはまだ煙が出ている。殺害から時間はたってはいないらしい。

 季節の花が咲き乱れる中で、血だらけの庭だけが異様な空間である。澪にとって小さい頃から遊んでいた庭の思い出がけが汚されたような気がした。

 正と優里との楽しかった日々が、奪われた気がしてならない。

 

「どうして、ねぇ。武器を持たず戦うなんてもう時代遅れだ」

 本橋家は代々武器を持たずに戦ってきた。やくざ同士の衝突が起これば、仲介に入り話し合いで解決してきた。

 周囲でも穏健派として有名である。

 そして、武器を持つのは最終手段として教えられてきた。

『いいか? 澪、要。覚えておけ。武器を持つなよ。しっかり武術を体に叩き込んでおけよ』

 ずっと、そう言い聞かされてきた。

 澪はその約束を胸に刻み込んでいる。

 正と優里の教えを要が破ったのである。

「だからといって、殺していい理由にはならない」

「俺はね。お前と両親が大嫌いだ」

 仲がいいと思っていた。

 要とともに仕事を引き継げると期待していたのである。それに、何でも、相談ができると思っていた。手を取り合えると思っていたのに絆は断ち切られてしまう。

 いつから、こんなに関係がこじれてしまったのだろうか?

 家族としての関係が壊れてしまったのだろうか?

 兄弟として絆が途切れてしまったのだろうか?

 澪には見当がつかない。

 理由が分からなかった。

「要兄様」

「名前を呼ぶな。お前に呼ばれただけで虫唾が走る」

 澪の肩に銃弾が貫通した。

 ポタポタと血が滴り落ちていく。

 澪は痛みをこらえて立ち上がった。

 今、ここで立て直さなければ、白蘭会が消滅してしまう。

 代々が愛した組織が、崩壊してしまう。

 白蘭会の存続は自分の手にかかっていた。要が離反し正と優里が死去した現在、指揮権は澪にある。

 澪は要と相対した。

「本橋要。あなたを白蘭会から追放する」

 凛とした声が庭全体に響く。

「その言葉をまっていた。これで、俺は自由だ」

 要はこの時を待っていたのである。

 待ち望んでいた。

 今日、その夢がようやく叶う。

「私はあなたを許さない」

「許さない? 弱い奴がどの口を叩くのやら」

「確かに私は弱いかもしれない。けれど、いずれあなたに勝ってみせる。これ以上、組長と組長補佐に対する屈辱を言わないで頂きたい」

 澪のブラウンの瞳は、怒りを宿していた。その燃えるような瞳から読み取れるのは、間違いなく要への憎悪だった。

「俺を殺せるなら殺してみろよ。あ、規則を破ることになるからできないか」

「ふざけるな。あなたは人の命を軽く見ている」

「甘い人間が俺に説教か?」

 要は澪の傷口を思いっきり掴んだ。澪は浅い呼吸を繰り返す。冷たい瞳が澪を見下ろしてくる。それでも、澪は要を睨みつける。

 甘やかしてくれた腕はもうどこにもない。目の前の人物は最早自分の兄ではなかった。

 あの優しい声は二度と聞けない。

 残酷にも流れていく時が要を変えてしまった。

 一度、壊れてしまったものは元には戻らない。

 澪にとって危険人物でしかなかった。

「甘いと言われてもいい……私は……両親の跡を継ぐ」

 途切れながらも言葉を紡ぐ。

「弱い犬ほどよく吠える。思いが変わることがないのなら決別だな。俺に勝てるのなら、やってみろよ」

 要はバカにしたように笑う。


「要様。その手で澪様に触れないで頂きたい」

 大切な主に触れるなと、執事――野田涼が要の手を払いのけた。頼みの綱である瞬はいない。要がわざと、任務を与えその隙を狙ったのだろう。

 そのような計画を立てていたらしい。

 残された自分たちで澪を守るしかなかった。

「おっと、邪魔が入った」

「これが、あなたの本当の姿」

 もう一人の澪の執事――野田文が要の手を捻り上げる。

「そう、これが、俺の本当の姿」

 要は文の手を力任せにふりほどく。

 そのまま、行方をくらませてしまった。

「涼、文」

「無理をなされないでください」

 涼が自分の服を破いて止血した。

 横では澪に代わって文が指揮をとっている。

 ポタリ、と雫が涼の手に落ちる。

 涙が太陽の光を浴びて、きらりと輝く。

 ただ、静かに――声を上げることなく澪は泣いていた。必死に泣き声を漏らすまいとする姿が痛々しい。その姿を見るのは自分たちだけでよかった。弱っている姿を誰にも見せたくなかった。

 涼は文に任せて誰も使っていない部屋へと誘導する。

 合流した文と涼は澪に寄り添った。


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