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下弦の盃(さかづき)  作者: 朝海
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第一章「再会」

 結局、澪に貰った名刺は捨てずにとっておいたままだった。

 電話をかけるか。

 やめるべきか。

 上着を返すためだが、名刺に書いてある電話番号を入力しても、携帯の発信ボタンを押す勇気がない。あの冷たい眼差しに耐えられる自信がない。うまく会話ができるのか、自信がなかった。

 どうすればいいのか、考えがまとまらない。部屋の中をウロウロと歩き回る。寮内が一人部屋でよかったと思う。こんな情けない姿を同級生に見られたくなかった。


「何を迷っているのですか?」

 本橋家から送られてきた執事――野田文(ふみ)に声をかけられて、あかりは発信ボタンを押してしまう。慌てて通話を切ろうとするがもう遅い。

 澪がでてしまった。

「どうせ、文あたりに驚いたのだろう?」

 淡々とした声が聞こえてくる。

『はい――そのとおりです』

 すでに、先を読まれておりあかりは何ともいえない気持ちになる。

「いい加減、彼女の気配になれろ」

『一般人の私には無理です』

「雑談はここまでにして、本題は何だ?」

『借りていた上着を返そうと思いまして』

 緊張で声が震えているのが、自分でも分かった。

「別に処分してくれてもかまわない」

『私は気になります』

「真面目だな」

<澪様。どうされますか?>

 話にならないと思ったのだろう。

 文が漆黒の瞳を細めてあかりから携帯を奪う。

「文」

<承知しました>

 澪が名前を呼んだだけで文が判断をする。

 携帯を切りあかりに返した。


「準備をしてください」

 文の言葉にあかりは急いで準備を始めた。

「え? マンション?」

 文に連れて来られたあかりは、マンションを見上げた。よく、ドラマや映画で見る大きな屋敷を想像していたのである。組長、お帰りなさいませという言葉とともに、沢山の部下が並んで頭を下げている印象しかない。

「そこまで、驚くことでしょうか?」

「いや、意外で」

「テレビドラマや映画と現実は違います。澪様。須田さんをお連れしました」

 文がドアをノックする。

「入れ」

「失礼いたします」

 文は一礼してあかりを部屋の中に誘導してから去っていく。

 澪の机の上には大量の書類が積まれていた。視線は常に書類に向けられており、あかりを見ることはない。文書を見るスピードも速く、名前を書く文字も達筆だった。

 澪は読み終わった書類とまだのものを分けていく。ある程度、仕事に慣れている者の行動だった。部屋の中も本棚と洋服ダンス、パソコン、鏡、ベッド、今使っている仕事用の机ぐらいしか置かれていない。

 寂しい部屋だなというのがあかりの第一印象だった。

「あ、あの……上着をありがとうございました」

 緊張で声が出ない。

 そこで、初めて澪があかりを見た。

「きにしなくてもいいと言ったのに」

 立ち上がりあかりの前に立った。細い指先がいたずらに、あかりの首筋をなぞる。あの男たちのように不快ではなくて、ゾクゾクとした快楽が体を駆け巡っていく。

 全身から力が抜けていく。

 澪が不意に唇を奪う。

 大人のキスに先ほどからまともに立っていられない。崩れ落ちそうになる体を、澪が背中に手を回して支える。あかりは彼にしがみついた。その間に、消毒をするとあかりの耳にピアスの穴を開けた。

 本橋家の家紋――桐の花が描かれたピアスを耳に通す。あかりはようやく、解放された。どうやら、ピアッサーから注意をそらすための行動だったらしい。

 一瞬、澪に抱かれるかと思った。

 心臓が未だに激しく音を立てている。

 それぐらい、強烈な口づけだった。

「勘違いをするなよ。私は未成年を抱くほど落ちぶれてはいない。耳を確認してみろ」

 澪に促されてあかりは耳を触る。

 硬い石の感触があった。

 先ほどのチクリとした痛みは、ピアッサーで耳に穴を開けた時のものだろう。

「ピアス?」

 姿見の鏡に自分の姿を映す。

 雑貨店で売っているピアスとは違う。

 安物ではないことぐらいあかりにも分かる。

 重厚感があり、高級そうなピアスだった。

「須田あかり。お前を白蘭会の支配下におく。もう、承認済みだ」

 こちらの支配下においてしまえば、澪も何かあった時にあかりを守りやすくなる。戦えない彼女に、彼がとった防衛策だった。

「どういうことですか?」

「白蘭会に入ったということだ。あくまで仮の契約だ」

「私、やくざになったということですか?」

 今、この人は何て言った?

 何を言っているのだろうか?

 あかりの頭の中が真っ白になる。

 混乱して話についていけない。

 助けを求めようとも、ここにはあかりと澪しかいない。

 文が入ってくる気配すらない。

「保護と言ってくれ。須田さんに戦えと言っているわけではない。自分の身を守るためだと思えばいい。学校にはここから、通ってもらう。反論は許さない。自分の運のなさを恨め」

「どうして、そんな勝手なことを!」

「なら、君は私と同等に戦えるというのか?」

 澪の言葉にあかりは言葉に詰まる。

 逃げ場はないと悟ってしまった。

「引っ越しとかはどうすればいいですか?」

「涼と文が部屋の準備をしてくれている」

「涼とは誰のことでしょうか?」

「文の兄だ。いずれ、会うことになるだろう。それと、警告だ」

「警告ですか?」

 あかりが警戒した瞳で涼を見る。

 これ以上、何に巻き込まれるというのだろうか?

「蒼蘭会<そうらんかい>には気をつけろ」

「蒼蘭会?」

「兄のグループだ」

「お兄さんがいるのに、一緒に暮らしていないのですね」

「兄の怖さをいずれ、君も知ることになるだろう。今日はもう疲れただろう? 休めばいい」

 あかりは澪の部屋から出ると、用意された部屋へと向かった。そこには、通っている学校の制服、教科書、鞄などが整理されて置かれている。テレビ、パソコン、机なども揃えてあった。

 あかりは何もする気になれずに、そのままベッドにダイブした。

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