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下弦の盃(さかづき)  作者: 朝海
18/20

「復帰」2

「澪様」

姿を見せた澪に、その場にいた全員が頭をさげた。横には涼、文、あかり、瞬が立っている。

「今日は解散――もしくは、引退の話をしようと思う」  

「澪様。今、何て言いました?」

「物覚えが悪い。一回で覚えろ」

「解散か引退と聞こえたように思いましたが」

「私はそう言った」

「澪様、あなたは何を言っているのかわかっておられるのですか!」

「そんなことをすると、穏健派のパワーバランスが崩れてしまいます!」

「争いになります!」

あちらこちらから怒号があがる。

どれもこれも己の保身だけの言葉で。

自分のことだけで。

その言葉が、どれだけ澪の心をえぐっているのか 。

傷つけているのか。

周囲は知らないだろう。

舜は吐き気がした。

「うるさい!」  

ダンッと壁を叩いた。その迫力に周囲が静かになる。皆の前で感情を出す舜ほど珍しいことはない。 舜自身、我慢の限界を感じていた。 自制がきかなくなっている。

「澪様、澪様、澪様。お前らは澪様がいないと何もできないのかよ! いい歳をした大人が情けない!」

要に両親を奪われ。 殺されて。

身体は悲鳴をあげていて。、本音すら言えず。

それでも、上に立つ者として部下に弱さを見せることはなく。

見せるとすれば、自分たちのみに限るだろう。

(この人が自分たちのために、どれだけ犠牲を払ってきたことか……! 傷ついてきたことか……! それを、忘れたとは言わせない……!)

******** 

「――舜」

「澪様はへたすれば――」

「舜――さがれ」

自分を呼ぶとても、静かな声だった。

それだけで、不思議と心が落ち着いていく。

怒りが消えていく。

澪の命令に舜はさがる。

この場所にいる限り、組長としての立場を貫こうとしていた。 役割を果たそうとしている。  

今、ここにいるのは個人の「本橋澪」ではない。

白蘭会組長としての「本橋澪」だ。

それは、変わることのない一つの事実でもある。

それならば、澪に付き添うのみだった。



「私は賛同いたします」

老年の男性が発言する。正と優理のことを知っている人物でもある。だからこそ、出た言葉だろう。

澪に対する気持ちがあふれてきたのだろう。

「もう、澪様を解放してあげましょう。私たちが澪様を縛り付ける権利はない」

「異論はないですね? それでは、可決いたします」

代表して舜が声をあげる。 まるで、その瞳に焼き付けるように――澪はまっすぐ前を向いていた。

「澪様。お疲れ様でした。失礼いたしました」

「しばらく、一人にしてくれ」

「かしこまりました」

白蘭会の解散により、警備は警察に移行することになった。澪の体調を考えリモートで指揮をとり、那智が流した情報を元にして、警察が強硬派のやくざ関係の事務所に一斉捜査に入った。

もちろん、要のところにも。

これまでの経緯は澪が文章にして、資料として提出している。

要には死刑を言い渡された。

当たり前だろう。

それだけの人たちを殺してきたのだから。

罪を重ねてきたのだから。

もう、話すこともないし会うこともない。

要と澪。

二人が目標をもって、同じ道を進むことは二度とないはずである。

それに、決着はすでについている。

自分の役目はここまでだ。

残った仕事を終わらせてから、澪はピアスを取った。 ピアスを箱に片付け蓋を閉じる。 あかり、涼、文の部屋に入り手紙と、回収した白蘭会のピアスが入った箱を机に置く。

舜には特に手紙を書いてはいない。 きっと、彼なら見送りに来ているはずである。

月明かりを頼りに裏道を歩く。 出口を出ると背筋を伸ばした舜が立っていた。 彼を見て小さく笑う。 やはり、どこまでいっても律儀な舜のままだった。


「澪様」

「舜。お前なら見送りにきてくれると思っていた」 「お気をつけていってらっしゃいませ」

「いってくる」

お互い長い間、過ごした関係である。 余計な言葉はいらない。 簡単な挨拶だけで理解できる。

(どうか、お元気で)              

 舜は澪の姿が見えなくなるまで頭をさげ続けた。


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