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下弦の盃(さかづき)  作者: 朝海
17/20

第十六章「復帰」1

「瞬」

「澪様?」

 澪の姿に瞬は立ち止まる。彼は白いシャツにジーパンというラフな格好だった。思いもよらぬ形で澪と再会をしたのである。

「お一人ですか?」

「ああ」

 涼、文の姿はない。白蘭会に入ったばかりのあかりは、当然ながらまだ使うことはできないだろう。いつどこで、誰が見ているか分からない。

 澪に関する情報が流れてしまうかもしれない。周囲を確認して部屋に澪を入れた。用心のために鍵をかける。

 机にテーブルに本棚に、パソコンに洋服ダンスに、ベッドにテレビなど余計な物はなかった。瞬の部屋は本当にシンプルである。そのシンプルさが逆に澪にとって落ち着ける要素となっていた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 瞬は澪にコーヒーを出す。

「体調の方はいかがですか?」

「今は薬が効いているしある程度、安定している」

 瞬クラスとなれば要と相対したことも、知っているだろう。

 もちろん、那智が味方で自分を助けてくれたことも。

 小さい頃は那智、要、澪で遊んでいた。だが、中学生になる頃から徐々に交流が減っていった。この頃から、彼女は潜入捜査官として活動していたのかもしれない。


「今日はどのようなご用件で?」

「勘のいいお前なら気が付いているはずだ」

「私の復職ですか?」

「一時的でいい。涼、文、あかりの教育を頼む」

「須田さんなら分かりますが。なぜ、あの二人まで?あなたが立派に育て上げたではないですか」

「どうしてだと思う?」

「まさか」

「そう。そのまさかだ」

 澪が瞬を見る。

 覚悟を決めた者の瞳だった。

 歴史に名前だけを残して。

 皆に記憶だけを残して、証だけを刻んでいなくなるつもりだと、姿を消すつもりだと瞬は直感でそう感じとった。

「あなたはずるい。いつでも、私の心の中に入ってくる。入り込んでくる」

 どちらにしろ、いつか別れが来るだろうと瞬は予測をしていた。

 予感はしていた。

 ならば、澪の執事として最後までやり遂げよう。それが、使命だというなら、見届けよう。執事としての役割を果たそう。

「それが、私のやり方だ」

「変わっていないようで安心しました。少々、お待ち頂けますか?」

「瞬?」

「着替えて参ります」

 数分もしないうちにスーツ姿の瞬が出てくる。また、こうして澪の隣を歩けることができて幸せだった。

 光栄だった。

「懐かしいな。両親が生きていた頃を思い出す」

 澪が僅かに瞳を細めた。箱からピアスを取り出すと、耳に通す。

 受け継がれてきた重み。

 本橋家に戻ってきたのだと、実感が湧いてきた。やはり、澪の隣は安心感があり心地いい。文や涼、あかり、那智以外でこの隣を譲るつもりはない。瞬の表情が執事のものへと変わる。

 瞳が鋭くなる。

 この世界から離れていても、感覚自体、体が覚えている。

 乾いていた心が潤っていく。

 満たされていく。

「澪様。これだけは、覚えておいてください。どこへ行ったとしても、私はあなたの執事です」

「瞬」

「はい」

「ありがとう」

 瞬の肩に額をのせる。その温かさが、澪がここにいることを証明してくれている。

 よくぞ、自分を頼ってくれたと思う。

「行きましょう。私たちの戦いはまだ続いています」

「そうだな」

 瞬は澪にヘルメットを渡した。バイクの方が動きやすいし、効率的と考えたのだろう。

「申し訳ありませんが、飛ばします。しっかりつかまっていてください」

 瞬はオートバイのエンジンをかけた。


「おい……瞬だ」

「え……あいつ、引退したと」

 ざわざわと周囲がざわめく。

 ざわめきが広がっていく。

「いや、これは――」

 澪が瞬を連れて歩く姿は、先代――正の再来だと誰かが呟いた。

「澪様。どこに――」

 出かけておられたのですか? という涼の言葉は続かなかった。

「野田さん?」

「兄さん?」

 あかりと文は足を止める。

「久しぶりだな。涼、文」

「島本さん」

 文がなんともいえない表情になる。瞬の教育の厳しさは本橋家一だった。

 本橋家の執事失格だと、涼と文は何回怒られたことか。

 武術などの訓練で叩きのめされたことか。

 きつい言葉を投げかけられたことか。

 プライドをへし折られたことか。

 思い出しただけで、反射的に二人の背筋が伸びる。瞬の教えはそれほど、体にしみついていた。


「もしかして、彼が先代の?」

 あかりは瞬のことを文と涼から少しだけ聞いていた。

「少しは勉強しているみたいだな。君が須田あかりか?」

「はい」

 震える足で前に出る。

「あかり。島本さんの訓練は厳しいわ。耐えられる?」

「私は――」

 あかりは視線を下にむけた。

(逃げ出したくない)

 視線を上げて瞬を見る。

「澪様の恥にならないように、訓練を受けます」

「言ったな? 覚悟しておけよ」

 彼の目が厳しく光った。



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