第十五章「入会」
「……り、……かり、あかり?」
澪のことが気になりぼんやりとしていたあかりは、友達に呼ばれていることにようやく気が付いた。
「あかり、最近綺麗になったよね。好きな人でもできた?」
咄嗟に澪の顔が浮かんだが、ないないと首を振る。
「これは、重症ね」
「うん。重症だわ」
友達は顔を見合わせて笑う。
「ストレートに好きですと伝えればいいのに」
「無理。だって、相手は十歳年上だよ? 私が思うのは好きではなく親愛に近いということかな」
確実に「恋」ではなく親愛に近いものがあった。家族が増えたような気がした。気が付けば心の拠り所になっていて、心地がいい場所になっている。それに、ここまで、自分を見守ってくれた場所である。
その場所を失いたくはない。
何があっても守りたかった。
何もかも中途半端だったあかりが、このような強い思いをもったのも初めてだった。
「うまくいけば、恋愛にあるパターンもあるかもしれないじゃないかしら?」
仲良しのあかりの恋愛話に興味津々らしい。友達の目は期待で輝いている。二人が詰め寄ってきて、あかりは苦笑した。
「そうそう。告白してしまえ」
「もう。二人とも他人事だから好き勝手言って。それよりも、自分たちはどうなのよ?」
話してもらうわよ、と今度はあかりが二人に迫る。この二人にはすでに他行の彼氏がいる。携帯でよく写真を見せてもらっていた。
惚気話も沢山聞かされている。
制服のポケットに入れていた携帯が震えた。学校にいると知っているのに、文が連絡をよこすということは緊急事態なのだろう。
(どうか、いい報告でありますように)
あかりはメッセージを開く。
『澪様が目を覚ました』
送られてきた短い文章に、あかりは席をたった。あとで、与えられる課題なんなりやればいい。それに、勉強は自分でもできる。成績もそう悪くはないし、授業についていける自信があった。
あかりは慌てて荷物を纏める。澪が生きているということを、早くこの目で確認をしたい。顔を見たかった。声を聞いて安心したかった。心が、体が、澪の存在を無意識に求めている。
「あかり?」
「ごめん。用事ができた。先生には適当に言っておいて」
「ちょ……あかり!」
嵐のように立ち去っていくあかりを、友達は唖然として見送った。
「澪様!」
あかりが到着すると澪は体を起こして書類を読んでいた。
「学校を早退するとはいい度胸だな」
憎たらしいほど淡々とした話し方に変わりはない。
それが、澪らしいといえば澪らしいが。
涼と文が気を利かして二人にしてくれる。
「あかり」
澪があかりと呼び出したのは、要に捕まり、救出されてからだった。あかりもそれに応じて澪様と呼ぶようになっている。
「はい」
生きていることを確認するように、澪はあかりの唇をなぞった。思わず目を閉じる。その間に、耳についているピアスをとった。
「須田あかり。君を解放する」
「私はもっと澪様と話してみたいの。あなたのことを知りたいの。少しでも、力になりたいの」
「やくざは嫌いじゃなかったのか?」
「ええ。嫌いよ。でも、澪様たちは違います」
「なら、ここにいる理由もないだろう?」
「澪様。私はあなたが、泣いているように見える」
助けてと心が叫んでいるように見える。つらいと言っているような気がする。その叫びを見逃すわけにはいかない。聞き逃すわけにはいかない。
「お前に私の何が分かる?」
「お兄様がした過ちは、私が半分引き取るわ。だから、悩まないで。苦しまないで」
「一度、入ったら抜けられなくなることもあるぞ。覚悟はあるのか?」
「覚悟はあります」
「ならば、正式に受け入れよう。白蘭会へようこそ。須田あかりさん」
「それと、聞きたいことがあります」
「何だ?」
「那智様のことをどう思っているのでしょうか?」
「那智か? 家族同然だ。余計なことを言う口は塞いでしまおうか?」
澪があかりの顎を支えて上をむかせる。ブラウンと濃紺の瞳が重なった。そのまま、唇を奪う。ガクガクと足が震えて、まともに立っていられない。崩れ落ちそうになる体を、澪が受け止めた。
あかりはようやく解放された。
そういえば、会話の内容は違っているが、出会った時も似たようなことがあったような。
確かあれは、ピアスを開ける時で、まさか、二度も唇を奪われるなんて思ってもいなかった。
あかりの顔が赤くなる。
「何をするのですか!」
「あかりが土足で踏み込んでくるからだろう?」
だから、お仕置きだと澪が妖艶に笑う。
「ごめんなさい」
あかりがシュンと大人しくなる。
気まずかったのか出て行こうとした。
「あかり」
「はい」
「要兄様の過ちは私が半分引き取るという言葉が嬉しかった。ありがとう」
あかりは一礼して部屋を出た。澪はあかりが出た瞬間――机に手をついた。眩暈が落ち着くまで待つ。最近、短期間で発作が起こることが多くなっていた。これぐらいなら、やりすごせる。
涼と文を呼ぶほどでもない。二人が那智から預かっている薬は、大きな発作が起きた時のために残しておきたかった。
それに、要の逮捕から半年。
もうすぐ、判決が出るだろう。
それを、聞くまで死ぬわけにはいかない。
全てが終わったら、この体が朽ちてしまっても、滅びてしまってもいい。
存在が消えてしまってもいいと思っていた。
(私の願いはただ一つ。皆が笑顔でいてくれたら、それでいい)
澪は自分の手を強く握りしめた。




