第十四章「家族」
あかりへ
こちらでの仕事が終わり次第、帰国をする
また、一緒に暮らそう。
あかりの成長を楽しみにしている。
「両親から?」
「文」
あかりは慌ててパソコンを閉じた。パソコンを壊してしまいそうなほどの勢いである。
「あかりの両親はどんな人?」
「それ、私も聞きたいです」
涼が文とあかり、自分の分の紅茶を机に置く。さすが、最上級の執事たる者。
その仕草は綺麗だった。
あかりは紅茶の波紋を見つめる。オレンジティーの香りが気持ちを落ち着かせてくれる。だからこそ、涼はこの紅茶を選んだのだろう。このような気配りができる人間に自分もなりたい。
「自分勝手な人たちよ。今回の帰国だって私に一言の説明もないもの」
親が敷いたレールの上を歩きたくなかった。両親の期待が息苦しくて寮つきの中高一貫を選択したのである。両親から逃げたいという思いが強かった。両親である里と孝が帰ってくるのなら、ここをでなければいけないだろう。
実家に帰ると思うだけで気が重くなる。せっかく、ただ今といえる場所ができたのである。あかりの本心を言えば、今の性格を崩されたくない。
両親に振り回されたくない。
あかりの居場所はここしかないのだから――。
家族と呼べる人たちができたのだから離れたくなかった。まだまだ、時間を共有したいし文、涼、澪瞬と一緒にいたかった。
「でも、あかりのことを思ってでしょう?」
「本当に私のことを思っているのかな?」
両親は本当にそのようなことを思っているのだろうか?
あかりは心配で仕方がない。
「とりあえず、話してみる必要がありそうですね。須田さんの部屋はそのままにしておきます」
「あかり。私たちはあなたの味方だからね」
「ありがとう。文、野田さん」
あかりは二人を見てほほ笑んだ。
東京・某所――。
「あかり、何をやっているの?」
「中に入ればいいだろう?」
「ごめん――ごめんね。あなたに寂しい思いをさせてしまったわね」
あかりの母親である里は、涙を流しながらあかりを抱きしめた。どうせ、この二人が気にしているのは世間体だろう。あかりは里の拘束から抜け出した。
「友達がいるのか?」
「友達というよりも、仕事仲間かな?」
あかりはさらりと流す。もちろん、学校に行く時もしているピアスは外してある。普通の高校生活を送っているということを、里と孝に見せるためだった。
「あかり、寮を出て三人で暮らさないか? 家族として再スタートを切らないか?」
「ごめんなさい」
二人に頭を下げる。まさか、謝られるとは思ってもいなかったのだろう。頭を上げると、驚いた表情をした里と孝の顔が見えた。
「どうして?」
「仕事仲間が関係しているのか?」
「その人体が弱くて大変なの。だから、傍にいてあげたくて」
「私たちよりもその人をとるの?」
「何、その言い方! 私には見向きもしなかったくせに」
文、涼、澪をバカにされた気分だった。三人を見下されたような気がする。
「あかり!」
里は勢いのままにあかりの頬を平手で叩く。乾いた音がリビングに響いた。
「もういい!」
あかりは自室に駆け込んだ。
「お嬢様が帰ってきましたし私はそろそろ」
ドクリ、と心臓が脈をうった。澪はその場にうずくまり、荒い呼吸を繰り返す。乾いた咳をして血を吐き出した。視界が揺れる。
(再きっは落ち着いていたのに……!)
ここまで、大きな発作は久しぶりだった。あかりは救急車を呼ぼうとした里を止めた。発作の注射はいつも文か涼がしている。
ここには、頼りになる二人はいない。
(私がやるしかない……!)
キットから薬が入った注射器を取り出し、血管を探して注入をする。薬が落ち着くまで時間がかかるだろう。あかりはクッションを枕にして、澪の頭を自分の膝に優しくおろす。冷たい体に里が持ってきたタオルケットをかける。額に浮かぶ汗をタオルで拭いた。
澪の呼吸は苦しそうでこればかりは、あかりにはどうすることもできない。だた、薬が早く効いてくれと祈るしかなかった。
それに、会員として一番下でもあかりも白蘭会の一員である。
自分にできることをするしかなかった。
一呼吸おくと文に電話する。
「文。澪様が倒れた」
『私も兄さんも止めたのよ? けれど、言うことを聞かなくて』
「私が家族とうまくいっていないことまで知っていたの?」
『うん。巻き込んだうえに、預かるのだからとあなたに関する資料を読んでいたのよ』
「どこまで、先が読める人なの」
雇い主として澪が動くことで、少しでも家庭内であかりが動きやすいようにと思ったのだろう。彼の行動力にあかりは脱帽した。
『それが、澪様よ。迎えの車を出したわ』
「ありがとう」
お礼を言って電話を切った。
「本橋さんは体が弱いの?」
里はあかりに尋ねた。
「うん。持病があってね。薬はあるから大丈夫」
「あかり」
「何?」
孝の呼ぶ声にぶっきらぼうに答える。
「たまには帰っておいで」
「あなた!」
「なぁ、里。あの子があんなに人を信頼している表情を見たことあるか?」
「それは」
孝の問いかけに里は言いよどむ。活発的なあかりを里と孝は初めて見た。恐らく、いい方向へと導いてくれたのが、目の前にいる澪だろう。
彼には感謝しかなかった。
「あかりの幸せを私たちが止める権利はないよ」
「父さん、ありがとう!」
「本橋さんにお大事にと伝えておいてくれ」
里はもう何も言わない。
玄関前に一台の車が止まる。
住宅街で目立つことを嫌ったのか、どこにでもある軽自動車だった。
涼が澪を抱えて車に乗せる。
「いってらっしゃい」
孝はあかりの背中を押した。




