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下弦の盃(さかづき)  作者: 朝海
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第十三章「対峙と正体」

(綺麗だな)

 那智は本橋家本家の集まりに呼ばれていた。少し離れた場所に立っている桜の木に目を奪われる。すると、桜の木の下に誰かが立っていた。おそらく、自分と同い年――四・五歳ぐらいの男の子である。

「誰?」

 人の気配を感じたのか、彼が振り返る。

「あなたは」

「ああ。もしかして、君が菊池那智?」

 深いブラウンの瞳。

 癖のない漆黒の髪。

 透き通るような白い肌。

 先ほど見た正と優里によく似ている。

 そうだとしたら、目の前にいるのは――。

 心臓が音を立てて、鼓動が早くなる。自分に近い存在のせいなのか、体が、血が歓喜で震えている。

 たった今会ったはずなのに、あるのは心地よさと懐かしさ。

 求めていたのはこの人だと心が叫んでいた。

 やっと、やっと、主にしたいという人を見つけたのだ。

 仕えたいと思える人と出会ったのだ。

 こんな湧き出るような感情は初めてだった。

 ならば、誓いを立てるのみ。

「失礼しました。あなたが澪様?」

 那智は自然と膝を地面につく。

「何のつもり?」

 澪の表情が厳しくなった。

 視線が突き刺さる。

「私はあなたを一生守り続けます」

「誓いなら、要兄様にやってくれないか? 本橋家の跡継ぎは兄様だ」

 瞳の中に見え隠れするのは、間違いなく寂しさで、儚さと脆さを持ち合わせていた。

「どうして?」

「所詮、スペアでしかないから、一人で大丈夫だ」

「本当に大丈夫ですか?」

 那智は咄嗟に聞いてしまう。そうでなければ、壊れてしまいそうだった。

「那智様?」

「那智でいいです。澪様は澪様。要様は要様。兄弟とはいえ、お互い一人の人間です。だから、だから、スペアだなんて悲しいことを言わないでください。私はあなたの味方です」

「従姉妹とはいえあまり深入りしない方がいい。一つ、忠告をしておこう。言葉は時に刃となる。人に突き刺さり、抜けない棘になる。そのことを覚えておくといい」

 小さな子供が言う言葉ではない。那智が聞いていても、重みがあった。大人の汚さと欲望を見てしまいそれを、知っているからこその発言だろう。

 一人娘ということもあり、両親である心と穂高に大切に育てられてきた自分とは違う。背負っているものの大きさと覚悟が違っていた。

 それに比べ、自分に澪のような覚悟があるだろうか?

 ちっぽけな自分に何ができるのだろうか?

 那智は手を握りしめた。

 澪はその手をそっと開く。

「澪様は家族がいるとはいえ、一人でこの重圧に耐えてきたのですね。耐え続けてきたのですね。私にはできないことです」

「那智は那智のままでいい。ありのままでいい。変わらないでいいと思う」

「私は私のままでいいのですか?」

「そう。那智がきちんと気持ちを伝えることで救われる人もいるだろう」

「ありがとうございます」

 いつか、いつの日か。

 認められるように、澪の背中に追いつけるように頑張りたかった。

 陰からでもいい。

 支えたかった。

 すると、本橋家の執事がやってきた。二人に一礼して敬意を示す。

「どうした?」

「那智様。落ち着いて聞いてください。あなたのご両親――心様と穂高様が反乱により死去。すぐに、退去せよとの指示が出ています」

 那智は止めようとする執事を振り切って走り始めた。明らかに、本橋家・本家と分家の菊池家が、劣勢であることが伺える。やはり、武器を持たずに、人数が多い相手と戦うのは不利のようだった。

 自分はまだ小さいからと、遠ざけられ何もできないことが歯がゆかった。今、行ったとしても邪魔にしかならないだろう。それは、那智も同じはずだ。澪を止めようとしたが、振り切られてしまう。火事場のバカ力といったやつだろう。澪もその後を追いかけた。


「父さん、母さん!」

 丁度、心と穂高の遺体が運び出されるところだった。二人の体を揺らす那智を澪は止める。彼女は澪の胸を何回も叩いた。

「那智」

「あなたの血筋でなければ、父さんと母さんが死ぬことはなかった!」

『言葉は時に刃となる。人に突き刺さり、抜けない棘になる』

 その言葉を思い出して、那智はハッとした。

 澪を傷つけてしまった。

 ただ、自分が弱かっただけだ。

 大切な人を守る力をもっていなかっただけ。

 なのに、ひどいことを言ってしまった。

「申し訳ありません――澪様、私」

「那智!」

 那智は突然、突き飛ばされた。その場に倒れこんだ瞬間――銃声が響く。

 目の前が赤く染まった。

「み、お様? 澪様!」

 そこには、左肩から血を流している澪の姿が。

 ようやく、自分を守ってくれたことに気が付く。

「見つけた! こいつが菊池家の跡継ぎだ! 本橋家の子供もいる。殺せ!」

 怪我をしているはずなのに、澪は歯を食いしばりながら、男たちを倒していく。突破できそうなところで、限界がきたのか弾き飛ばされた。手を伸ばした那智より先に、現れた少年が澪を受け止めた。

 那智に澪を預けると男たちを蹴散らしていく。

 鋭い眼差し。

 舞うように人を倒す澪とは違い荒々しい戦い方。

 間違いない。

 澪の兄である要だ。

 男たちを倒すと、澪に寄り添う。

「要兄様。申し訳ありません」

「どうして、澪が謝る?」

「要兄様の手を煩わせてしまった」

「本当に無理をする。できることがあれば、お互いをフォローする。それが、兄弟だろう?」

「要兄様がいてくれてよかった」

 要がくるまで意識を保っていたのも己のプライド故か。

 安心したのか澪は意識を失ってしまう。

 要は様子を見ながら、退避していく。任務をこなす姿は鮮やかだというしかなかった。迷うことなく、自分よりも小さい二人の体を抱え上げて、止まった車に乗り込む。

「要様。私、私。澪様を傷つけてしまいました」

「那智は悪くない。俺たちの関係は始まったばかりだろう?」

「そうですね」

「疲れただろう? 少し休むといい」

 要は那智の頭にポンと手をおく。

 その温かさに那智は目を閉じた。


 数時間後――。

「正様、優里様」

「先生、澪は?」

「大丈夫です。小さな体でよく頑張りました」

 澪はまだ、眠っていた。何かあれば呼んでくださいと本橋家専属の医者は部屋を出ていく。

「正様、優里様。私のせいで澪様が」

(このまま、目を覚まさなかったら、どうしよう?)

 那智は泣きそうになるのを必死に我慢する。

「澪は回復するから大丈夫だ。それよりも、心配なのは君の方だよ」

 要が那智と視線を合わせる。

「我慢しなくてもいいのよ。那智ちゃん」

「俺たちは家族みたいなものだ」

「どうして、そこまで、私に優しくしてくれるのですか?」

 同情?

 それとも、両親を助けられなかった償い?

 そんな気持ちが那智の頭の中をぐるぐると回る。

「血のつながりがあるからだろう」

「血のつながり?」

「そう、君にもあったはずだ。那智」

 正、優里、要に言われて体が歓喜で震えたことを思い出した。

 この人についていきたい。

 澪を見た時。傍にいたいという思いを確かに感じていた。

 あの出会いこそ運命だと思った。

「だからこそ、私たちは家族だと思っている」

「私、私」

「無理をしなくてもいいの。泣いていいのよ」

 那智の小さな肩が震える。

 正と優里、要も安堵したかのように息を吐きだす。優里は泣き始めた那智を抱きしめた。まだ、「家族」だと思わせる頃の懐かしいやり取りだった。




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