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英雄のおつかい  作者: 坂町 東
ニーラ人と青年
2/21

2

それが、夢だったと気がついたのは、朝食の目玉焼きが完成した後だった。


 エイラ・ノースピートは、道の真ん中に立っていた。若干のカーブを描いた石畳の回廊。独特なポーズのマネキンが置かれたショウウィンドウ。今にもつぶれそうな文房具屋。見覚えがある光景。よく買い物に来る商店街だった。商店街には、エイラ以外にも数十人の姿が見て取れた。不思議なことに、その誰がも一様に悲壮感の漂った顔をしている。彼らは、どこかへ走っていて、何かから逃げているように見えた。空を見上げると、夕焼けとは違う、不気味な赤色に染まっていた。血の色によく似ている。その空を割る様に、黒い煙が立ち上っていた。人々は、その煙から遠ざかる様に走っているようだった。エイラは、その煙の出所が、無性に気になった。なぜ気になったのかは、エイラ自身にも分からない。本能的にとしかいいようがない。それで、エイラはその煙の袂に向かって歩き始めた。街道を進み、住宅街を抜け、大通りを歩く。たどり着いたそこは、そこは大きな広場だった。子供のころ、度々、遊んでいた広場だ。だが、今はその面影はない。どういうわけか、まるで大蛇のような炎が地面から伸びていて、それが広場全体を取り囲んでいた。それが空を赤く染めているのだと、エイラは気が付いた。炎に近づいていくと、ひりひりと肌に熱を感じた。ぱちぱちと小気味いい音がする。


 その時、炎越しに人影が見えた。シルエットしか確認できなかったが、体つきからして男性だろうか。彼は微動だにせず、そこに立っていた。このままでは、彼はきっと死ぬだろうとエイラは思った。徐々に炎の勢いは増していて、今にも天を貫いてしまいそうだった。エイラは、意を決して炎の中に飛び込んだ。そうするしか無いと思った。援けようと思ったのではなかった。これも、本能的なもので説明のしようがない。


 全身を激痛が襲った。香ばしいような、生臭いような、不思議な匂いが鼻腔を突く。息を吸うと酷く咽た。それでも、どうにか炎の向こう側に出ることができた。顔を上げると、彼は炎の光を反射して爛々と光る瞳でエイラを見下ろしていた。鼻筋の通った整った顔立ちの青年だ。年齢はエイラとさほど変わらないように見える。二十歳あたりだろうか。青年は、しゃがんでエイラと視線の高さを合わせると、何か言った。何といったかは、分からない。鼓膜が焼けてしまったせいで聞こえなかったのだ。でも、唇の動きでおおよその検討は着いた。それで、エイラは「大丈夫」と返した。返したと言っても、殆ど声にはなっていなかった。熱い空気を吸ったせいで、まともに声が出せなかった。でも、青年には伝わったようだった。青年は頷くように、顔を下げ、そしてゆっくりと、顔を上げた。


 その顔を、見てエイラは目を疑った。


 さっきまでの、整った顔はどこにもなかった。代わりに、その顔面には見るもおぞましい怪物が張り付いてる。狼のようにも、熊のようにも、はたまた、魚のようにも見える。青年の手足も、人のそれではなくなっていた。指は七本もあって、丸太のような太い脚に比べて、腕は小枝のように細長かった。その細い腕がゆっくりと、エイラの首元に伸びてきた。ざらりとした感触が首筋に走る。なんの躊躇もなく青年は、エイラの首を鷲掴みにした。けれど、エイラに恐怖は無かった。これが、夢だからなのか、それとも本質的に恐怖を感じなかったのか。


 エイラの首を掴む青年の手に力が入り、ぎゅうっと皮膚に食い込んだ。全身から力が抜け、視界が段々と暗くなった。その間も、エイラは漠然と青年――もう、そう呼べぶべきではない――を眺めていた。

 ぷっつりと、意識が途切れる。


 次にエイラが目にしたものは、自室の無機質な天井だった。

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