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辺境領地の反撃


「.....手紙で読みはしたが、酷ぇ状況だな」


 ダンは街を見渡して眉根を固く寄せる。


 街は煤けた建物の建ち並ぶゴーストタウンのようにひっそりと静まり返り、道行く人々の顔には生気がない。

 建物自体に被害は見当たらないが、あちらこちらに積み上げられた瓦礫の山が、その悲惨な現状を物語っていた。

 凸凹な道。焼けた壁や裂けた柱。一目で魔法による攻撃なのだと、ダンやその仲間らは理解する。


「これ、まずは区画を分けた方が良かねぇか?」


「区画?」


 訝しげな眼差しのウォルターに、ダンは頷いた。


「詳しく聞こう」


 そう言いつつ、彼等は領主館へと案内される。




「へえ? ちゃんとした形で残っているじゃないか。なんでだ?」


「さあ? なんでか知らないが.....」


 そこまで口にして、ウォルターも首を傾げた。

 そういえば、魔族どもは人間を追い回すだけで街に被害は与えない。獲物を捕らえる過程で間接的に建物を壊すことはあっても、建物そのものを目的に壊すことはなかった。


 .....なぜ?


 思わず黙り込むウォルター。


 そんな彼を気にもせず、ダンや他の者達が気づいたことを口にする。


「ここに来るまでにあった高い防壁。ウォルターの言うとおりね。あれは魔族とのためじゃなく、人間が入り込めないようにするためのものだわ」


 仕立屋のスゥフィス。


「辺境がこんな状態だったなんて知らなかったよ。国を守るためとはいえ、酷すぎるだろう」


 細工師のアドリア。


 やいのやいのと憤慨する人々を眼にして、ウォルターは少し落ち着いた。

 やはり誰の眼から見ても、辺境の有り様は非人道的に見えるのだろう。

 だが、ウォルターらの住むここは、中世真っ只中な世界。国王や王侯貴族の専横が罷り通り、平民の命などゴミでしかないような世界だ。


 だから当然、激昂する彼等を嘲笑うかのように新たな窮地が訪れる。




「王宮からの支援物資が来ない?」


 やってきてくれた職人達が腕を振るい、武器防具を打ち直したり、服の仕立て直しや道具の修繕などをしてくれ、微かに息を吹き返し始めた辺境の街、メンフィス。

 なのに何故か、加工品や食料は王都頼りなこの街に、来るはずの支援が止まってしまった。


 代わりに寄越された書簡をウォルターが読み上げ、人々は言葉を失う。


 いわく、冒険者ギルドから支援があるなら、王宮の支援はいらなかろうとのこと。


 職人らが辺境ざかいの防壁を越えたことを王宮は知っている。だからの言葉だった。


「ふざけてる.....」


「どうしても、ここを悲惨な状態においておきたいんだな」


 彼等が来て数ヶ月。


 街は少しずつ建て直され、物品も回るようになり、人々の暮らしは和らいだ。

 元々、近くに樹海という資源の宝庫があるのだ。人手が賄えれば難しい話ではない。


 なにより、ダンの言うとおり区画を分けたことが良い方に働いた。


 民の居住区を国側に集めて密集させ、樹海側にはウォルター率いる兵士の区画に分けたのだ。

 結果、当然のように魔族は近場の兵士達を襲い、若干の犠牲は否めないものの、民の被害は激減する。

 これが功を奏し、人々もほんの少し元気になった。

 畑や牧畜もちょっとずつ進み、明るい展望が見え始めたところに、これである。


 嫌がらせに他ならない。


「.....密偵がいるな」


 ダンがボソッと呟いた。


「こちらの状況を、王宮はよく御存知のようだし、居るでしょうね」


 部屋の中に重い空気が横たわる。


 領地を監査する某は、何処にだって存在するモノだが、こんな見捨てられた地にも律儀に派遣しているとは。

 通常なら、領主の横暴や民への圧政を暴く、良いシステムのはずだ。しかし今の辺境にとってはただの害悪でしかない。こちらの動向が王宮に知られるのはいただけない。


「そっちは俺が炙り出すよ。ウォルターは今までどおりやってくれ」


 にっと狡猾な笑みを浮かべるアドリア。


 ここに揃っている職人達は、全て元冒険者達だ。こういった荒事には慣れている。

 頼りになる仲間らに囲まれ、ウォルターは王宮に怒り心頭。


 ここから彼等の反撃が始まる。




「なんだとっ? それは誠かっ?!」


「はい、現地は酷い状況のようです」


 突然、王宮にもたらされた、魔族襲撃の一報。

 今回魔族は、辺境領地を飛び越えて、防壁のある中間領地を襲ったという。

 もちろん中間領地は阿鼻叫喚。辺境に近いため、それなりの軍備を備えさせてはいたのだが、そんなものは焼け石に水。

 魔族と戦ったこともない騎士や兵士で、奴等に太刀打ち出来るわけがない。

 あっという間に焼かれ、裂かれ、多くの人々が拐われたという。


 ぐぬぬぬっと顔をしかめる国王や重鎮達。


 彼等は即座に辺境領地へ人をやり、実情を確かめるよう指示を出した。




「今頃王宮は泡を噴いてるだろうな」


「知らねーよ。自分とこの民ぐらい、自分で守るもんだろ?」


「違いない」


 クスクス笑うウォルター一同。


 なんのことはない。彼等は民から兵士まで全てを地下壕へ避難させただけ。


 前述にあったように、大きな翼を持つ魔族らは地下壕の細い通路を通れない。それを逆手に取り、突貫工事で広げた地下に街の人々全てを隠したのだ。

 街に人間がいなくば、当然、魔族達は人間を求めて、さらに奥へと進む。

 餌場に餌がないのだ。きっと奴等も怒りを覚えたことだろう。

 その煽りは全て防壁のある中間領地に向いた。けっこう派手にやらかしてくれたらしいと、冒険者ギルド経由で聞いている。

 襲われた人々に対して申し訳ない気持ちも無くはないが、辺境領地があってこそ守られていた平和なのだと自覚してもらうには丁度良い。

 眼にした惨劇ほど効果的な宣伝はない。ここを蔑ろにすると痛い目を見るぞ? と、ウォルター達は脅しに出ることにしたのである。

 王宮は、ただ餌を用意する土地と侮っているかもしれないが、ここは国防の要なのだ。それを心胆寒からしめるまで叩き込んでやろう。


 伊達や酔狂で長々と魔族らを相手にしてはいない。奴等の嫌がることや苦手なことくらいは知っている辺境の面々だった。


 そして、ふと、ウォルターは王宮のネズミを思い出す。これも報告されたら不味い案件だ。

 アドリアが何とかするとか言っていたが、どうなったのか。その疑問は口をつく。


「けど、よく密偵が黙って見過ごしたな」


 不思議顔なウォルター。


「ああ、あれな。鳩を見張っといたから」


 しれっと笑うアドリア。


 辺境から王宮へ報告するには伝書鳩を使うしかない。ここは地獄の一丁目。新しい人間が来れば即座に街中へ知らされる。

 そんな狭い世界だ。緊急用の鳩を勝手に使おうとする犯人は、すぐに捕まった。

 今まで魔族の混乱に乗じて放っていたらしいが、ウォルターが来てからは破天荒の連続。

 ギルド経由の仲間も来て、今まで通りに報告を送れなくなって、密偵も焦ったらしい。


 うっそりと嗤うウォルター達。


 今回の騒動は、辺境領地への待遇を劇的に変えた。




「おい、見ろよっ! こんなに物資が来たぞ」


 王宮からやってきた馬車には多くの物資や食料が積まれている。薬品なども。


 あの後、今回の事態を重く見た王宮は、使者をたててウォルターへ抗議に来たのだが.....


「どういう事かとのことです。オーエンス伯爵」


 ずらりと居並ぶ使者達。身形の良い三人と、十数人からなる騎士ら。使者の護衛だろう。

 ウォルターが辺境に向かうときは馭者一人しかいなかったのに。大した待遇の差である。

 微かに口角を歪めるウォルターの視界の中で、居丈高に振る舞う使者らを取り囲む街の人々。その眼には、怨嗟のこもった憎しみが浮かんでおり、王宮の箱入り官僚達は顔を強ばらせた。


 なんだ? いったい? まるで敵を見るような眼じゃないか。


 相手が平民だと知っていても、数が違う。

 たった二十人くらいしかいない使者らでは、数百からなる辺境の人々を相手取る事は出来ない。

 不敬だとか、無礼だとか口にすることも憚られる、周りの不穏な空気。

 ウォルターは、固唾を呑む優男達を一瞥した。


「どうもこうもない。ここ数ヶ月、王宮から物資が届かないため、誰もが飢えて、戦いどころが畑仕事も出来ない有り様である。こちらこそ問いたい、王宮は辺境を殺す気なのかとな」


 底冷えの冷気を宿らせた眼差しで、飄々と嘯くウォルター。


 それを聞き、使者らは顔を青ざめさせた。


 辺境が防衛の要であり、連日魔族との襲撃に明け暮れ、生産性など皆無なことは彼等も知っている。

 なので適度な支援が王宮から必要なことも。


 それが数ヶ月も来ていない?


 これが事実であるなら、周りの人々から向けられる憤怒の視線にも頷ける。


 思わず狼狽える使者達。


「情報に食い違いがある様子。確認してまいります」


 そう言い残して、王宮の使者達は帰っていった。


 彼等は仕事をしているだけ。国の暗愚ともいえる辺境事情までは知らされていないのだろう。

 これが世間に知られれば、民は黙っておるまい。貴族らだって過酷な戦場としか知らなかった。

 ウォルターも、辺境がまさか魔族への生け贄を用意した箱庭だったなどとは夢にも思ってみなかったのだ。

 王宮は、これを人々に知られたくないはずである。

 ならばきっと、こちらの口を封じるため、多くの支援を寄越すに違いない。


 鋭利に口角をあげて、ウォルターは辺境の勝利を確信した。


 そして今、その確信の証拠が届いた。


 積み上げられた物資を見上げ、彼は安堵に胸を撫で下ろす。


 これでやっていけそうだ。


 彼はここが魔族の餌場だとしても見捨てる気はない。

 辺境が国防の要であるのは確かなのだ。たとえ王宮の見捨てた土地であっても、領主となったウォルターには、ここを治め、人々を守る義務がある。

 なにより、生け贄に投げ込まれた彼等の境遇が、王都で切り捨てられた自分達と重なり、どうしようもないくらいの情が湧く。


 彼等に少しでも良い生活をと、ウォルターは粉骨砕身して働いた。


 そんな慌ただしい日々が何年か過ぎ、ウォルターを訪ねて一人の少年がやって来る。




「サミュエルと言います。こちらで兵士として雇っていただけないかと思い、まいりました」


 歳は十五。すでに騎士の称号を持つという稀有な人材。

 まだ在学中であるにもかかわらず騎士の称号を得るなど大したものだ。

 思わず眼を見張るウォルターをおずおずと見つめ、金髪碧眼の貴族然とした少年は、一通の手紙を差し出した。


「ここを紹介してくれた方からの手紙です。貴方に直接渡して欲しいと」


 こんな無垢な少年に地獄を紹介するとは、一体どんな鬼なのか。


 呆れたかのように冷めた眼差しで封筒を一瞥し、ウォルターは手紙を読んだ。


 そして驚愕に顔を凍りつかせる。


『王宮への宣戦布告、お見事でした。何時までもお帰りをお待ち申しております。


 PS. 息子二人は元気に暮らしていますよ』


 宛名のない質素な封筒。


 誰からとも分からぬ手紙だが、ウォルターには一目瞭然。


 .....息子。.....二人。双子?


 みるみる顔をくしゃくしゃにして、彼は両手を天に突き上げ、絶叫する。


「くっそっ、絶対に死ねねぇぇぇっっ!!」


 せめて息子達の顔を見るまでは。


 あの逢瀬から十年近く。きっと大きくなっているはずである。

 慰謝料を払い終わったら貴族なんかやめてやると心に決めていたが、あまりに悲惨な辺境の人々を見捨てられず、彼は今でも領主をやっていた。

 慰謝料はとうに払い終わったし、伯爵家も復興されたらしく、現在は弟のヒューバートが代理で回してくれている。

 そんな弟も適齢期。思う女性と婚約しており、近々結婚する予定だ。それには流石に参加せねばなるまいとウォルターは考えていた。

 一度辺境行きの防壁を越えた者は、二度と戻ることが出来ない。平民はだ。冒険者ギルドの面々も、辺境に骨を埋めるつもりで来てくれている。

 だが貴族は別。正当な理由があれば、再び防壁を越えられるのだ。ただし、辺境勤務を五年終えたらの話だが。

 大抵の貴族は辺境領主で五年ももたないらしい。もったとしても、ほぼ全員が精神を磨耗し、廃人同様になっているそうだ。


 一年とはいえ、冒険者をやっていたウォルターは、そんな繊細な話とは縁がない。


 魔物狩りで走り回り、夜営し、汚泥を這いずった経験の豊富な彼にとって、街があるだけでも上等な戦場だった。

 元々、騎士を目指して荒くれな人生を送ってきたウォルターだ。ここは騎士の本領が発揮出来る。


 今まで領主として送られてきた、温室&箱入り育ちの貴族らとは違い、彼は予備知識&下積みのある武人だ。

 あらゆる不条理が重なり、王宮は、知らずに知らず、辺境領主に最適な人物を送り込んでしまったのである。


 後に凄まじい後悔をする国王陛下だった。

 

 そこに今回の手紙。


 ウォルターは王都の家族には手紙を出していたが、サンドラには出していなかった。

 婚約解消した相手から手紙など来たら怪しまれるだろうと。

 だが、こうなっては、そんなことも言っていられない。オーエンス家の家族経由でもかまわないから、彼女と連絡をつけないと。


 待たせ過ぎたな。彼女のことだ。放っておいたら、こちらに突撃して来かねない。


 わちゃわちゃするウォルターを不思議そうに見つめる周囲の人々。

 そんな中、手紙をもたらしてくれた少年が、神妙な面持ちでウォルターを見上げる。


「.....そのっ。御手紙の相手様の伝言もございまして。良ければ人払いをして話が出来ませんか?」


 あまりに真摯な少年の顔に、ふと、嫌な予感がウォルターの脳裏を過った。


 そして往々にして、このような予感というのは外れないのモノなのである。


 彼の苦難は終わらない。


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