七、第二の門
七、第二の門
那華田達は、再び、三つ並んで在る両開きの門の場所まで来ていた。
那華田は、洋介平の気の塊で吹き飛ばされた右側の竹藪を目視するなり、戻された事を思い知らされた。そして、「何だか、やり直しをさせられているみたいですね…」と、ぼやいた。デジャブでしかないからだ。
「おっちゃん、ぼやかない、ぼやかない」と、洋介平が、宥めた。
「そうでござる! 先へ進めるまで、何度でも通るでござる!」と、是々清も、口添えした。
「そうですね」と、那華田は、気を取り直した。単純な事だが、当たり前の事だからだ。そして、門の前へ進み出た。程無くして、「ソー・クー・ヴェノラ…」と、唱えた。
その直接、竹藪の吹き飛ばされた箇所から、「タケ・ヴァード!」と、声を発しながら、深緑の竹の怪物が、飛び出して来た。そして、間髪容れずに、那華田へ襲い掛かった。
「どっひゃあー!」と、那華田は、驚きのあまり、尻餅を突いた。色違いだが、先刻の怪物と酷似していたからだ。そして、空かしっ屁を放出した。
程無くして、深緑の竹の怪物が、寸前の所で、動きを止めるなり、「タ、タケ・ヴァード!」と、団扇のような両方の枝を、激しく左右に動かした。
そこへ、黄色い塊が、飛来するなり、深緑の竹の怪物の幹の部分へ、直撃した。その刹那、小爆発が、起こった。
その間隙を突いて、続け様に、「やあああっ!」と、是々清が、斬り込んで行った。そして、間髪容れずに、左右の枝を切り落とした。
その瞬間、深緑の竹の怪物が、門の方へ向きを変えるなり、一目散に、門扉を通り抜けて行った。
少しして、「た、助かったぁ〜」と、那華田は、一息吐いた。今回ばかりは、駄目かと思ったからだ。
間もなく、「おっちゃん、ラッキーだったね」と、洋介平の声が、背後からして来た。
那華田は、振り返り、「ええ…」と、頷いた。確かに、不意を突かれて、大危機だったからだ。
「那華田殿。立てるで、ござるか?」と、是々清が、気遣った。
「ええ。特に、足とかは捻ってませんので…」と、那華田は、返答した。特に、痛む箇所は無いからだ。
「おっちゃん、やたらと色んな怪物に襲われているよね〜」と、洋介平が、あっけらかんと指摘した。
「そうですね〜」と、那華田は、相槌を打った。言われてみれば、いつも、最初に狙われているのは、自分だからだ。そして、「これも、“選ばれし者”の宿命ですかねぇ〜」と、ぼやいた。
「だったら、おいら、“選ばれし者”じゃないって事だね」と、洋介平が、安堵した。
「あれ? 何だか、喜んでいませんか〜?」と、那華田は、じと目で、告げた。先刻とは、明らかに違う態度だからだ。
「べ、別にぃ〜。そ、そんな事無いよ〜」と、洋介平が、半笑いで、否定した。そして、「それよりも、この奥へ逃げた怪物をどうにかしないと…」と、話題を変えた。
「そうでござるな。まさか、よりにも寄って、拙者らの向かう方へ逃げるとは!」と、是々清も、同調した。
「すみませんねぇ。私の所為で…」と、那華田は、詫びた。何となく、申し訳ない気がしたからだ。
「那華田殿の所為ではござらん。これは、偶々でござる」と、是々清が、否定した。
「そうだよ。あの怪物が、奥へ向かうなんて、誰も予想していないよ」と、洋介平も、口添えした。そして、「次は、後れを取らないよ」と、気を引き締めた。
「そうでござる。“げぇとたぁがぁ”との一戦の前に、斬り捨ててやるでござる!」と、是々清も、意気込んだ。
「そうですね。二体同時は、厳しいですからね」と、那華田も、頷いた。両方同時は、極力、避けたいからだ。間も無く、立ち上がった。
「いざ、参るでござる!」と、是々清が、先に立って、歩き始めた。
少し後れて、那華田と洋介平も、続いた。
程無くして、三人は、門扉を通り抜けた。しばらく、畦道を進んだ。
突然、左の藪から、一頭の茶色い虎が、飛び出して来るなり、行く手を阻んだ。
「無益な殺生は好まぬのだが、通してくれる気は無さそうでござるな…」と、是々清が、溜め息を吐いた。
「是々清の兄ちゃん。おいらが、“気”を溜めるまで、相手をしていてくれないかい?」と、洋介平が、問い合わせた。
「なるほど。威力を見せ付けて、追っ払おうというのですね…」と、那華田は、口にした。確かに、“気”の塊の威力ならば、茶色い虎も、逃げ出すに違いないと考えられるからだ。
「承知でござる!」と、是々清が、了承した。
そして、「でやあーっ!」と、斬り掛かった。
「うがぁ!」と、茶色い虎も、斬擊を口で受け止めた。そして、右の前足で、爪擊を繰り出して来た。
「何の!」と、是々清が、左の肩当てで、受け流した。
その間に、洋介平の“気”が、溜められた。やがて、髪の毛が逆立って、発射可能な状態となった。
「是々清さん、そこから離れて下さい!」と、那華田は、告げた。今が、良い頃合いだからだ。
「承知したでござる」と、是々清が、即答した。その刹那、「えいやあ!」と、押し返した。
その瞬間、茶色い虎が、面食らった表情で、口を弛めた。
是々清が、素早く右へ移動するなり、「今でござる!」と、促した。
その直後、「はあああっ!」と、洋介平が、呼応するように、黄色い塊を放った。その一瞬後、茶色い虎の手前で、着弾した。そして、爆発音を轟かせるなり、瞬時に、土煙が舞い上がった。
その間に、是々清が、数歩後退って、距離を取った。
「これで、逃げてくれれば良いんですがね…」と、那華田は、見据えながら、口にした。無用な戦闘は、避けたいからだ。
「おいらも、そう願いたいね。ちょっと、くらくらするよ…」と、洋介平が、同調した。
「しかし、まだ、気配を感じるでござる…」と、是々清が、構えを解かないまま、告げた。
「そうですね。まだ、気を抜く訳にはいきませんからね」と、那華田も、頷いた。現状では、用心しておくべきだからだ。
「じゃあ、今の内に、おいらは一休みするよ…」と、洋介平が、その場で、横になった。そして、左手で、臀部を掻いた。
「仕方ないですね…」と、那華田は、溜め息を吐いた。無理は、させられないからだ。
しばらくして、土煙が、晴れた。
茶色い虎が、右の前足で、顔を撫でながら、土埃を落としていた。
「やれやれ。戦う運命ですかねぇ〜」と、那華田は、嘆息した。このままでは、先へは進めないからだ。
「そうでござるな。ならば、今度は、手加減をしないつもりでござる!」と、是々清も、決意を口にした。そして、中段に構えた。
「洋介平さん、起きて下さい…」と、那華田は、声を掛けた。間も無く、戦闘が、再開されるからだ。
「う〜ん。ヤバくなったら…」と、洋介平が、途中で、寝息を立てた。
「仕方ないですね…」と、那華田は、洋介平の傍まで移動するなり、枕元に立った。そして、尻へ、右手を当てるなり、空かしっ屁をした。その刹那、握り締めた。程無くして、洋介平の鼻先へ伸ばして、開いた。これならば、嫌でも目を覚ますだろうからだ。
次の瞬間、「臭っ!」と、洋介平が、両目を大きく開けるなり、言葉を発した。その直後、見開いたままで、仰向けになり、動かなくなった。
「よ、洋介平さん!」と、那華田は、慌てて馬乗りになって、両肩を掴むなり、揺さぶった。このままでは、二度と目を覚まさないような気がしたからだ。そして、「起きて下さい!」と、右手で、叩いた。
間も無く、洋介平が、目をしばたたかせるなり、「う〜ん…」と、我に返った。
その瞬間、「よ、洋介平さ〜ん!」と、那華田は、安堵のあまりに、抱き締めた。危うく、昇天させそうになったからだ。
「おっちゃん、痛いよ…」と、洋介平が、告げた。
那華田は、はっとなり、「あ、すみません…」と、放した。そして、「起きてくれて、ありがとう!」と、涙ぐんだ。目覚めてくれただけでも、御の字だからだ。
「おっちゃん、大袈裟だよ…」と、洋介平が、冷めた表情で、淡々と言った。そして、「お花畑が、見えてたけど、瘴気と同じ臭いがしてたから、引き返しちゃったよ。そしたら、おっちゃんに抱き締められててさ…」と、冴えない表情で、語った。
「ははは…」と、那華田は、苦笑した。このような大事を引き起こすとは、思っていなかったからだ。そして、「そ、そうなんですか…」と、言葉を濁した。流石に、真実は言えないからだ。
「おっちゃん。そろそろ、退いてくれないかなぁ」と、洋介平が、冴えない表情で、促した。
「ですね…」と、那華田は、すんなりと応じた。いつまでも、おっさんに乗っかられていては、さぞかし、寝覚めが悪いだろうからだ。そして、すかさず、立ち退いた。
その直後、「タケ・ヴァード!」と、先刻の深緑の竹の怪物の声が、奥から聞こえて来た。
那華田は、咄嗟に、振り返った。次の瞬間、竹の怪物を咥えながら、悠然と迫る熊のような怪物を視界に捉えた。その直後、「どっひゃあー!」と、声を発した。新たなる脅威の襲来だからだ。
「那華田殿。ここは、退却をするでござる!」と、是々清が、提言した。
「そ、そうですね…」と、那華田も、賛同した。虎と熊のような怪物を同時に相手にする事は、勝ち目が無いからだ。そして、洋介平を見やり、「洋介平さん、退却です…」と、伝えた。時には、引く退く事も、必要だからだ。
「そ、そうだね…」と、洋介平も、顔面蒼白で、すんなりと同意した。
那華田は、奥へ、視線を戻した。
突然、茶色い虎が、背を向けるなり、熊のような怪物へ向かって行った。
熊のような怪物も立ち止まり、後ろ足で立ち上がった。そして、迎撃体勢を取った。
「これは、好機でござる!」と、是々清が、嬉々となった。
「確かに、そうですね」と、那華田も、頷いた。二体が、争っているうちに、安全に、退却出来るからだ。
「どちらも手強そうでござるが、熊の方とも、手合わせしてみたいでござる…」と、是々清が、口にした。
その瞬間、「え…?」と、那華田は、愕然となった。いつの間にか、やる気モードへ、切り替わっているからだ。
「おっちゃん。おいら達も、やるしかないよ」と、洋介平も、溜め息を吐いた。
「ですね…」と、那華田も、相槌を打った。そして、盾を構えた。防御に徹するしかないからだ。
その間に、虎と熊の戦闘が、繰り広げられていた。
茶色い虎が、俊敏な動きで、熊の怪物の振り下ろす腕を掻い潜りながら、爪擊を与えて、優位に立っていた。そして、素早く離れて、距離を取って居た。
「こりゃあ、虎の方が、優勢かな?」と、洋介平が、あっけらかんと口にした。
「そうですね」と、那華田も、同調した。茶色い虎の一方的な攻撃が、決まっているからだ。
「所詮は、獣でござる。言葉が、通じるのであれば、咥えている竹のを使うように、助言するでござるのだが…」と、是々清が、ぼやいた。
「そうですね」と、那華田も、頷いた。確かに、竹の怪物を活用する知恵が有れば、どうなっていたか、判らないからだ。
「駄目元で、言ってみれば〜」と、洋介平が、口を挟んだ。
「そうでござるな。言うだけ言ってみるでござる」と、是々清が、頷いた。そして、「そこの熊! 咥えている竹の魔物を使うでござる!」と、助言した。
その直後、熊のような怪物の口から、咥えていた竹の怪物が、こぼれ落ちた。そして、是々清の言葉が通じたのか、竹の怪物の顔の部分を持つなり、軽々と器用に回し始めた。
「す、凄いですねぇ」と、那華田は、目を見張った。棒術使い顔負けの竹捌きだからだ。
「おっちゃん、感心している場合じゃないよ。虎か、熊が、おいら達の対戦相手になるんだからね」と、洋介平が、指摘した。
「そ、そうでしたね…」と、那華田は、眉根を寄せた。この戦いの勝者との戦いが、待ち受けていると思うと、気が重いからだ。そして、行く末を注視した。
虎と熊のような怪物が、その場から動かなくなった。
「どうやら、次の一撃で、決めに掛かるようでござるな…」と、是々清が、口にした。
「殺気が、先刻から、ビンビンと伝わって来ますねぇ」と、那華田も、固唾を飲んだ。二体の殺気を感じて居たからだ。
「おいらは、出来れば、虎に勝って欲しいかな…」と、洋介平が、願望を述べた。
「そうですね。熊よりかは、虎の方が、戦い易いかも知れませんねぇ」と、那華田も、頷いた。棒術使いのように竹の怪物を振り回す熊の怪物よりかは、虎の方が、戦い易い気がするからだ。そして、「しかし、私達の思う通りになるでしょうかねぇ〜?」と、那華田は、表情を曇らせた。経験上、結果が、思う通りになった事など、一度も無いからだ。
「おっちゃん。そんなに悲観的にならないでよ。だから、頭の天辺が、薄くなっちゃうんだよ!」と、洋介平が、あっけらかんと言った。
「くっ…!」と、那華田は、洋介平を睨み付けた。頭の事は、余計なお世話だからだ。
その直後、「がぁぁぁーっ!」と、茶色い虎が、吠えた。
程無くして、「タケェェェ・ヴァァァード!」と、竹の怪物の悲鳴の混ざった空を切る音が聞こえた。少し後れて、鈍い音が、響いた。
那華田は、咄嗟に、魔物達の方へ、視線を戻した。次の瞬間、「相手が、決まりましたね…」と、口にした。熊のような怪物の足下に、茶色い虎が、横たわって居るからだ。
「二人共。ここは、拙者に任せて欲しいでござる!」と、是々清が、申し出た。
「是々清さん、一人では、厳しいですよ!」と、那華田は、異を唱えた。是々清が、倒されると、全滅は、必至だからだ。
「そうだよ。おいらも、反対だよ!」と、洋介平も、口添えした。
「このような機会は、二度と無いかも知れないでござる! 手合わせをさせて欲しいでござる!」と、是々清が、懇願した。
「じゃあ、劣勢だと判断しましたら、洋介平さんに、“黄弾”を撃ち込ませて頂きますよ」と、那華田は、譲歩した。是々清の気の済むようにさせるしかないからだ。
「承知したでござる!」と、是々清が、嬉々とした。
「おっちゃん、甘いよねぇ〜」と、洋介平が、つっけんどんに言った。
「そうですね」と、那華田も、頷いた。是々清の私情を優先させてしまったからだ。そして、「洋介平さん。ギブ&テイクですよ」と、言い含めた。そして、「一応、是々清さんが、ヤバくなった時には、“黄弾”の方を宜しくお願いしますよ」と、要請した。保険は、掛けておくべきだからだ。
「おっちゃん、勝手に、おいらの特技に、変な名前を付けないで欲しいな」と、洋介平が、文句を言った。
「私は、見たまんまの名前を付けたんですよ」と、那華田は、何食わぬ顔で、理由を述べた。そして、「洋介平さんの技ですから、命名して頂いて構いませんよ」と、促した。洋介平に、命名権が有るからだ。
「分かったよ」と、洋介平が、承諾した。そして、「気合いを入れた黄色い弾だから、“黄合い弾”にしよう」と、したり顔で、命名した。
「気合いの“気”と黄色の“黄”を掛けて居るんですね! 次からは、そう呼ばせて頂きましょう!」と、那華田も、賛同した。しっくりと来る名称だからだ。
「別に、そんなつもりは無いんだけど…」と、洋介平が、眉根を寄せた。
ははは…。そうなんですか…」と、那華田は、苦笑した。自分の早とちりだと察したからだ。
突然、「タケェェェ! ヴァードォォォ!」と、竹の怪物が、断末魔の悲鳴を発した。
その直後、雷鳴のような破砕音が、轟いた。
那華田は、咄嗟に、その方を見やった。次の瞬間、「どっひゃあー!」と、愕然となった。熊のような怪物が、竹の怪物を食べ始めて居たからだ。
程無くして、熊のような怪物が、竹の怪物を完食した。そして、筋骨が、瞬く間に、一回り大きくなった。
「む…。この熊が、“げぇとたぁがぁ”でござるかっ!」と、是々清が、気を引き締めた。
「呑気に、食事までさせちゃったから、本当にヤバいよ…」と、洋介平が、淡々と口にした。
「で、ですね…」と、那華田も、苦笑いした。“げぇとたぁがぁ”の強化を待って居たようなものだからだ。
「おっちゃん、例の呪文を唱えてみたら、どうだい?」と、洋介平が、半笑いで、促した。
「いや、無理でしょう!」と、那華田は、即座に、頭を振った。呪文の類いの強化ではないので、“ソー・クー・ヴェノラ”の呪文の効果は、薄そうだからだ。
「ちぇ! 使えねぇの!」と、洋介平が、口にした。
その間に、熊のような怪物が、悠然と迫って居た。そして、数歩手前の所で立ち止まるなり、「ぐがが…」と、急に、苦しみ始めた。その直後、のたうち回った。
「まさか、食中りじゃないでしょうか?」と、那華田は、見解を述べた。竹の怪物によるものだと考えれるからだ。
「是々清の兄ちゃん、今だよ!」と、洋介平が、促した。
「そ、そうでござった!」と、是々清が、我に返った。そして、「覚悟でござる!」と、斬り掛かって行った。
少し後れて、熊のような怪物の口から、黄色い気体が、勢い良く噴出し始めた。
是々清が、寸前で、立ち止まった。
その直後、熊のような怪物が、爆発した。次の瞬間、黄色い煙が、立ち込めた。
「瘴気かも知れないでござる! 口元を押さえるでござる!」と、是々清が、叫んだ。
「口よりも、鼻を摘まんだ方が良いよ!」と、洋介平が、助言した。
「そ、そうですね」と、那華田も、相槌を打った。自身の屁の臭いに、酷似しているからだ。そして、「まさか…ね…」と、苦笑した。竹の怪物の体内にでも、屁が残っていたのかも知れないと思ったからだ。
しばらくして、煙が晴れた。
那華田は、熊の怪物の居た場所へ、視線を向けた。次の瞬間、「どっひゃあー!」と、驚きの声を発した。熊の怪物ではなく、胸元に、黒い日輪模様の入った白いワンピースの年長組の女の子が、仰向けに倒れているのを視認したからだ。
「おっちゃん。あれって、女の子だよね?」と、洋介平も、尋ねた。
「ええ」と、那華田は、すんなりと頷いた。その通りだからだ。
「幼子に扮して、拙者らを油断させているのかも知れないでござる」と、是々清が、警戒した。
「そうだね。がぶりって事も、有り得るからね」と、洋介平も、同調した。
「取り敢えず、用心して、近付きましょう」と、那華田は、提言した。どう出るのか、判らないからだ。
間もなく、三人は、ワンピースの女の子を取り囲んだ。
「洋介平さん、起こして頂けませんか?」と、那華田は、要請した。年の近い洋介平の方が、目を覚ましても、驚かないと思ったからだ。
「ええ〜。おいらがぁ〜」と、洋介平が、もじもじした。
「洋介平、何を照れて居るでござる? 早く、起こすでござる」と、是々清が、促した。
「わ、分かったよ」と、洋介平が、意を決した。そして、女の子の右の耳へ、顔を近付けるなり、息を吹き掛けた。
その直後、女の子が、目を見開いた。次の瞬間、那華田と視線があった。
那華田は、咄嗟に、デへ顔で、微笑んだ。一応、不審者でない事を印象付けておいた方が良いからだ。
その刹那、「いやーっ!」と、女の子が、拒絶反応を示すなり、慌てて起き上がった。そして、洋介平へ抱き付いた。
「おっちゃん。不審者と認定されちゃったんだね…」と、洋介平が、半笑いを浮かべるなり、口にしながら、右手で、女の子の臀部を撫でた。
「どちらが、不審者だか…」と、那華田は、嘆息した。初対面の子に、拒絶された事がショックだからだ。そして、「洋介平さん。あなたに、なついているみたいですから、色々と質問して頂けますか?」と、やんわりと要請した。洋介平に、心を開いている様子だからだ。
「わ、分かったよ!」と、洋介平が、応じた。そして、女の子の両肩を持つなり、「あの、そのう…。おいら、洋介平!」と、名乗った。
「あたし、陽々。靄島保育園の年長の大熊猫組よ」と、女の子も、名乗り返した。そして、「ここは、何処なの?」と、不安げに、問い返した。
「う〜ん」と、洋介平が、表情を曇らせた。
「陽々さん。靄島の動物園に、日輪大熊猫。つまり、パンダは居ませんでしたか?」と、那華田が、口を挟んだ。陽々と靄島と大熊猫の接点が、はっきりするからだ。
陽々が、振り返り、「う、うん…」と、頷いた。そして、「パ、大熊猫さんとお話をしていたら、黄色い光に包まれて、ここへ…」と、涙ぐんだ。
「おっちゃん、心当たりでも?」と、洋介平が、興味津々に、尋ねた。
「ええ」と、那華田は、頷いた。そして、「陽々さんのお話が、“むごいパンダ”という絵本と場面が、酷似していますので…」と、理由を述べた。“靄島”という地名からして、“燃子爆弾”の炸裂する場面が、容易に思い浮かんだからだ。
「おっちゃん、“燃子爆弾”って?」と、洋介平が、問うた。
「黄平洋戦争末期に、靄島へ投下された殺戮兵器ですよ」と、那華田が、語った。そして、「あれは、たった一発で、靄島の街を名前の通り、燃やし尽くしてしまったそうですよ」と、補足した。
「うへぇ〜。聞くだけで、ちびっちゃいそうだよ〜」と、洋介平が、身震いした。
「じゃあ、あたし、”燃子爆弾“で…」と、陽々が、言葉を詰まらせた。
「私の憶測ですので、真に受けないで下さいね」と、那華田は、取り成した。陽々が、“燃爆”で、亡くなったとは、断言出来ないからだ。
「でも、パンダを大熊猫って言っている時点と靄島って地名が出るのって、かなりの確率だと思うけどなぁ〜」と、洋介平が、指摘した。
「確かに、そうですが…。陽々さんが、燃爆に遭ったとは限りませんよ」と、那華田は、眉をひそめた。状況だけで、当人とは断定出来ないからだ。
「う〜ん。拙者には、何を申しているのか、さっぱりでござる」と、是々清が、ぼやいた。
「是々清の兄ちゃんが、退屈しているみたいだから、そろそろ、先へ行こうよ」と、洋介平が、提言した。
「そうですね。一応、先へ進みましょう」と、那華田も、同意した。取り敢えず、“げぇとたぁがぁ”の討伐だけは、しておくべきだからだ。
「今度は、どのような奴が、相手でござるかな〜」と、是々清が、意気込んだ。
「その、“げぇとたぁがぁ”って、なぁに?」と、陽々が、尋ねた。
「この奥に居る怪物だよ」と、洋介平が、回答した。
「そうなんだぁ〜」と、陽々が、理解を示した。
「おいらが、護るから、安心しな!」と、洋介平が、胸を張った。
「うん!」と、陽々が、力強く頷いた。
間も無く、那華田達は、歩を進め始めた。しばらくして、茶色い鳥居に行き当たった。そして、周囲を見回したが、“げぇとたぁがぁ”の姿は、見当たらなかった。
程無くして、「どうやら、“げぇとたぁがぁ”は、居ないようでござる」と、是々清が、見解を述べた。
「ですね」と、那華田も、安堵の表情で、相槌を打った。見た感じでは、安全そうだからだ。
「おっちゃん、早いとこ、呪文を唱えちゃいなよ」と、洋介平が、急かした。
「そ、そうですね」と、那華田も、快諾した。早いとこ、呪文を唱えれば、仮に、“げぇとたぁがぁ”が、戻って来たとしても、鳥居を潜れば良いだけの事だからだ。そして、鳥居の前へ進み出るなり、「ソー・クー・ヴェノラ!」と、唱えた。
次の瞬間、鳥居の色が、瞬く間に、黄色へと変貌した。
少しして、四人は、潜り抜けるのだった。