表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

四、津婆

四、津婆(つばばあ)


 那華田達は、殺風景で、広大な河原をひたすら前進していた。というよりも、目的地も、定まっていないので、歩を進めるしかないからだ。

「何とも、広い河原ですねぇ〜」と、那華田は、ぼやいた。このまま、永遠に、河原をさまよう事になりそうだからだ。

「そうだね。同じ景色だと、どれだけ歩いているのか、分からなくなっちゃうよね」と、洋介平も、同調した。

 突然、「もしや!」と、是々清が、歩を止めた。

 少し後れて、二人も、足を止めた。

「是々清の兄ちゃん、どうしたんだい?」と、洋介平が、すぐさま尋ねた。

「拙者らは、何者かの術中に嵌まっているのかも知れないでござる」と、是々清が、憶測を口にした。

「お心当たりでも?」と、那華田は、尋ねた。気になったからだ。

「うむ。三味線(しゃみせん)法師という敬朝の配下の妖術師のやり口に似ていると思ったのでござる」と、是々清が、回答した。

「じゃあ、何かしらの仕掛けでも?」と、問い掛けた。根拠のようなものが、在る筈だからだ。

「うむ。あの時は、茶氏を象徴する茶色い石が、術を張る役割を果たしていたでござる」と、是々清が、語った。

「つまり、茶色い石を見付ければ良いんですね!」と、那華田は、意気込んだ。原因さえ判れば、やる事は、決まっているからだ。

「そ、そうでござる」と、是々清が、面食らった。

「おっちゃん、あんまり張り切らないでよ〜」と、洋介平が、右手の小指で、鼻をほじりながら、苦言を呈した。

「茶色い石と申されましても、この中から探すのって、一苦労ですねぇ」と、那華田は、険しい表情をした。河原中の石の中から、茶色い石を探し出すのは、少々、厳しいからだ。そして、「他に、特徴は有りませんか?」と、質問した。別の特徴も聞き出せば、絞り込める筈だからだ。

「確か、蛇のようにとぐろを巻いていたでござるな」と、是々清が、口にした。

「茶色く、蛇のようにとぐろを巻いた石ねぇ」と、那華田は、何気に、視線を落とした。足下に、転がっているかも知れないからだ。

 少しして、「ひょっとして、あれかなぁ〜」と、洋介平が、左手の人差し指で、数歩先を指した。

 少し後れて、那華田も、その方を見やった。その瞬間、手の平大の茶色いとぐろを巻いた石を視認した。そして、「あれに似てますねぇ」と、口にした。漫画で見る大の方の物体に、酷似しているからだ。

「那華田殿、あのとぐろ石の事を存じているのでござるか?」と、是々清が、問うた。

「ま、まあ…」と、那華田は、曖昧な返事をした。そして、「是々清さんのとは、違いますけどね」と、言葉を濁した。自分の知っている物は、別物だからだ。

「そうでござるか…。しかし、とぐろ石を破壊するのには、拙者の刀の刃が、かなりこぼれたでござるからなあ」と、是々清が、ぼやいた。

「そうなんですかぁ」と、那華田は、溜め息を吐いた。見付けたのは良いが、事は、そう易々と運びそうもないからだ。

「でも、壊さない事には、先へは行けないんでしょ?」と、洋介平が、指摘した。

「そうでござる」と、是々清が、頷いた。

「くそっ!」と、那華田は、右足で、足下の石を蹴った。解決方法が、解っているのに、何も出来ないのが、腹立たしいからだ。程無くして、何かの砕ける音が聞こえた。

 その直後、「おっちゃん、ナイス!」と、洋介平が、称賛した。

 少し後れて、「那華田殿、お手柄でござる!」と、是々清も、歓喜の声を発した。

「え? え?」と、那華田は、目を白黒させた。何が起こったのか、理解出来ていないからだ。そして、「私、褒められるような事をしましたか?」と、問い返した。

「おっちゃんの蹴った石が、とぐろ石に命中して、割っちゃったんだよ」と、洋介平が、にこやかに説明した。

「そ、そうなんですか〜?」と、那華田は、半信半疑で、応えた。実感が、湧かないからだ。そして、とぐろ石を見やった。程無くして、無数に割れたとぐろ石を確認した。

「那華田殿、拙者、感服したでござる。砕くのに苦労したとぐろ石を、こうも容易く割られるとは…」と、是々清が、感動した。

「いやぁ。偶々ですよ」と、那華田は、謙遜した。結果オーライでしかないからだ。

「これで、先へ行けるんだね!」と、洋介平が、嬉々とした。

「そうでござる」と、是々清が、相槌を打った。

 突然、「おっちゃん! 是々清兄ちゃん! あ、あれ! あれ!」と、洋介平が、驚きの声を発した。

「どうしたでござる!」と、是々清が、身構えた。

 那華田も、咄嗟に、洋介平を見やった。敵襲かも知れないと思ったからだ。次の瞬間、薄ぼんやりと一軒の小汚ない小屋を視界に捉えた。そして、「こんな小屋は、在りましたか?」と、小首を傾いだ。先刻(さっき)まで、こんな近くに、小屋は無かったからだ。

「恐らく、茶氏の結界が解けたから、小屋が現れたのでござろう」と、是々清が、見解を述べた。

「なるほど。確かに、それしか、考えられませんね」と、那華田も、同調した。是々清の説に、合点が行くからだ。

「ねぇ。あの中へ、行って見ようよ」と、洋介平が、提言した。

「しかし…」と、是々清が、難色を示した。

「茶氏の罠とでも?」と、那華田は、尋ねた。是々清の警戒振りからして、(おおむ)ね、そこら辺だと察したからだ。

「如何にも…」と、是々清が、頷いた。

「ヤバそうだったら、早々に、出発しましょう」と、那華田は、提言した。罠かも知れないが、ここは、敢えて、入るべきだからだ。

「そうでござるな。尻込みしている場合ではござらんな」と、是々清も、同意した。そして、「拙者が、先に入るとするでござる」と、是々清が、口にした。

 その直後、「おっちゃん。是々清の兄ちゃん。早く早く!」と、洋介平が、いつの間にやら、戸口に立って居た。

「洋介平、罠かも知れないでござる!」と、是々清が、忠告した。

「平気、平気」と、洋介平が、中へ入って行った。程無くして、「わあぁぁぁ!」と、叫び声がして来た。

 その直後、「洋介平!」と、是々清が、駆け込みながら、刀を抜いた。そして、勢いそのままに、屋内へ消えた。

 少し後れて、那華田も、踏み入った。間も無く、是々清の数歩後ろで、立ち止まった。そして、様子を窺った。取り敢えず、状況判断をするべきだからだ。

「この(わらべ)は、わしの顔を見て驚くとは、失礼じゃのう」と、しゃがれた女性の声が、奥から聞こえた。

「どうやら、洋介平が、お婆殿を見て、吃驚(びっくり)されたのでござるな」と、是々清が、刀を収めた。

 間も無く、那華田も、是々清の左隣へ立った。次の瞬間、両目を見開くなり、「カ、カリヴァー…」と、身震いを始めた。身形は違えども、目の前に居るのは、カリヴァーに違いないからだ。

「はて? かり婆? その者は、わらわに似て、美人なんじゃかのう?」と、カリヴァー似の老婆が、目を細めた。

 その瞬間、「ちょっと…」と、那華田は、口ごもった。お世辞にも、美人とは言い難いからだ。

「何じゃと? ハゲ、喧嘩売ってんのか?」と、老婆が、睨みを利かせながら、凄んだ。

 その刹那、「い、いえ。そんなつもりは、無いですよ!」と、那華田は、慌てて否定をした。そして、「私、老眼なので、はっきりと相手の顔が見えませんので、美人かと…」と、誤魔化した。嘘も方便だからだ。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。そうじゃろう、そうじゃろう」と、老婆が、満面の笑みを浮かべた。

 那華田は、安堵した。カリヴァーみたいに、暴力を振るわれるのかと思ったからだ。

「ところで、お婆殿。ここは、何と言う場所でござるかな?」と、是々清が、問い掛けた。

「そうじゃのう。ここは、守銭堂という奈羅苦の何でも屋というところかのう」と、老婆が、回答した。

「何でも屋でござるか…」と、是々清が、溜め息を吐いた。

「婆ちゃん。おいら達、無一文なんだぁ。何か、恵んでくれないかなぁ?」と、洋介平が、子供ならではの甘え声で、ねだった。

「は? タダで、恵ん貰おうというのは、図々しい子供(ガキ)だね! 相当、甘ったれているね! うちも、商売だから、金の無い奴は、お断りだよ! しっ! しっ!」と、老婆が、つっけんどんに言った。

「ちぇ!」と、洋介平が、悔しがった。

「洋介平さん。世の中、こんなもんですよ」と、那華田は、慰めた。無一文(タダ)で、恵んでくれる者など、存在しないからだ。

「う〜ん。困ったでござるなぁ〜」と、是々清も、口にした。

「ですね」と、那華田も、相槌を打った。このまま店を出ても、見通しが立たないからだ。そして、「お嬢さん、私達に恵んでくれる代わりに、用事を申し付けて頂けませんか?」と、申し入れた。駄目元で、交換条件を提示すれば、何かしらの進展が有るかも知れないからだ。

 その直後、「あら嫌だ! お嬢さんだなんて! 見え透いた嘘を…」と、老婆が、恥じらった。そして、「良かろう。あたいも、禍罹(かり)じゃない。お前に免じて、用事を済ませてくれた後で、好きな物を恵んでやろうじゃないか」と、にやけ顔で、承知した。

 その瞬間、「あ、ありがとうございます!」と、那華田は、礼を述べた。見え透いたお世辞が、功を奏すとは、思いもしなかったからだ。そして、真顔になり、「何をすれば宜しいのでしょうか?」と、問い合わせた。どのような無茶振りなのか、分からないからだ。

「そうじゃのう。丁度、黄帝(こうてい)からの依頼を受けておったんじゃが、娘を連れ戻してくれる者を紹介してくれとの事じゃ。まあ、そこの御武家様は、合格じゃが。二人は、ちょっとのう…」と、老婆が、口ごもった。

「何か、引っ掛かるなぁ〜」と、洋介平が、指摘した。

「お婆殿。拙者だけでは、少々、心許ないでござる。出来れば、二人の同行を許可して欲しいでござる」と、是々清が、嘆願した。

「う〜む。あたいは、構わないよ。特に、人数の指定はされていないからねぇ」と、老婆が、淡々と答えた。そして、「じゃあ、受けてくれるんだね?」と、念押しした。

「承知!」と、是々清が、即答した。

「あんたらも、良いね?」と、老婆が、意思確認した。

「ええ」と、那華田は、力強く頷いた。応じるしかないからだ。

 少し後れて、「仕方無いなぁ〜」と、洋介平も、同意した。

「じゃあ、黄帝の所へ、参りましょう!」と、那華田は、鼻を伸ばしながら、意気込んだ。

「おっちゃん、黄帝の娘さんに会いたいって、顔に出ているよ!」と、洋介平が、冷やかした。

「そ、そんな事はありません!」と、那華田は、語気を荒らげて、否定した。しかし、図星を突かれたのは、事実だからだ。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。お前、黄帝の場所へは、どうやって行くんじゃ?」と、老婆が、質問した。

「そ、そう言えば…」と、那華田は、はっとなった。河原をさ迷い歩くのは、ごめんだからだ。

「お婆殿。行き方をご存知でござるか?」と、是々清が、尋ねた。

「如何にも」と、老婆が、頷いた。そして、「黄帝の下へ行くには、“げえとたあがあ”と申す異国の門番を倒さなければならんがの」と、回答した。

「“げえとたあがあ”と申される門番とは、何とも珍妙な名前でござるな」と、是々清が、口にした。そして、「相手にとって、不足は無い!」と、戦意を高揚させた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。頼もしい事じゃのう。じゃが、そうは簡単には行かんぞ」と、老婆が、仄めかした。

「と、言いますと?」と、那華田は、問うた。何かしらの理由が在りそうだからだ。

「どうせ、面倒臭い事なんじゃない?」と、洋介平が、指摘した。

「そうじゃのう。面倒臭いと言えば、面倒臭いかのう」と、老婆が、同調した。そして、「“げえとたあがあ”には、倒す順番が有るのでな」と、言葉を続けた。

「そうなんですか〜」と、那華田は、額面通りに聞き入れた。そして、「その順番でないと駄目なんですね?」と、尋ねた。順番通りに行かないと、黄帝の所まで辿り着けないかも知れないからだ。

「まあ、順番は、決まっておるから、迷う事は無い」と、老婆が、返答した。

「一本道って事かい?」と、洋介平が、口を挟んだ。

「いや。三つの門が在る。左右の門の“げえとたあがあ”を倒さぬ限り、真ん中の門は、開かん」と、老婆が、語った。

「少なくとも、門番は、三人ということでござるな」と、是々清が、口にした。

「是々清の兄ちゃんなら、ちゃっちゃとやっつけちゃえるんじゃないの?」と、洋介平が、あっけらかんと言った。

「確かに、是々清さんの腕前なら、大丈夫でしょうね」と、那華田も、同調した。何が出て来ようとも、恐るるに足らないくらい頼もしいからだ。

「そうとは限らんでござる」と、是々清が、頭を振った。そして、「手合わせするまでは、気を抜けないでござるよ」と、言葉を続けた。

「それも、そうですね」と、那華田も、理解を示した。やってみない事には、判らないからだ。

「その心構えならば、大丈夫じゃろう。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」と、老婆が、目を細めた。そして、「まずは、左の門から行くと良いじゃろう。“たがるとん”という奴が、門番をしておるからのう」と、老婆が、助言した。

「“たがるとん”。出来そうな相手でござるな」と、是々清が、呟いた。

「うーん。どこかで聞いたような」と、那華田は、眉間に皺を寄せた。“たがるとん”という名前に、何となく聞き覚えが有ったからだ。そして、「まあ、会えば判るでしょう」と、考えるのを止めた。百聞は、一見にしかずだからだ。

「おっちゃん、幾ら考えたって、無駄なんだから、気楽に行こうよ」と、洋介平が、にこやかに言った。

「君とは、一緒にしないでくれ!」と、那華田は、語気を荒らげた。知的レベルを同等と思われたくないからだ。

「そんなに、剥きにならないでよ〜」と、洋介平が、おどけながら、宥めた。そして、「そういうところから、おつむが弱いって、バレバレだよ」と、指摘した。

「くっ!」と、那華田は、歯噛みした。反論の余地が無いからだ。

「二人共、駄弁食ってないで、そろそろ出発をしようでござる」と、是々清が、提言した。

「そうだね。これ以上、おっちゃんを怒らせても、しょうがないからね〜」と、洋介平が、しれっと賛同した。

「ふん!」と、那華田は、憮然となった。腹は立つが、大人として堪える事にしたからだ。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。門は、裏に在るのでな。すぐに判る筈じゃ」と、老婆が、告げた。

「是々清の兄ちゃん、行こう!」と、洋介平が、(いざな)った。

「うむ。そうでござるな」と、是々清も、頷いた。

 間も無く、二人が、出て行った。

「お主も、行かんか!」と、老婆が、急かした。

「え、ええ」と、那華田は、歯切れの悪い返事をした。そして、「お嬢さん、お名前を教えて頂けませんか?」と、尋ねた。どんな名前なのか、気になったからだ。

「あたいは、津婆じゃ」と、津婆が、得意満面に、名乗った。

「津婆さんですか。私、那華田と申します」と、那華田が、名乗り返した。そして、「では、行って参ります!」と、一礼をした。その直後、踵を返した。程無くして、出て行くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ