一、癇癪の女神カリヴァー
一、癇癪の女神カリヴァー
次に、目を覚ました場所は、星々の瞬く宇宙空間のような広い場所だった。
「あれ? 変な部屋から出られたのですか?」と、頭頂が薄くなった男は、安堵した。息苦しさを感じる事は無いからだ。そして、大きく息を吸った。
突然、「お前が、今回、選ばれた者じゃな」と、背後から、気の強そうな女性の声がした。
「は?」と、頭頂が薄くなった男は、息を吐くなり、嬉々として、振り返った。その直後、「あれ?」と、小首を傾いだ。声はすれども、そこに、姿が無いからだ。
「何処を見ておる!」と、足下の方から、女性の怒号がした。
頭頂が薄くなった男は、視線を落とした。程無くして、右手には、トグロ状の物が、先っぽに付いた黄金色の神々しい竹刀を持っており、左の脇には、出席簿のような物を抱えた子供みたいな背の厳つい顔で、山姥のような乱れた長い赤髪に、子供サイズの小豆色の運動服を着用している年増の女性が、視界に入り、「あ…。おばさんか…」と、がっかりした。まさか、背の低い年増の女性とは、思っていなかったからだ。
次の瞬間、「てめぇ! 今、何て言った!」と、背の低い年増の女性が、烈火の如く、癇癪を起こした。そして、目にも留まらぬ早業で、竹刀の先端を鼻先に、突き付けた。
その途端、「ひっ!」と、頭頂が薄くなった男は、面食らった表情で、怯んだ。奇妙な竹刀の切っ先が、鼻先まで来るとは、思いもしなかったからだ。そして、「あ、あなたは?」と、オドオドと尋ねた。中学時代の苦手だった担任の女教師に似ているが、何者かを知りたいからだ。
「わしは、お前の転生を担当する事となった女神カリヴァーじゃ」と、カリヴァーが、高圧的に名乗った。そして、「お前、口の利き方に気を付けろよ!」と、言葉を続けた。
その瞬間、「はっはっは。これは、夢ですよね?」と、頭頂が薄くなった男は、一笑に付した。自分の願望が、具現化した夢かと思ったからだ。そして、右手の小指で、鼻をほじくるなり、「でも、生々しいですねぇ」と、表情を強張らせた。妙に、指の感触からして、現実味が在り過ぎるからだ。
「お前は、現状を理解しているのか?」と、カリヴァーが、凄んだ。
「現状と申されましても…」と、頭頂が薄くなった男は、表情を曇らせながら、口篭った。下手に口答えをして、機嫌を損ねると、何をされるか、知れたものではないからだ。
信じてないと言う顔じゃのう」と、カリヴァーが、指摘した。
「ええ…」と、頭頂が薄くなった男は、生返事をした。突飛な事なので、理解力が付いて行けてないからだ。
「ならば、お前の最期を教えてやろう」と、カリヴァーが、竹刀を引いて、足下へ突き立てるなり、出席簿のような物を開いた。程無くして、「鬼籍簿によると、お前は、ヨーシ星人の流行りの遊びである異星対抗下等生物バトルの為に、閉店後のクレーンゲームのアームの調整中に、誘拐されて、立方体の飼育室へ監禁されていたんだよ。運悪く、お前の担当していた飼育係が、手抜きをしたお陰で、空調設備の不調に気付かれぬまま、自分の屁の臭いのショックにより、死んだという事だよ」と、死因を説明した。そして、「ゲームセンターのクレーンゲームの担当者が、UFOに誘拐されるとはな…」と、笑いを噛み殺しながら、補足した。
その瞬間、「そ、そんな筈は無いですよ! 自分のオナラが、死因だなんて! それに、UFOに誘拐だなんて!」と、頭頂が薄くなった男は、目を白黒させながら、語気を荒らげた。信じ難い話だからだ。そして、「でも、確かに、あの時の屁は、この世の物じゃない臭いだったなぁ~」と、一部認めた。思い返して見れば、これまでの人生で、嗅いだ事の無いくらいの悪臭だったからだ。
間髪容れずに、「そこは、認めるんじゃな」と、カリヴァーが、しれっと呟いた。次の瞬間、「まあ、そう言われても、信じろと言う方が無理だろうな」と、溜め息を吐いた。そして、「お前の最期が、あまりにも不憫だから、わしが、転生させてやろうと言うのじゃよ」と、考えを述べた。その直後、「お前の望みを述べよ」と、言葉を続けた。
「じゃあ、最強の体で、優遇的な能力が有って、相手が恐れるような生き物にして貰えませんか? ついでに、今よりも美男子で…」と、頭頂が薄くなった男は、思い付く限りの願望を列挙した。夢ならば、何を言っても許されると思ったからだ。
「かなり欲張りじゃが、生物なら、これで良いじゃろう」と、カリヴァーが、呆れ顔で、口にした。そして、「おい、目を瞑れ」と、指示した。
「は、はい」と、頭頂が薄くなった男は、二つ返事をした。その直後、半笑いで、目を閉じた。夢かも知れないが、どのような生き物に変わっているのか、楽しみだからだ。
「ソー・クー・ヴェノ・ラァー!」と、カリヴァーが、呪文を叫んだ。
その直後、頭頂が薄くなった男は、硬い何かで、頭頂部を叩かれた。その刹那、「あいて!」と、言葉を発するなり、右手で患部をさすった。まさか、痛い目に遭うとは思ってなかったからだ。
間も無く、「目を開けるが良い」と、カリヴァーが、厳かに告げた。
頭頂が薄くなった男は、恐る恐る目を開けた。程無くして、先刻とは違う巨大な草木の生い茂った光景が、眼前に広がっていた。そして、「こ、ここは?」と、目を見張った。まるで、異世界に迷い込んだ感じだからだ。
「お前の注文は、全て叶えてやったぞ。まあ、おまけとして、田舎暮らしも付けてやったのでな」と、カリヴァーの声がした。そして、「さらばじゃ」と、告げた。
「あ、ありがとうございまーす!」と、頭頂が薄くなった男は、取り敢えず、天を仰ぎ見ながら、大声で、礼を述べた。何処へ向かって言えば良いのか、判らないからだ。
しかし、カリヴァーからの返事は無く、頭頂が薄くなった男の声だけが、虚しく木霊するだけだった。