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世界一の大泥棒の俺も、ストーカーの彼女からは逃げ切れない

作者: 墨江夢

【今宵、女神の涙を奪いに参上致します】


 そんな予告を実行するべく、俺は今日も夜の街を駆け回る。

 トレードマークの赤いマントをなびかせて、ビルからビルへ飛び移るその様は、一種のパフォーマンスのようなもので。


 俺は怪盗(ホワイト)。世界一と謳われる大泥棒だ。


 狙った獲物は逃がさない。どんな獲物だろうが、誰が相手だろうが、予告状に記した通り完璧に盗み出してみせる。

 当然そんな大泥棒なわけだから、警察も黙っていない。警視庁内では、対怪盗W専門部署が設けられているくらいだ。


 でも、それがどうした? こっちはプロの怪盗だぞ? 

 宝を盗むだけでなく、追手から逃げ切ることに関しても俺の右に出る者はいない。

 今日に至るまで、警察組織のどの人間も俺を捕らえられた者はいなかった。


 今夜も惚れ惚れするくらい美しい盗みを完遂し、警察から逃げおおせた俺は、自宅マンションに帰ってきていた。


「女神の涙……実に美しい輝きだ。だからこそ、盗品という扱いを受けているのが非常に残念だ」


 俺が盗み出す宝は、決まって盗品であったり不正に売買された品だ。

 不法にしまい込まれている宝を盗み出し、本来の持ち主のもとへ返すことこそ、俺の仕事であり責任だと考えている。


 この女神の涙も、早速明日の夜持ち主のところへ届けるとしよう。

 しかし今夜は、もう疲れた。とっとと風呂に入って、寝るとしよう。

 俺は玄関ドアに手をかけたところで、


「……ん?」


 ガチャ。かけた筈のドアの鍵が開いていることに気が付いた。

 ……おいおい、またかよ。あの女、また勝手に人の部屋に侵入しているのかよ。


 俺が部屋の中に入ると、案の定、そこには若い女がエプロン姿で夕食を作っていた。


「あっ、W! おかえりなさい!」

「ただいま。……で、何で今夜も俺の部屋にいるんだ?」

「そりゃあWの自称嫁ですから! 疲れたあなたを美味しい料理と温かいお風呂で出迎えるのが、私の仕事よ!」


 俺の自宅に押し掛け、勝手に料理を作っている彼女は、村野歌織(むらのかおり)。恋人でもなければ、親友でもない。正真正銘、俺のストーカーだ。


 彼女の恐ろしいところは、世界一の大泥棒の俺を決して逃がさないこと。

 仕事で海外に飛べば、仕事先までついてくるし、引っ越しをすればなぜか俺の引っ越し先を特定している。


 警察ですら掴めない俺の素性と居場所を、彼女は全て把握しているのだ。

 

 流石は先代の世界一の大泥棒・カオリといったところだろう。

 同じ世界一でも、盗みの腕は俺より上。俺の技術ではまだ、引退した彼女にも遠く及ばないだろう。


 彼女曰く、本当に欲しいもの(俺)が見つかったから泥棒家業を引退したらしい。

 そしてストーカーにジョブチェンジ。元凄腕怪盗のストーカーとか、誰にも暴走を止められないだろうがよ。


「ご飯、もうすぐ出来るから待っててね」

「……了解」


 この状況は、ひとえに俺の泥棒としての実力不足が原因だ。

 彼女に付き纏われたくなければ、先代の世界一を超えてみろ。


 自分にそう言い聞かせて、納得させた俺は、諦めてご相伴に預かることにした。





 今晩の献立は、肉じゃがだった。

 家庭の味溢れる肉じゃがは、悔しいことに美味しかった。


 箸を止めることなく肉じゃがを食べる俺を、歌織は満足そうに眺めている。

 お腹いっぱいになる俺を見るだけで、自分も胸がいっぱいになるとか、いや、意味がわからない。


 肉じゃがを完食したことに満足げな歌織だったが、今宵の俺の仕事振りについては、満足には程遠いものだったようで。


「今夜も見事な盗みだったね。点数にすると……95点!」

「100点じゃねーのかよ」

「決めゼリフがイマイチだった。もうちょっとカッコいいセリフ、思い付かなかったのかなぁ」


 怪盗に決めゼリフなんて必要なのか? 当初は俺もそう思っていたが、実は結構重要なのだ。


 俺は人知れず盗みを働くコソ泥ではない。盗みを一種のエンターテイメントとして扱う、怪盗なのだ。

 決めゼリフや演出も、バカには出来ない。


 やはり俺は、怪盗としてまだまだだ。本当の意味で世界一の大泥棒となる為に、カオリから学ぶべきことが沢山存在する。まぁそれが理由で、俺は不法侵入している彼女を自宅から追い出すことが出来ないんだけど。


「それで、次のターゲットはもう決めているの?」

「まぁな」

「本当、Wは盗みが大好きだよね」

「盗みが好きなのは認めるけど、俺が盗むのは悪党からだけだ。だから本当は俺が盗みをしなくても済むような世の中になれば良いんだけどな」


 俺はスマホを操作して、次狙うお宝の画像を表示させる。


「『砂漠の雫』。女神の涙より、もう少し明るい青をしたサファイアだ。砂漠で発見されたその宝石は、さながらオアシスの様な輝きを放っており、見る者全ての心を癒すという」

「確か砂漠の雫の現在の持ち主は……資産家の相模善丈だったっけ?」

「そうだ。相模がほとんど脅迫同然の方法で手に入れたのが、この砂漠の雫だ。……全く、本当にふざけているよな。怪盗Wの名において、砂漠の雫を正当な持ち主の元へ戻さなければならない」


 今日の今日というのは、流石に体力的に厳しい。

 下調べを含む準備に多少の日数は欲しいことだし、よし、決行は一週間後の夜としよう。

 それまでに侵入経路の確認と、予告状の準備と、あと……ダメ出しされない決めゼリフを考えておくとするか。





 一週間後、仕事の時間がやってきた。


 予告状は、既に相模と警視庁宛にそれぞれ送りつけている。あとは有言実行するのみ。

 予告状を出した以上、雨が降ろうが槍が降ろうが、盗みを実行しなければならない。それが怪盗の美学だ。


 豪邸の屋上に立っていると、ファサッと、赤いマントが風になびく。

 

「さあ、ショーの開演だ」


 俺は背中向きで、屋上から飛び降りる。

 目的の階層の数階上の外壁にフックを引っ掛け、ロープを垂らす。あとは遠心力を利用して、窓から華麗に突入だ。


 飛び散るガラス片がライトに照らされて、キラキラ輝く。うん、最高の幕開けだ。


「Wを捕らえろ!」と、指揮官らしき刑事が叫ぶ。

 いやいや。バカの一つ覚えみたいに「捕らえろ!」って命じたところで、捕まらないから。いつもみたいに簡単に逃げ切れるから。


 俺は目眩しの煙幕を発生させる。

 もちろん俺の視界が悪くなるなんて、そんな間抜けな状況には陥らない。特殊ゴーグルは装着済みだ。


 煙幕の中一人自由に動き回れる俺は、煙の晴れる前に砂漠の雫を手に入れる。


 警報が鳴っている? そんなの、今更だ。

 侵入した時点で、俺の存在は警察にバレている。


「フハハハハ! 砂漠の雫はいただいた! オアシスを失った貴様らは、これから醜く干涸びていくが良い!」


 今回の決めゼリフはどうだっただろうか? 自己採点では、及第点は固いと思うんだが。


 砂漠の雫を手に入れたのならば、もうここに用はない。

 一刻も早く退散するべく、俺が窓の外に向かうと、


「待て! 怪盗W!」


 指揮官の刑事が、俺を呼び止める。

 待てと言われて待つかよバカ。俺は足を止めない。


「このまま逃げるつもりなら、それでも良い! だが、お前の仲間がどうなっても知らないぞ!」

「……は?」


 仲間だと? こいつは何を言っているんだ?

 怪盗Wは孤高の存在。仲間なんていないぞ?


 しかし見に覚えがないからこそ、気になってしまう。俺は足を止めて、振り返る。


 刑事たちが捕らえていたのは――歌織だった。


「我々が気付かないと思ったか? この女、お前の現れる現場にはいつも姿を見せている。上手く仲間をギャラリーに紛れ込ませていたみたいだが、残念だったな。我々の目は誤魔化せない」


 誤魔化すも何も、そいつは仲間じゃないし。いつも姿を見せるのは、俺のストーカーだからだし。


 しかしこいつらの発言を鑑みると、どうやら今拘束している女がかの伝説の怪盗カオリとは気付いていないみたいだな。

 面白いから、そのことは黙っておくとしよう。


「さあ、W! 砂漠の雫をこちらに渡すんだ! さもないと、あらゆる国家権力を駆使してこの女を有罪にしてやるぞ!」


 堂々と職権濫用宣言かよ。

 そうまでして砂漠の雫を俺に盗まれたくないとは……彼らもプロの刑事というわけか。


 ……良いだろう。こんな石ころ、くれてやる。

 俺は砂漠の雫を放り投げる。


「おい! 雑に扱うんじゃない!」


 砂漠の雫を落とさないよう、慌てて手を伸ばす刑事たち。

 俺はその隙に歌織を救い出す。


「この場で一番のお宝はいただいた! さらばだ、警察諸君!」


 俺は歌織を抱きかかえて、豪邸からの脱出を図る。


 お姫様抱っこをしながら夜の街を駆け回る俺。そんな俺に、歌織は暗がりでもわかるくらい顔を真っ赤にして尋ねてきた。


「ねぇ、一つ聞いても良い?」

「走りながら答えられることだったらな」

「うん。……あの豪邸で一番のお宝って、誰のこと?」

「……」


 何のことじゃなくて、誰のこと。……わかってて聞いているんじゃねーか。

 恥ずかしいから言わせんなよと思うけれど、ここで言葉にしないというのも男が廃る。


「俺は怪盗Wだ。どんなものでも盗み出せるし、誰からだって逃げ切れる。そんな俺を唯一出し抜けるのは、お前だけなんだよ」

「だから、一番価値があるの?」

「あぁ。確かにお前はストーカーの変態だが、そんなの些細な問題だ。いつかお前に追いつく。お前を追い抜く。そしてお前の全てを手に入れる。だからさ……それまで勝手にいなくなるんじゃねーよ」


「……ねぇ」。俺の告白を聞き終えた歌織は、ふと呟く。


「私がどうして怪盗を引退したか知ってる?」

「ストーカーに転職したからじゃないのか?」

「違うよ。……これ以上にないようなお宝を盗み出せちゃったからだよ」


 これ以上にないお宝……言うまでもなく、それは俺の心だ。

 成る程、考えることは一緒ということか。


 取り敢えず歌織への恋心を、予告状という形で改めて伝えるとしようか。

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