表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/261

鏡が映すのは

修正しました。

 ジャアアァァァ──そんな音と共に、細やかな無数の穴から熱くもなければそう温くもない、そんな中間辺りを維持した温水が流れ出す。


「ふう……」


 温かな水が身体を、肌を濡らす。温水が自分を伝い、浴室のタイルをしっとりと叩く度に。全身に浮いていた汗が流し落とされていくのを、呆然としながらも実感する。


 その何とも言えない心地良さに、自然と。小さく薄く開かれた唇の隙間から、ラグナは安堵のため息を吐いていた。


 ラグナがそうしてシャワーを浴びていたのは、実際には僅か数分の事だ。しかしラグナ当人からすれば、それは何時間の事のように思えた。


 まるで今過ぎ去っていく時間をのっぺりと、薄く長く引き伸ばしているような。そんな漠然とした錯覚が、ラグナの中にはあった。


 閉じていた瞳を、ゆっくりと。静かに、ラグナは開かせる。


 直後、紅玉が如きラグナの瞳が捉えたものは────一枚の鏡であった。


 そう珍しくもない、至って普通の浴室鏡だ。然程巨大という訳ではないが、メルネの頭の天辺から足の爪先までを映すには十分に事足りて。


 必然、彼女よりも一回り背の小さいラグナの全身も、映すのは容易である。


 その鏡に映る自分の姿────そこにいるのは、一人の少女。


 見るからにか弱そうな、赤い髪をした少女。


「…………」


 シャワーヘッドから流れ続ける温水が浴室のタイルを叩く最中、気がつけばラグナはその鏡に視線を奪われていた。鏡に映り込んだ、少女の姿に囚われていた。


 見惚れていた訳ではない。ただ、()()()()()()


 勝手に、独りでに。もし本当にそうなれば、もはや怪奇的現象(ホラー)の類になるが、しかしそれでも自分の意識とは無関係に。この鏡に映り込んだ少女が()()()()()()()、と。


 ラグナは希望にも似た、そんな淡く仄かな期待を抱いていた。


 それは何故か。どうしてか。その理由はただ一つ────()()()()()()()()


 目の前の鏡に映る少女(じぶん)が、自分ではないと認めたくないからだった。


 何を今さら、と。きっと誰もが思う事だろう。そんなラグナを、きっと誰もが未練がましく往生際が悪いと思う事だろう。


 他の誰でもない、ラグナ当人がそう思っているのだから。


 だが、それでも構わなかった。こんな(ろく)でもない、どうしようもない、始末のつけようもなく救いようもない現実が。頭から尻尾まで、最初から最後まで。何から何まで嘘になって、そして全部が全部元通りになってくれるのなら。


 それをラグナは全身全霊喜んで、受け入れるつもりだった。


 ……けれど、そんなラグナの思いは裏切られる。幾ら見つめていようと、どれだけ見つめようと。鏡の少女は微動だにせず。ただじっと、ラグナを見つめ返すだけ。


 ラグナと全く同じ表情で、全く同じ眼差しで。


「…………まあ、そりゃそうだよな」


 やがて先に痺れを切らしたのはラグナの方だった。否、この表現は正しくはない。そもそもこの浴室には最初から、ラグナただ一人しかいないのだから。


 どうあっても、どう転んでも。痺れを切らすのはラグナ一人で、先も後もないのだから。


 投げやりにそう吐き捨てて、ラグナは肩に手をやる。鏡の少女もまた、肩に手をやった。寸分と違わない、全く同じ動きだった。


 そんな()()()()に対しても、ラグナはやるせない、何処にもぶつけられない鬱屈とした憤りを感じるが。しかしそれも、直後諦観に呑まれる。


 ──ああ、そうだ。そうだよ。


 華奢な肩から、か細い腕に。心の中で呟きながら、ラグナは手を這わせ。ギュッ、と抱く。鏡の少女も、また同じように。


 いつしか、気がつけば。ラグナは鏡が苦手になっていた。自ら遠去け、できるだけ視界に入れないようになっていた。それは何故か────明白である。


 鏡は誰よりも、何よりも正直で。嘘偽りなく、有りの儘の全てを其処に映し出す。映し出して、一切の遠慮もなく、一片の容赦もなくこちらに見せつけてくる。


 小綺麗な顔。長い髪。細い肩と腕。膨らんだ胸。脆そうな腰。丸い尻。決定的な違いを示す、股間。


 そう、鏡は映すのだ。鏡は見せるのだ。そんな今の自分を。どこからどう見ても、誰がどう見ても。もはやただの少女でしかない、今の自分を────────






『僕の知っているラグナ先輩じゃない、今の()()()なんかが』






 ────────ラグナ=アルティ=ブレイズではない、今の自分の姿を。変えようのない、この現実を。鏡は見せつけてくる。


 それに堪えられず、気がつけばラグナは顔を伏せていた。


 温水が髪を濡らし、顔に伝う。目からも温水が流れるのをラグナは感じたが、それは勘違いでシャワーヘッドから流れる温水だと決めつける。


 そうして(しばら)く、ラグナはシャワーを浴び続けた。


 目からも流れる温水が、止まるまで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ