ラグナキャストオフ
修正しました。
脱衣所に入ると、ラグナは寝間着をそそくさと脱ぎ始めた。しかし、汗をこれでもかと存分に吸い込んだ布はラグナの肌に張り付いており、思った以上に脱ぎ難くなってしまっていた。
「……チッ」
普段であれば鬱陶しいと思いこそすれど、こんな些細なことに対して腹が立つ事はなかったラグナであったが。今だけは違い、無性に、どうしようもなく癪に障ってしまって。
堪らず胸中をチクチクと刺す針のような、細やかな苛立ちを覚えてしまう。
予期せぬ苦戦を強いられながらも、身体から引き剥がすようにして。なんとか寝間着を脱ぎ終え、そうしてラグナはあられもない下着姿となった。
「…………」
びっしょりと汗で湿っている寝間着と同様に、いや直に肌に触れている分。今手に持つこの寝間着よりも下着は上下共に、びしょびしょに濡れていた。
今になって、どうしてメルネが下着も新しいのに替えるよう言ってきたのか、遅ればせながらラグナは理解する。
確かに、汗で湿って濡れた下着程、身に付け穿いていて。ここまで不快感が込み上げるものはない。しかも男性のとは違い、女性の下着の殆どは肌に密着するのだから、堪ったものではない。
思わぬところで男性用の下着が如何に快適だったのかをラグナは再認識する。汗で湿っても、大して気にはならなかったし。
──これもさっさと脱いじまおう……。
そう心の中で呟きながら、手に持っていた寝間着を洗濯籠の中へと投げ込み。外気に触れて、急激に冷え始めた事で、なんとも言えない気持ち悪さを伴う肌寒さを感じながら、ラグナは下着────まずはこの胸を覆い、包み隠す上の下着を脱ぐ事に決めた。
最初の頃は付ける事も脱ぐ事も苦労していた下着であるが、そんなラグナでもすっかり慣れてしまったもので。付けるのも脱ぐのも、今ではもう手間取る事なく。それこそ息をするかのように自然とできるようになっていた。
……まあ、できるようになった事で。果たしてこれを己の成長と前向きに捉えて、素直に喜べばいいのか。それともこれで自分はまた一歩女として近づいてしまったと、憂い悲しめばいいのか。
一体どちらが正しいのかわからず、ラグナは迷う羽目になった訳だが。
しかし、その事について深く考え込むのは今ではない。と、ラグナは即座に思考を切り替え。背中に手をやり、慣れた動作で流れるように淀みなく、下着の留め具を外す。
「う……」
途端、思わずというように。ラグナは小さな呻き声を漏らしてしまう。だがそれも、無理はない。
何故ならば、今の今まで支えとなって、負担を軽減させていた下着の留め具を外した事により。結果、ラグナの背丈に些か見合わない程にまで育っている……否、育ってしまっている胸の重みが。
遠慮も、容赦も、情けもなく。一気にラグナの両肩にのしかかってくる訳で。
ずしりとした胸の重量感と、恐らくそれによって併発しているのだろう若干の息苦しさに。ラグナは苦労が色濃く滲むため息を一つ、その小さな唇の隙間から吐き出さずにはいられない。
──てか……どうしたって背は小っせえのに、胸は大きいんだよ……。どうせなら背ぇ寄越せよ、背。俺ぁ子供じゃねーんだぞ。
と、口には出さず、心の中で。鬱憤そのものと表すべき言葉を吐き捨てるラグナ。
だがそれも、無理はない。
何故ならば、その背丈に見合わない大きさにまで成長し、膨らんだこの胸には。それはもう、相応の苦労をラグナは味わされていたのだから。
ただでさえどう重心を取ればいいのか、ちっともわからない女の身体の扱いに加えて。その大きさと相応の重みを持つ胸によって、ラグナは大いに振り回された。
特に最初の頃は一歩を踏み出す度に危うく転びかけたり。いざ走り出せば即座に息は切れるわ胸は引っ張られて痛いわ、その末に素っ転ぶわ。
そうして散々な目に遭っても、肝心の距離は全く稼げてないわ。
まあ、とにもかくにも。このような事が多々あった故に、ラグナの己の胸部に対する評価は最低に位置している。
……しかしまあ、ラグナは知らない。それが一部の世の女性にとっては、あまりにも贅沢に尽きる文句であるという事を。
それはさて置いて。そんなある種選ばれし者たちだけが持てる悩みと対面していたラグナだったが。何を隠そう、その悩みを解決したのが下着であった。
……当初こそ、女性用の下着などと思っていたラグナであるが。どうして元は歴とした男である自分が、何が悲しくて女性用の下着なんかを、と。当初こそはまだ、そう思っていたラグナであったが。
正直に白状してしまうと、下着に関してだけは感動にも似たものを心中に抱いていたのだ。
『僕という一人の犠牲を無駄に、しないでください……』
という、悲壮感溢れる決死の乞いの元、渋々……本当に渋々、本当の本当に渋々と。ラグナはいざ女性用下着をあの時身に付けた訳だが。
──……っ!?か、肩軽っ!?息しやすっ!?す、凄え……!
下着を付けた瞬間、ラグナの世界が変わった。
肩にのしかかっていた重量感はまるで嘘のように消え失せ、常時喉が半ば詰まっているような息苦しさも見事解消された。
おまけにあれだけ苦労していた重心も、下着のおかげである程度楽に取れるようにもなって。普通に歩いている分には何も問題なく、危うく転びかける事もなくなった。
その時、ラグナは如何に下着が優れており、そして下着が偉大であるかをその身と心に思い知らされたのである。
こういった経緯もあって、下着だけはラグナもすぐ抵抗感を覚えなくなり、自ら進んで付けるようになった。
元は男だといって幾ら毛嫌いしようとも、やはり付けた時の快適さを考えてしまうと、その思いも薄まるというものだ。こればかりは、仕方のない事なのだ。
久しぶりに戻ってきた重量感と息苦しさに眉を顰めさせながら、手に取った優れて偉大な下着を寝間着同様に洗濯籠の中に放り込んで。
いよいよ、ラグナは最後に残った一枚にその指先をかける。
そう、最後の一枚────つまり下着だ。と、その時フッと。ラグナは唐突に思い出す。
──ああ、そういやメルネに言われたっけ……確か、女物は『しょーつ』だとかなんとかって。
下着ではなく、下着。若しくは下着とも呼称する。しかし、どちらかで言えば前者の方が一般的────ラグナはそう、メルネから教えられたのである。
──……ぶっちゃけ、俺はどの呼び方でも別に構わねえんだけど……。
そもそも、自分は男だ。下着の呼称などに拘りなど持ち合わせていないし、一々呼び分けるなど面倒な事この上ない。
……だけれど。
──メルネには、世話になってるからな。
そう思い、ラグナはメルネからの教えを尊重し。下着────改め、下着を脱ごうとする。ラグナ=アルティ=ブレイズは義理堅く、そして意外と律儀なのである。
が、しかし。
「ん……」
下着が少し、いや中々に上手く脱げない。肌と布の間に、指先を滑り込ませることができない。それでもラグナは数回それを繰り返したが、失敗に終わり。
遂に痺れを切らしてうざったそうに吐き捨てた。
「こんの糞がッ!」
そして視線を己の下腹部へとやり。今度は目で見て確かめながら、下着の縁を指先でなぞり、斜めに差し込ませ。そうしてようやく、ラグナは肌と布の間に指先を滑り込ませ、差し入れる事ができた。
「ったく……」
たかが布切れ一枚を脱ぐのに、どうしてこんな手間をかけなければならないのか。心底、ラグナはそう思う。
下着であれば、その有能性から今では自ら進んで身に付けるラグナだが。その一方で下着に関しては、できれば────否、できる限り穿きたくないというのが実の本音である。
そう、付ければ抜群の快適さを齎してくれる下着とは打って変わって。女性の下着は少なくともラグナにとっては、不便かつ面倒なものでしかなかったのだ。
まず、さっきも言った通り男性の下着とは違い、かなりの密着性がある。股や尻に密着してくる。まあ一応、男の下着にだってそういった密着性の高いものがある事くらいラグナも知っているが、しかしラグナがまだ男だった時に穿いていたのは解放感のある通気性の高いもので。密着する下着など眼中になかった。
だがしかし、これもさっき言った通り女性の下着の場合は、穿けばピッチリと肌に密着するものが大半で。それ故に、そこにラグナが求める解放感など全くの皆無で。
股や尻に布が密着する感覚は未だに慣れず苦手だし。蒸れるとどうしようもなく気持ち悪くて不快だし。男の下着と違ってあまり伸び縮みしない所為で、先程みたいに脱ぐのに手間取るし。
しかもその上────
「んぐぐ……ぐぬぅ…………だああ糞!」
────汗を吸って湿ると、より肌に密着して張り付いて、ただでさえ脱ぎ辛いのが、余計に脱ぎ難くなってしまうし。
とまあ、このように。下着に対するラグナの評価は散々で、悲惨の一言に尽きる。
そうして心の底から望まぬ、大変不本意な苦戦を強いられつつも。
「んしょ、っと。……はあ」
どうにかこうにか、ラグナは下着に続き下着も脱ぐ事ができた。
あられもない下着姿から、とうとう遂に一糸すら纏わぬ全裸となったラグナであるが。その時、下着を脱ぎ去る為に、下腹部にやっていた視線が。
必然、流れるようにしてそこを。さっき、今の今まで一枚の布によって隠されていた、ラグナの秘められし場所を視界に映す。
「……」
もはやそこに、在るべきものはなく。最初こそ驚愕と動揺を覚えずにはいられないでいたラグナであったが、その光景も今ではすっかり慣れてしまい。
心はともかく肉体はもう男ではなく、正真正銘の女であるという現実から目を背け逃げ出す気にもならなければ。
その事実に絶望を抱き、悲しみに暮れる事もなくなった。
……否、今でも若干物寂しさというか、そういった感情を覚えることはまだある。しかし、それだけだ。在って然るべきものがないと、幾らどう嘆いたところで。それが戻る訳がないのだから。
それはそれとして。数秒の間、そこを呆然と見つめていたラグナは、ポツリと他人事のように呟く。
「こんな子供の形してても、一応は生えてんだよな……ほんの、ちょっとばかしだけど」
そう、生えている。生えているには生えているが、薄っすらと申し訳程度に。その大部分を隠せない程度にしか。しかもまだ十分に生え揃ってもいないその有様に。
ラグナは全身がむず痒くなってくるような、そんな微妙な羞恥心を覚えずにはいられない。
──いやまあ、全然生えてねえってのもそりゃ恥ずいけど……これもこれでなんか、情けないっつうか……。
一応、この身体自体は十六相応の少女の身体だとはラグナも聞かされている。それを踏まえて、ラグナは振り返る。
果たして、十年前の────まだ男だった時の。十六の自分はどうだったかを。
……少なくとも、これよりはまだ、もっと生えていた気がする。やはり男と女とでは、何かしらの違いがあるのだろうか。それともただ単にこの身体がまだ子供なだけなのだろうか。
そこまで考え込むラグナであったが、不意にハッとなって頭を横に振るう。
──何変な事考えてんだ俺……止めだ止め。こんなくだらねえ事考えてないで、とっととシャワー浴びちまおう。
と、頭の中で広げていたその思考を丸ごと取り払って。視線を下腹部から、今し方脱いだばかりの下着に移し。ラグナはスッと目を細める。
「……梃子摺らせやがって」
そう、睨みつけながら忌々しそうに。ラグナが吐き捨てた後、下着もまた、洗濯籠へと放り込まれるのだった。
そうしていざ、満を持して。素っ裸のラグナはいよいよ浴室へと踏み込む────その直前。
「んっ……」
不意に、ラグナが全身をぶるりと震わせた。……寝間着を脱ぎ、下着姿となり。そしてその下着も脱ぐ間、数分が過ぎている。
その短い時間でも、ラグナの小さな身体を冷やすのには十分過ぎるくらいで。
その結果、ラグナの中でとある欲求が呼び起こされる。
「…………」
浴室のタイルを踏み締めようと振り上げた片足を宙で静止させ、その場で硬直するラグナ。
その時、呆然と思い出していたのだ────自分は起きてから、そのままこの脱衣所に直行したという事を。
──……どうしよ。いや、でも……シャワー浴びるだけだし……。
そう、自分は全身の汗を流す為に、シャワーを浴びるだけなのだ。そしてそれは数分と時間はかからない。
故に、ラグナは迷う。葛藤してしまう。が、しかし。
「あぅ……っ」
そこで追い討ちのように、波がラグナを襲って。それにより、自分が思っていた以上の量を溜め込んでいるのだと自覚した。
「……やっぱ、先に済ませておくか」
と、このままシャワーを浴びてしまおうという考えを改めたラグナは。
浴室から背を向け、真っ裸のままで────トイレへと向かうのだった。
尚、トイレに向かうその途中。丁度その時一階に降りてきたメルネと出会し。家の中とはいえ流石に裸で歩き回るなと、ラグナは彼女から説教される訳だが。
おかげで予期せぬ我慢を強いられる羽目となり、ラグナが危うく決壊しそうになるのはまた別の話。




