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ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

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殺戮者

修正しました。

 果たして、これは揺るぎない確かな現実なのか────そう、ロックスは思わずにはいられなかった。


 いや、最初に()()を目の当たりにしたのがロックスだったというだけで、別に彼でなくとも。彼以外の他の誰だって、同じように目にすれば。今この場面に直面したのなら。恐らくきっと、()()を。


 実在する現実とは認めず、否と判断を下し。荒唐無稽な悪夢か趣味の悪い幻覚だと思い込み、そして決めつけていたに違いない。


 ……だが、ロックスはそうする事はできなかった。できる筈が、なかったのだ。


 何故ならば、臭いが。背筋に悪寒を駆け抜けさせ、全身から気持ちの悪い冷や汗を無理矢理流し出させる、あまりにも深く、あまりにも濃い血と臓物の臭気が。


 先程からロックスの鼻腔に無神経に入り込み、無遠慮に侵し続けていたのだから。


 故に、ロックスは受け止め、認知する。


 自分の目の前の()()が、揺るぎない確かな現実なのだと。






 辺り一面、見渡す限りに続いている。無数の魔物(モンスター)の死骸が浮かべられた、広大な血の海が現実のものなのだと。






「……本気(マジ)かよ」


 それは、この光景を現実だと認めてしまった自分に対する、正気を疑った無自覚の呟きだったのか。それを考える余裕を、残念ながらロックスは持つ事などできず。


 彼はただ、目の前の非現実めいた現実に恐れ慄き、呆然とする他なかった。


 恐らく、というか確実に。この血の海────否、これはもうその程度の表現で済まされる規模ではなく、もはや血の大海とでも言い表すのが正しく。


 そしてこのような阿鼻叫喚の風景を作り出したと思われる魔物たちの亡骸の数は、もはや二十や三十では利かない。


 少なくとも、五十を超える数が浮かんでおり。そしてその全てが例外なく、一つ残さず。道中で見かけたのと同じ手口で、この上なく惨たらしく殺されていた。


 あまりにも数が多過ぎて、もはや死骸が転がっていない場所を見つけ出す方が困難な光景の最中、ロックスの視線がとある一点に留められた。


「ありゃ……まさか」


 ロックスの視線を縫い留めたのは────一振りの長剣(ロングソード)


 一瞬、元からそのような色合いなのかと誤解する程に。その剣身は魔物の肉と油と血に塗れ、赤黒く染められており。


 そんな剣が、まるで墓標かの如く。乱雑に、ぶっきらぼうに地面に突き立てられていた。


 長剣を視界に収めたロックスの頬に、一筋の汗が伝い、流れ落ちる。


 彼は、その長剣に見覚えがあって。そして仮にその記憶が正しければ、剣の持ち主は。


 ──いや、そんな訳は……ッ!


 脳裏を過った、一抹の不安。それを頭の中から追い払うようにロックスは首を振り、そして改めてこの場を見渡し────彼は、()()姿()を捉えた。


「…………」


 瞬間、ロックスに訪れたのは安堵と────落胆。彼は無事なその姿に安堵し、そしてやはり依然として変わりないその様子に落胆するのだった。


 思わず口から出そうになった嘆息を堪え、刹那の躊躇いを挟みつつ、ロックスはその場から歩き出す。


 彼の瞳が見据える先にあったものは────天に向かって聳え立つ、一本の巨木である。


 それは周囲の木々の数倍の巨大さを誇る、立派な巨木で。それはもう、凄まじい存在感を自ら放っていた。


 そんな巨木へロックスは歩み寄り。そして彼はその下に座り込む一人の影に対して、声をかけた。


「よお、殺戮者。魔物(モンスター)(みなごろし)たその気分はどうだ?」


 数秒。数十秒。そして、一分。ロックスの呼びかけに返事はなく。


 彼はそれを確かめると、それから嘆くかのように非難の言葉を繰り出す。


「言ったよな。無闇矢鱈(むやみやたら)な魔物の殺生は、その場の生態系を崩しかないってな。それを踏まえた上で訊きたいんだが……お前、一体何考えてやがんだ?」


 問いかけの体を装ったロックスの非難に対して、やはり返答一つなどなく。重苦しい沈黙と静寂がその場に流れる。


 やがて、痺れを切らしたロックスが。堪らず叱咤するように、その名を口に出した。


「言い訳でも何でも別に良いからよ、もう(だんま)りを決め込むのは止めにしてくんねえか?なあ────クラハ」


 ……そう。巨木の下に座り込んでいたその影は。今、ロックスの眼下に晒されている者の名は────クラハ。クラハ=ウインドア。


 まだ(よわい)二十という若さで、冒険者(ランカー)の表向きの最高である《S》ランクにまで昇り詰め。その将来を『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の面々から期待されている。無論、ロックスもその一人である。


 そして恐らく、などではなくほぼ確実に。この世のものとは思えない、凄惨残酷極まるこの地獄絵図を描き上げた張本人で。


 しかし不気味かつ信じ難い事に、クラハの衣服は返り血で一切汚れていなかった。


「…………」


 ロックスの言葉を受けて尚、巨木の下に片膝を抱え、座り込んだままでいるクラハは。固く閉ざしたその口を開く事はなく。


 そんな彼の態度に流石のロックスも辟易とした様子で、堪らずというように舌打ちをしてしまう。それから再度口を開こうとした、その直前だった。


 スッ、と。不意に今の今までずっと座り込んでいたクラハが、静かに立ち上がった。


 立ち上がり、身体を幽鬼のように危なかしく揺らしながら、目の前に立つロックスの事などまるで眼中にないかのように、その横を通り抜ける。


「お、おい……待てよおい!クラハッ!」


 そんなクラハの事を、透かさずロックスは呼び止めようとするが。彼の呼びかけに対してクラハは聞く耳を持たず、そのままフラフラと先を進む。


 そして血の大海の中心地に突き立てられていた長剣の柄を握ったかと思えば、ごく自然な動作でそれを無造作に地面から引き抜く。


 剣を引き抜いたクラハが次に起こした行動は、【次元箱(ディメンション)】を開く事で。開かれたそこから、クラハの手元へ青色の魔石が転がり落ちる。


 そして彼はその魔石を、すぐさま宙へ放り投げた。


 パキン──放り投げられた魔石の全体に細やかな亀裂が走り、透き通った甲高い音を儚く立たせると共に。まるで叩きつけられた硝子(ガラス)の如く、青色の魔石は木っ端微塵に砕け散った。


 キラキラと青く輝きながら、魔力が粒子状となってが宙を漂い。そして一瞬にしてそれは、(うね)り回る水流となった。


 ──水の魔石……。


 宙に留まりながら、グネグネと蛇を彷彿させる動きで畝り回り続けるその水流を目の当たりにし、ロックスが呆然と心の中で呟くその最中。


 クラハは気怠げに赤黒く汚れた長剣を掲げ。するとすぐさま、水流がその剣身へと絡み纏わりついた。


 瞬く間に水流が血の如く赤黒く変色し、細かい肉片と油の浮く汚水と化して。その色が濃くなる程、汚染が進む程に。長剣は元の冷たく鈍い銀色の姿を取り戻していく。


 そうして、十数秒が過ぎたその時であった。


「ッ!」


 唐突にロックスの鼻腔を獣臭が掠めて。瞬間、クラハのすぐ側に生えていた木が乱暴に薙ぎ倒されて。


「ゴアアアッ!ガアアアアアアッ!!」


 という咆哮を伴いながら、人の身の丈を優に越す巨大熊の魔物────デッドリーベアが飛び出した。


 危険度〝撲滅級〟に位置付けられており、討伐も複数人の《A》ランクの冒険者で取りかかる事が強く推奨されていて、その個体によってはたとえ《S》ランクの冒険者でも呆気なく命を()られかねない、紛う事なき強敵である。


 そして今この場に突如として現れた個体は、その(たぐい)に属していた。


 そこらの丸太よりも太く強靭なその豪腕は、もう既に振り上げられており。それはあと数秒と大した間も置かれずに、眼下のクラハの頭上へと振り下ろされる事だろう。


 対し、当のクラハはデッドリーベアの事など全く見向きもしていない。


 次の瞬間に訪れる、最悪の未来────それを想像してしまったロックスは、無意識の内に叫んでいた。


「逃げろッ!!」


 叫びながら、ロックスは咄嗟にその場を蹴って駆け出す────その途中。






 ブンッ──ぶっきらぼうに、半ば雑に、そして力任せに。クラハは最後までデッドリーベアに一瞥もくれる事なく。宙に掲げていた長剣を振り下ろした。






「バ」


 それがデッドリーベアがこの世に遺した、最期の一鳴きで。


 クラハによって振り下ろされた長剣から放たれた、絡み纏わりついていた赤黒い汚水流が。デッドリーベアの頭部を丸ごと、跡形もなく消し飛ばし。


 それだけに留まらず、飽き足らずに。未だとんでもない破壊力を有したその汚水流は、デッドリーベアの背後にあった木々をなん本も巻き添えにする形で砕き折り、倒しながら────やがて、明後日の方向へと見えなくなった。


 遅れて、血を噴水のように噴き出しながらデッドリーベアの身体が倒れ。だがその血の噴水ですらも、そうなるようにと。計算の内に入れていたのか、クラハへ降りかかる事はおろか、僅かに掠めすらしなかった。


 堪らず足を止め、硬直しその場で立ち尽くすロックスを他所に。クラハはポタポタと雫を滴らせる剣を一瞥し、軽く振るってみせる。


 そうして水気を完全に払うと、慣れ切った動作で鞘に収め、クラハはまたフラフラと身体を左右に小さく揺らしながら、歩き出した。


 ゆっくりと、しかし確実に。遠去かっていくその背中を。ロックスはしばらく見据え、眺めると。


 疲労が色濃く混じるため息を盛大に吐き、彼は途方に暮れたようにぼやく。


「今日も今日とて、相変わらずか」


 言いながら、ロックスは周囲を。無数の死骸が悲惨に、そして物悲しく浮かぶ、血の大海と。そこへ先程新たに追加されたばかりの、デッドリーベアの首なし死骸を見回す。


「……てか、どうすんだよ。この後始末」


 それに問題はこれだけではない。ここまでの道中で見かけた魔物の死骸の事だってある。


 数秒、ロックスはその場に立ち尽くすと。日が昇りすっかり明るくなった空を仰ぎ見ながら、草臥(くたび)れたように呟いた。


「あぁ、最高だ。最高の朝だよ、全く」

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