表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/261

もう、何処にも

修正しました。

「やっぱり六杯も飲ませるんじゃなかった……」


 そう独り言を漏らしながら、僕は街灯が照らす街道を歩いていた。すっかり酔い潰れてしまって、今や深く眠り込んでいる先輩をまたも背負って。


 まさか日に二度も、それも異性をおんぶすることにはなるとは思わなかった。しかも今度は脱力し切っている分、先輩の柔い身体の感触が鮮明に、存分に、大胆に背中全体に伝わる。


 ……森の中では散々悶々とさせられた胸の感触なんか、特に。


 だが、あの時と同じように、僕の気持ちは馬鹿みたいに昂る事はない。とてもじゃないが、そんな気分にはなれない。


 何故ならば────あの時の先輩は、確かに震えていたのだと確信していたから。


 今、先輩に意識はない。だからこうして僕の背中に完全に身を任せているし、腕だって僕の首には回されず、だらんと僕の胸辺りにまでぶら下げられているし、僕の肩に顎だって乗せている。




 だが、動きは一切ない。微かな震えすら、微塵もない。




「……」


 だからこそ、僕は確信した。確信できた。やはりあの時に伝わった先輩の震えは、僕の気のせいなどではなかったのだと。


 ──……もう、帰ろう。早く帰ろう。


 その事に対して、どうこう言い表すことのできない複雑な思いを馳せて。まるで言い聞かせるように心の中で呟き、僕は街道をただ歩き、そして進んだ。
















 自宅に辿り着くと、僕は真っ先に寝室へ──元は自分の寝室だったが、今では先輩の寝室となった部屋へ向かった。


 すっかり酔い潰れてしまって、すうすう可愛らしい寝息を立てている先輩を、起こさぬようゆっくりと。まるで割れ物を扱うかのような慎重さと丁寧さで寝台(ベッド)に下ろし、横たわらせた。


「……おやすみなさい、先輩」


 毛布をそっとかけて、一言僕は先輩にそう告げる。当然ながら、返事はない。それから僕は先輩の寝顔を眺める。


 起きている間は活発で、元気な笑顔を浮かべていたその表情(かお)は、今やその鳴りを潜めて。まだ幼く少女的な可憐さと、それでいて見え隠れする女性的な美麗さを漂わせる寝顔に変わっていた。


 それをこうしてじっくりと眺めて、僕は心の中で呟く。


 ──ラグナ先輩、なんだよな。


 本当に、以前の男だった時の面影は一片の微塵たりとも残っちゃいない。強いて言うなら、その性格くらいだ。


 ……だけど、先輩なんだ。面影が性格くらいしか残ってなくても、どれだけ弱くとも、先輩は先輩なんだ。それは間違いのない、間違えようのない事実なのだ。


 そう。たとえ本当の少女のように、恐怖に怯え、弱々しくその身体を震わせようとも。助けを求めて、誰かに縋ろうとも……。


「ああ、そうだよ。それでも先輩は先輩なんだよ。そんなこと当然だろ。……そんなこと、当たり前のことだろ」


 言い聞かせるようにそう呟いて、だがすぐに僕は憤りの疑問を噴出させる。


 ──じゃあ何で、だったら何で自分はこんなにも()()()()()()()……!?


 矛盾し相反し続ける建前と本心。それら二つに板挟みとなって、僕は目を閉じて深く息を吸い、吐き出し────






『本当に、そう思ってんのか?()()俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』






 ──────頭の中の片隅でその言葉を響かせて、逃げ出すように先輩の寝顔から視線を逸らした。


「……やっぱり、駄目だ」


 人間、一度自覚してしまえばお終いだ。ちょっとやそっとの事では、もう覆らない。……覆せない。


 そう直に、面と向かって言われるまでは。何の違和感もなく、一切の疑いもなく────欠片程の否定もなく、そうだと見れていたはずなのに。


 だからこそ、『先輩』と気軽に呼べていたはずなのに。




『俺の事も好きに呼べばいい』




 後から、そう言ってくれたのに。その言葉に、救われたはずなのに。


 けれど、それは虚しい錯覚だった。身勝手な思い込みであった。今日、それを嫌という程に思い知らされた。


 鉄剣(アイアンソード)も持てない、スライムに手も足も出ない、デッドリーベアに殺されかけたその姿をまざまざと見せつけられた僕は────今になって、(ようや)く。改めて、突きつけられた。


 ああ、そうだ。そうだ……僕が知っている先輩は、ラグナ=アルティ=ブレイズは──────






 ──もう、何処にもいない。






「……はは、ははは……」


 その確かな現実に向き合い、事実を飲み込み、全てを受け入れてしまうと。フッと全身が軽くなったと同時に、心の奥底から乾いた笑いが込み上げ口から出す。


 それから僕は静かに眠り込む()()()()()に背を向け、足音を立てないよう歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ