厄災襲来(その二)
「ウインドア様。この度の御助力、誠にありがとうございました」
「はい。それでは今回も事後処理の程、よろしくお願いします」
「了解です。GDMへの報告もこちらで承りますので、どうぞゆっくりとお休みください。ウインドア様」
「助かります。では、僕はこれで」
そうして『世界冒険者組合』直属の冒険者の一人との会話を終え。早速、僕────クラハ=ウインドアはその場から歩き出す。
埃と黴の臭いが漂う、この裏路地を足早に抜け、僕は大通りへと出る。
今し方、日付が変わったばかりの深夜ということもあり。人気が皆無、とまでは流石にいかないが。それでも昼間からは想像もできない程の静けさに、この大通りは包まれていた。
そんな静まり返った大通りを、僕はゆっくりと歩く。歩きながら、僕は思い返す。
『お、お前!こんなことして、無事で済むと思うなよ!?』
『たす、助けてくれっ!命だけは、何卒っ……命だけはぁ……!』
『精々、調子乗っていい気になってやがれ。お前はもう終わりだ。終わるんだ』
『何よりも面子を重視しているようでな……これ以上はいつ目をつけられてもおかしくない』
「……」
結局、有用な情報は何一つとして得られなかった。……まあ、最初からわかり切っていたことだが。
──やっぱり、早計だったな。
内心でそう呟きながら、次に思い出す。より遠く、より深い────
『怪物ッ!金色の怪物の情報を俺ぁ持ってるんだぞッ!?』
────その記憶を。しかし、今更だ。もはやどうにもならない。
何故ならその情報を持っていた男────ロンベル=ハウザーはもう、この世にはいないのだから。
『クライド、ヴェッチャ、ガロー……そんで、ロンベル。あいつら全員、纏めて御陀仏ってとこだ』
という、ロックスさんの言葉を脳裏に響かせながら、僕は多少の後悔を乗せたため息を吐く。
「……まあ、今後のことはまた『世界冒険者組合』に任せよう。僕みたいな一個人にできることなんて、所詮高が知れてるし」
そうして、結論を出した僕はそれに関する思考を早々に打ち止め、一旦頭の片隅へと追いやる。
「……さて、と」
先に弁明を述べよう。
決して、僕は決してこの問題を軽視している訳ではない。それは断言しよう。
……しかし、僕とて人間だ。恐怖を知らない、御伽噺の英雄などではない。
この手が届く存在だけしか助けられない、この手で掬える存在しか救えない────そんな無力で小っぽけな、一人の人間だ。
故にだからこそ、この問題も絶対に捨て置けない。
「どうするかな……いや本当にどうすべきなんだろう、僕は」
歩きながら、考える。頬に一筋の嫌な汗を伝わせて、僕はまたしても考える────
『んじゃ二週間で帰って来れるんだな』
『ええ。ある程度は『世界冒険者組合』の方で調査されているらしいので、そう手間がかかることはない筈です』
『……ふん。なら別にいいんだけどよ』
『すみません、先輩。僕が中央都にいる間の留守、お願いしますね』
『なあ、クラハ。一応言っておくぞ』
『え?あ、はい』
『二週間で帰って来れなかった、そん時は……しとけよな?覚悟』
────という、三週間前のやり取りを、傍らで思い出しながら。
「…………」
そこで僕は立ち止まり、顔を上げる。
気がつけば、自分が今滞在している、『世界冒険者組合』から用意された宿屋の前に、辿り着いてしまっていた。
──駄目だ。もうこれ以上の案が思い浮かばない。
であれば、後は祈るしかない。
どうかこれで収まりますように、と。これでどうにかなりますように、と。
「……ふっ」
そう祈りながらも、心の何処かでは諦めながら。僕は宿屋の扉を開け、中に入り、そして泊まっている部屋へと足早に向かう。
今日はもう早く。一秒でも早く、寝台に横になって。そうして、さっさと寝てしまって。
それで早朝に目を覚ました暁には、この中央都で一番と謳われる洋菓子店に向い。
そして一日数量限定だという、一番人気の洋菓子を無事手にする為に。




