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ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

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189/261

崩壊(その終)

 ──…………ん、ぁ……れ……?


 突如として、ラグナ=アルティ=ブレイズの意識が覚醒する。覚醒するとほぼ同時に、ラグナは意識と共に閉ざしていたその瞼を。重たげに、気怠げに、面倒そうに開ける。


 直後、解放されたラグナの視界、紅蓮に燃ゆるその瞳が映し出したのは。一寸先ですらも見通せない程の、深過ぎる闇中であった。


 未だ微睡みが抜け切らないでいる意識の最中でも、ラグナは無意識の内に自分の周囲を見渡す。だが、やはりというべきか。上下左右、そして前後も。例外なく、全てが暗澹たる闇が広がり、覆われており。こちらのことを余すことなく隅々まで、包み込んでしまっていた。


 ──……ここ、どこだ……?一体、何なんだ……?


 この場所────というよりは空間なのだろうか。ともかく、何もかもが意味不明で、理解不能な状況に直面し。とりあえずどうにかしようと、寝起き直後の頭を無理矢理に働かせるラグナ。


 ──水の、中……か。


 少し遅れて、まるで宙にでも浮いているような感覚と、肌を濡らす感触から。どうやらここは水中なのではないかと、ラグナは推察する。


 ──でも全然苦しくねえ。息、できるし。


 しかし、ラグナがそう思う通り。ここは息苦しくもなければ、呼吸も問題なくできている。水中であれば、まずあり得ないことだ。その事実から、水中と似通った、謎の空間なのだろうと結論を出して──────────






 ──ああ、そうか。俺の心なんだな、これ。






 ──────────直後、とっくの最初から、わかり切っていたことのように。とうの初めから、理解していたことのように。疑う余地もない、考える必要もない、当然の事実だったことのように。


 呆然自失としながらも、ここが。これが、他の何ものでもない、己の心の内なのだと。


 そのことをラグナが認識した、その瞬間────ラグナは、ゆっくりと、()()()()()


 沈む。沈んでいく。どうすることもできずになすがままに、見えない奈落の底へと、ラグナが沈んでいく。その道中、その最中にて。呆然と、ラグナは考える。まるで今際の際に垣間見る、走馬灯に最期の想いを馳せるように。


 ──俺、どうなるんだろ。このまま、どうなっちまうんだろうな……。


 恐らく、()()()(やみ)の底を目指し、ずっと沈んで、永遠に沈み続けながら。自分は────ラグナ=アルティ=ブレイズは、消える。消えて、失われ、そして死ぬ。


 そんな確信を抱くラグナだが、不思議なことに()()()()()()()()()()。恐ろしいと、怯えもしていなかった。


 人であれば、否命を宿す全て存在(モノ)が、等しく。怖がり、恐れ、怯えるだろう死に対して。死を目前にして。酷く歪なことに、ラグナは何の感慨も持たなかった。持てないでいた。


 ──……ぁ。


 ふと何気なく、何を思うでもなく。再度、頭上を仰いだラグナは見た────()を。


 先程見た時は、闇しかなかった。果てしない闇だけが何処までも、終わりなく広がり続けていた────が、其処に今在るのは。明るい、目が眩む程に輝く、光。


 その光を目の当たりにしたラグナは、直感する。再び確信を抱く。


 その光に触れれば、或いは掴めれば。此処から、己の心の闇から抜け出せると。刻一刻と迫る死から、逃れることができるのだと。


 ──……。


 その為にこの手足を必死に動かし、往生際悪く踠いて足掻かなければならない。そうしないと、自分は浮上することができないし、当然光にも届かない。だが、己の手足が動くかどうか。動かせるのどうかは、わからない。確かめてみないことには、全くわからない────






 ──…………もう、いい。






 ────けれど、それを確かめる気力など、ラグナには残されていなかった。湧くこともなければ、無理にでも振り絞ろうとすら、ラグナは思わなかった。


 とどのつまり、もはや()()()()()()()()()()()()()。ラグナはもう何もかもが全て、死ぬことですらも、どうでもいいと思っていたのである。


 ──もういいや。もういいんだよ……全部。


 決して覆りはしない、絶対の諦観に。身も心も、そして意思も。己の全て、全部、何もかもを。まるで棄てるかのように委ねて、ラグナは。こちらを照らすその光を見つめながら、そっと瞳を閉ざし──────────











「待って」











 ──────────そして、そんな声を耳にするのだった。


 ──あ……?


 よく聴く声だった。誰の、どんな者の声よりも、それは聴いてきた声だった。


 当然だろう、何故ならばその声は──────────()()()()()()()()()()()


 ──俺の声……?俺の、声……。


 いや、正確には違う。確かにそれは自分の声だ。紛れもなく、寸分と違わない、ラグナ=アルティ=ブレイズの声には間違いない。


 ないが、あくまでもそれは────()()ラグナだ。《SS》冒険者(ランカー)で、()()で、そして男のラグナ=アルティ=ブレイズの声ではない。


大翼の不死鳥(フェニシオン)』の受付嬢として。他の冒険者(ランカー)たちを、己がそれぞれ引き受けた依頼(クエスト)の為に発つ彼らを。そして捨て鉢になって、身を削り心を潰し、そうまでして死に急ごうとする()()の為に。何もできない、何もしてやれない、そんな無力な無価値な────(いま)自分(ラグナ)の声であった。


 そのことに気がつき、ラグナは今し方閉ざしたばかりの瞳を再び、億劫そうにしながらも、ゆっくりと開かせる。


 瞬間、視界に映り込んだ()()に。ラグナはまるで鏡を眺めているような気分に陥る。が、それも無理はない。


 一糸纏わぬその裸。触れて靡くその髪。紅蓮に煌めくその瞳。そして、その顔────声に覚えがあれば、当然姿にだって覚えはある。というより、忘れようがないだろう。




 ラグナの目の前にいたのは────少女(ラグナ)だったのだから。





 ──……女。女の……俺。


 憐憫か、または悲哀か、それとも寂寥か。そのどれでもないようで、あるかのような。そんな複雑極まる表情で、こちらを見つめる少女(ラグナ)


 ラグナは少女(ラグナ)を放心したように見つめ、彼女(じぶん)の瞳を覗き込む。


 そこに映るのは、同じもの。同じ裸、同じ髪、同じ瞳────同じ顔。これ以上ない程に瓜二つで、それこそ鏡合わせの。


 ──ああ、そっか。


 そうして合点がいった。ようやっと腑に落ちた。故にだからこそ────






 ──もう俺は、女なんだな。






 ────ラグナはとうとう、全てを受け入れた。ラグナ=アルティ=ブレイズはとうとう、全てを諦めた。


 再び瞳を閉ざしたラグナが、沈んでいく。透かさず少女(ラグナ)は手を伸ばそうとして、しかし止めてしまう。


「来るから」


 そして口を開き、彼女(じぶん)はそう言う。


「クラハは来るから」


 ──………………。


 その言葉に対し、ラグナは瞳を閉ざしたまま。投げやりにそう呟く。


 ──だったら、いいな……。


 呟いて、ラグナは沈んでいった。底なき奈落の果てに行き着くまで、沈み続けるのだった。

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