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ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

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ラグナの苦悩

修正しました。

 夜も程良い具合に深まった、そんな頃合い。


「……」


 クラハとの問答を一通りやり終えたラグナは、独り部屋に────クラハの寝室へと戻っていた。ここにしばらく住まう間、どうぞ使ってくださいとクラハが貸してくれたのだ。


 バタン──寝室の扉を閉めた後、ラグナは寝台(ベッド)に向かおうとはせず、その場に佇む。


「……馬鹿野郎」


 と、一言だけ呟いて。ラグナは扉を背にしてもたれかかる。それから脱力したようにズルズルと腰を下ろして、ストンと。終いに、冷えた寝室の床に座り込んだ。


「クラハの、馬鹿野郎」


 そう呟くラグナの声は、弱々しく震えていた。それから膝を抱え込んで、彼は顔を俯かせる。


 ──俺は、女じゃねえ。


 誰がどう見ても、天真爛漫とした可憐な少女の姿をしているラグナは、心の中で恨めしくそう呟く。


 それと同時に、彼は今日一日の記憶を想起した。




『だっ、駄目じゃない!あなたみたいな()()()がこ、こんな格好で……しかも外を出歩くなんて一体何考えてるのッ!?』




 クラハと共に訪れた服屋での事。そこの店主────アネット=フラリスとは知り合いで、そこそこの付き合いもあったのだが……自分がラグナ=アルティ=ブレイズであるとは、彼女は気づかないでいた。


 まあ、当然といえば当然の事だろう。こんな、あまりにも非力で無力な少女が、あの最強と謳われるラグナであるとは誰しも思わないであろうし、ましてや信じもしないだろうから。


 アネットの叱責を頭の中で反芻させながら、ラグナは心の中で呟く。


 ──俺は女じゃねえ。


 それは事実だ。今の自分がラグナであると、歴とした男であるという自覚も、その意識だってちゃんとある。その今までの記憶だってあるのだ


 けれど、この現状がそれを否定する。悉く、否定される。




『すまないが、今の君を……私はあのラグナ=アルティ=ブレイズだとは思えない。認められない。一人のGM(ギルドマスター)として……そうする訳には、いかないんだ』




 それは自分が所属する冒険者組合(ギルド)────『大翼の不死鳥(フェニシオン)』のGM、グィン=アルドナテの言葉。


 苦心に苛まれながらも、こちらの為にという思いが詰められた、彼の重い言葉。


 ──女、じゃねえ……!


 ただただ、悔しさと苛立ちが募るばかりであった。自分の全てを否定される気分だった。


 もはや、誰もが今の自分を自分(ラグナ)と見なかった。そう認識してくれなかった。






 そしてそれは────クラハとて、同じ事だった。






 クラハ=ウインドア────彼とは、先輩と後輩という関係性に限って言えば四年の付き合いなのだが。実はそれを除くともう彼此(かれこれ)、十年以上の親交になる。


 ラグナは知っている。幼い頃のクラハを。クラハは知っている。まだ最強に至る前のラグナを。


 二人が初めて知り合った瞬間は実に複雑で────とてもではないが、一言で説明なんてできはしない。


 その付き合いから、無自覚に。気がつけば無意識にラグナはクラハに対して絶対とも言える信頼を寄せていた。無論、それを告白したことは一切ない。


 ……だが、その信頼に一瞬の翳りが差した。今日という一日で、思わずラグナはクラハに対して不信────というよりは不満を抱いてしまった。


 その理由は、クラハの態度にあった。彼は接してくれていた。彼だけが、唯一以前と変わらない接し方をしてくれていると────ラグナは()()()()()()()


 しかし、結局は同じだった。クラハもまた、今の自分を────女として見ていた。


 喫茶店の時も。街道を共に歩く時も。洋服店の時も。『大翼の不死鳥』の時も。この家の時も。


 クラハはこちらに心を許していなかった。何処か余所余所しく、一歩引いた態度と雰囲気だった。


 十年以上という決して短くない付き合いがあるラグナであるから────否、だからこそわかった。それに気づいた。


 ……なのに。だというのに。


 ──先輩先輩って、平気な顔で呼びやがって……。


 ラグナはそれがどうしても許せなかった。クラハ本人が一番そうであると()()()()()()癖に、まるで自分だけはわかっていますと肯定している態度が。


 堪らなく不愉快で。堪え難い程に腹立たしくて────そして、ひたすらに辛かった。


 だからラグナは行動に打って出た。今でも自分を先輩と────ラグナ=アルティ=ブレイズだと、確とそう認識しているのかと問うた。


 そしたら案の定、クラハはこう答えた。




『僕にとって先輩は先輩です。誰よりも尊敬すべき、僕の大切な恩人なんです』




 ……その言葉自体は嬉しかった。


 だが、それと同じくらいに哀しかった。


 だから────今の自分というものを、クラハに対してありのまま、その全てを見せつけてやった。


 その膝の上に座り、その両頬に両手を添え、互いの吐息が互いの鼻先にかかるまで顔を近づけて。


 そこまでした上で、顔を赤くし大袈裟なくらいに目を白黒させて狼狽するクラハに改めて問いかけた。


 本当に今目の前にいるのが、お前の先輩なのかと。ラグナ=アルティ=ブレイズであるのかと。


 クラハは、今度は────答えなかった。答えられず、ただ呻き、その目線を逸らす事しかできないでいた。


 そうなると、この結果をラグナとて予想できていなかった訳ではない。だからこそ、ここまでしたのだから。


 正直に白状してしまえば、憤りを覚えた。失望もした。


 ああ、やっぱりお前もそうなんだと────諦観してしまった。


 ……だがしかし、だからといって。ラグナにはクラハを責める事はできなかった。そんな事、できるはずがなかった。


『……そうだよな。お前嘘吐けないもんな』


 そう、言葉をかけて。ラグナはクラハの膝から下り、そして背を向けた。


 そしてこの場から去ろうと────クラハの前から去ろうとした、その直前。




『せっ、先輩っ!』




 こちらの事をクラハが呼び止めた。その瞬間、己の胸の内に瞬く間に広がった期待を、ラグナは忘れない────否、忘れられない。


 だって。自分を呼び止めた癖に、結局クラハは言葉にならない声を漏らすだけだったのだから。


「……馬鹿野郎…………」


 その時は(すんで)で喉奥に飲み込んで、口に出すのを堪えた言葉を今、吐きながら。


 そうしてラグナは己の腕を掴み、握り締める。


 何処にもぶつけられない、ぶつけようのないこの苛立ちと苦悩に辟易しながら、寝台に向かって横になる事もなく。


 そうしてラグナはしばらくの間、扉の前に座り込み続けるのだった。

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