崩壊(その三十九)
「そんなことだろうとッ!こんなことだろうとッ!僕は、この僕はわかっていたんだァ!!けど僕は貴族だ剣聖だ『閃瞬』だクライド=シエスタだ!!!だから信じてやった!一欠片の信頼をッ、お前みたいな塵芥の屑の滓ゥゥゥ!!寄せてやったッ!というのにィィィィイイイイッ!!!!」
無表情から一変、怨嗟怨恨にどうしようもなく歪み、度し難い悪意に浸り染まり塗り潰された、邪悪な狂気の表情を浮かべ。もはや病的なまでに赤黒く血走った目で射殺さんばかりに睨みつけながら。
クライドは頭皮ごと引き剥がさんばかりの勢いで、掴んだままの後頭部を引っ張り、そのまま広間の床に向かって、クラハを叩きつけるようにして投げ飛ばす。
「どうだどうだったどうだったんだァ!?この僕を騙してェ!この僕を裏切りィ!この僕を恥晒し者に仕立て上げた、その気分はァ!?」
ろくに受け身も取れず、無様に床の上を転がるクラハに対し。クライドは怒りの絶叫を唾と共に吐き散らしながら、彼の元にまで迫る。
「愉しかったか!?心地良かったか!?気持ち良かったか!?ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……ふざけるなァアアアアッ!!!!」
顳顬を裂くように走らせた極太の青筋が、今にでも爆ぜて断ち切れそうになっているのにも関わらず。クライドは己の内に募りに重ね続けた、クラハに対する憎悪と怨嗟を焚べて、憤怒の業炎を逆巻せ燃やし続ける。例えそれが自分を消し炭の一片も残さず、跡形もなく、完全に焼き尽くすことになったとしても。
「その快悦!愉悦!全て全て全てこの僕が味わうべき感情だ!断じてッ!断じて断じて断じてェ!!お前のような無価値の有象無象がッ!味わっていい感情ではないッ!!味わうべきは……この僕なんだぞッ!?」
理屈はおろか、もはや屁理屈の体裁すら保てていない、他の誰一人として理解できない癇癪を撒き散らして。
「殺してやるぞクラハ=ウインドアァッ!この僕ゥ!剣聖ッ!『閃瞬』のクライド=シエスタァ!殺してやるぞォオオオオッ!!!」
そう叫ぶや否や、クライドは腰に下げた自らの得物────刺突剣の柄に手を伸ばし、そして思い切り引き抜いた。
「ま、まずい!?」
衆目に晒されている最中、それでも構わず殺すと宣言し。その通りに得物を、命を奪う為の凶器を抜く様を見せつけられ。
そうしてようやっと、目の前で繰り広げられる理不尽極まりない暴行を。ただ遠目から黙って眺めることしかできないでいた冒険者たちの一人が、正気を取り戻し。冒険者は叫ぶと同時に慌てて、その場から駆け出そうとする。
だが、しかし。その冒険者は到底、とてもではないが間に合わない。精々駆け寄ったところで、すぐ目の前でクラハの脳天をクライドの刺突剣の切先が突き刺さり、剣身が貫くその光景を見るだけだ。
何故ならば。限界を超えたその怒り故か、それとも底なしの憎悪と際限のない怨嗟がその境地へと至らせたのか。ともかく、この時クライドは────進化した。正確に言えば、クライドの代名詞たる剣技────【閃瞬刺突】が。
今までは下半身に許容限界間際、その瀬戸際の【強化】を施し。対して上半身は崩れ落ちる程、極限にまで脱力させ。そうして引き絞られた弓によって放たれる矢の如く、一気に駆け出す────これら全てが【閃瞬刺突】を放つ為には必須な予備動作であり、これをなくしてこの技を放つのは、土台無理な話だった。
そしてその事実が、クライドはどうしようもない程に歯痒かった────訳だったのだが。
この時、その一瞬。驚嘆すべきことにクライドは、これらの予備動作を大幅に短縮、どころか省略────否、無視し。これまでの生涯の最中に於いて、もはや比較するのが馬鹿らしくなる程に最速で、そして最高の【閃瞬刺突】を放ってみせたのだ。
広間の床が蹴り砕かれると全く同時に、刺突剣の切先がクラハに迫る。彼は未だ倒れたままで、立ち上がることもその場から動くこともままならないでいる。
そんなクラハが予備動作なしに放たれた【閃瞬刺突】から逃れる術はもはや皆無で。秒も過ぎることなく、刹那よりかは遅い間にも、僅かな抵抗すら許されず貫かれてしまうことは────今この場にいる誰にだって簡単に想起し得る、明白な事実に他ならず。
「塵芥ィィィィイイイイ!!屑滓ゥゥゥゥウウウウ!!死ねィィィイイイねェェェエエエエエエッッッ!!!」
鬼気迫る狂気の形相で自ら進み、歓んでそれを実現せんと。叫ぶクライドは一切止まることなどなく、微塵も躊躇することなく。そうして刹那が──────────過ぎる、その前に。
トッ──クラハの脳天を突くには、余りある距離にて。刺突剣の切先は、その指先によって容易く呆気なくも、止められてしまうのだった。