表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/261

冒険者と受付嬢(前編)

修正しました。

大翼の不死鳥(フェニシオン)』、来賓室。賓客を招き入れるだけあって、その部屋には適度な調度品の数々。シンプルなデザイン、しかしそこはかとなく漂う高級感のあるテーブル。見るからに座り心地の良さそうなソファ。


 掃除が隅々にまで、的確に行き届いているおかげか。この来賓室は清潔感で満たされており、いるだけでその者を上機嫌にさせてくれる────が、今だけは違う。


「……」


「……」


 鼻腔に取り込み、肺へ送り込むことを躊躇ってしまうような。そんな鬱屈とした重苦しい空気で充満しており、いるだけで陰鬱な気分になって。余程感受性に乏しく、感情性に欠けた者でなければ。途端にうんざりとしてしまい、あっという間に塞ぎ込んでしまうに違いない。


 そんな部屋の、そんな空気の真っ只中にて。今、二人の人間が存在していた。


『大翼の不死鳥』に所属する、新進気鋭の《S》冒険者(ランカー)────クラハ=ウインドア。


 元は世界最強と謳われる《SS》冒険者の一人、しかし今やその見る影もない、『大翼の不死鳥』の新人受付嬢────ラグナ=アルティ=ブレイズ。


 その二人が今、ソファに座り。テーブルを挟み、互いに顔を見合わせている。


 ……いや、見合わせているというのは些か表現違いだろう。


 何故なら────ラグナは顔を俯かせてはいないものの、その視線は定まらず常に周囲を泳ぎつつ。時折、遠慮がちに面と向かって座っている相手に注がれる。けれどそれは数秒も続かず、気がつけば再び明後日の方向へと向いている。


 だが、それでもマシである。だいぶマシなのである。


 どんな形であれ、一応は向き合おうとする意思がラグナにはあるのだから。


 では向こう側────当の相手たるクラハといえば。それはもう、酷いものだった。


 ラグナのように落ち着きなく、視線が常に周囲を泳いでいるという訳ではないが。暗澹とした闇が広大に続く、空虚な瞳が捉えるのはテーブルの一点のみで。全く以て微動だにしない。


 そう、ラグナがこちらと向かい合った時から。ラグナがソファに座った時から。ラグナがおっかなびっくり歩き進んだ時から。ラグナが非常に気不味そうに部屋に入った時から。


 ラグナが慎重に扉を叩き、中にクラハがいることを訊ねた時から。


 ラグナが知る由もないが。扉が叩かれ、中にいることを訊ねられたその時でさえ────クラハの視線が僅かにも揺らぐことなく、一心不乱にテーブルの一点に注がれていた。


 なので、会話など始まる訳がなく。部屋を共にしてから今に至るまで、恐らく十数分の間。こんな様子のクラハは当然として、ラグナもこの状況と空気に口を開くことを憚られてしまい、一言すら出せないでいた。


 十数分にも亘って続く沈黙と静寂。それらに伴う息苦しさと気不味さは尋常ではなく、しかもそれは続けば続く限り、際限なく膨張し増大する。


 さらにどうしようもないことに、膨張し続け増大し続けたその末に破裂────()()()()()()()()()()


 破裂するということは少なからず、状況が進展するということだ。


 至極極端で単純な話────()()()()()()()()()()()()()。それが良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶのかはさて置いておくとして。


 だが、今回はその限りではない。この息苦しさと気不味さは膨張し続け、増大し続ける。何時迄も、何処迄も。


 それをラグナは自ずと理解していた。最初からずっと、とっくのとうに。


 以前までなら。三日前ならば。否────




『さようなら、()()()()()




 ────あんなことがなければ。まず、こんな状況に陥ることなど万に一つもなかった。そのはずだった、というのに。


『あなたなんて、消えてしまえばいい』


 もはや全てが、何もかもが。手の施しようがない程に手遅れで。


『自分一人では何もできやしない、非力で無力なあなたには、何の価値だってありはしない』


 取り戻しようのない事態が、取り返しのつかない悪化を辿って、辿り切ってしまって。


『無価値なのだから、もう消えてしまえばいいんだ』


 その結果が、これだ。もう、どうしようもなかった。


 どうすることもできなかった。どうすればいいのか、わからなかった。


 わからなくなった。考えられなくなった。考えたくなかった。


「……っ」


 ギュ──無意識の内に、ラグナはスカートの裾を握り締める。






 おい、クラハ。お前何黙ってんだ──────────嘘を吐いた。誤魔化した。


 お前が俺を呼び出したんだろ。俺に話があんじゃねえのか?──────────本当はわかっていた。考えていた。


 だから、そんな風に黙ってないで。いい加減、話してくれよ──────────でも、無理だった。駄目だった。






 ──……今の、俺じゃ。


 そう、今の。こんな有様の自分では。こんな無様な自分なんかには、もう。


 クラハに対して強気に出れる度胸もない。クラハに対してそう言える勇気もない。


 その全部を、ラグナは失ってしまっていた。


 状況は変わらない。事態は進展しない。時間だけが無情にもただ過ぎ去っていくばかり──────────に思えた、その時。






「この三日で、随分と慣れたようですね」






 今の今まで、固く閉ざし。何があろうと、どんなことが起きようとも決して。開かないだろうと思われたその口を、ここに来て開き。


 そうして、深く黙り込んでいたクラハが、遂に言葉を口にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ