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ストーリー・フェイト  作者: 白糖黒鍵
RESTART──先輩と後輩──

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119/261

あなたは

修正しました。

「────は、っ……?」


 見慣れた床。見慣れた椅子。見慣れたテーブル。見慣れた窓。見慣れた天井。見慣れた依頼掲示板(クエストボード)。見慣れた受付台(カウンター)。見慣れた広間(ホール)


 気がつけばもう、周囲を取り囲んでいた漆黒の影も暗澹の闇も。彼方へ消えていて。何処かに失せていて。


 ラグナは今、確かな現実の最中にいた。冒険者組合(ギルド)大翼の不死鳥(フェニシオン)』の中に立っていた。


 意識は否応もなく呆然とし。床にきちんと足をつけているにも関わらず、不安に駆られて仕方なくなる程の浮遊感に包まれ。鉛のように重い頭は、どうしようもなく思考を鈍らせている。


 故に、まず。最初にラグナができた事といえば。呆気に取られ、衝撃が抜け切れないその表情のまま。そしてそれをそのまま模るような声を漏らす事であり。


「違、う…………ッ」


 なので、今もこうして『大翼の不死鳥』の床に膝をつき、片手で頭を押さえ、苦渋と苦悶に苛まれ、声を押し殺すように。ラグナのすぐ目の前で呻く後輩────クラハ=ウインドアの痛ましい姿に気づくのに。


 あろう事か、ラグナは数秒を要してしまった。


「……クラハ!」


 瞬間、冷水を頭から浴びせかけられたように。ラグナはそう叫ぶや否や、止めてしまっていたその足を振り上げ、クラハに向かってその腕を伸ばす────直前。




「僕に近づくなァッ!!」




 こちらの鼓膜を破かんばかりの、クラハの絶叫が広間を貫いた。


「っ……!?」


 そも、クラハの絶叫など。ラグナは初めて耳にするもので。初めてだからこそ、ラグナは堪らず目を見開き、足も伸ばしたその腕も止めてしまうのは、仕方のないことで。


 そこから続いたのは、静寂だった。やたらに重苦しい、沈黙であった。そしてそれは、実に数秒続いたのだった。


「………………」


 床に膝をついていたクラハだったが、不意に。ゆっくりと、その場から立ち上がり。頭を押さえていた片手をそのまま顔にやり、そして未だ固まっているラグナの方に向いた。


 凄まじい、表情をしていた。心労を重ね、精魂尽き果て、疲れ切り途方に暮れた表情を。今、クラハは浮かべていたのだ。


 その見るに堪えない、とてもではないが放っておけない表情を前にして。ラグナは────何も言えなかった。


 何を言えばいいのか、全くと言っていい程にラグナはわからないでいたのだ。


 助けたいのに。救いたいのに。手を差し伸べたいのに。だというのに────────






『消えてしまえばいい』






 ────────怖くなる。


 否定され、拒絶され、この手を跳ね除けられるのではないかと。そう不安に思う程に。思う度に。憚られて、躊躇われて、どうしようもないくらいに怖くなって。何もわからなくなってしまって。


 言葉を交わす事なく、互いに黙り込んだまま。数秒が過ぎた後に。


「……すみません」


 先に口を開いたのはクラハだった。


 クラハはそれだけ言って、背を向け、歩き出す。ふらふらと、まるで幽鬼のように。今すぐにでも倒れそうな、危なげなその足取りで。


 一歩一歩が遅く、しかし着実に遠去かるその背中を見せつけられ────そうしてようやっと、ラグナは我に返ったかのように。慌てて、その口を開かせたのだった。


「ま、待て!待てよ!?……クラハっ!」


 焦燥に駆られた、切実な叫びを散らし。ラグナもまたその場から駆け出そうとする。だが、そうする寸前で。


 ──っ!


 驚くべき事に、クラハがその足を止めた。


 歩く事を止め、その場に留まるという選択をしてくれたクラハに、ラグナは思わず安堵しその顔を綻ばせる。


 そしてすぐさま二の次に声をかけ──────────




「違う」




 ────────ようとしたが、まるでそれを遮るかのように。ラグナがそうするであろうと見透かしたように、背を向けたままクラハがそう言った。


「あなたは違う」


 ラグナに振り返らず、クラハはそう続けて。そして止めていた歩みを再開させる。


 歩調こそ先程と全く変わらずゆっくりとした遅いもので。しかし、今度は一切止まる事などなく。


 ギィ──やがて、つい先程と同じように。『大翼の不死鳥』の門を抜け、クラハはこの場から去っていった。行ってしまった。


 その一連の光景を、ラグナは。


「……………………」


 その場に呆然と立ち尽くしながら、黙って見る事しかできなかった。


「ラグナッ!?どうしたの?何があったの?さっきの声って……!」


 そして遅れて背後で扉がやや乱暴に押し開けられる音がして、間髪入れずにメルネの声が背中越しにラグナに届いた。

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