⑧
Isn't She Lovely
を 聴きながら
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『きゃははッ』『ボソボソボソボソ……』
……幸福とはなんだろうか 深淵から覗き込む羨まし気なそれ、だろうか ……それとも不幸を知らない高慢さだろうか、……それとも、我の身があるその実感だろうか、……さて、その実感はどこからくるのか
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―—『暇というもの程、毒は無く 怠惰であればある程腐っていくものであるのなら、その中でさえ見えるものがあるということなのだと思うのです
……ある意味溺れるという状況は幸福なことだわ 溺れている世界を知ることが出来る その時の頭と感覚を通して溺れている世界を見続けることが出来る
……対面出来る……ということ程、幸福な状況は無いと思うの 画面を通して、……若しくは、俯瞰しているだけで解ったように思える状況程、遠いものは無いわ
……実感として目の前にあるという状況が……どれだけ珠玉なことであるかなんて……その幸福を知るものしか解らないことだと思うの
……そうして、やはり思うのは、……幸福は、決して一枚岩でも浅くも無いのよ……』
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……そう、口にして姿を消したその少女は今、どうしているだろうか 彼女は自らの幸福を掴んだろうか
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「クレイジークレイジークレイジー ポップ クレイジークレイジークレイジー ポップ」
調子っぱずれの歌らしきものを唱えた私の友人、ベンチャミン ピッグが、……今日も幸福と対面する為に歩いてくる 妙な恰好のままふらふらと歩きながら
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窓枠に敷き詰めた小麦粉に群がって食事をしていたいくつもの黒い塊が、ピッグの調子っぱずれの歌に反応して、ざわざわと外に向かって蠢きだす
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……それは、まるで、青い月夜に照らされる黒い鳥の影のようにいくつも連なって、ざわざわとピッグに向かって飛び立った
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『きゃははッ』『ボソボソボソボソ……』
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……映像のない黒い世界であったはずのそこに、白い光と黒い鳥、そしてベンジャミン ピッグ
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少女の溺れる幸福に対峙する ベンジャミン ピッグ
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やがて映像のない世界であったそこが、オーロラのように色が波状に拡がったかと思うと爆発音ともに、『幸福を喰われる様をそこに様々と見せ始める』
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『ボソボソボソボソ……』
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ラジオのノイズのようなそれは、少女の幸福が喰われて行く音、そのものだった
―—それは、何かを私は目にすることは出来ない
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……けれど、……あの調子っぱずれの歌を歌うベンジャミン ピッグなら知っているのかもしれない
……怠惰がそれを指すのなら、ベンジャミン ピッグは怠惰そのものだろう ……その奇妙な有様が織りなすその不安定なバランスで、その幸福に対峙して
小麦粉で腹がいっぱいになったあの黒いものたちが、白い光と黒い鳥になり、少女の幸福の代わりに彼女のそれに流れ込む
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怠惰と安定をそこに密やかな希望として織り込む為に
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ベンジャミン ピッグ
私の友人は、幸せでも何でもないのかもしれない 幸福になんのプラスももたらさないのかもしれない
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……けれど、彼は、またいつかこの幸福を喰われた少女が自由な心をいつか取り戻すその時に言葉をただ取り戻す為に
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ただただ 怠惰を届ける存在として
奇妙にそこにある
2023 6.28 21:53
完結と致します
このような作品に目を留めて下さり、最後まで読み込んで下さり、感謝の気持ちで一杯です
誠に有難う御座います
……失礼致します