第5話「買い物」
5月病で苦しみました。皆さんはどうですか?もう少しで今年も半年が終わりますね。という事は5月病もあと少しで終わります。皆さん頑張っていきましょう。
―駅前―
雲一つない青空の下、多くの人が行き交う駅前の交差点で自分のことを見つけてくれるか不安になっている日向は一人、柚記を待っている。公園なんかによくある駅前時計塔の長針は頂点を、短針は九を指している。日向は緊張感と楽しみが混ざり、スマホを片手に服装や髪形が乱れてはいないか身だしなみを整えている。時は進み長針が五十を、短針が九を指した頃、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ごめん!待った?」
「全然!俺もちょうど今来たところ」
日向は男として一時間も前に来たことは心に留める事にした。
……ほ、本当は楽しみで昨日ほとんど寝られなかったと言うのもあるんだけど――
「私、服買いたいんだけど、いいかな?」
「なら色々揃ってそうなショッピングモールだな」
―ショッピングモール―
「この服似合うかな?」
試着室の中から夏に着るのであろう白のワンピースを試着した柚記がこちらを覗く。
「こっちも可愛い!あ!こっちも!ねえどっちが似合ってるかな?」
日向は柚記が普通の女の子なのだと重々承知していたが、可愛い服を見て喜ぶ姿に無邪気で可愛い一人の女の子なのだと改めて感じた事で、気づかぬ内に少し見入ってしまっていた。
「ねえねえ、聞いてる?」
「へ?あぁ、うん聞いてるよ」
そんな調子で次の服屋さんへ移動中、ショッピングモール内には服を売っている店が多くある事に日向は安堵していた。日向は普段服を買う際、近場の安い店でしか買った事がなくショッピングモールという場所は具体的に何が揃っているのかは正確に把握していなかったからだ。
……柚記は服が好きだしショッピングモールで良かったな、ありがとうショピモ!――
次の服屋さんでも柚記は相変わらず可愛い服やオシャレな服に興味津々で時間はあっという間に過ぎていった。そこから三、四件程店を回り終わった頃、日向が休憩をしようと椅子に腰をかけた時、突然柚記が話しかけてきた。
「あの、さ。下着みたいから待っててくれる?それとも、一緒に…来る?」
突然の事だったため、日向は言葉に詰まるが深呼吸をして冷静に返事を返す。
「さ、さすがに水着ならまだしも下着は待ってるよ」
「ハハ、水着なら来れるんだ」
「あ、いや、水着も、ダメか」
「もうどっちなの?とりあえず、すぐ戻るから荷物持っててくれるかな?」
こうして柚記は近くのマップを見ては足早に一人、目的地へと向かっていった。
……にしてもこの袋の量、いったい何枚買ったんだ?でも何はともあれ柚記が楽しそうで良かった――
日向がふとポケットに手を入れると紙きれが二枚ある事に気づく。
……なッ⁉そうだこれは――
―数日前―
柚記との買い物に胸を躍らせていたある日の放課後、日向はいつものように運動部の声と吹奏楽部の音が混じりあう、青春音の溜まり場である昇降口の下駄箱から靴を取り家に帰ろうとしたまさにその時、一人の男が呼び止めてきた。
「待てッ日向ッ!」
「あれ水門?練習着の格好でどうした?」
「ここに映画のチケットが二枚ある!いいか日向、恋愛映画を見て良い感じになれ!それと勘違いするなこれは俺と信助からで、いろいろと助言してくれた事でこの映画にしたんだからな!」
水門は日向にチケットを渡すや否や部活へと走って戻ってしまった。
「さ、サンキューな!」
日向の精一杯の声が聞こえたのか水門は振り返ることなく右手で合図を送っていた。
……まあ、勘違いも何も水門が恋愛映画をチョイスするなんて絶対にないって分かってんだけどな――
―現在―
……柚記と合流するまでは忘れてなどいなかったさ。でも正直、柚記の楽しそうな顔見てたらついついな。許してくれ水門、信助!俺ここから頑張るからッ!――
日向が天を見上げていると、柚記が買い物から戻ってきた。
「おまたせ!あれ、どうしたの?」
「な、何でもないよ!」
「ならいいんだけど。そういえば、もうだいぶ時間過ぎちゃったけどお昼どうしよっか」
――ぐぅぅぅぅ~
日向は買い物や映画の事で緊張していたせいか、柚紀にお昼ご飯の事を言われるまでお腹が空いている事に気がついていなかったようだ。
「あはは、そういや昼飯の事考えてなかったな」
悩んだ末、日向はここがショッピングモールである事とフードコートがあった事を思い出し、即座に提案をしようとしたその瞬間、柚記が別の提案をしてきた。
「近くに行ってみたい喫茶店があるんだけど行ってみない?」
「そ、そうだね。行ってみようか」
……あ、危なかった――
日向は男友達の感覚で昼飯の場所を決めようとした事を反省するのと同時に、もしフードコートを勧めてそこで食べる事になれば、道花たちに怒られていたかもしれない。そんな未来に怯えながら柚記に勧められた喫茶店に行くことにした。
―喫茶店―
オシャレなテーブルの上にオシャレなお皿が並べられていく。勿論、食べ物自体も盛り付けにこだわりを感じる程出来栄えも良い。店員の接客も良く、店の全体的な雰囲気も活気を帯びている。日向も柚記が行ってみたいと言っていた理由がよく分かったようだ。
「いくらオシャレでも昼飯に食う物なのかそれ?そもそもその量…食えるのか?」
柚記はケーキに特大パフェ、サンドイッチ、飲み物に紅茶を注文している。対して日向は定番のオムライスを注文した。
「私はね、もし食べれなくなった時に後悔したくないんだ」
柚記の視線は徐々に下がり見るからに肩を落とし落ち込んでいる。それだけではなく、食べ始めたと思いきや咳き込んでいる。
「え、そ、それって…どういう、意味?」
日向は突然の重い空気に息を呑むと、柚記は大きく息を吸い込み深呼吸をした後、ぽつりと語り始めた。
「実は、私…見たの!テレビで今世界は食料が不足しているって!人口が増えるばかりでそれに応じた食料確保の手段を見つけないと、この先食べ物が無くなっちゃうって!」
「僕の心配返してッッッ!というかさっきの咳は何?」
「早く食べたくてたくさん口に入れちゃった」
物語でよくありそうな展開でも意外と騙されてしまうものであることを実感した日向は、柚記が病気ではなかった事への安心した気持ちと、それ以上に今日一日の疲れと心配からくる疲労でいっぱいだった。
「量の答えはそうだね、食べられなかったら日向に…たべて…ほしいな…」
柚記は照れながら覗き込むような上目遣いで微笑み日向の反応を見ている。日向は顔を赤くして残りの水を勢い良く飲み干し、気管に入った事で噎せている。
「大丈夫?嘘だってば、食べきれない量は始めから注文しないよ」
二人が食べ終わった頃には午後二時を回っており、柚記が紅茶の最後の一口を飲み干すと、それぞれ料金の支払いを済まし店を後にした。
「日向は何か買いたい物とかある?」
日向は映画に誘うタイミングを見計らいそわそわしていて落ち着いていない。事情を知らない柚記は日向の様子に疑問を持ちながらも話を続ける。
「目的も達成したし今日は解散にする?」
映画に誘うなら今しかないと考えた日向は両手の拳を握りしめ覚悟を決めた。
「ゆ、柚記、この後映画でも見に行かない?」
日向の目線は下を向き、力を入れた拳は自らの服を引っ張っている。
柚記は少し驚いた顔を見せ、俯きながらもコクント小さな声で「うん」と一言だけ答えた。少しの間沈黙が続くと、それを聴いた日向がようやく理解をしたことで会話が生まれる。
「そ、そ、そっか。チケットはあるから、どこかで適当に時間つぶさない?」
「なら、近くに美味しいクレープ屋さんあるから行きたいな!」
柚記は先程までの態度が嘘だったかのように目を輝かせている。
「今食べたばかりじゃんか!」
「いいの!さ、行こ!」