1-5 出発前日の打ち合わせ
リンディが隠された能力をご開帳した次の日は、週半ばの半休日。省庁は休みにならないとはいえ、全体的にまったりムード。九課のナユカとフィリスもそんな午後の雰囲気に浸かっていたところ、ようやく本業っぽく午後から始動するようになったセデイターが現れた。
しばらくすると、課長のサンドラが所用から戻ってきて、一人だらけることを知らないミレットと短い会話を交わすと、入れ替わりに秘書のほうが退出。課長は、明日、ユリーシャのもとへ出発するリンディとナユカに近寄る。
「今回、移動にかかる交通費と宿泊費などの諸経費は、魔法省から出ます」
「ラッキー」
セデイターは喜び、結界「破壊」士は感謝。
「ありがとうございます」
ところが、落ちがあった。
「ユーカの分は」
「……なんだよ」
リンディは当然、不満だ。しかし、幸いにして課長には策がある。
「だから、それに便乗するわけ」
「便乗ねぇ……」
なんだか露骨だ……策とは言いがたい。フリーランスにさえ、今、席を外しているミレットがいたらできない会話に感じられる。そして、フィリスは基本的に良識派。
「いいんですか? そんな……」
「駄目だよ。だから、ばれたらサンディはお縄」
リンディの表現の最後の部分がわからなかったナユカでも、意味はだいたい推測でき、ぱっとサンドラに視線を向ける。
「え?」
「捕まんないよ」
視線の先は否定。
「てことは、逃げるんだ……」リンディは首を左右に軽く振る。「ついに逃亡生活の始まりか……」
それはそれでおもしろそうな気もするサンドラだが……。
「逃げないって。……てか、『ついに』ってなにさ」
「じゃ、やっぱ牢屋行きだね……あ。あたしは共犯じゃないから」
それに対するフィリスの指摘。
「使ったら共犯でしょう?」
「お金の出所なんてあたしには関係ないから、知らぬ存ぜぬで通す」フリーのセデイターは、九課課長を指差す。「この人に指示されてやりました」
「あのねぇ……」冗談とわかってはいても、責任者からは、ため息が出そうになる。「リンディはユーカの護衛ってことになってるから、馬車に同乗して、同宿するってこと」
「ああ、つまりユーカ分に計上されてるわけですね」
フィリスは納得。
「食事代は、ちゃんとリンディの分もあったけど……」
課長の不吉な言い回しが、食いしん坊を襲う。
「その過去形は……なに?」
「今、なくなったかもしれない」
「けっ、権力の濫用だ、民衆の敵だぁ。末代まで呪ってやるぅ」
食い物の恨みで。
「大げさだな。ちゃんと払うよ」
「やった」
「ただし、ふつうの一人前。わかるね、この意味」
食道楽を発動させるなということ。
「……けち」
「公金だからね」
先日、汚職があったばかりなので、今はルーズにできない。
「まぁ、使っちゃえばこっちのもの」
後で経費として請求すればいいというリンディだが、魔法省的にそうはいかないようだ。
「今回、事前に実費を渡すから、なくなったら野宿だね」
「野宿……」
異世界人が復唱したそれは、ファンタジーではよくあるとはいえ、あまりやりたいものではなく、実際、そう簡単でもない。当然、健康管理者が黙ってはいない。
「以ての外です。ユーカになにかあったら、どう……」
「わかってるよ。あたしだって、野宿はいやだし」
食事の余剰分はやむを得ず、自腹覚悟。別にそんなに高価なものを食べるつもりはないが、いつどこで「珍味」に出くわすかわからない……。したがって、基本、B級グルメでも、いざとなったらケチるつもりはない。
「ならいいですけど……」
いちおうフィリスは納得した。一方、おそらく野宿は回避できたナユカには、それとは別に気がかりな点がある。
「ところで……馬車なんですか?」
視線を受けたサンドラが肯定。
「そうだよ」
「馬車なんて、初めてです」
期待と不安が混じりつつも、神経の太い彼女の場合、前者の勝ち。
「そういえば、乗ったことないんだっけ」異世界の移動手段について雑談していたときに、リンディは聞いた。「今回、馬車に乗るのは三日間。残りは歩きと舟……川のね。あとは国境越えの転送をして、五日目に到着」
天候なども勘案し、スケジュールには余裕を見ている。それでも、ナユカにとってこの行程は……。
「遠いですねぇ」
「そうだよね……」
アンニュイな雰囲気を醸しつつ同調するリンディに、サンドラが突っ込む。
「わりと近いと思うけどな」
隣国である。全行程で五日なら、この世界の距離感としては、さほど遠くない。転送を除き、交通全般の発達した文明から来た異世界人のそれとは、かなりの違いがある。一方、この妹の場合は、最愛の姉から離れている心理的な距離感だ。
「初めてで大丈夫かなぁ……酔ったりとか……」
心配が始まったフィリスに、ナユカが尋ねる。
「乗り物酔いはしないほうだけど……かなり揺れるの?」
「揺れるよ。ユーカの世界の乗り物がどのくらい揺れるかわからないから、比較はできないけど……わたしは苦手で……回復魔法を何度かかけたり……」ヒーラーの表情が曇り始める……。「どうしよう」
これはまたあれか……。その対象は、もう慣れっこ。
「あー」
「心配になってきた……」
すでにそうなっていたのを、本人が自覚しただけ。むしろ、心配が加速してきたと言うべきだろう……。リンディは肩をすくめる。
「また?」
「だって、完全な治し方がないんですよ? 魔法薬は効かないし……」
魔法医の言い分はわかる。しかし、過剰反応にさらされ過ぎたせいで、心配されるほうは、かえって楽観的になってしまう。
「たぶん、大丈夫じゃないかな」そして、あちらの世界には別のやり方もある。「それに、調子悪くなったら……」
「なったら?」
同行者が興味を示した。
「その……」セレンディー語では……どう言う? これかな? 「戻せばすっきり」
「『戻す』って?」
セレンディアではそういう表現をあまりしないため、リンディにはピンと来なかった。
「それは……つまり……」
困った異邦人に代わり、サンドラがジェスチャーで示す。
「これでしょ」
控えめではあっても、あまり見たい身振りではない。これでよく役所の課長やってるな……と思いつつも、同行者は理解した。
「ああ、なるほ……」
「なに言ってるんですかっ。無茶苦茶です!」
医者の言葉はジェスチャー元へ向けられたものだが、答えるのは心配先。
「でも、それで治る……」
「はぁ?」患者――まだだが――へ、視線を移動。「わけないでしょっ」
「……まあまあ。そんときは、ちゃんと休ませるよ」
リンディがこんなふうに人をなだめにかかるのは、あまり見られない光景だ――たいていは、サンドラ辺りがやる。その甲斐あって、怒れる医師は落ち着いた。
「……本当ですか?」
「もちろん」
しかし、そのシスコン度を、フィリスははっきり認識している。
「早く向こうへ着きたいから、急がせるなんてことしないでしょうね?」
痛いところを突かれた当のシスコン。
「し、しないよ……」そういう気分になるかもしれないけど……。「それに、フィリスがユーカ用の薬を調合してくれるんでしょ?」
「すでに、してあります」
出発前日なので、当然だ。
「だよね、明日だもんね」
「どんなケースも想定してあります」
準備万端。すると、場を収めるべく、サンドラがおだてにかかる。
「さすがフィリス」
「いつもありがとう、フィリリン」
便乗して、ナユカが感謝の言葉で持ち上げた。
「いよっ、天才医師」
リンディもヨイショを……フィリスの反応がおかしい。
「……」
「あれ?」
なんで? せっかくのヨイショが……逆効果?
「……駄目なんです、わたしは……わたしの薬なんて……効きません」
なぜか、この医者、突然のネガティブ。まさか、これは……。焦るリンディ。
「いや、そんなことは……」
「効かなくって……。『天才』なんて、ばかみたい」
やはり、地雷を踏んだようだ。こういうのは、どこに敷設されているかわからないから困る。口調から、フィリスの過去に何かあったようだが、それが何かは想像もつかない。やらかして焦っている人に代わって、ナユカがきっぱりと口にする。
「効くよ。絶対効く」
「……」
沈黙の上級医師。
「効かないわけない」
断言を反復してきたナユカを、フィリスが見つめる。
「なんでそんな……」
そして、どっかの応援スポーツキャスターのごとく、畳みかける。
「だって、効くから。絶対に」
いったい何が「だって」なのかは不明でも、使うかもしれない人からそう断言されては、医者としてそれを否定することはできない。魔法薬主体のこちらでも、いちおうプラシーボというものはある。効くと信じれば効くということもありうる。
「そうだね……効くと思う」
「だから安心して。わたしも無理はしないから」
ここのところ、第一の健康管理対象にこんなことばかり言わせている……。さすがにこれはよくないと思う。
「……うん。わかった」
「ま、問題あったら『護衛』のリンディが対処するし、先日も話したように連絡もする……でしょ?」
再度収拾を図ったサンドラが視線を向けたのは、同行者。
「もちろん、ちゃんとやるよ。ユーカになにかあったら『護衛』にならないしね」
「はい」
短く返事しただけで、もうそれ以上、フィリスもぐだぐだ言わない。納得したということだ。
「じゃ、ちょっと、お茶入れ替えてくる」
リンディはいったん席を立つ。妙に気を遣って……疲れた。ひとりで頭をリセットすべく、給湯室へ。
フリーランスが奇特にも運んできたお茶にて、一同が一息ついていると、秘書のミレットが戻ってきた。そこで、課長は、セデイターにさりげなく告知する。
「そうそう、今回はセデイトに助手が付くから、よろしく」
「は? 助手ぅ? ……なんでよ」
「ま、いろいろあってね。今回はテストケースってことで。……女性だから、問題ないでしょ?」
仮に男だと、完璧ボディのリンディにとって面倒なことになりがち。本人よりも、サンドラのほうがその点には気を配っている。
「あたしはいらない。テストは他でやって」
「そうはいかないんだよね……そうなった原因のひとつなんだから」
課長はセデイターを指差す。
「なに、それ?」
「あなたがニーナをセデイトしたときの映像を、魔法部長が見た」
「はぁ? なんで見るのさ……っていうか、見せるのさ」
「別に見せたわけじゃなく、保管しておいたのを勝手に見た」
しばらくは保管義務がある。向こうは上司。ゆえに、見る権限あり。それは承知のセデイターは、無茶を言う。
「隠しときゃいいじゃん。あれはまずいでしょ」
「わたしのほうは隠してありますけど……」ニーナをケアしていたフィリスがその依頼主のために録った映像は、公的なものではないので、当局への提出義務はない。「ユーカの……例のシーンも見たのでしょうか?」
「例のシーン……」
異世界人はそのときのことを思い出す。咄嗟に体が動いてしまったとはいえ、思えば、無茶なことをしたものだ。撃たれた魔法の前に立ちはだかるなんて……。あのときは、自分の能力……というか、体質について何も知らなかったのに……。むしろ、無効化することがわかっている今になって、恐怖を覚える。
「あそこが変だとは気づかないよ。特に、リンディの映像だとね。そもそも、当事者じゃないと状況がわからない。加えて、部長は魔法の専門家じゃない」
その「まずい」内容のほうに言及したサンドラに対し、ミレットはあくまでも手続きのほうにこだわりがある。
「正式な映像を隠すわけにはいきません。そんなことをしたら、困るのはリンディさんです」
正当なセデイトの証拠映像が隠蔽されたら、結局損をするのはリンディになる。それなしには報酬が得られないし、傷害などで損害賠償を請求されることも、無きにしも非ず。「……そりゃそうだけどさ」
そんなことはセデイターも重々承知。この場での軽口にまじめに対応されても……。
「ともかく、あれを見た魔法部長が、セデイトを単独で行うのは危険じゃないのか、とか言い始めて……結局、テストケースとして、リンディに助手を付けることになった。それも、ノーギャラで」
課長は最後の部分を強調。それでも、ソロプレイヤーのリンディは不満。
「なんで抵抗しないのさ」
「いいでしょ? ただで助手が付くんだから。それに、協力費として少しだけ手当も出る。リンディは嫌がるかもとは言っておいたけど、見たのがあれだからね。映像に説得力がありすぎ」
ウォルデイン魔法部長の主張に対する説得力だ。実は、サンドラもあれを見てしまってから、相手によっては単独ではないほうがいいという考えがあったため、特に抵抗しなかった――なんだかんだで、リンディが心配だ。
「そうですよね……あれを見てしまうと、やっぱり……」
現場にいたヒーラーも賛同。
「部長は、たまたまリンディに会ったからそれを見た、って言ってたけど」
この課長が中途で終えれば……。
「『けど』なんですか?」気になるのは、フィリスだけではないだろう。「まさか、なにかを察知して……」
「あー、いや……ユーカのことは、まったく関係がないんだ」
こういう言い方が、他に何かあるというのを物語っているのは、リンディにも明らか。
「じゃ、なに?」
「それは……」
「あ」
ミレットの声が耳に入り、続きを話しかけたサンドラは軌道修正。
「……あとは助手本人から聞いて。向こうで合流することになってる。あっちの出張所でね」
「なんなんだよ」
そこまで待てと? イラッとするセデイター。
「部長によれば、その本人が自分で言いたいらしい」
内容のみならず、この課長が部長と意外に通じていることが、フィリスには……。
「……気になります」
「別に、こちらにとって都合悪いことじゃないから、安心して」
「そうなんですか?」
それなら気にならない……なんてことはあるわけがない。そんな人には、サンドラから福音が。
「あ、フィリスにはリンディたちが出かけたら話す」
「ずるい、ずるい、ずるい」
隠されるほう――すなわち、「まったく関係ない」ほうではないほう――は、その内容が自分に関係するのだろうから、当然、納得いかない。
「リンディは……まぁ、お楽しみってことで」
にやつく課長をにらむセデイター。
「楽しくない」
そこで、課長は確実に知る手段を提示する。
「知りたければ、ちゃんと助手に会うこと。最寄の出張所に連絡すれば、すぐ来るって」
教えない意図はこれか。抵抗するリンディ。
「いいよ、ミレットに聞くから」
「どうぞ」
憎憎しい筋肉だ。絶対教えないってわかっている。それなら……。
「……ユーカが聞いて」
リンディから役を振られ、結果は見えているものの、同行者は恐る恐る聞いてみる。
「教えないですよね……?」
「残念ながら、できません」
これでは、この秘書がこう来るのは予想済み。したがって、神経が太いナユカにリンディが期待するのは……。
「もっと強引に。そこの筋肉のように、脅して……」
見習わせるべき課長は、即、突っ込む。
「誰が脅すか、誰が筋肉だ」
「なに? 贅肉なの?」
「え」
冗談でもやばいと思ったフィリスが声を漏らし、サンドラをゆっくり見る。
「……はあ?」
当人の静かな怒気に、リンディがひるむ。
「き、聞いただけなんだけど? 最初に『筋肉』って言ったでしょ」
「なら、いい」呼び名「筋肉」でいいらしい。「とにかく、聞いても無駄。わかってるでしょ?」
「わかってるけど……」
ほのめかされたのに、教えてもらえないというのは、どうしてもすっきりしない。傍目にもそれがわかり、出発前にストレスをためられても困るので、課長は別のネタを持ちかける。
「ところで……リンディは自分が録った映像は、見返した?」
「いや、見てないけど。見る間がなかったし」
ニーナのセデイト前はそんな余裕がなかったし、戻ってからは早々にサンドラに渡した……っていうか、取られた……気分的には。
「あれには、とても……」一端止めたサンドラ……笑いをこらえる。「興味深いものが映っててね……ねぇ? ミレット」
「え?」全員の注目が集まり、秘書は表情を整える。「……はい……そうですね」
口元と目に笑みが残っているのを、ナユカは見逃さない。今度はまっすぐ視線を向け、少し強めに尋ねる。
「教えてください」
顔が正対し、秘書の表情が崩れかける……が、どうにか持ち直す。
「……それには、課長の許可が必要です」
ナユカは、それを出す人を見るが……。
「……悪いけど、許可できるのは撮った本人……セデイターだけ」
「あ、そうなの? やった」
喜ぶリンディ。ナユカは食い下がる。
「わたしは、駄目なんですか?」
「うーん……個人情報に関わるので……とりあえず、映像を再確認した後、リンディと協議してからかな」
この課長にしては慎重な姿勢なので、セデイターの喜びが静まってゆく。
「……なんか、めんどくさいな」
「別に、見なくてもいいものだけどね」
「は? なにそれ」
「んー、まぁ……ヒントだけは出しとくかなー」一間空けるサンドラ。「……バジャバルとニーナの間」
「……え? それだけ?」
「思い当たる節があるでしょ? わざとじゃないと思うけど」
あまりはっきり言うと、この場では支障がある……。しかし、映像を撮った本人ならわかるはず。
「……」しばし考えるセデイター。「あ!」
そういえば、スイッチ……。
「わかった?」
「もしかして、あれ……」
たまたまスコープに手が当たって……入った。つまり、録画された。
「かなり『興味深い』よね、ミレット」
口角の上がった課長の視線を受け、秘書が下を向く。
「ぅ……そうです」
笑いを飲み込んだ。
「そうか……あのときか……」にやつくリンディ。出張所片隅での「大会」を思い出す。「後で見よっと」
「あ、そのことですが……」立て直したミレットが、職務に復帰。「データクリスタルは、いったん裁判所に提出してありまして……戻ってくるのは二日後です」
必要部分をコピーしてから戻ってくるが、セデイターの出発は明日。
「……見られないじゃないの」
「残念でした。帰ってきてからだね」
事務手続きを把握していないこの課長には、それなら、今、こんな話をするなと言いたい。
「……仕方ないな」
また中途半端な情報が増えた……。そんなリンディ以上に、ナユカは内容が気になっている。
「で、結局……なにが映ってるんですか?」
「え? あー、それは……」サンドラをちらっと見てから、セデイターは質問者に答える。「実際に見てからね……悪いけど」
その「被写体」の一人に、見せるべきか見せざるべきか……あるいは、内容を教えるべきか黙っているべきか……悩むところ。
「そうですか……」
責任者が決めてしまったからには、受け入れるしかない……。それは、フィリスも同じ。
「それでは、わたしは薬の準備などを……」
気を紛らわせるために立ち上がり、ドアのほうへ。ミレットは黙ったままスケジュール帳を開いて目を通し始め、その姿をナユカは見つめる。
「なんだか……すごく気になる……」
引っかかることが自分にもできてしまった……。帰ってきたら、可能な部分だけでも教えてもらおう……もう少し強引に……。
「あ、そうそう。明日、馬車駅でちょっとしたサプライズがあるから、そっちもよろしく」
思い出したかのように、またもサンドラが、別の予告を持ち出した。
「なに、まだあんの?」
ちょっとしたものでも、ちょっとうんざりするセデイター。もはや、ちょっとではない。
「こっちは必要な措置でね」
「なにさ?」
「だから、サプライズだっての」
「……なんで、そうあたしには隠すのさ?」
隠し事が多すぎ。別に驚かなくてもいいから教えろ。いい加減、ストレスになる……。誰でもそう思うだろう。
「なんでって言ってもね」
「意地悪でしょ」
ひがみ始めたリンディ。
「それもあるけど……」
否定しなかったサンドラに、結局、退出せずに戻ってきたフィリスが突っ込む。「サプライズ」とか聞こえたら、席を外せない。
「あるんだ……」
「ほら、やっぱり」
「冗談だよ」不貞腐れ始めたセデイターには、通じなかったようだ……。それでも口を割らない課長。「まぁ、いろいろ事情があるの」
「どうせ、あたしには教えたくない事情でしょ」
「いや、別に教えたくないわけじゃないんだけど……こっちにも信義ってもんがあるのさ」
「それは、信用できないあたしなんかには、適用外なんだ」
すねるとリンディは面倒だ。代わって、ナユカが取り成す。
「まぁ……明日、行けばわかるんですから……」
「ユーカは人がいいから、すぐそれだ。あたしは人が悪いもん」
情報の出し惜しみが重なり、もはや駄々をこねているレベル。こういうときの懐柔法は、やっぱりあれだ。
「それじゃ、食事……」
ワンパターンの口元を、食道楽は冷たい目で見る。
「そんなのには引っかからないよ」
もう何度食事をおごる約束をしているかわからない。そのわりには、さほど実行されていない……。ゆえに、信用下落中のサンドラは、先を続ける。
「……を、また作ってくれない?」
「……はあ?」
なんのこっちゃ。なんか、論理がおかしくない? 怪訝そうなリンディ。
「おいしかったから」サンドラは、ナユカに視線を向ける。「ねえ?」
「あ、はい」なにか、作戦がある……? 視線に意味があるかわからないものの、とりあえず同調する。「ほんと、びっくりしました」
「昨日の、メインディッシュ、おいしかったよね」
今度は、サンドラはフィリスに振る。
「ええ、最高でした。あと、デザートがすばらしくて」
「ああ。あれは得意なんだよね、リンディ」
この策士は、よく知っている。
「あんな味は、初めてでした。口の中になんともいえない味と香りが広がって……」
話を合わせているだけではなく、実際、異世界人には初めての味覚だった。彼女にとっては、「魔法の味」である――魔法が効かなくても。
「そ……そお?」
ほめられた料理人は、まんざらでもなさそう。ナユカは続ける。
「ちょっと、ありえない感覚で……」
「ま、そんなわけで……」形容はもういいだろうというサンドラ。「また食べたいなと」
「ぜひ、もう一度、あの味を……」
ナユカは上方を見つめ、再度、思い出している。
「まぁ……それはいいけど……」
もう一押しだ……リンディの機嫌が直るまで……。つまり、そういう策。すでに、話はそらせた。
「お願いね」
「お願いします」
サンドラとフィリスの願いを、料理人は受け止める。
「……わかったよ、しょーがないな。でも、戻ってきてからだから」
落ちた……。策士は満足。
「楽しみにしてるよ」
「まぁ、ユーカには、あっちで作っても……いいかな」
シェフからの特別扱いに、ナユカは満面の笑み。
「え? 本当に?」
「サンディは待たせてやる……もちろん、フィリスも。せいぜい焦れるがいい」秘密への意趣返しだ。邪悪な笑みを浮かべるリンディ。思い出したように、秘書を見る。「あ、ミレットもね」
「はい。喜んで」
皮肉……のようには聞こえない。ということは、再度開かれる予定の「リンディの晩餐」に呼ばれるということなのだろうか……プライベートなイベントにはほぼ参加しない、この秘書が……? どういう意味なのか、そのときまで待つ必要があるのかもしれない。リンディへの隠し事のせいで、自分のほうにも待つべきことが増えてしまった……。サンドラは苦笑する。
「ほんと、楽しみ」