5-4 発見
ギルドを出たセデイターと助手は、広場へ向けて歩いている。というのも、二人目の情報屋から、そこに見知った情報屋がいるはずと聞いたからだ。基本的に、情報屋が集まるのは夜の営業がメインとなる場所が多く、それらを回るにはまだ時間が早すぎるので、駄目もとでその情報屋に当たってみることにした。いったんオフィスに戻るという手もあるが、意気込んで出てきたリンディとしては、早々にのこのこと戻ってユリーシャと顔を合わせるのは、なんとなく気まずい。仲のいい姉妹にも見栄はある。セデイトを含む賞金稼ぎについてあまり知らないナユカなら、別にかまわないのだが……。
ほどなくして、広場に到着したふたりは、辺りをざっと見回す。聞いた話によれば、当該情報屋は靴磨きのような扮装をしている……というより、ついでに靴磨きもしているらしい。
歩きながらリンディがさりげなく見たところ、そのような人物は二人いた。そこで、先の情報屋から直接話を聞いたティアに人相の確認をしようと、後ろを振り向いたところ……そこに助手はいなかった。少し離れたところで、あさっての方向を向いている。
「しょうがないな……」セデイターは近づいて、助手に声をかける。「あのさぁ」
すると、ティアは見ていた方角から目をそらさず、そちらを目立たないように指差す。
「あれ……」
「なに?」
リンディはその先を見る。
「あの人じゃないですか?」
指の先には、情報屋らしき者はいない。
「靴磨きって聞いたんでしょ?」
「いえ、そうではなく、対象者です」
「え?」意外な答えだ。セデイターは、そちらの方へ目を凝らす。「どいつ?」
「あの、細めの……男の人」
「あの白い服の?」
「いえ、そっちではなく、あっちの地味な……」
「え? どれ? あ、ちょっと待って」
リンディは、懐からセデイター用のスコープを出す。片目にかけ、存在する瘴気を視覚的に表示するガジェットだ。
「あっちの、右の人です」
周りから気づかれないように、ティアは親指でその方向を示す……そこに、男はぼーっと立っている。スコープをかけたリンディは、顔を隠すようにして、そちらをちらっと見る。すると、見えたのは……瘴気だ。それもなかなかの量と濃さ。Dランクとは思えないほどに。
「なるほどね……」セデイターはスコープを外す。かけたままだと、確認前にこちらの素性がばれるかもしれない。「あれは……あいつなのかな……」
「どうでしょう……顔がよくわからないから……。でも、体型は細身ですし……」
細身だということは、オフィスのデータに始まり、一貫した情報だ。
「……近づいてみよう」
「いいんでしょうか? こんなところで」
助手の懸念は戦闘になること。昼間、街中、広場……人が多く、好ましくない条件だ。
「まずは、確認から」それをしなければ、始まらない。それに、接近しても、見かけでセデイターとわかるものでもない。「行こう」
リンディはまっすぐに対象へと向かうのではなく、少し迂回するような方向へ動き始めた。セデイターかはともかく、姿から魔導士系であることは見て取れるため、悟られないように慎重になる必要はある。
「はい」
助手が後方から付いていこうとすると、リンディが振り向く。
「隣に来て。友達っぽく」
「と、ともだち……そ、そんな……」
ティアの声は、震え気味。
「なんか変?」
「お、畏れ多い……」
出た。やっぱりめんどくさい……。もう、命令!
「いいから、隣!」
「はい!」勢いよく返事して、おずおずとマスターの隣へ。「失礼します」
固すぎるって。
「自然にね。友達なんだから」
「ともだち……」隣の顔が、みるみる上気する。「ふわぁあ……」
蒸気でも漏れてるよう。
「こっちね」
リンディが助手の腕を軽くつかんで誘導しようとしたところ……。
「あぁ……」
ふらつくティア。
「ちょっと大丈夫?」
「……すみません、大丈夫です。一瞬、立ちくらみがして」
また、さっきみたいな体調不良?
「行ける?」
「はい、行けます。もちろん」
力強く答えるティアの表情は、調子悪そうには見えない。一方、瘴気の男は、まだ発見した位置のまま……移動する気配なし。予期せぬごたごたの間に、見失わなくてよかった。
「行くよ、ほら!」
勢いでリンディが助手の手を握ったところ、小さな悲鳴のような声が。
「ひ」
「あ。ごめん、嫌なんだっけ」
離そうとして手を開いたところ、離れない。握り返されている。
「滅相もございません」
なに、それ。
「じゃ、まぁ……このままで」
「はひ」
妙な返事だな。もういい……気にしない……それがいい。セデイターはそのまま助手を引っ張るように前進し、助手は夢見心地でついていく……まるでティアがセデイトされたかのように。これでは、斜め隣がセデイターだと悟られかねない。ただ、そのわりには、被連行者の顔に至福の笑みが浮かんでいることから、むしろ、何かの中毒患者に見えてしまうかも……。どちらにせよ、傍から見て、こんな不自然なペアはおらず、目立つのは必至だ。
案の定、衆目の視線がちらほらと刺さるのを、リンディは感じる。そこで、ちらっと目標の方へ目をやってみたが、どうやら、そちらは我関せずという体だ。これなら、迂回しながらもう少し近づいて、顔を確認できそう。
「ほら、近づくよ、ティア」
マスターからひじで軽くつつかれ、助手は我に返る。
「あ、はい。承知しました」
なんだかよくわからないペアは、顔をどうにか認識できるような距離を保ちつつ、男の周囲をぐるっと回り、去ってゆく……。その間、細身の男は、こちらを気にする様子もなしに、ぼけっとしたまま。十分な距離を取ってから、リンディはティアに尋ねる。
「どう思う?」
「なんか、ぼんやりして……」
ぼんやりしているのは、ティア自身か、あの男の風貌か、それとも……。リンディは素直に本来の目的に即して受け取ることにする。……他を考えると面倒なので。
「……だよね。なんか、あんまりはっきりしない顔」
「あ、そうなんですね……」助手は意外そうな声を出した後、すぐ続ける。「顔は……よくわからなくて……」
自分が最初に見つけたというのに……それなら、いったいどうやって見つけたんだろう? 不思議に思うリンディ。ともあれ、特徴がない顔ということなら……。
「もう決まりでいいか……例の対象者ということで」
「そうですね……おそらく」
ふたりの結論は少々強引なようでもあるが、そういった仮定に基づいて動かなければ、みすみす取り逃がすだけだ。瘴気をまとっていることは視認しているし、違っていても、そのときはそのときということで……セデイターは動くことにする。その前に……。
「手は……もういいよね」
つなぎっぱなしだった。リンディは手を緩め、ティアはあわてて手を離す。
「し、失礼いたしました……わ、わたし……」
助手がなんらかの面倒なことを口にする前に、セデイターが決定を告げる。
「近づくよ。今度はまっすぐにね」
職務がティアを我に返す。
「……接触するんですか?」
低ランクの対象者は、まだある程度の合理的な判断力を保っていることも多く、うまくいけば説得によってセデイトすることも可能だ。ただ、瘴気の質と量からして、微妙なところ。
「ここじゃなんだから、動き出すのを待って……」言ったそばから、「仮」対象者の男が動き出した。「つけよう」
少しずつ間を詰めながら、ふたりはその後を追い、適切な距離を保ちつつ、慎重につけてゆく。ターゲットはといえば、あわてることもなく、ゆっくりと歩いて広場を出る。尾行に気付いた風もないことから、向こうが動き出したことに他意はないようだ――おそらく、偶然だろう。
そのまま、男は広場前の通りを横切り、路地のほうへ向かってゆく……。これは、こちらにとっては好都合だ。話をするにしても、その際に一悶着起きることもあるので、人が多いところは好ましくない。路地裏の適当なところで声をかけてみよう……そう、次の角を曲がった辺りで……と、リンディが思っていたところ、曲がった先は、表通りへ向かう道だった。
「抜けちゃいますね」
助手は、前を向いたまま。
「そうだねぇ……」
セデイターは後方確認……人はいない。前を向くと、対面で歩いてくる通行人が二名……もうすぐ、すれ違う。助手はその二人にちらっと目をやりつつ、尋ねる。
「どうします?」
「接触する。後ろは任せた。そこにいて」
「はい」
助手の返事を聞いて、リンディは足を速める。追い越してティアとの間で挟み撃ちという手もあるが、その場合、ターゲットが表通り側へ向くことになる。その際、万が一にも相手がこちらに何らかの魔法――事前情報が希薄につき、何かは皆目わからない――を撃ってきたら、人の多い表通りの方へ飛んでいくことになり、それをリンディひとりで防げるか予測できない。それよりも、ティアに後方に離れて位置してもらい、自分が後ろから声をかけることで、男を路地のほうへ振り向かせるほうが安全だ。助手の実力がまだ未知数であることから、自分との二段構えのほうがローリスクだろう。
この路地から出るまで残り三分の一あたりの地点で追いついたリンディは、ゆっくり歩く仮対象者に、後方から声をかける。
「あの、すみません」
痩身の男は反応せず、そのままゆっくり歩く。刺激しないよう、ふつうに声をかけたが……聞こえていない? セデイターはトーンを上げる。
「すみません!」
やはり、男は知らん振りで、同じペースのまま歩き続ける。しらばっくれて逃げるつもりか?
「ちょっと!」
セデイターは、男の肩を後ろから軽く叩く。すると……。
「いやぁぁぁぁ! 痴漢っ! いやぁあ!」
絹を裂くような女……ではなく、男の悲鳴。
「え?」
呆気にとられたリンディは、左右を見回し、後ろを振り向く。痴漢って誰? 走ってくるのは……ティア。こちらへ叫ぶ。
「マスター! 前!」
「え?」リンディが振り返ると、そこには大通りからこちらを見ている、複数の視線。「あ、いや……違う……あたしじゃ……」
まさか、自分を痴漢とでも……。否定のジェスチャーを見せるセデイターに、助手が追いつく。
「逃げられました! 追います!」
走ったままのティアは、リンディの横を素通りしていく……。その姿を見て、ようやくセデイターは状況を把握した。
「あ!」
あわてて助手を追うリンディ。……なんてこった……パニクった……失態だ。路地を抜け、表通りに出て、左右を見ると、左へ曲がったその先を助手が走っている。それを、セデイターは全速力で追いかける。やがてティアが小走りになり、立ち止まったため、ようやくリンディは追いついた。
「ど……どうした……あいつは……どこ……」
息切れが激しい。こんなことなら、ユーカとトレーニングしておくべきだった……。
「逃げられました」
答えながら、助手はバックパックの中に手を入れている。
「逃げられた……って……どこよ……追いかけ……」
その気はあっても、体力がない。
「遥か向こうへ」双眼鏡を取り出したティアは、道のまっすぐ先を指差す。「もう追いつけません」
「追いつけ……ない?」
「はい」助手は双眼鏡を構え、男が逃げた先を見る。「強力な加速魔法をかけたようです」
「加速……」
「たぶん、マスターが……その……」リンディのミスに関わることで、ティアは言いにくい。「驚かれたときに……」
「ああ……」
あのときか……悲鳴と「痴漢!」ってやつ。……参った。
「わたしも加速魔法は使えますが……あれに追いつくのはちょっと……」
「あ、うん……わかってる」
加速魔法のように、身体能力を一時的に強化する魔法は、身体的ポテンシャルを引き出すことができるが、それゆえに体が耐え切れず、怪我などの反動をもたらす。強力であればあるほど、それは大きく、筋肉の断裂や骨折に至ることもある。
「ただ、走っていった方向はわかりますから……」ティアは、まだ双眼鏡を覗いたまま。「あれかな?」
やつは、あのスピードで直進していった。簡単には曲がれないし、止まれない。
「いた?」
「ええ、たぶん……かなり遠いので……」
助手は、双眼鏡越しに目を凝らす。
「そっか」
リンディは目撃しなかったが、よほどのスピードだったのだろう。
「しゃがみ込んでます。効果が切れたんでしょう」
強い加速魔法が切れた直後だ。体への負担で動けない。魔法なしで全速力で走った運動不足の誰かをも、遥かに超える負担となる。
「じゃ……まぁ……行きますか……」
「はい」
歩き出すふたり。リンディもようやく息切れが収まった。
「あのさ……」
「はい?」
ティアは、遥か先を捉えたまま。
「いや……助手がいるのも、悪くないなって……」
「……」ティアの脳機能は、一旦停止。そして、隣へ振り向く。「は、はひ!」




