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魔法世界のセデイター 3.本業再開、姉と助手と  作者: 七瀬 ノイド
第三章 到着
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3-3 結界作業の打ち合わせ

「あの、ところで……」密談の雑談部分から、ナユカが話を職務のほうへ戻す。「わたしが除去するのは……どこの結界でしょうか?」

 その点は、サンドラから具体的には聞かされていない。

「あ、そうね。それは、まず……ここね。お家の中と……」ユリーシャは外を向いて片手を広げる。「お家の周り」

 館周囲の結界が張られている枠は、普段は地面より下に格納されており、スイッチオンでそこからせり上がってくる。能力の高い術者が強化魔法を唱えれば飛び越えられそうな高さではあるものの、着地点辺りにトラップが仕掛けられており、なかなかにいやらしい。王族の館を保護するだけあって、それなりに大掛かりな代物だが、それゆえに非常時以外には使われない。

「周りというと……」

 家屋敷の敷地を含めての周囲だろうか……。走りながらやれば、走り甲斐がありそうなので、ちょっと楽しみ……。そんなランナーに先回りし、リンディが確認する。

「この建物の周り?」

「ええ、そう。多すぎる?」

 気遣わしげなユリーシャ。しかし、杞憂だ。

「あ、いえ……」

 実行する結界破壊士にとっては、むしろ少なすぎる。それにしても、除去後の結界作成の手間を考えても、周囲全部というのは、さすがになかったな……。

「建物全部の周りでも、余裕だよ」

 せっかく来たのだから、そこまでやったほうがいいと、先日、結界作成の練習をした魔導士は思う。むしろ、問題は結界を張るほうだ。

「無茶を言っては、いけませんよ」

 その能力を知らない責任者なら、通常の感想である。

「この周りの除去だけだったら、ユーカなら食事する時間くらいで終わっちゃうから」

「あら」ユリーシャは驚いた様子。「……そんなにたくさん食べるの? リンリ……ンディみたいね」

「あ、あたしはそんなに……ふつうだけど」

 ふつうではない。姉も知っている。

「そうかしら」

「と、とにかく……そういうことじゃなくって……ユーカは、食べるのはふつうで……」それだと、自分と同じみたいだ。「だから……」

 言い直そうか悩む大食いが言わんとしていることは、ユリーシャもわかっている。

「すごく速いのね?」

 もちろん、食事ではない。

「そう……結界除去が」念のため付け足した食道楽。「……まぁ、触るだけだから。もちろん、いっぺんにはやらないと思うけど」

 一度に全部除去してしまうと、完全に無防備になるので、消したら張って、張れたら次を消すという段取りになる。人手が少なければ張るのに時間がかかり、それなりの日数が必要。それでも、この「天才」結界破壊士が関われば、消す時間は考慮しないで済むほどとなり、全体の作業時間は相当に短縮できる。

「そうねぇ……それなら……予定を組み直さないと……」ナユカに向き直る。「一度、見せてもらえるかしら?」

 その、すごい技を。

「あ、はい」

 うなずく結界破壊士に向け、にやっと笑うリンディ。

「踊りながら、やってくれるよ」

「は?」

 何を言うんだというナユカに、ユリーシャが微笑む。

「……あら、楽しそうねぇ」

 ここへの道中、エドとのコラボダンスに苦しめられた同行者は、にやにやしながら、数度うなずく。

「そうなんだよ、本当に」

「いえ、それは……」

 ナユカの脳にフラッシュバックするのは、数日前の黒歴史……。リンディは暴露を続ける。

「最近、人前でしょっちゅう踊ってて……『魂の交感』とか言……」

「なんのことですか、リンリンさん」

 反撃を食らった。

「……う」

 そして、姉がそれに乗じる。

「あら。ユーカさんも『リンリン』って呼ぶのね?」

「え? それは……」

 そう呼ばれたことはない当人。でも……その呼び名を付けられそうになったことはあった……「フィリリン」絡みで。

「なら、『おねーちゃん』も、やっぱり『リンリン』って呼びたい」

 と、御本人。さっきから、そう呼びたくてたまらない。

「そうですよ。そのほうがいいですよ」ナユカは、ユリーシャに微笑む。「ねえ?」

「ええ」

「わかったよ、もう」妹の敗北。「でも、ユーカは『リンディ』だから」

 それには姉が反論。

「それは、不公平じゃないかしら……お友達に」

「だって……」

 リンリンさん、困った……。すると、ナユカから助け舟。

「あ。いいんです、わたしはそれで」

「あら、そう?」年長者がつぶやく。「最近はそうなの?」

 何がそうなのだろう……? いくら最愛の姉とはいえ、少しだけ面倒になった妹。

「……もういいから、やりに行こうよ……結界」


 それから、キッチンに移動し、なぜか設置してあるせり出し収納型の氷結界――防火用ということなのだろうか、とにかく不必要なもの――を除去することにする。

「では、ユーカさん」ユリーシャは、大きく後ろへ下がる。「踊るのよね?」

 ガクッとくる結界破壊士。

「……いえ……踊りません」

「そういう手順ではないの?」

 どういう手順? 

「そういうのは、別にないです」

 この異世界人の天才的な結界破壊手法には、踊りが特別なメソッドとして含まれると、ユリーシャは思い込んでいた。

「あら……そうなのね」

「あったら、おもしろかったのにねぇ?」

 その誤解の元凶は、にこにこしている。

「では、改めて……」踊りがあると思って下がり過ぎていたユリーシャは、結界除去を見やすい位置へと近寄る。「お願いします」

「はい」

 前へ出た結界破壊士がさっと氷の面に触ると、いつもどおり、結界は一瞬で消滅――枠だけが残る。魔法によって生成された氷は、跡形もない。

「あれ? 故障……じゃないわよねぇ」

 瞬時の技を辛うじて見逃さなかったユリーシャだが、それでも目を疑いたくなるのも無理はない。瞬きする間もなく消えたのだから……。それを、まるで自分の手腕であるかのように、リンディがうなずく。

「いつも、こんな感じ」

「本当に一瞬なんだ……ふーん……へぇ……」結界のなくなった枠の全面を、ユリーシャが見回している……。「なんだか、すごい魔法みたい」

 情報として聞かされてはいても、実見すれば驚きを禁じ得ない。

「あー……」

 異世界人は苦笑。この魔法テクノロジーの世界で、魔法が効かないことが魔法に見えるというのは、なんという皮肉。

「これなら……人手と時間がかかるのは、本当に張るほうだけね……」

 感心しつつ、段取りなどの算段に意識が向かう姉に、妹が助言する。

「張るほうが追いつかないと、困るよね」

 破ってしまうと無防備になるので、警備の配置などを再考しなければならない。追加人員も必要となる。采配がまずいと、かえって経費がかさむこともありうる。

「そう愚痴られたこともあります」

 それは、この「天才」結界破壊専門家のせいではなく、張替えの計画を立てた者の責任だ。とはいえ、こんな尋常ではない結界破りと知らなければ想像もできず、やむを得ない面もある。

「では、しっかり計画しておきます」計画責任者は、にこっと笑う。「クスノキ先生」


 結界破壊士の常ならざる能力が披露されたキッチンから、元の部屋へといったん戻った三人は、最後に簡単な打ち合わせをして、密談を終えた。

「それでは、わたしは戻りますね。ふたりは、今日は疲れたでしょうから、夕食まで休んでいてね」

 そんなユリーシャに対して、当たり前のように、リンディはこう反応する。

「あたしはおねーちゃんといるから、ユーカはここで休んでて」

 もはや「姉」とかしこまって呼ぶことも、ナユカの前ではなくなった。

「ああ……はい」

「あ。リンリンはユーカさんといてね」

 姉から却下されるのを、妹は予測していなかった。

「……え?」

「今日が初めてのお客様を放ってはおけないけど……わたしはすることがあって……。でも、他の人には任せられないから……」この異世界人の体質からして、機械が動かなかったりするだろうから放置はできないのだが、他の家人には秘密だ。ユリーシャは、リンディの手を取る。「リンリンしかいないの。お願い」

「……わかった」

 姉と一緒にいたいが、その姉から頼まれては断れない……という葛藤に心中身悶える妹の胸中を察し、ナユカが仏心を起こす。

「わたしは、ひとりでも大丈夫ですよ」

「それなら……」

 妹が嬉々としてそれに乗っかろうとしたところ、姉が先回り。

「いえ、ここはリンリンに頼ってあげて……ふたりで休んでいて」

「ええ……」横目でリンディをちらっと見るナユカ。「はい」

「それじゃ、お願いね。リンリン」

「……任せて」

 間を置きつつも、了承――まるで、苦渋の決断のごとく。

「では、後ほどお迎えに参ります」

 ユリーシャはナユカに会釈をして、部屋を退出していった。


 見送ると、早々にリンディから……ため息。

「はぁ」

「なんか……すみません」

「あ、ごめん」ここでため息は、さすがにナユカに悪いと思った。「でも……」

 その先を言いかけて、口を閉ざすリンディ。こうなると、ナユカならずとも気になる。

「でも?」

「……なんでもない」

「言ってください。気になるので」

 たぶん、面倒くさいことだと思うけど……。

「……別に……たいしたことじゃないし」

「そうですか……」いったん承服しつつも、やはり引っかかる。「それなら、言ってください。やっぱり、気になります」

「……わかったよ。なら、言わせてもらうけど」一拍ためるリンディ。「……ユーカはずるい」

「え?」予想外。「わたし……なにかしましたっけ?」

 そんな質問は耳に入らず、続ける。

「おねーちゃんと、ずっと一緒にいられる」

「ああ……」やっぱり、それ系か。「そうですねぇ」

「それも、おねーちゃんが助手だなんて……ずるすぎる」


 今しがたリンディが聞かされたのは、ナユカにはこちらで数箇所の結界除去を手がける予定が組まれており、その際には、ユリーシャが助手として同行するとのこと。サンドラからの情報に基づいて、この国の魔法省に天才結界破壊士としてのナユカを紹介したのはユリーシャその人なので、推薦者として自ら責任を果たすつもりという。

 もとより、ナユカの秘密を念頭に置けば、それを知る者――すなわち、ここではリンディかユリーシャ――が、助手の任に当たるしかない。両者のうち、道中における結界破壊士護衛任務があてがわれていたリンディには、ここへ来た本旨であるセデイターとしての仕事があり、それを放り出すのは本末転倒である。そもそも、その辺にいるかもしれないセデイト対象者から「おねーちゃん」を守るために、依頼を受けたというのが発端なのだから……。

 したがって、先ほど異世界人の秘密を知らされたユリーシャが、必然的に「助手」として結界除去業務に同道することになる。それに、誰にも増して、王族の一員である彼女のお墨付きがあれば、この国では初お目見えとなる、この「天才」結界破壊士の信頼性も高まるというもの。結果、円滑な作業進行が期待でき、並びに、適切な人員配分、つまりは、結界除去後に新しい結界を作成する人員確保も、容易になるだろう。


「えーと……まぁ、その……」別に自分が悪いわけではないが、シスコンの心情……というか、ただの逆恨みではあっても、再びこう答えざるを得ない。「なんか……すみません」

「ほんとだよ、もう」

 妹からの完全な言いがかりに、ナユカは「はいはい」とでも言って頭をなで、飴玉でもあげたい気分だ……。もちろん、火とまでは言えない燻りではあっても、それに油を注ぐようなまねをするつもりはないので、ご機嫌が治るまで、とりあえず黙っておくのが一番だろう。とはいえ、無視するのも……。

「その……」

 何を口にすべきか考えている間に、リンディが自己完結する。

「まぁ、仕方ないけどさ」

「そうですよね」

 率直に反応した天然娘に、シスコンは不満。

「……やっぱ、仕方なくない」

 もはや駄々っ子。面倒なこと、この上ない。

「えーと……」ここは、自分が一計を案じるしか……。「それなら、わたしがユリーシャさんにお願いして、リンディさんを助手に……」

「それはだめ。おねーちゃんに、そんな無理なことはさせられない」

「無理なんですか?」

「わかんないけど……王家みたいなところは、内部にいろいろあるから……」

「いろいろ……」

 異世界の庶民にはまったくわからないが、確かにいろいろありそうではある。こちらのせいでユリーシャが評判を落とすようなことは避けなければならない。

「だから、仕方ないんだよね……」

「そうですよね……」

 再度の率直な反応に……。

「仕方なくないけど」

 このままではエンドレスだ。

「あ、あの……休みませんか? ユリーシャさんにもそう言われたし」

「そうだね……じゃ、もう寝る」

「寝るって……?」

 つまりは、ふて寝。……駄々っ子が、ここに完成した。

「……眠いし。夕食前には、誰か起こしに来るでしょ」

 いちおう、ふて寝ではなく、仮眠らしい。姉がいないうちは寝ておいて、後で甘える元気を蓄える、ということなのだろう……たぶん。このシスコンの思考原理が、ナユカにもだんだん読めてきた。その意図はさておき、さすがの体力娘も移動の疲れがたまっているのを実感しており、提案には賛成だ。

「……なら、わたしも」

 ベッドへ向かったふたりは、夕食までのまどろみに身をゆだねた……。




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