無言電話の正体とその頃
「·····まだー·····?」
待てども待てども来ない電話にしびれを切らしたいろはが頬を膨らませてスマホをつつき、急かしている。
「待て。まだ確認したいことがある」
「は、はい·····なんでも聞いてください」
最初の消極的で不安げな印象はなく、積極的に情報提供する気でいてくれているようだ。
「電話が来る2ヶ月前…掃除をしなかったか」
「え·····なんでそれを·····」
「わあ、蛍エスパーじゃん」
「超能力者に言われてもな。·····で、何を捨てた?」
「えと·····ヨレヨレになった服と·····ボロボロのクッションと·····」
俯いて一瞬、言葉に詰まる。まるで聞かれたその瞬間、思い当たる節があるようだった。
「リコちゃん」
「リコちゃんだぁ?」
「知ってる!リコちゃん人形!昔よく遊んだよぉ」
「なんだそれ」
凶華はなんのこっちゃって顔をしている。
「昔流行ったお人形です。フィギュアを柔らかくしたような·····可愛い女の子の人形·····。私が小学生の時に母に駄々を捏ねて買って貰ったんです」
「女の子はそういうの欲しがるもんな」
「はい·····それを·····近々籍を入れるので·····」
「捨てたのか」
「·····はい·····」
凶華が吹かす煙草のむせる匂いが辺りに立ち込め、一時の沈黙が場を支配した。
次の瞬間、鈴の音が鳴り、スマホの画面がパッと開いて通話画面が現れた。沙苗は「ひっ·····!」と小さく怯えた声を上げて震え、その様子を見た蛍がすぐさま画面を見ると「非通知」。通話開始の赤いボタンを押す。
『·····』
「だんまりかよ」
「凶華、少し静かに」
「はい先輩」
ボソボソ·····と電話の主は喋っている。
蛍が電話に耳を近づけると、スピーカーからハッキリと声が聞こえてきた。
『帰りたい·····帰りたいよ·····帰るからね·····』
「·····帰る·····?」
『私·····ザザッ·····今·····ザザッ·····にいるの·····』
ブツッと切れる電話。
「構えろ、二人共」
「はい」
「うん」
沙苗は何がなんだかわからない様子。
しかしすぐに意味を知ることになる。
背中をなぞる、確かな殺気。寒気が止まらず、嫌な汗が吹き出る。恐怖が体に纏わりつく。
「振り返ってはいけない」生存本能がそう告げている。
『ふふっ·····あははっ·····!』
あの日の夜聞いた、笑い声。
とてもとても楽しそうな、少女の声。
生存本能に逆らい、ゆっくり振り返る。
「リコ·····ちゃん·····?!」
なんと捨てたはずのリコちゃん人形が後ろに立っていた。ギギギ·····と、妙な音が人形の節々から鳴っている。その様子におもわず後ずさる沙苗。
「正確にはメリーさんだ。メリーさんの電話。陰怪化したメリーさんが人形に宿った付喪神に乗り移ったってわけだ。帰りたいって言ってたのは人形の付喪神、今いるのは·····」
途端、リコちゃん人形はボロボロと崩れる。
崩れた人形の欠片が少女に形を成し、ゆらりと立つ。
しかしその姿は歪も歪。口は耳元までザックリと裂け、目があるはずの場所にはぽっかりと暗闇が。そこから赤黒い液体も流れている。不気味にくつくつと笑い、その口を開いた。
『私·····メリーさん·····今·····あなたを殺すの』
「いやっ·····!」
メリーさんが手に持つナイフがギリギリで避けた沙苗の頬を掠り、赤い線を描く。
「伏せろ!」
凶華がすかさず前に出て両手に青い炎を纏い、メリーさんに殴り掛かる。その隙にいろはが動けない沙苗を支えて離れ、安全な事務所の外へ。
『あはははははははっ!!』
「コイツッ·····!速い·····!」
狂った笑い声とは裏腹に、凶華の攻撃はひらりひらりと躱される。時々受け止められる拳は明らかにダメージが入っていない様子だった。
「(くっそ·····やっぱ俺じゃ無理か·····!)」
そう悟った途端、メリーさんが凶華の腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。壁に背中をぶつけた凶華は苦しげに咳をして再度メリーさんに向き直る。
「俺じゃ·····無理だが·····お前は必ず浄化してやる!先輩頼みます!」
「あぁ、時間稼ぎお疲れさん」
『·····?!』
いつの間にか、メリーさんの足元に縛陣が組まれ動けなくなる。
「メリーさん·····有名な怪異が故に少しずつ積もり積もった陰がこびりついてんだ。けど·····俺には関係ない。その陰、浄化し尽くしてやる」
術式が光を放ち、メリーさんの溜まった陰がボロボロと崩れておぞましい顔の下に整った人形のように可愛らしい少女が現れた。ふらりと倒れたのを凶華が支える。
『·····あれ·····?ここは·····?』
「おい、もうなんともねぇかよ」
『ひゃああああああ?!助けてー!ヤンキーに襲われるわああああああ!』
「襲わねぇわクソガキ!」
涙目で蛍の後ろに隠れるメリーさん。そこには先程の面影などなく、すっかり普通の少女に戻っている。
というか何故金髪の蛍より青髪の凶華を先にヤンキーだと思ったのか。
『レディに向かってクソガキだなんて!やっぱりヤンキーはどうしようもないわね!この派手髪!』
「ンだとゴラァ!!腹に蹴り入れやがって!!」
『んな?!そんなはしたないことしないわ!』
祓って早々ぎゃあぎゃあ喚く二人に、恐る恐る中に入ってきた沙苗は唖然とする。
「こ、これは·····」
「蛍が祓ったから元に戻ったみたいだね。メリーさんの電話事件解決だぁ」
「じゃあ·····もう·····」
「怯えることはないよ」
安心感からか、沙苗は大粒の涙を流して泣き崩れる。
そこへ申し訳なさげにメリーさんが歩み寄った。
『·····ごめんなさい·····私の所為で、貴女に怖い思いをさせてしまって·····』
「メリーさん·····いえ、もう大丈夫です·····!」
最後は二人共晴れやかな笑顔で抱き合っていた。
「これで一件落着ってか」
「凶華、お前病院行けよ」
「すいません先輩」
「体張ってくれたおかげだ。·····まったく·····アイツが居たら楽だったんだがな。何処ほっつき歩いてんだ·····」
「ですね」
♢♢♢
「·····ふわぁ··········いけね·····もうこんな時間か·····」
水色の髪を揺らしてムクリと起きる華奢な青年。
紫の瞳はまるで朝露に濡れたアメジストのよう。
ガシガシと頭を掻きむしり、夕方にも関わらず蒸す気温にうんざりとした顔をする。
「·····明日は行くか·····」
重い腰を上げ、だだっ広い邸にただ一人溜息を漏らした。




