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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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閑話:幼い従者は居場所を得る



自分が生まれたデルタ伯爵領は、王国の西に位置しており、温暖な気候による自然や領地を流れる何本もの川から引いた水路が街中に張り巡らされていて、景観がとてもよく人気の観光地でもあった。


特に目ぼしい産業もないが、豊かな自然資源のお陰で粛々と続いてきた伯爵家に激震が走ったのは、気象異常で何日も何日も雨が降り続いた挙句の日のことだった。


『山側からの土石流で街が…!!』

『水路に流れ込んだ土砂が街に溢れ出して建物が埋まった』

『収穫目前だった作物が…南側の果樹園も水没したと聞いた…』


この時まだ自分は幼くて、大人たちが話していることを全部理解していたわけではなかった。けれどもそのただならぬ様子と母親の青褪めた顔に、よくないことが起こったのだということだけはわかった。


領地に降った長雨は大きな山崩れを引き起こし、川を伝って街までをその土砂に飲み込んだ。

街中を水路が走るつくりが災いして、領民や作物への被害はとても大きいものだった。

父は災害対応と金策に、母は領民のためと家計の見直しに奔走していた。たった一人の兄は伯爵領の後継者としての勉強があった。幼い自分だけが皆が走り回る家で一人とり残されているようだった。けれど我侭など言うわけにもいかず、何も出来ない自分はただ大人しくしているほかないのだと思っていた。


時間と共に災害の傷は薄れていくものだと思っていた。けれど降り続いた雨に復興は思ったように進まず、土砂の排出が済まないまま季節が夏になり、壊れた景観を目にした他領の人々はデルタ領を訪れなくなり、観光客も激減した。観光にその収入の多くを頼ってきたデルタ領にとってはかなりの痛手で、領地の経営はかなり逼迫したものになっていた。


そして、父から王太子の側近になるように言われたのはそんな頃だった。


『王太子殿下の側近…僕がですか…?』

『そうだ…来年王太子殿下は十歳となられる、そろそろ側近をお決めになる時期だ』


そして父は「必ず選ばれてくるのだぞ」と言った。


王子の側近に選ばれれば多額の援助がもらえる。それを知ったのは、王太子の側近に選ばれることが叶わず、領地へ帰り父から激しい叱責を受けている最中だった。

「役立たず」とか「なんの為に生きているんだ」とか、その罵詈雑言の合間に混じるお金の話に、あぁ自分は領地の援助の為に売られようとしていたんだと気付いた。

確かに悲しかったのだと思う。けれど毎日父が領民の為に走り回ってるのを知っていた。母が家計を切りつめた分自らの宝飾品や嫁入り道具を手放したのを知っていた。だからこうして父が領地の役に立てなかった自分に幻滅し怒りを覚えるのは仕方ないことだと思っていたからこそ、反発することなんてできなかった。


それからまた季節が変わり復興が遅々として進まない中、再び父から話があると呼び出された。


『第二王子…』


父は家族が集められた部屋で、第二王子の側近にメグレズをと願い出てきたと言った。


『そうだ、第二王子とお前は同じ歳だろう』

『お待ちください旦那様っ…第二王子と言えば言動に問題のある方だとお聞きしています!そんな方のもとにメグレズをやるなんて…!』

『お前は黙っていなさい、これは領の存続に関わる大事なことだ』

『しかし…!』

『うるさい!!これにはそれくらいしか利用価値がないだろう!!』

『!』


執務机を両手で殴って怒鳴り飛ばした父親に母は顔を青褪めさせて口を閉ざした。


『第二王子は確かに言動に問題がある、だからこそ誰も側近になりたがらない…これはチャンスなんだ、お前が側近になったなら陛下と宰相殿とがデルタ領への多額の援助を約束してくれた。それがあれば領地を再興できる…お前なら分かるなメグレズ、お前は次男だから家を継ぐことはない。ここにいる限りごく潰しとして扱われるんだ…お前が出来ることは王家に仕えこの領に金を齎すことだけだ』


父から一方的に詰られている間、母も兄も父の豹変に怯えたようにただじっと身を竦めているだけであった。見上げた父の目に自分は映っていなかった。



そんな家族の様子をみて、もうこの家に自分の居場所はないのだなと思った。






『メグレズ様って今度第二王子にお仕えするんでしょう?』

『第二王子っていったら我侭で乱暴で使用人にあたり散らしたりするって聞くけど…』

『勉学や剣術でも何一つ兄上様に敵わないことを逆恨みしているんですって…』

『知り合いから、理不尽な言いがかりを諌めたら辞めさせられたって聞いたわ』

『権力を笠にきているから誰も咎められないのですって』

『怖いわ…逆らったら何をされるか分からないわね…』



自分が第二王子に仕えるのだと知った家の使用人たちは毎日のようにひそひそとそんな話をしていた。漏れ聞こえる第二王子の評判はどれも悪いものばかりで、わざと自分に聞かせているんじゃないかと疑いたくなるほどだった。

もうこの家にいることはできないと分かっていても、そんな悪評ばかり聞けば不安が募っていく。

父から聞いた話では、第二王子の側近になることは内々で決まっていたようなものだが、事前に他の候補者と一緒に第二王子に目通りする機会が設けられているとのことだった。

その度に「必ず選ばれろ」とか「相手がどんな人間でも耐えろ」とか口煩く言われるので、むしろ早くこの家を出て行きたいとすら思った。



それからほどなくして王城で、第二王子のための茶会が開かれた。

同じ年頃の令息達は学友の、令嬢たちは婚約者の候補なのだという。茶会の前に通された部屋で、宰相であるベータ侯爵に紹介されてはじめて見た第二王子は、太っていて態度も王子らしくなく、何が面白くないのか随分とふてくされた顔をしており、家で聞いた噂どおりの印象を受けた。

しかし驚いたのはその場に国王陛下も同席していたことである。


国王は王子に「誰か気になる者はいるか」とか「従者になったら王城で暮らすのだから、お前が一緒にいたいと思う相手を選びなさい」とか言っていたようだったが王子はそのどれにも無関心で、集められた自分達の自己紹介をただ黙って聞いていた。国王の目の中に王子への心配の色が見て取れてそれが少しだけ羨ましかった。

中には選ばれるのが不本意だと言わんばかりな態度を取る者もいた。色々な思惑によって集められたそれぞれの紹介が終ると第二王子はどうでもいいと言わんばかりに自分たちを見渡した。


「…お前と、お前…あとそっちの奴も、もういい」


いきなり指をさして数人を「必要ない」と斬り捨てた王子にぴしりと空気が冷たくなった。


「殿下…もういいというのは?」

「見ればわかるだろ、そいつらはあきらかに僕のことを嫌っている。態度に出てただろ」


第二王子は何を今更とでも言うように吐き捨てた。指差された令息達はバツの悪そうな顔をして黙り込んで、王の目の前で王子を貶めたといえなくもない状況に顔を青くした。

けれど自分は人の心配などしているどころではなかった。


もし選ばれなかったら。

さっきの奴らと同じように「もういい」と言われてしまったら。


今度こそ父親になんて言われるか。そう考えたら緊張で足が震えた。自分は心の中はともかく表立って不敬な態度は取っていなかったと思う。けれど、何も秀でるものがない自分が選ばれるだけの自信はなかった。動揺しているのを誤魔化そうしたのか気がつけば何度も眼鏡を触っていた。


「そうか…残念だが仕方ないな…」

「………」

「アルコル、残った者の中で従者にするなら誰がいい」


息を一つ吐いて、それから気持ちを切り替えたように国王が聞くと、第二王子は少し考え込んだ後「誰でもいい」と言った。そういった態度が我侭だとかふてぶてしいとか言われるのであろう。随分投げやりな返事に国王が困った顔をすると、宰相は指で眼鏡を押し上げ、手助けするようにそれぞれの領地の話などを第二王子に振って聞かせた。


領地の経営が苦しいなんて言われたらますます選んでもらえないのではないだろうか。


景気のいい領地の話が続き、不安に押し潰されそうになっていた自分の番になったとき、第二王子ははじめて反応らしい反応を返した。


「…デルタ伯爵領は以前は国内でも有名な観光地でありましたが、数年前の災害によってまだ復興が十分でありません」

「…復興が十分じゃないのに、家のことを放って城へあがっていいのか?」

「彼は家を継ぐことのない次男です。…だからこそデルタ伯爵は王家との縁を繋ぎたいのでしょう…自ら殿下の側近に志願してきたのはここにいる中では彼の家だけです」

「………」


宰相にそう言われて少しだけ目を伏せた第二王子はすぐに顔をあげて「こいつでいい」と自分を指差して言った。そのことにどっと汗が噴出してきて、体の力が抜けそうになるのを唇を噛んで耐えた。


「他の者はいかがいたしますか」

「あとの者はいい」

「…アルコルの申す通りに」

「御意に」


王子の返答を受け国王が許可を出すと、頭を下げた宰相は素早く自分達を連れ退室を促した。


自分はと言えば何を聞かれることもなく、話すわけでもなく。安堵と不安が入り混じった状態で呆然としたまま茶会の会場へ戻された。



緊張のあまり何をしていたか覚えていないというのはこういうことだろう。


正気に戻ったのは茶会の中で浮いていた第二王子が、一人の令嬢を連れて会場を去ってからだった。




家に帰れば「よくやった」と父に褒められ、母は「なんてことなの…」と泣いていた。自分はもうどんな顔をすればいいのか分からなくなって、肩を叩かれたり抱きしめられたりする度にずれる眼鏡をただただ無表情で直していた。しばらくは王城へあがるための準備に忙しくて、そんな父と母の相手をしなくて良かったのは幸いだったかもしれない。

数日後、城へ行く日がきて、王城へ向かう馬車の中で漸く家を出て行く実感が湧いたくらいだった。

揺れる馬車の中で迎えに来た宰相から、家から離れて王城にある寮で暮らすことや、第二王子と共に座学や剣術などを学ぶのだと聞かされた。家に帰ることは許されているが、基本的には王城内で生活するのだという。


「………」

「…不安かな?」

「えぇと……すこし…」


誤魔化すのもおかしいと思い素直に頷けば、宰相も困ったように笑って「そうだな」と言った。


「今、殿下にはとても気になる人がいるようなんだ」

「え」


いきなり何の話だろうと思ってまじまじと相手の顔を見ると、眼鏡の奥の目が可笑しそうに細められた。


「殿下は変わろうと今必死にもがいている最中だ」

「変わろうと…」

「デルタ伯爵家への援助はたとえ君が側近にならなくても行われる予定だった」

「えっ…」

「あそこは運河も多く、これ以上復興に時間が掛かるのは国としてもよろしくないんだよ」

「………」


脈絡なく聞かされた事実に呆然と口を開ける。

たとえ自分が城へあがらなくても援助が望めたのであれば一体自分は何のためにここにいるのだろう。


「我々にとっては殿下の側近は君でなくても良かったんだ。あの場にいた者達の中には君よりも適任が何人もいた。そもそも誰が嫌がろうが側近にすることなど王命でなんとでもなる。でもそれをしなかったのは偏に国王陛下の親心だよ」

「…そう、ですか…」

「でも殿下は君を選んだ、何故かわかるかい?」

「…………」


まるで狐に化かされたみたいだと思った。


援助のためというひっくり返った前提も、宰相の言いたいこともわからなくなって考え込むと、どこか微笑ましそうに宰相は眼鏡をなおした。余裕のあるその仕草はなんとなく格好よく見えて、他人事のように後で真似をしようとか思考が現実逃避をしていた。




城で第二王子と再会したとき、既に宰相の言った言葉の片鱗は見て取れた。見た目こそ変わっていないが、どうでもいいと諦めた様に淀んでいた目は活気があり、なにより「よろしく」と差し出された手に驚かされた。


噂で聞いていた第二王子は絶対にこんなことはしない。


動揺しつつも手を握り返せば、ぱっと顔を明るくさせる。挙動が不審になり眼鏡が不恰好にずれるも、宰相のように格好よくなおすことも忘れて、両手を使って眼鏡を押し上げた。


そして更に驚いたのはその後だった。


「友人」だという令嬢を紹介され、挙句自分に対しても「友人」だと言った王子に、みっともなく腰がぬけそうになった。そして話の中で、名前を呼んで欲しいと言う王子に最初は断っていた令嬢は、王子の気持ちを知りあっさり節度を守ることより王子の心を優先した。


一体今日は何度驚かされれば済むのだろう。


令嬢に名を呼ばれた第二王子の笑う顔を見て、漸く自分は宰相の言いたかったことが分かった気がした。


第二王子はたしかに変わろうとしているのだ。


自分はどうだろう。噂に惑わされ、相手を見ずに思い込みから忌避して壁を積み上げていた。

どうせ他の候補者よりも領地が困窮していたから、貧乏貴族の次男だからいつでも切り捨ててもいいと思ったか、哀れみだけで都合がいいから選ばれたのだと思っていた。


けれどそれは違っていた。第二王子だって苦しんでいたのだ。


やってしまったことは戻らない。謝っても許されないこともある。それでも変わろうと必死にもがいている。さっきだって黙っていればいいのに自分を選んだ理由を正直に教えて頭を下げてくれた。第二王子は自らを「取り柄もない、まだなおさなきゃいけない悪いところもたくさんある」と言った。それでも友達として名前を呼んでほしいとも。


自分だってそうだ。次男だから、家を継げないから、こうして生贄のようにここに来るしかなかったといい訳をしていたに過ぎない。領地を救ったのは自分ではない。王家からの援助だ。結局自分は何一つ領地のためにしなかったのだから。


自分も変わりたい。人の言葉に惑わされないように。誰かに誇れる自分になるように。

王子をみていてそう思った。はじめて自分の胸に決意というものが宿った瞬間だったと思う。





赤面した第二王子に首を傾げる令嬢を見て、たしかに「まだ」婚約者ではないようだと小さく呟いた自分に、幸せそうな二人は気付かなかったようだ。



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[一言] 宰相閣下は気付いてるんですね…流石宰相!
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